1-7 箒競技部、入部しました
「ジゼール先輩……どういうこと、ですか」
「どしたん辛気臭い顔して、新入部員のティリスちゃん」
部活見学の翌日、昼休み。私は昼食もとらず、箒競技部の部室を訪れていた。
扉を開けた先には、ふんぞりかえってサンドイッチを食べるジゼール先輩の姿。マリアゼッタ先輩は不在のようだ。
ちなみに、運動系の部活は朝顔の館、文化系の部活は藤の館に部室があるのだが、箒競技部はなぜか、寮であるはずの土筆の館にある。
「騙しましたね」
「人聞き悪いこと言わんといてえな。嘘は言ってないで?部活動見学に来てくれた一年生を生徒会や学園側に報告することは、いたって普通のことや。結果、部費も増える」
「それは、見学に来た一年生が、入部届を出した場合、ですよね」
「そうとも言うなあ」
つまり、私が昨日名前を書いてしまった紙は、入部届として学園に提出された、というわけだ。
今朝、イサナと一緒に登校してすぐ、アテナ先生に寮所属と入部を祝われて、耳を疑った。確かに、土筆の館に所属することは決めたし、夕食の後に入寮届をマリアゼッタ先輩に渡した。けれど、箒競技部への入部なんてした覚えはない。
喜ぶイサナに事情を説明し、どうしたらいいのか、そもそもどうしたいのかを考えていたら、午前中の呪文学も一般教養も、なにも頭に入ってこなかった。
「学園規則、第五条三則。学生の同意なく、課外活動への参加を強制することは、これを認めない。先輩、知ってますよね」
「あーあー聞こえへん。聞こえへんなあ。もう手続きは終わった後、入部届は受理されとるんや。学園規則第五条二則によれば、入部から一ヶ月間は退部禁止やで」
「私が、入部強制の件をアテナ先生に報告すれば」
「なあティリス、ええこと教えたるわ」
ぐっ、と伸びをして、立ち上がった先輩が、琥珀色の瞳で私を見つめる。
「騙された方の魔女が、悪や」
「ぐっ……」
清々しいほどの開き直り方。しかし、魔法史学的には圧倒的な正論。魔法は華々しいものでありながら、騙し騙される陰湿なものでもある。故にいつだって、騙された方の負け。負けた方が悪。騙された魔法使いが、悪いのだ。
それに、言ってくれるならいいのだ。命令だと。そうすれば、私は──。
「あーっはっはっ、まあええよ?幽霊部員でも。現に二年に幽霊部員、おるしなあ」
「……え」
「別にかまへんで。うちは部費獲得のため、書類上でも部員が欲しいんや。入部届にサインしてくれた以上、ティリスの仕事は終わり。箒が嫌いなやつが部にいても、楽しくないんちゃうか」
「いや、その、先輩。知らないんですか」
「なにがや?」
高笑いを引っ込め、疑問符を浮かべるジゼール先輩。私は今朝、入学祝いついでに、アテナ先生からあることを教わった。
生徒会と職員会議、両者で可決されたばかりだという、学園規則第五条四則の変更。
「来週の生徒総会で、部活動の最低人数に、変更が加えられる、とか」
「んなアホな……具体的には?」
「実際に活動が見られる一、二年生三人以上、です」
先生は、こんな軽い条件を満たせないような部に存続価値はない、とばっさり切り捨てていた。どうやら、必修がなくなり時間に自由が効くようになった三年生以上が、部活を私物化しているケースが一部で問題になっているのだとか。
昨日見学した限りでは、箒競技部はそういう悪質な部活もどきではないわけだが、残念ながら人気がなさすぎて、とばっちりで部活消滅の危機に置かれていた。
「嘘や!!」
「嘘じゃないです」
「絶対嘘!うち何も聞いてへん!!」
肩を震わせたジゼール先輩が同じ言葉を連呼し始めたところで、バン!と部室の扉が開かれた。
「ジズ!緊急事態よっ!!って、ティリスナヴァさん。こんにちは」
中へ入ってきたのは、書類を持ったマリアゼッタ先輩。箒に乗っても乱れていなかったピンクブロンドが心なしか跳ねて見えるのは、よほど急いで来たからだろう。
「マリー……一応、聞いとくわ。緊急事態ってのは、生徒会やら職員会議絡みかいな?」
「そうなのよ!って、どこで聞いたの?」
大きくため息をついて、黒髪をがしがしとかきむしる先輩。マリアゼッタ先輩はといえば、相当焦っているのか、そんな様子の友人を気にも止めずに、書類をテーブルに叩きつけた。
「今度の生徒総会で、部活動の人数規則が変わるの!建前上は提案だけど、大手の部活には関係ないし、梅の三年以上がほとんど頷いてるから、通ったも同じよ。それで、新しい条件っていうのが」
「あーもうええわ。聞いた聞いた。一、二年から三人、キチンと活動してるやつが居なあかんのやろ」
「本当にどこで聞いたの?部長会議、さっきだったのに」
「……自分、です」
アテナ先生、機密を末端に漏らすのは元軍人としてどうなんだ?いや、別に機密でもないのか。
ともかくこれで、私とジゼール先輩の立場は逆転した。所属しろ、活動しろ、と言われれば、私は黙って従う。けれど、正直なところ箒には乗りたくない。自分でも理由がはっきりしないのだが、どうにも今の私は、空を飛ぶことがたいそう嫌いらしかった。
「はぁ……ごめんなさいね、取り乱しているところを見せてしまって」
「いえ」
「それで、差し支えなければ、ティリスナヴァさんが部室に来ていた理由を聞いてもいいかしら?」
簡素な椅子に腰掛け、保温瓶から注いだ白湯を一口飲んだマリアゼッタ先輩が、そう尋ねてくる。おそらく彼女は、私が入部詐欺に遭ったことを知らない。ちゃんと話せば、入部はなかったことにしてくれるかもしれない。
けれど、私には一つ、考えがあった。
「先輩、いえ、マリアゼッタ部長。自分は、箒競技部に入ろうと思っています」
「本当に!?ありがとう!」
「ただし、条件があります」
ジゼール先輩を軽く睨んでおくことを忘れない。いつか絶対、仕返しをしてやる。
「自分は箒に乗るつもりはありません。大会にも出ません」
「……それは、どういうことですか?幽霊部員ということなら、ごめんなさい。さっき規則の変更で、受け入れられなくなってしまったの」
「いえ、活動はします。命令をしていただければ、毎日の放課後、必ず活動に参加します」
「命令なんて……」
私は、箒が嫌いだ。空なんて、飛びたくない。
けれど、理由がわからない。
これは驚くべきことだ。私の人生は、命令と指示が全てだった。自由意思による選択はおろか、好き嫌いすらほとんどしたことがない。あったとしても、そこには明確な根拠があり、理屈があった。
けれど、あれほど飛び回った空が嫌い、半身とも言える箒が嫌い。その理由に、皆目見当がつかない。
ならば、その理由がわかれば、私は私のやりたいこと、やりたくないことを知ることができるのではないだろうか?
エイレイン魔女学園で、なにをしたいのか。その一端を掴めるのではないだろうか?
「部員のみなさんの、補助をします。雑用で構いません。使い走りで、いいです」
「……そら、こっちとしては都合が良すぎるくらいやな」
「代わりに、箒には絶対乗りません。雑用係の実績をどうするかは、ジゼール先輩が、考えてください」
「なんでうちが」
「先輩、自分は結構、根に持つタイプです」
「うっ……」
目をそらすジゼール先輩に、なにかを察したマリアゼッタ先輩。彼女は立ち上がると、がばっ、と頭を下げた。
「ごめんなさい!ジズ……新入生に入部を無理強いするのはダメって、去年も一昨年も言ったわよね……?」
「バ、バレとる!?」
鈍い音。先輩は穏やかな風貌からは想像できないほどの速度で、ジゼール先輩の首根っこを掴み、机に叩きつけた。
「虫のいい話なのはわかっています。けれど、ティリスナヴァさんがよければ、どうか私たちのために、正式に入部してください!」
「条件は、飲んでもらえるんですか」
「もちろん!どんな理由があるのかはわからないけれど……ティリスナヴァさんがそうしたいなら、私たちは必ず約束を守ります」
「それなら、大丈夫です。頭を上げてください、マリアゼッタ部長」
結局のところ、人生は成り行きだと、軍の元同僚がいつか言っていた。学園に入学したのも、軍に入ったのも、選んできたと思っていても、流れの中にいるんだ、と。
その言葉が正しいなら、私が孤児院で育ったのも、軍に拾われたのも、そして今、ここにいるのも成り行き、流れに沿ってきたことになる。
「これからよろしく、お願いします」
見つけてみよう。私の流れの、行く先を。
私の好きを、そして嫌いを。
この場所で。
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