1-2 二者面談最速記録

「このクラスで所属する寮を決めていないのはおまえだけだ。先延ばしにすることは不可能ではないが、すでに作られてしまったコミュニティに入っていくことは難しいだろう?」


 薔薇の館、三階。一年六組の教室で、私はアテナ先生との面談中だった。

 時刻は十七時半を過ぎたあたり。同級生は授業を終え、部活に行ったり、アルバイトを始めたりしている時間。私はといえば、先生の言うとおり、何一つ決めなければいけないことが決まっていないため、居残りだ。


 アテナ・リヴェン。私たち一年六組の担当で、体育の講師をしている魔女だ。

 この学園で講師として雇われている魔法使いには二種類おり、一・二年次の担任や、行事の運営などに携わる講師と、研究の合間に授業だけを行う教授がいる。

 アテナ先生は前者で、自己紹介の時にかつては軍にいたこともある、と言っていたから、少しだけ親近感を覚えていたのだが。


「ティリスナヴァ……おまえの経歴は知っている。その年で、同年代の少ない軍に籍を置いていたのであれば、他の魔女見習いと仲良くするのはなかなか難しいかもしれない。魔女には偏屈な者も多いから、友達を作れ、とは言わない」


 眉を寄せる先生に、私は戸惑っていた。

 先生の言うとおり、私は半年前まで軍属だった。この国は隣国と長く戦争をしており、孤児だった私は、部隊に拾われてから少年兵として軍で育った。

 終戦後、行く宛のない私だったが、元同僚がエイレイン魔女学園のOGだったことを思い出して、入学試験を受けたのだ。


「だが、最低限のコミュニティには参加するべきだ。義務でなくとも、学園生で寮に所属していない魔女見習いはいない」


 そういう環境で育ったから、戸惑ってしまうのだ。かけられる言葉が、命令でないことに。

 元同僚たちは、私にとって家族も同然だった。だが、軍規は絶対だし、いくら師弟関係だとしても、小隊長の命令に異を唱えたことなどない。そういう意味では、必修科目という響きは好きだ。義務、命令ならば、従えばいいだけだから。


 五つの中から寮を選ぶ、とか。興味のある授業を選択する、とか。いくつもある部活の中から選ぶ、とか。

 そういうのは、わからない。アテナ先生も軍属だったのなら、命令をくれればいいのに。


「明日までだから、よく考えて決めるんだ」


「……先生が、決めてくださったもので、大丈夫です」


「はあ……?」


「自分は、先生の指示に従います」


 明日までと言われたって無理だ。入学式から三日。授業のオリエンテーションは問題なかった。指示に従っておけばいいのだから。

 でも、これは無理だ。わからない。三日あっても決められなかったのに、明日までに決められるはずがない。


「ティリスナヴァ。おまえは、なぜこの学園に入学した?」


「自分の人生を変えた、魔法の真髄へと近づくためです」


 迷わずに面接で答えた言葉を繰り返す。頭を抑えるアテナ先生。試験対策は小隊長に付き合ってもらったのだ、この回答が間違っているはずない。

 実際、試験には合格したのだ。


「ここは軍隊じゃない。私がおまえに命令して従わせても、何の意味もないんだ。おまえたち魔女見習いには自らで選択し、自ら学び、自分の人生を勝ち取ってほしい」


 自分の人生。終戦が濃厚になった頃から、部隊でも再三言われてきたこと。

 物心ついた頃には孤児院にいて、九歳から六年、軍で育った私にとって、人生とは従うものだった。院長先生の言うことを聞いて、小隊長の命令に従って、その通りに動いていれば生き延びられるから。


 自ら学ぶ。それはわかる。私は機械人形オートマタだなんて、元同僚に呼ばれてはいたけれど、作戦中に思考を止めたことはない。小さな工夫が、戦場では生死を分けるから。けれど、それは選択にはつながらない。兵士は、自分で命令を選べないから。


「希望がないなら、合わない寮は思いつかないのか?この際消去法も手だ」


 そう言われて、エイレイン魔女学園が誇る五つの寮を思い出す。

 梅の館、向日葵の館、桔梗の館、椿の館、土筆の館。かつては学園側が生徒を無作為に割り振っていたのだが、年月とともに各寮に特色が生まれ、それに合わせた設備が整えられた結果、今は希望制になったと聞いている。

 余計なことをしてくれたものだ。私だけ、昔に戻りたい。


 梅は有力貴族の子女が多く在籍しているらしい。私は孤児出身なので居場所はないと思う。

 向日葵には腕っぷしの強い先輩が多いと聞いた。体力はそこそこあるが、剣術や魔法戦闘ができるわけではないので、合わないような気がする。

 桔梗を選ぶと芸術に集中できるみたいだ。歌も絵もよくわからない私に、何かできるとは思えない。

 椿では授業をさらに深掘りした研究が盛んだという。必修以外の授業を選べてもいない私では、施設を持て余すことは確実だ。

 土筆はよくわからない。先生も際立った特色はないと説明してくれた。人が少ないので、所属すると目立ちそうな気がする。


「どこが嫌というのはありません。でも、どこも合わないような気がします」


「本当に厄介だな……所属寮の変更は、特殊な事情があれば認められるが、基本できない。お試しで入寮するのも現実的ではないな」


「はあ、そうなんですね」


「うーむ……これは命令ではない、提案なのだが。おまえは箒乗りだったんだろ?何も決められないと言うなら、まずは箒競技部の見学に行って、知り合いを増やしてみてはどうだ?」


 ──箒。

 びくり、と体が震えた。


「それが命令であれば」


「命令じゃない、と言っただろ。そんなに嫌ならいいよ。しかし、どうしたものかな……」


 嫌?私が?

 私が、箒競技部とやらに行くことを望んでいないように、そう見えたのか。アテナ先生には。


 それから、結局私は何も決められず、面談を終えた。

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