1-6 模擬レースは遊びじゃない
離陸時と変わらず、風を感じさせない着陸を見せたマリアゼッタ先輩の後ろに、三人の先輩が続いて地面へ降り立った。
四年生のネクタイをつけているのは、深緑色の髪を一つ結びにしている先輩。すらりとした長身で、箒から降りる姿勢もまっすぐだ。
三年生のネクタイをつけている二人は、同じ赤髪で──顔立ちもそっくりだ。双子なのだろうか?さっき、スラロームを競っていたのは彼女たちか。
「げっ、混じり……」
「ドロシーちゃん、後輩ちゃんなんだから、だめだよ」
双子の、二つ結びの方の先輩には、露骨に嫌そうな目をされた。混じり、というのは魔力形質持ちへの蔑称だ。
お団子結びの方の先輩は注意しているけれど、まあ嫌うのが普通だから仕方ない。
「お待たせしてごめんなさいね。ジズになにかされませんでしたか?」
「名前を」
「さーって、イサナは自己紹介済ましたもんな!ティリス、やさし〜先輩を紹介すんで!!」
マリアゼッタ先輩にジト目を向けられるジゼール先輩。他の先輩たちは何も言わないので、これが箒競技部の日常なのだろう。
というか、部長に報告しないということは、さっき書いた紙は見学者向けでないと白状しているようなものだ。一体、なにをさせられるのか、私。
「タチヤナ・ミハイロヴナ・ヒイラギと申しますわ。先祖は東方移民、両親は箒職人を営んでおりますの。わからないことがあれば、わたくしか部長に聞くのがよろしいかと思いますわ」
深緑色の髪のタチヤナ先輩は、器用に箒を浮かせてカーテシーを披露した。てっきりどこかの貴族かと思ったが、そういうわけではないらしい。
それでいうとマリアゼッタ先輩の姓と同じ伯爵家があったような気がするが、自信がないのであとで聞こうと思う。
「ふん。ドロシー・ベンソンよ」
「もう、ドロシーちゃんってば……私はチェルシー・ベンソン。ドロシーちゃんとは双子の姉妹なんだよ。よろしくね、ティリスちゃん」
顔立ちはそっくりだが、そっぽを向いているドロシー先輩と、ほわほわという擬音がつきそうな微笑みを浮かべているチェルシー先輩では、ずいぶん雰囲気が異なる。
ジゼール先輩の紹介のせいで、私のあだ名だけが一人歩きしているのだが、訂正、すべきなのだろうか?わからないが、名乗りは必要か。
「一年六組のティリスナヴァです。イサナに連れられて、見学に来ました。まだ入部するかは、決めてません。よろしく、お願いします」
「改めて、イサナ・ミリベルです!入部届書きました!短距離志望です!よろしくお願いします!」
「はい、ありがとうございます。私たち箒競技部は、ここにいる五人で活動しています。本当はもう一人、二年生がいるんですが、事情があって今はお休み中で」
他の部活の見学には当然行っていないので、五人というのが多いのか少ないのかはピンとこない。しかし、練習場は持て余し気味であること、弱小部活という発言から察するに、少ないんだろう。
「今日はもう結構遅いですから、ミリベルさんは競技用箒に少し乗ってもらって、ティリスナヴァさんは外周レースの見学をしてもらおうと考えているのですが、いいかしら」
「了解しました!」
「はい」
土筆の館から魔導灯が続いているこの練習場は、日が暮れた後でも明るい。そのため勘違いしそうになるが、時刻はすでに十九時前。部活動に関する説明が正しければ、活動終了している部も多い時間帯だった。
「それでは、ミリベルさんの指導をベンソン姉妹にお任せして、外周レースはジズとヒイラギさん、私は解説役をしますね」
赤髪の双子に連れられ、イサナは練習場の内側へと歩いていく、というよりスキップしている。よほど箒に乗るのが好きなのだろう。
仮にこの部活に入れと命令されたとして、私は同じように
「外周レースは、この練習場の一番外側、林との境界を飛ぶコースです。距離は一周一キロメートルほどですので、短距離部門ならば一周、中距離部門ならば三から五周といった具合に、練習したい部門によって周回回数を変える、基本のコースになります」
箒狂いことイサナが、箒競技には距離ごとの区分と、それぞれに障害物部門があると言っていた。ここの練習場の障害物(揺れる鉄球や急な坂)はコース内側に存在していて、外周はスラロームと輪くぐり以外は完全に速さ比べになる。
先輩たちが箒に跨り、スタート位置に立った。
「今回は二周してもらいます。短距離は高台スタートが基本ですが、本来の競技距離よりは長いので、毎年デモンストレーションでは離陸から行っているんですよ」
「どうして、短距離部門は高台からスタートなんですか」
「記録を良くするため、というのが大きな理由ですが……」
マリアゼッタ先輩が答え終わる前に、スタート位置に置かれた時計が、カウントダウンのアナウンスを始めてしまう。
「ほな行くでえ!」
「今日は負けませんわよ、先輩!」
ジゼール先輩がメガネを外し、タチヤナ先輩が足にぐっ、と力を込めたところで、スタートの合図が鳴り響く。
「……っ」
ばさばさばさっ!強烈な風が私たちの周りを吹き抜けていく。身構えていたのに、衝撃もなければ制服がはためくこともなかったのは、予期していた隣の先輩が風魔法で守ってくれたからだ。
「というように、短距離の選手が行う急加速は、強烈なバックウインドを起こすことが多いからです。高台からのスタートであれば、落下中の加速になるので多少、マシになるというわけですね」
見れば、矢と化した黒髪の魔女が、すでに二つ目のコーナーを曲がったところだった。追い縋る緑の軌跡も、スラロームの飛行は美しいが、加速が違いすぎる。
あっという間に一周を終えたジゼール先輩は、轟ッという風を置き去りに、スタート位置を通過していく。
「あれでよく、曲がれますね」
「今日は上手くいっているだけですよ。折った箒は数知れず、練習中に大怪我なんて日常茶飯事。大会で破壊した備品の数と、取ったトロフィーの数を比べられる……ジゼール・ラクロアという
はあ、とため息をつくマリアゼッタ先輩。なんというか、箒競技部の予算不足の一因を知ってしまった気がする。
「よおおおっし!今日もうちの勝ちやなあ!晩メシ一品没収やで、タチヤナ!」
「ふぅーっ、ふーっ、ふぅー、これは、デモン、ストレーション……でしょう!?」
「ううん?誇り高き東方の血を継ぐタチヤナ・ミハイロヴナ・ヒイラギ様は、負けた言い訳も達者やなあ」
「はーーーーー?????いいですわよ持ってけこの、ド畜生副部長!!」
タチヤナ先輩のタイムは、ジゼール先輩から遅れること約五秒。あの怪物飛行と張り合っているのだから、十分すごいとは思う。
「こほん。このように、部員同士で切磋琢磨しつつ、より速く、より上手くを目標に、日々精進しているんですよ」
「晩飯没収、と聞こえたような」
「私たち全員、土筆の館ですので……夕食は部活終わりに一緒に、というのも伝統なんです」
全員同じ寮とはまた、偶然ではないのだろう。土筆の館に特色はない、と聞いていたが、練習場から近いからだろうか?
「ティリスナヴァさんはどちらの寮に?」
「……実は、まだ、決めていなくて」
「まあ、そうでしたか。それではぜひ、土筆の館に来てみてください。何もないところですが、みなさん優しい、温かい寮ですよ」
所属人数が少ないから、目立ちそうだと思って敬遠していた土筆の館。逆に言えば、他の寮と比べて、自分には無理だという要素があったわけではない。
どうせ一人では決められない私だ。先輩の言葉に従えば、楽だ。
「それじゃあ、えと、お世話になります」
そういうわけで、私の所属学生寮が決まった。
部員全員が所属している寮に入るというのは、外堀を埋められているのではないだろうか、ということに気がついたのは、翌朝になってからだった。
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