箒競技部存亡編

2-1 入部祝い、あるいは作戦会議

 ぱぱぱーん!と、土筆の館の食堂に、火薬が弾ける音がした。


「ティリスナヴァさんと、ミリベルさんの正式入部を祝して!かんぱ〜い!」


 それぞれ手にした果実水のコップを打ち合わせる箒競技部の面々。ちなみに、クラッカーを鳴らしたのは、ドロシー先輩以外の上級生と、なぜか祝われる側のはずのイサナだ。


「わー、おいしそう!ティリスナヴァちゃん、何から食べる?あたし学園に入学してから、毎日ご飯がおいしすぎて感動してるんだよねえ!」


「イサナ、ごちゃごちゃにとりすぎ。味、わからなくならないの?」


「こう見えてあたしなりの美学があるんですー!」


 テーブルに並んだ肉、魚、野菜、色とりどりの料理たちを、次々に自分の皿に取っていくイサナ。学園の各寮には、専属の料理人が雇われており、決められた時間の食事のほか、あらかじめ頼んでおくと、このように料理を用意してくれる。

 プロの料理と比べるのも烏滸がましい話だが、当然軍の糧食より美味しい。


「土筆の館は特色がないと言われがちですけれど、他の寮と比べて、指定をせずともメニューが偏らないところは、大きなメリットだと思いますの」


 魚料理を中心に、美しいバランスで取り分けた皿を前に、タチヤナ先輩がつぶやく。朝食と夕食は原則、所属する寮で摂ることとされているが、昼食はカフェテリアの他、別の寮で食べることも可能だ。


「そういやイサナ、まだティリスのこと長ったらしい名前で呼んでんのかいな。同級やのに」


「はぐはぐ……先輩は遠慮なさすぎなんですよ!最初にあだ名で呼ぼうとした時、ティリスナヴァちゃんすっごい嫌そうな顔してましたよ?」


「ジブンにだけは言われたないな……」


「そうだったの?ごめんね、私も副部長が呼んでいるものだから、てっきりそう呼んで欲しいのかと」


 チェルシー先輩に謝られてしまった。

 まあ、私にとってティリス、というのは一緒に暮らしてきた人たちに呼ばれる名前、という印象が強かった。大切なものという認識はあるし、だからこそ初対面のジゼール先輩に呼ばれた時、ちょっと嫌だったわけだが。


「大丈夫、です。イサナも」


「ほんと!?じゃあ、ティリスちゃんって呼んでもいいの?」


「うん。名前が長いのは、事実だし」


 成り行きとはいえ、同じ寮に寝泊まりして、同じ部活に所属する人たちだ。つまらないところで意地を張る必要もないだろう。


 和やかに進んでいた夕食であったが、これまで一言も話さずに、自分の皿に一心不乱に向かっていたドロシー先輩が、突然テーブルに拳を振り下ろした。


「ねえ!これでいいの!?」


「もう、ドロシーちゃん。大きな声を出したらびっくりしちゃうよ」


 すかさず動いた食器を元の位置に戻し、飛び散ってしまったソースを拭き取るチェルシー先輩。一方で、そんな妹のことは無視して、先輩はきっ、と食卓をぐるりと睨みつけた。


「学則が変わるの、みんな知ってるわけ?部活、なくなるかもしれないのよ!?なのに、今日の練習はいつも通りだし、終わったらこうして仲良しごっこ。先輩たち、危機感はないんですか?こうしてる間にも……!」


「新入生勧誘に精を出したほうがええ、ちゅうことか?ドロシー」


 箒競技部の一、二年生は私とイサナ、幽霊部員の二年生が一人。きちんと活動している部員がもう一人いなければ、生徒総会で学則が変わったあと、廃部だ。


「ま、やってみる価値はあるんやない?十中八九無駄やけど」


「ジズ、そんな言い方しないで。ドロシーさんも少し落ち着いてください」


「っ!ミリベル、あんた友達にいないの、まだ部活入ってないやつ!」


「え、あたしですか!?うーん、入学式からこっち、仲良くなれた子にはだいたい勧めてきたんですけど、ちょっと……」


 断言するが、イサナに勧誘は向いてない。たいていの人間は、あの熱量で箒について語られて、同じ部活に入らないかと聞かれたら、怖がるだろう。

 続いて私の方へ視線を向けるドロシー先輩であったが、髪を睨みつけられて、心当たりの有無を聞かれることもなかった。いや、ないのだけど。


 それにしても、副部長の言い方は気になる。まるで勧誘や宣伝をしても、一年生がこれ以上増えることはないと知っているような口ぶりだ。

 実際、私は他の同級生が箒競技部の見学に来るところを見ていない。土筆の館所属の一年生は他にも数人いるけれど、名前は知らないし、先輩たちが声をかけていないとも思えない。


「あの、なんで見学が、少ないんですか」


「そうですね、さまざまな理由があるのですが……ティリスナヴァさんは、入学式の時に、箒によるパフォーマンスを見ましたか?」


「正門の先で、やっていたものなら、見ました」


 そういえば、あの時箒に乗っていたのは、金髪のロングヘアの先輩だったような。この中ではマリアゼッタ先輩が一番似ているが、彼女ではない。


「実は、あれをやっているのが、演劇部の魔法パフォーマンス部門でして」


 部長の口から出た名前に、一斉に顔を顰める先輩たち。一体何だというのだ、演劇部の魔法パフォーマンス部門。


「名前聞くのも気分悪いわ。あんのド腐れハイエナ女ども」


「速度より美しさ?競い合うより魅せ合う?……いけませんわね、フォークが」


「チッ、かけっこみたいで幼稚ィ……?チッ……チッ!」


「私もあの人たちの勧誘はちょっと、殺意が湧いちゃったかな?」


 青筋を浮かべて頭を掻きむしるジゼール先輩。

 握りしめたフォークの柄を曲げるタチヤナ先輩。

 思い出し高速舌打ちを始めるドロシー先輩。

 穏やかな笑顔のまま、怖いことを呟くチェルシー先輩。


「設立の少し後から、うちで成績が残せていなかったり、伸び悩んでいた部員を積極的に引き抜いて、どんどん人数を増やしてきたんです。もともとエイレインは箒競技が盛んではありませんから、緩い雰囲気に惹かれた新入生も向こうに行きやすく」


 部員数の暴力により、入学式前のパフォーマンス権を奪われたことで、パワーバランスが決定的になったのだとか。

 確かに、箒に乗るのが好き程度の気持ちで、ジゼール先輩の飛行など見たら、見学なんてやめて逃げられかねない。

 土筆の館と練習場が、学園の端の方にあることも悪さをしていそうだ。


「はー。ともかく、うちらに新入生獲得は絶望的っちゅうわけや」


「それじゃ、どうするんですか!練習場を陰険女たちに明け渡して、演劇部に全員で転部なんて言われたら、私舌噛み切って死ぬわ!!」


「安心せい。そないなことなったら、うちかて死ぬ」


 先輩たちの予測が正しいなら、残された道は一つしかないように思える。デザートを頬張っていたイサナも同じことを思ったのか、勢いよく手を上げた。


「はい!それなら、二年の先輩に復帰してもらいませんか!」


「……そうなりますわね」


「エマちゃんかあ」


「それができれば苦労してないっての」


 三人の反応に反して、五年生二人は覚悟を決めたような瞳をしている。エマ、というらしい先輩がなぜ幽霊部員をしているのかは知らないが、彼女を連れ戻す方針でいくつもりのようだ。


「「ティリス」ナヴァさん」


 待て。なぜここで私の名前が?


「副部長命令や。エマを連れ戻してこい、マネージャー」


「私からもお願いします。上級生が行くと、どうしても圧をかけてしまうような形になりますから」


 なるほど。 

 ──それが命令ならば。

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