箒競技部入部編

1-1 エイレイン魔女学園

 花びらが舞っている。桃色に染まった並木道を、期待と緊張で顔を彩った少女たちが、ぞろぞろと歩いていく。

 もう数分も歩けば、栄えあるエイレイン魔女学園の正門が、魔女見習いを待っている。これから始まる六年間の学園生活を、程度の差はあれ、誰もが楽しみにしているのだろう。


 けれど私は、どこか現実感のない、絵画を見ているような気持ちで、同輩たちの背中を眺めていた。


「わぁ……!」


「すごい、すごい、あれなに!?」


 そんな私でも、正門をくぐった途端に起こった「出迎え」には、驚いた。

 くるくると回りながら、花を咲かせては消し、また別の花を咲かせる生徒。ペガサスを従え、餌やりやブラッシングを見せる生徒。そして、箒にまたがり、縦横無尽に空を飛び回る生徒。

 その誰もが、リボンの色こそ違えど、私たちと同じ制服に身を包んでいる。つまり、先輩たち、ということ。


 視界を彩る様々な魔術が、エイレインで五年間の学園生活を送れば、誰だってできるようになる、ということを、言葉よりも如実に魔女見習いたちに伝えていた。


「ほーら、新入生たちー!百合の館は正面の白い壁だよ!」


「見惚れてくれるのは嬉しいが、遅刻は厳禁だ。お手洗いには忘れずに行っておけよ」


 目の前の出し物に夢中になっていた新入生を、声を張り上げて一列に正す先輩が二人。

 百合の館、というのは入試の時にも使った建物で、千人は入れそうな巨大ホールと、いくつかの大教室があったはず。入学式も、あそこでやるのだろう。案内の紙にも書いてあった。


 整然と並んだ薄赤の椅子に一人、座る。新入生はホールの一階部分、それもステージに近い前列に通されており、すでに百人くらいは席についている。

 隣の席の生徒と談笑する者、手元の資料をじっと見つめる者、落ち着かずにステージやホール全体を眺める者。これまで男所帯にいた私としては、よくもまあこんなに同世代の女の子がいるものだ、と妙な感慨に浸ってしまう。


「まもなく開式の時刻となります。新入生は、速やかに席に座ってください」


 会場全体に朗々と響く声。王都の劇場では、積極的に魔法による演出が取り入れられるようになった、と元同僚の誰かが言っていた気がする。この拡声の魔法も、似たようなものなのだろう。


 ──それにしても。

 見事に、避けられている。会場は広いので、一つ二つ席を飛ばしても、確かに問題はない。けれど、こうも露骨に両隣、さらに前後ろを空けられると、いかに機械人形オートマタなどと呼ばれていた私でも、少しは傷つく。

 私は小さくため息をついて、未来のクラスメイトたちが避けているのであろう、水色のメッシュを弄んだ。


「新入生諸君」


 やがて、ホールの照明が絞られ、ステージに立った一人の魔女にスポットライトが当たった。

 肩まで伸ばされた髪は、白銀。「彼女」の年齢を考えれば、総白髪であることに不思議はないが、私はそれが、ただ歳を重ねただけの色ではないことを知っている。同様に、エメラルドの瞳に輝く銀のハイライトが、光の加減による見間違いではないことも。


「私は当学園の学園長、ケイオネア・エイレインだ」


 重圧。声に乗った不可視の魔力が、私たち魔女見習いの肩にのし掛かった。

 魔女を志す者、魔法に携わる者ならば、知らない人間はいないだろう。「月の魔女」の異名を取る学園長は、百二十を越える年齢を感じさせないほど長身で、声にも肌にも、ハリがある。


「諸君はこれから、ここエイレイン魔女学園で、さまざまなことを学ぶだろう。得意なこと、苦手なこと、好きなこと、嫌いなこと。学校という場である以上、すべて平等に」


「ありとあらゆるものに真剣に取り組めと、私は言わない。不可能だからだ。人間には各々が持つ適性と、それに伴うキャパシティがある。すべての魔法を同じ熱量で研鑽することはできない」


「だが、覚えておけ。魔法は力だ。力を抜くことと、手を抜くことは断じて異なる。魔法を恐れろ。授業に優先順位をつけても、魔法を軽んじることはあってはならない」


「諸君らが見習いから、一人前の魔女に成長するための場を、私たち教員が全力で整える」


「諸君らは諸君ら自身に恥じぬよう、研鑽をしなさい」


 万雷の拍手が鳴り響いた。

 私も釣られて手を叩きながら、思う。なるほど、「完璧な魔女になりたいのなら、エイレインへ行け」というのは、正しそうだ。

 この国には、エイレイン魔女学園の他にも、いくつかの魔法使い育成機関がある。共学もあるし、男子校もある。その中で、優れた魔女を輩出している学園はどこか、と問われれば、魔法関係者は揃って、エイレインの名を挙げる。


 ケイオネア学園長は、すべてに真剣に取り組む必要はない、と言った。実際、ここのOGである元同僚は、教師から強制されてなにかを学んだことはないと言っていた。

 それでも、いやだからこそ、徹底された実力主義により、優れた人材を育成し続けているのが、この学園なのだ。


 魔法は全て繋がっているとは、確か箒の師匠である、小隊長に教わったことだったかな。


 私はその後の来賓祝辞を聞き流しながら、エイレインで学園生活を送ることを楽しみにしている自分がいることに気づいた。

 今は、同級生にも避けられているような始末だけど。学園長も「同じ」なのだから、きっと。



「ティリスナヴァ。履修科目の提出に、所属寮の決定は明日までだが。部活参加は任意とはいえ……何も決まっていないまま、初週を終わらせるのか?」


 なんて、そんな少しの高揚感は、三日が経つころには、すっかり萎み切ってしまったのだった。

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