第5話 美代子の影

田中氏からもらった資料を元に、「美代子」という女性についてさらに調べ始めた僕は、彼女が「佐代子」と何らかの形で関連しているのかを突き止めたいという思いで、各地の資料館や図書館を訪れることにした。美代子が「佐代子」と同一人物なのか、あるいは別の人物なのかを明らかにすることが、絵の謎を解く鍵になると感じていた。


まずは、戦時中の美術界に関する書籍を探し、丹念に読み進めた。伊藤圭介が疎開先で描いた作品群についての記述の中に、美代子の名前がいくつか見つかった。彼女は当時、芸術家たちの間で美術モデルとして名を知られており、特に伊藤圭介との親しい関係が取り沙汰されていたという。


しかし、美代子に関する情報はどれも断片的で、彼女がその後どうなったのかについてはほとんど記録が残されていなかった。ある本によれば、戦時中に彼女は突然姿を消し、それ以降の足取りは不明となっている。圭介の作品に描かれた女性たちの中には、彼女をモデルにしたものが多く含まれているというが、それが佐代子と関係しているかは依然として謎のままだった。


そんな中、ある日、地元の図書館で調べ物をしていると、美代子に関する新たな手がかりが見つかった。戦時中の疎開地に関する資料の中に、美代子がその地でどのように過ごしていたかについて詳しく書かれた文章があった。それによると、美代子は疎開先で伊藤圭介と共に暮らしていたが、戦争が激化するにつれて、彼女の存在は次第に謎めいていったという。


さらに、驚くべきことに、美代子がその地で「佐代子」という名前を使っていたという記述があった。これは衝撃的な発見だった。もしかすると、美代子と佐代子は同一人物であり、何らかの事情で名前を変えていたのかもしれない。


「これは大きな手がかりになるかもしれない…」


僕はその資料を借り、家に持ち帰った。そして、再び祖父の家で見つけた絵と手紙を見比べながら考えた。もし美代子と佐代子が同一人物であれば、この絵に描かれている女性は、美代子として知られる人物であり、戦時中の混乱の中で名前を変えていた可能性が高い。


しかし、なぜ彼女は名前を変える必要があったのか?それがこの絵にどのように関わっているのか?まだまだ多くの謎が残っていた。


手紙の解読が進めば、これらの疑問が解決されるかもしれない。しかし、それまでの間、僕は美代子の足跡を追い続けることに決めた。彼女がどこで何をしていたのか、なぜ佐代子という名前を名乗ったのか。その真相を探ることで、絵に隠された物語が少しずつ明らかになっていくはずだ。


僕は手に入れた新しい手がかりを胸に、次なる調査に向けて準備を始めた。これまで以上に強い決意を持って、この謎に立ち向かおうとしていた。

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