2-2 身の上話
詳しい事情はまた伝えると言われ、その日のパーティーはお開きになった。
食器を片付け、部屋に戻ろうとしていたところ、私は意外な人に話しかけられた。
「混じり」
「ドロシーちゃん、ティリスちゃん、だよ?」
「……ティリスナヴァ」
至極嫌そうな顔のドロシー先輩。魔力形質で遠目に見られたり、嫌がられたりすることは今までもあったが、眉間に皺を寄せながらも話しかけてくる人は滅多にいなかった。
「なんでしょうか」
「あんたの髪も瞳も気に入らないし、箒に乗らないのに部に所属するっていうのも意味わかんない。けど、あんたがいないとうちの部の存続はもっと難しくなる」
一度言葉を切った先輩は、真剣な瞳で頭を下げた。
「力を貸して。エマのことも、部のことも」
「はい。命令ですから、必ず遂行します」
「……なにそれ?」
別に、先輩が気にすることじゃない。私は命令を受けた。ならば
そのつもりで言ったのだが、顔を上げたドロシー先輩の眉は、いっそ見事なまでのハの字を描いていた。
「あんたってほんと……意味不明」
「あっ、ドロシーちゃん!ごめんね、悪気は……うーん、ちょっとあるけど、ティリスちゃんのこと、嫌いなわけではないんだよ」
「はあ」
本当に?普通に嫌われていると思うのだが。
つかつかと立ち去る姉を見ながら、チェルシー先輩が続ける。
「エマちゃんのことも、ずっと気にかけてたから、心配なんだ。事情が事情だし」
「あの、部長と副部長も、事情はあとで、と言っていましたが、エマ先輩は……ただの幽霊部員では、ないんですよね」
「うーん、さっき先輩たちが話さなかったのは、長くなっちゃうからだと思うし、少しならいいか」
エマちゃんはね、戦災孤児なんだ。
チェルシー先輩はそう言い残して、部屋へと戻っていった。
入浴を済ませ、ベッドに入ると、先に部屋に戻っていたイサナが、むくりと身を起こした。
「おかえり、ティリスちゃん」
「……ただいま」
土筆の館の少ない新入生同士、ある意味必然ではあるが、私とイサナは同部屋だ。軍時代は、同僚の女性兵士たちと大部屋に放り込まれていたので、ルームシェアは慣れている。
あるのは、急な
「えっと、大丈夫?二年の先輩のこと、頼まれちゃって」
「問題ない。命令だから」
私は命令に従うのみ。
「ティリスちゃん、聞いてもいい?」
「答えられることなら」
「わかった。じゃあ、答えられなかったら答えなくていいんだけど……ティリスちゃんは入学前、なにしてたの?命令されたら、絶対従うって……」
「軍属。少年兵だった」
息を呑むイサナの表情には、どこか納得の色があった。私とて、命令によって自分の方針を全て決めることが普通だとは思っていない。
それ以外のやり方を、知らないだけで。
「秘密じゃあ、ないんだね」
「学園にも経歴は出してる。これまでについた任務や、機密に触れない範囲なら、別に隠すことじゃない」
「えっと、じゃあさ。部活に入ったのも、部がなくならないように動くのも、命令だから……?」
「そう、なんだけど。そうじゃないところもある、かも」
上手く言えない。命令だから従っている、それが私にとっての普通。だけど、箒競技部に入ったのは、私なりに自分と向き合えるかもしれない、と思ったからでもあるし、せっかく入ったばかりの部がなくなるのは、もやもやする。
「そっかー……じゃ、あたしが命令とか関係なく、好きだから部にいるって、いつか言わせちゃる!」
「イサナも新人なのに?」
「関係なーし!あ、そうだ!今度はあたしが話しちゃおっかな〜」
イサナがそれ以上、私の過去を詮索してくることはなかった。箒のことくらいは、聞かれると思っていたのだが。
それに、エイレインの入試で、最後に聞かれたこと。人を殺したことがあるか、とか。
「あたしの実家はね、商人なんだー。って言っても、田舎町のちっちゃいお店なんだけど」
ぽふん、とうつ伏せになると、枕に顎を乗せながら語り始めるイサナ。他人の身の上話というのは、軍でも耳にすることがある話題だが、聞き流すことが多かった。
けれど、彼女の話は、もっとよく聞きたいと思う。
「十歳くらいの頃だったかなー?お父さんがね、家族で箒レースを見に行こうって、チケットを買ってくれたことがあって」
「風を切る箒のかっこよさと、こっちまで燃えそうなくらい熱い、魔法使いの勝ちたいっていう気持ちに、すっかり夢中になっちゃってさ。お小遣いを貯めてはレースを見に行ったり、練習をこっそり覗いちゃったりして」
「あたしも飛んでみたい!って毎日毎日、ただの箒に跨ってね。そしたらある日、ジャンプしたら髪の毛がばさばさばさーって!風もないのにね?空を飛んでる時みたいに!って思ってたら、風を動かせたの!」
まるでその日に戻ったかのように、声を弾ませる彼女に、少しだけ笑ってしまう。子供っぽいけれど、きっと昔から変わらず、彼女は彼女なのだろうな、と思った。
「イサナらしい、発現」
「でしょ!?お父さんもお母さんも魔法は使えなかったから、奇跡だーって、舞い上がっちゃって。自分の箒を買ってもらうために、頑張ってエイレインに入る勉強、したんだ」
生き物は皆、量の多寡はあれど魔力を持っていると言われている。魔法使いとは、自分に流れる魔力を、呪文や陣で操作して、魔法を使う者たちだ。
だが、呪文も陣も、全く魔法を使ったことがない人が使用しても、効果を及ぼさない。「発現」というのは、純粋な願いだったり、命の危機だったり、あるいはなんでもない行動だったり、とにかくなにかのきっかけで、魔力が形になる瞬間。
その日から、人は魔法使いになる。
「箒がそんなに好きなら、マギ・セルグアーツに、しなかったの?」
「うーん、正直すっごく悩んだ」
マギ・セルグアーツ魔法学院。共学の魔法使い育成学校で、箒をはじめとした魔法競技の選手や、軍人を多く輩出する、実践的な気風をしている。私も、少年兵という経歴から、一度勧められた。
「あたし、箒は大好き。もっと速く飛びたいし、もっと上手くなりたいよ。でもね、おんなじくらい……ううん。もっとずっとずーっと、家族のことが大好きなの」
だからね、と呟くイサナの顔は、横になった私からは見えない。けれど、その響きは、昔何度も聞いたことがある、確かな決意を帯びていた。
──絶対勲功立てて、故郷に凱旋するんだ。
──たんまり給料もらって、お袋に楽させねーとな!
──私たちが守るんだよ、この国を。
「エイレインで、たっくさんの魔法を習って、すごい魔女になる。そしたら、ミリベル商店を継いで、お父さんとお母さんに、いーっぱい美味しいものを食べさせてあげるんだ」
それが、彼女の夢。彼女の意思。
「いい、目標だと、思う」
「えへへ。ありがと!」
イサナの身の上話に興味が湧いた理由が、少しだけわかった気がする。
私は、きっと。
夢や目標に向かって輝いている人が、好きだ。
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