第4話 研究者との出会い

翌日、僕は紹介された研究者の自宅兼書斎を訪れた。古い洋館のような佇まいの建物で、その中には戦時中の美術品や書籍が所狭しと並んでいる。扉を開けると、そこには穏やかな表情の老人が待っていた。彼が、戦時中の日本美術に精通した研究者、田中昭一氏だった。


「どうぞ、入りなさい。伊藤圭介について話をしたいと聞きましたが、どんな用件でしょうか?」


彼の柔らかな声に促され、僕は自分が祖父の家で見つけた絵と、それにまつわる手紙についての話をした。田中氏は興味深そうに頷きながら、僕の話をじっくりと聞いていた。


「その絵を見せてもらえますか?」


僕は持参した絵を慎重に取り出し、彼の前に差し出した。田中氏はその絵を丁寧に見つめ、額縁の細部や描かれた女性の表情に注目していた。しばらくの間、彼は無言で絵を観察していたが、やがて静かに口を開いた。


「これは…間違いなく伊藤圭介の作品だ。彼の特徴的な筆遣いや、女性の美しさを際立たせる技法が随所に見られる。」


僕の胸に、確かな手応えが湧き上がった。やはり、この絵は伊藤圭介によるものだったのだ。


「しかし、これほど見事な作品が、なぜ今まで知られていなかったのか不思議です。彼の作品は戦後に多くが散逸しましたが、このような大作が残っていたとは…。そして、手紙のことも気になりますね。」


「田中さん、この絵に描かれている女性、佐代子という名前をご存じでしょうか?」


田中氏は絵をもう一度じっくりと見つめ、考え込んだ。


「佐代子という名前は初めて聞きます。しかし、戦時中、伊藤圭介は多くの女性をモデルにして描いていました。その中には、彼が特別に思い入れのあったモデルがいたと聞いています。もしかすると、佐代子さんがその一人だったのかもしれません。」


田中氏は、書斎の奥から古い資料を引っ張り出してきた。それは、伊藤圭介の作品リストや、彼に関する文献、さらには彼の交友関係についての記録だった。その中には、圭介がどのような人物と交流していたか、彼が描いた女性たちについての詳細な記述が含まれていた。


「ここに、彼が描いた作品のリストがありますが、戦時中に描かれた女性のヌード画は多くが失われています。この絵もその一つだったのかもしれません。佐代子という名前はありませんが、他の女性たちの名前と照らし合わせてみると、いくつかの可能性が浮かび上がります。」


田中氏が指摘したのは、伊藤圭介が親しくしていた数人の女性たちの名前だった。それらの名前の一部は、手紙の「佐代子」とは異なっていたが、彼がこれらの女性たちとどのような関係にあったかを知ることで、手がかりが得られるかもしれない。


「では、僕がこの女性についてさらに調べてみる必要がありそうですね。」


「そうですね。彼の親しかった人物や、戦時中の疎開先について調べると、何か分かるかもしれません。もし、何か新しい情報が見つかれば、私にも教えてください。私も興味があります。」


田中氏は、絵の背後にある物語に強い関心を抱いたようだった。僕は感謝の意を伝え、彼から資料のコピーを受け取り、家に帰ることにした。


家に戻り、田中氏からもらった資料を広げてみた。そこには、伊藤圭介が戦時中に描いた女性たちについての記述が詳細に記されていた。佐代子という名前は確かにないが、いくつかの記述が気になる。特に、一人の女性との関係が深かったことが書かれていたが、その名前は「美代子」となっている。


「美代子…この名前が何か関係しているのだろうか?」


僕は次なる手がかりを掴むため、この「美代子」という女性についてさらに調べてみることに決めた。この名前が「佐代子」と何らかの形で結びついているのか、それとも別人なのか。それを確かめるための新たな調査が始まろうとしていた。

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