1-3 通りすがりの箒オタク

 誰もいなくなった教室で、ぼーっと暗くなった外を見ていた。


 薔薇の館にある一、二年次の教室に、決まった自分の席というものはない。友人たちと固まってもいいし、ここで行われる一般教養の授業も重視している生徒は、前の方を陣取る。それでも三日あれば、すり鉢状の教室の中で、いるべき場所というのは大体決まってくるもので、私はといえば、窓際の中段で、ひとりぼっちだった。


 なぜ、この学園に入学したのか。なぜ、したいことが見つからないのか。なぜ、何も決められないのか。

 ぐるぐると回る言葉に答えは出ない。脳裏に浮かぶのは、元同僚の顔。エイレインのOGであることを誇りに思っていた人。姉のようだった人。彼女が言っていたから、ここに来た。それは、「なぜ」の答えになるのだろうか。

 私に魔法を教えてくれたあの人は、もういない。


 机の脇に立てかけた箒。それが私の、数少ない私物だ。

 軍時代、私は偵察兵として箒乗りをやっていた。箒は魔法使いにとってメジャーな交通手段であり、この学園に乗れない魔女見習いはいないだろう。箒で買い物に行くだとか、隣町まで箒に乗って遊びに行くだとか、生活と密接に結びついている。


 一方で、超長距離の移動や、速度を重視する場合、箒という乗り物は途端に専門性を増す。魔道具である箒の「炉」に、いかに効率的に魔力を注ぐか。加速に耐えるため、どのように風魔法を活用するか。

 私は軍に拾われた後、箒乗りとしての才能を見出された。六年間、このあいぼうと共に、戦場の空を飛んできた。


 ──命令じゃない、と言っただろ。そんなに嫌ならいいよ。


 なのに、私は箒が嫌いらしい。

 アテナ先生に言われた直後は、うまく飲み込めなくて混乱したが、今はすとん、と自分の中で納得できる。

 空を飛べても、いいことなんてない。机の脇の箒を、ぎゅっと握りしめた。


 ガラガラガラ、静寂を破って、教室の扉が開いた。


「あれっ、開いてる!?まだ人いたんだ」


 廊下の魔導灯に照らされた明るい茶髪。青い瞳との組み合わせも特段珍しいものではないが、そばかすの散った頬に、なんとなく見覚えがある。

 忘れ物を取りにきたクラスメイトだろう。残念ながら、名前は覚えていないけど。


「ティリスナヴァちゃんだよね、やっほー。どうしたの?」


「私の名前……」


「あ、違った?ごめんねえ、まだ全員は覚えられてなくって」


「いや、合っている、けど」


 すたすたと近づいてきた彼女は、机に身を乗り出すようにして話を続ける。忘れ物ではなかったのだろうか?


「よかったー!すっごく可愛くて髪が綺麗な子がいるなーって、びっくりしてたんだ」


 一瞬、呆気に取られた。水色のメッシュが入った私の黒髪は、気味悪がる対象でこそあれ、よく思われることなんてほとんどない。

 実際、入学式では同級生から遠巻きに見られていたし、私自身あまり会話が得意でないせいもあるが、クラスで話しかけられない原因の大部分は、この髪だろう。


 それを、綺麗だなどと。そんなことを言う者は、彼女がたったの二人目だ。


「気持ち悪く、ないの」


「え、なんで?」


「私のこれは魔力形質。同じ症状の子供が、周りを巻き込んでたくさん死んでる。忌み子と、呼ばれることも多い」


 強い魔力を持って生まれた子供が、コントロールを身につける前に魔法を使うことで稀に起きる現象、魔力形質。魔力を帯びた身体の一部が変色し、いかなる手段でも元には戻らない。

 性質上、発症した子供は魔法による事故を起こすことが多く、被害者の嘆きが嫌悪として世間に浸透してしまっている。


「うーん、でもティリスナヴァちゃんは大丈夫でしょ?この学園に受かってるくらいだし。すごい魔法使いには魔力形質の人だって多いのに、一緒に勉強しないで避けるのって、ヘンじゃない?」


「…………」


「それにさー、エイレインで魔力形質って言ったら、学園長とお揃いだよ!?かっこいいじゃん!」


 どうやらこの茶髪のクラスメイトは、底抜けに明るい性質らしい。学園長に対する憧れを語る表情は、曇りのない笑顔だ。

 小さく、ため息をつく。緊張して損した、というか、うまく言えないけど、彼女は私を嫌っていないことは、確からしい。


「そ、れ、よ、り」


 そう思った矢先、ずいっ、と顔が近づいてきて面食らう。爛々と輝いた空色の瞳は、ここからが本題であると如実に語っている。


「それ!箒!立て掛けてあるやつ!ティリスナヴァちゃんの!?」


「そう、だけど」


「わーーー!!これさ、マクウィルだよねやっぱり!!シルエットがどう見てもフルカスタムなのに、カスタムパーツ特有のつなぎめが遠目にもなさすぎておかしいなって思ってたんだよね。うわー、この目でマクウィルの箒を見る日が来るなんて……ねえねえこの子の名前は?触ってもいい?」


 突然、軍属魔法使いによる火球ファイアボールの連射もかくやといった勢いで、箒について語り始めたクラスメイトの姿に、私はあ、とかう、とか口をぱくぱくさせながら固まることしかできない。

 というか、名前も聞けていない。


「ご、ごめんね?あたし、ちょーっと箒のことが好きすぎて熱くなっちゃう性質たちで……」


「い、や、えと、大丈夫」


「ねえねえねえ、ティリスナヴァちゃん、こんなすごい箒持ってるなら、箒競技部希望だよね?寮は土筆?あ、でも見かけたことないな。どこにしたの?」


「いや、私は……」


「あーーーっ、忘れてた!私部活見学の途中で忘れもの取りに来てたんだった!ティリスナヴァちゃんも一緒に行こっ、箒競技部」


 ばたばたばた、と自分の席からペンケースを取り出した彼女は、私の腕をがっちり握って出入り口の方へ引っ張っていく。

 私はといえば、抵抗できずに、というよりも抵抗すべきなのかどうかもわからずに、箒と荷物を抱えたまま引き摺られていく。


「っと、そういえば名前、この間の全体自己紹介の時に言ったっきりで、直接は教えてなかったや」


 扉の前で、茶髪が揺れる。一対一で同級生に名乗られるのは、入学四日目にして初めてだ。


「あたしはイサナ!よろしくね、ティリスナヴァちゃん!!」


 こうして私は、この少々強引で箒フリークで、底抜けに明るいイサナに連れられて箒競技部の見学へ行くことになってしまったのだった。

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