1-4 ようこそ!箒競技部へ!

「ふわあああ……これがマクウィルのボディ……ルバルギーニのスタイリッシュさを押さえつつ、フェリーナとは違う方向で伝統の継承と優美さを感じる……!!シートは長距離向けだよね?すごっ、手のひらが沈む!!あれ、でもあぶみはつけてないんだね。格納式ってわけでもないし、そこは超短距離仕様、いや原点回帰?待って!この魔力炉、見た目は普通だけどガッツリカスタマイズしてあるでしょ!?駆動魔法陣は当然マニュアル、うわー!魔法幾何学の授業受けてたらこれももっとわかるようになるのかなー!?」


 なぜか、箒競技部の活動場所は、運動系の部活が集まる巨大体育館、朝顔の館ではなく、学生寮である土筆の館の近くにあるのだという。

 教室のある薔薇の館から歩く途中、イサナはずっと私の箒について喋り続けていた。

 誰かに触らせたところで壊れるような代物ではないし、魔法陣に私の魔力パターン認証が含まれているため、盗まれることもないからと渡したのだが、止まらない箒トークに失策を自覚し始めている。


 彼女の言うマクウィルというのは、私の箒の製造メーカーだ。

 箒メーカー大手と言われるルバルギーニ、フェリーナ、ポーラに知名度では劣るが、実態は軍需企業であるため、箒製造の技術力ではむしろ勝る。

 一般向けはオーダーメイドのみであり、当然お値段も張るので、軍を離れれば持っているものはまずいないだろう、というのは中隊長の言だ。


 私はこのマクウィル・レコニス:カスタムに跨って、戦場を飛び回っていた。退役時に払い下げをしてもらえたのは、小隊長が餞別がわりに無理をしてくれたかららしいのだが、学生になってからはもっぱら徒歩移動ばかりで使ってはいない。


 だって、空なんて飛べても、いいことなんてないのだから。


「イサナ。土筆の館、ここだよね」


「あっ、もう着いちゃった。まだまだ聞きたいことあるから、また話そうね」


 いや、全然答えてないのだが、私。


 五つある学生寮のうち、最も所属人数が少なく、先生に聞いても特色らしい特色がないと答えられる、土筆の館。Lの形の三階建で、全体的に橙色と焦茶色で地味な印象を受ける。

 建物から少し離れた芝生の上に、それはあった。


 地面に等間隔に突き立った細長いポール。大樹の枝から吊り下げられた輪。振り子の要領で動く球体に、人工的に作られたのだろう、でこぼこした地面。

 一見、なんのための場所かわからないエリア。けれど、そこを飛び回る魔女見習いが数名いれば、自ずと答えは見えてくる。


「これが、箒競技のコース」


「そうだよ!エイレインのはあんましおっきくないよねー。マギ・セルグアーツみたいに特別力を入れてるわけじゃないから、当然だけどさ」


 イサナは大きくないと言うが、目の前に見える直線は目算三百メートルはあるのではないだろうか?入学式で使った百合の館と、さっき通ってきた土筆の館を並べてもすっぽり入るだろう。

 マギ・セグアーツ魔法学院の、これより広い練習場。一体どんな大きさをしているのか。

 それに、箒での機動飛行は急旋回・急制動が重要なことを鑑みれば、別に狭くてもなんら問題はない。


「せんぱーい!遅くなっちゃってすみません!!」


「おかえりなさい、ミリベルさん。まだ体験入部ですから、構いませんよ?」


 イサナが大きく手を振りながら走っていく先にいたのは、ピンクブロンドの女子生徒。ネクタイの色から察するに五年生、身長は平均ほどだろうが、ふっくらした女性的なシルエットというか、胸がとても大きい。

 ミリベル、というのはイサナの姓なのだろう。孤児の私には姓がないから、さっきはわざと名前だけ教えてくれたのかもしれない。


「代わりにもう一人、一年生を連れてきました!ティリスナヴァちゃんです!!」


 追いつく前に行われていく私の紹介、もとい私の箒の紹介。流されるままに来てしまったはいいが、箒競技部に、というより部活に入る気はあまりない。

 入れと命令されれば入るが、そもそも任意参加の課外活動自体が、私にできない自由意思選択の塊みたいなものだから。


「あらあら、確かに珍しいですね。初めまして、ティリスナヴァさん。私は箒競技部の部長をしています、五年のマリアゼッタ・クレーフィアと申しますわ」


「初めまして。ティリスナヴァです」


「……なんとなくわかりました。ミリベルさん、強引な勧誘はいけませんよ」


 イサナの話を聞いて、私の顔を見たマリアゼッタ先輩は、これまでの経緯を大方察したのか、そう窘めた。

 ここまでついてきた私も私ではあるが、イサナが強引だったのも事実。言われた彼女はといえば、しまった、という顔で首を縮こめる。


「ご、ごめん!!マクウィルの箒なんて持ってるくらいだから、箒好き仲間だと思って舞い上がっちゃって……強引だったよね、迷惑だったよね……うう、本当にごめんね」


「別に、大丈夫。少し驚いたくらいで、予定もなかったから」


「じゃあ!入ってくれる?私と一緒に、部活!」


「いや、それはまだ」


 ころころと表情を変え、好きなことを捲し立てるように話したかと思うと、本気で反省してしゅん、とするイサナ。なんというか、忙しい子だ。今まで出会ったことがないタイプでもある。


「せっかく来てくれたんですし、予定がないのなら見学をしていきませんか?ティリスナヴァさん」


「……えと、よろしくお願いします」


 私の同意を受け取ったマリアゼッタ先輩は、コースの方へ歩き出しながら、箒競技についての説明を始めた。


「箒は魔法使いにとって、最もメジャーな移動手段であり、生活必需品とも言うべきものです。エイレインでも、箒を持っていない学生は居ますが、乗れない学生はまずいないでしょう」


「一方で、駆動魔法陣と魔力炉の進歩により、今や日常的に使う箒の多くがオートマチック操作です。それに伴って、箒での飛行技術を、万人が学ぶ必要はなくなり……学園からも、箒術の授業がなくなってしまいました」


 この辺りは、基礎知識というより、常識に分類される。今更、という気持ちよりも、先輩の丁寧さの方が伝わってくる。

 ちなみに、オートマチックの箒というのは、操縦者を保護する風魔法や方向指示の魔法が、あらかじめ駆動魔法陣に組み込まれており、魔力を流すだけで簡単に空を飛べる箒だ。


「しかし、ご存知の通り、オートマチック操作には致命的な欠点があります。それは……」


「あらかじめ決められた速度でしか飛べないこと、ですね!」


 頭上を二人の箒乗りが通過していく。ポールに沿ったスラローム飛行など、オートマチックで行おうとすれば、飛行限界ギリギリまでの減速が必至だろう。

 操作の手軽さと安全性を追求した結果、速度を切り捨てたのは当然だ。


「そんな魔法界に異を唱えた人物こそ、『箒競技の母』オーロラ・ホリックなのです」

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