第53話 先輩は都市に入る前に門前騒動を起こすそうです!? 後編

旅人、商人、冒険者たちは、

馬を捕らえるため、

次々に動き出した。


誰もが手にした道具を振りかざし、

まるで互いに先を争うように、

馬たちに向かっていく。


投げ縄を構える者、

網を広げる者、

ムチを振り上げる者。


さらにはニンジンを両手に持ち、

餌で誘おうとする者までいる。


馬たちにとってそれは不意打ちも同然だった。


川の水を飲み、

草を食んでいただけなのに、

突然の襲撃を受けるなど予想外だったのだ。


最初に行動を起こしたのは旅人だった。


男は手際よくロープを輪にし、

投げ縄を作ると、

馬の首元を狙って一気に投げ放った。


その動きに気づいた馬は、

即座に体をひねり、

軽やかに回避してみせた。


ただ回避するだけで終わらない。


馬はロープの端を器用にくわえると、

素早く体をひねり、

勢いよく振り回した。


「な、なんだと!?」


驚愕する旅人を前に、

馬は力強く体をひねり、

くわえたロープを勢いよく振り回す。


空を切る音が響き、

ロープは宙を舞いながら逆襲の軌道を描く。


冒険者たちは慌てて避けようとするも、

足元がもつれて転倒。

無情にもロープは彼らの腕に絡みついた。


「ヒヒィィン!」


馬は勝ち誇ったようにいななきた。

その様子はまるで

「散歩に連れて行ってやる」と言わんばかり。


「やめろぉ」


馬はロープをくわえたまま疾走め。

旅人は地面を引きずられていく。


旅人の戦意が喪失したのを見ると

飽きたようにロープを離した。


だが馬の中には、

冒険者たちが連携して動いたことにより

捕らえられるものも出始めた。


「囲め! 逃げ道を塞げ!」


リーダー格の冒険者が指示を出し、

仲間たちは盾を構えて、

馬の進路を封鎖していく。


彼らは馬の動きを観察し、

その進路を見極めながら、

ネットを仕掛けるタイミングを計る。


馬が逃げられる道は、

もう一つだけだ。


その進路上には、

奇妙な構えを取る冒険者が立ちはだかっていた。


「ニンジン二刀流!!

 お前はこの誘惑に打ち勝てない」


両手に掲げられたニンジンを見た馬は、

瞳を輝かせ、

迷いなくその道を駆け抜けようとする。


「今だ、動け!」


冒険者たちはタイミングを見計らい、

一斉にネットを引き上げた。


網が勢いよく跳ね上がり、

馬の進路を遮断する。


突然の障害物に、

馬は反射的に立ち止まろうとしたが、

すでに遅かった。


そのまま網に突っ込み、

四肢が絡め取られてしまう。


転倒こそ免れたものの、

完全に動きを封じられていた。


捕らわれた馬は、

身をよじって網を破ろうと激しく暴れる。


後ろ脚を振り上げ、

荒々しく地面を蹴りつけるたびに砂埃が舞い上がり、

冒険者たちは思わず後ずさりした。


「一頭捕まえたぞ!

 これでボーナスは俺たちのもんだ!」


リーダー格の男が満足げに叫ぶと、

仲間たちは歓声を上げながらその場に集まった。

しかし、その笑顔が続いたのはほんの一瞬だった。


『ウィンドカッター』


その馬のいななが響き渡ると同時に、

空気を切り裂くような音が周囲を支配した。


冷たい風が吹き抜けるが、

それはただの風ではない。


鋭い刃を秘めたかのように、

肌を刺すような冷たさを運んでいた。


「うわっ! なんだこの風!」


冒険者の一人が驚きの声を上げた。


その風の刃は、

絡みついたネットを正確に切り裂いていく。


網目は次々と解け、

囚われていた仲間の馬の体が自由を取り戻した。


その風の魔術を繰り出した馬の名は

『旋風のジョニー』。


後輩ちゃんが乗っていた

この群れの中で最も小柄な馬である。


名付け親は不明だが、

「旋風の」という言葉は、

異名ではなく名前そのものだという。


(またくだらぬ物を裂いてしまったぜ)

(助かったぜジョニー)


この世界でレベルや才能があるのは

人間だけではない。

馬にも同じようにそれらが存在するのだ。


血狼団が戦場でその名を轟かせた理由。

それは彼ら自身の強さではない。


彼らが騎乗する馬たちが、

異能を覚醒させていたからに他ならなかった。


『旋風のジョニー』は

風を自在に操る稀有な力を持ち、

荒々しい突風も、繊細なそよ風も思いのまま。


風の魔術に特化した、

まさに天才と呼ぶべき馬であった。


「おい、集まれ!

 一番でかい馬を捕まえるぞ!」


別の場所では、

バンカーの部下たちが、

馬を追い詰めようとしていた。


「ムチで追い立てて、

 動いたところをネットで捕らえろ!」


調教用の長いムチを手に取り、

馬の動きを封じるため何度も振り回す。


だが、ニンジンラバーは動かない。

その鋭い眼差しと堂々とした立ち姿には、

恐れの気配は一切ない。


「こいつ全然

 動こうとしないな」


そもそも調教用ムチとは本来馬と

コミュニケーションを取るための道具である。


彼はそれを知っているので

その鞭の一振りが自分を害するものでないと、

見抜いていたのだ。


「あいつ……

 俺たちをバカにしてるつもりか!」


商人は怒りにまかせてムチを振り下ろしたが、

馬は素早く首を伸ばし、

ムチの先端を見事に口でくわえた。


「ムチをくわえただと!?

 そんな馬鹿な!」


馬が商人に向かって猛然と突進する。

逃げる間もなく衝撃を受けた商人は宙を舞い、

地面に転がるとそのまま恐怖で動かなくなった。


馬は無造作に落ちたムチを拾い上げると、

咥えたまま首を勢いよく振り、

高速で回し始めた。


その動きはまるで武器を操る戦士のようだった。


「ひ、ひぇえ!」


「馬がムチを振り回してる!

 早く逃げろ!」


馬は目の前の人間たちに向かって走り出す。


ムチを当てるつもりなど毛頭ないが、

逃げ惑う姿を楽しんでいるかのように、

すれすれの距離で追いかけ続けた。


そのたびに男たちの悲鳴が響き渡る。


ニンジン・ラバーは、

念動力という特異な能力を持っていた。


通常の馬としての物理的に不可能な行動を

「意識の力」で実現することができるのだ。


例えば、口にくわえたムチを念動力で操り、

自在に振り回すことさえできた。


人間の行動を観察し、

彼らが使う道具や武器の動きを学んだ結果、

軽いものなら意のままに操れるまでになったのだ。


「バ、バンカー様! 大変です!」


護衛の冒険者が

土埃を立てながら駆け込んできた。

額には汗が滲み、目は怯えで泳いでいる。


「負傷者が……負傷者が出ました!

 あれは、ただの馬じゃありません!」


報告を聞いたバンカーは、

椅子に深く座ったまま、

表情を変えることはなかった。


「負傷者だと?

 馬に遅れを取るとは

 どうしようもない無能どもだな」


その声は低く、

冷酷そのものだった。


馬に振り回される護衛たちを一瞥し、

バンカーは苛立ちを隠さず命令を下す。


「どんな手を使っても捕まえろ

 できなければ、全員クビだ

 いいな?」


冒険者たちは危機感を募らせ、

本気を出した。


しかし、馬たちの大将

「ニンジンラバー」は、

すでに戦略を全員に伝え終えていた。


(まさか人間が攻撃してくるとは

 だが問題ない)


戦場を駆け抜けた彼らにとって、

冒険者や商人など問題外の相手だった。


「各隊、包囲して捕らえろ!」


バンカーが雇った冒険者たちは、

5人一組で馬を追い詰めようとするが、

それを察知した馬たちは連携して対処を始めた。


まず、最も危険な武装した冒険者たちを標的に選ぶ。


二頭の馬が加速し、

彼らの中心に突撃を開始した。


時速70キロを超える速度で迫る馬に、

冒険者たちは恐怖を感じた。


「おい!!

 こっちに来るぞ

 避けろーっ!」


慌てて左右に飛び退く冒険者たち。

しかし、それこそが馬たちの狙いだった。


地面に転がる彼らの視界に映るのは、

数頭の馬の力強い脚。


「くそっ!

 なんで他の馬までいるんだ!」


怯える声を無視し、

逃げる冒険者たちに近づいた馬が

前脚で容赦なく叩きつけた。


突撃した2頭が注意を引き付け、

他の馬たちが攻撃を仕掛ける。

見事な連携プレーだ。


「なにやってんだお前ら!!」


バンカーの叫びが周囲にこだまするが、

護衛の冒険者たちと従業員は

次々と馬の攻撃を受け気絶していった。


残ったのは商人の部下とバンカーの演説に触発された

行商人や旅人たちだけとなった。


そこから馬たちは必ず二頭一組となり、

人間を挟み撃ちにして攻撃した。


「こっちくんなぁ!!」


一頭が注意を引きつける間に、

もう一頭が攻撃を仕掛け、

連携して攻撃していく。


「うわぁ!!」


その叫び声を上げる様子を見た残った人間は

自分一人では到底太刀打ちできないと悟り、

捕まえるどころか逃げ出してしまった。


そして、ニンジンラバーたちは、

人間を追い払った後、

じっとバンカーのほうを見つめ始めた。


「なんか文句あんのか

 何こっちみてやがる

 馬のくせによぉ!!」


彼らが見ていたのはバンカーではなく、

たくさんの荷馬車に繋がれている

雌馬たちであった。


バンカーが所有する馬はすべて雌馬。

これには彼の「扱いやすさ第一主義」が

深く関係していた。


人間であれ馬であれ、

反抗的な者は容赦なく切り捨ててきた。


牡馬は雌馬に比べて

筋肉質で骨格もしっかりしているが、

気性が荒く、制御が難しいという欠点がある。


一方、雌馬は穏やかで冷静、

そして従順だ。


バンカーはこの性質に目を付け、

雌馬だけを集めて、

移動手段として利用していたのだった。


「ヒヒィィン!!」


ニンジンラバーのいななきが響き渡るや否や、

周囲の馬たちが一斉に動き出した。


そのスピードと迫力は、

まるで嵐そのものだった。

地響きを伴う足音が迫りくる。


「や、やめて!

 来るなぁぁぁ!

 俺を踏み潰さないでくれぇ!!」


恐怖に引きつった顔で叫ぶ彼のすぐそばを、

轟音とともに馬の群れが駆け抜ける。


土埃と風が容赦なくバンカーを打ち付けるが、

彼は目をつむって怯えるしかなかった。


「ぎゃ、ぎゃああ!

 俺、死んだ!?

 まだ生きてる!?」


恐る恐る目を開けると、

馬たちは既に彼を通り過ぎていた。

しかし安堵する間もなく、次の混乱が起きる。


彼らの目指すはただ一つ、

荷馬車に繋がれている雌馬たちだった。


「おい、何が起こってんだ!?」


検問所の係員が叫んだときにはもう遅い。


木製の車体が激しく揺れ、

積み荷が崩れ落ちていく。


まず馬たちは雌馬ではなく、

荷馬車に突撃し、

積み荷に襲いかかった。


それは、敵対する人間たちの士気を

徹底的に削るための行動だった。


「奴ら荷馬車を襲い始めたぞ」

「止めろ!おい、誰か止めろって!」


人々が必死で馬たちを押し返そうとするが、

その突進力に抗うことなど到底できなかった。


旋風のジョニーがウィンドカッターを発動、

空気を切り裂く音とともに、

風の刃が荷馬車を直撃し、中身を吹き飛ばす。


木箱が粉々になり、

荷馬車から溢れ出たリンゴや

小麦袋が地面を転がり回る。


その光景に、

御者たちは呆然と立ち尽くした。


「くそ、こいつらやりたい放題じゃないか!」


「見ろ!あいつら

 メス馬の綱をかみ切ろうとしてるぞ」


1頭の馬が引き綱に噛みつき、

力任せに引きちぎった。

その瞬間、金具が外れ、大きな音が響く。


バンカーの従業員たちは慌てて駆け寄るが、

牡馬たちの勢いを止めることはできない。


彼らは次々と雌馬を連れ去り、

その場を混乱の渦に巻き込んでいく。


地面には壊れた馬車や散乱した荷物が広がり、

砂埃が空を覆う。


「俺の商品がめちゃくちゃじゃねぇか」


従業員たちの悲鳴が響き渡り、

混乱は頂点に達していた。


そんな状況の中、

旋風のジョニーの視界に、

一頭の白馬が飛び込んできた。


その白馬は木製トレーラーの中に収められ、

女性の従業員が輸送用の馬車に乗り

他の馬がそれを引っ張っていた。


月光を浴びたかのように白く輝く毛並み、

銀色に輝くたてがみが、

風に揺れている。


その美しさに、

ジョニーの瞳が輝き、

瞬時にハートマークが浮かんだ。


彼は迷うことなく駆け出した。

全身に嵐のような風をまとい、

白馬のもとへ突進する。


「おい、やめろ!

 その馬は皇帝に献上するための馬だぞ!」


バンカーの叫び声が響く。


「止めろ、なんとしても止めるんだ!」


「無理だ!

 あの風の勢いじゃ近づけやしない!」


周囲の人々はジョニーの巻き起こした嵐にたじろぎ、

後退するしかなかった。


風が地面を切り裂き、

その猛威が止まらない。


「早く逃げないと……!」


馬車に乗る女性従業員は、

必死に退避しようとするが、

それすら許さない速さでジョニーが迫る。


ジョニーは白馬の元へ一気に突進すると、

風の魔術を発動。


風の刃で木製のトレーラーが粉砕し

彼女を繋ぐ綱や首輪を正確に切断され、

白馬は自由の身となった。


解放された白馬は一瞬立ち止まり、

ジョニーを見つめる。


ジョニーはその目をしっかりと受け止め、

静かに、しかし力強く白馬の背に飛び乗った。


女性従業員は慌てて白馬に駆け寄るが、

目の前では、

馬が白馬に重なり合う光景が繰り広げられた。


「きゃぁぁぁ!!」

「おい、お前何してるんだ!?」


バンカーの声が空しく響く中、

ジョニーは周囲の視線を気にも留めず、

堂々と白馬にまたがり続けていた。


検問所の大通りの中心で

繰り広げられるその光景は、

人々に衝撃を与えた。


「な、なにやってんだ、あの馬……!」

「まさか皇帝の白馬に……!?」


あちこちから悲鳴や困惑の声が上がり、

検問所全体が騒然としたが、

彼の行動を止められる者は誰もいなかった。


「皇帝に献上する

 白馬になになってんだてめぇ」


先輩と後輩ちゃんは、

少し離れた場所から、

その光景を目を丸くしながら眺めていた。


しばらく沈黙したまま立ち尽くしていたが、

やがて先輩がぽつりと口を開く。


「ねぇ後輩ちゃんが

 乗ってた馬が

 白馬の上に乗っかってるよ」


「私には何も見えないし

 聞こえないっすぅぅ!!」


私は気まずさのあまり、

耳をふさぎ目を閉じたが

先輩とニャンタは彼らの行為をガン見していた。


まるで家族でテレビを見ている時に、

大人同士の男女のキスシーンや

ベッドで絡み合うシーンを見てしまったような感じだ。


「ホルモンが溢れてやがるな」


独特の気まずさが周囲に流れるなか、

ニャンタは渋い顔をしながら

そう囁いていた。


何か違うことで気をそらさなくては。


「先輩、馬たちの営みなんて

 みなくていいっす

 混む前に検問所通過しようっす」


後輩ちゃんは顔を赤くして先輩を促した。


馬たちは攻撃されたのを口実に、

反撃の域を超え、

やりたい放題しはじめた。


飼い主にペットは似るという言葉があるが

彼らの行為は野盗さながらだ。


「ペットは飼い主に似る」とよく言うが、

彼らの行動はもはや、

元飼い主である野盗そのものだった。


最後には、

すべての雌馬を引き連れ、

勝ち誇った様子で草原へと走り去っていった。


「もう俺はおしまいだぁ」


座り込んだバンカーは、

呆然としたまま呟くしかなかった。


積み荷は滅茶苦茶にされ、

育ててきた名馬たちは奪われ、

その損害額は数億に上った。


彼に残されたものは、

土と涙だけだった。


巻き添えを食ったのは彼だけではない。

行商人や旅人も巻き添えとなり、

大半が全財産を失った。


馬を捕まえようとしただけで、

これほどの惨事を招くとは、

誰もが予想できなかった。


この事件は後に、

「史上最悪の暴走事件(ホース・インパクト)」

として語り継がれることになる。


だが、その発端が、

二人の少女が馬を放したという、

些細な出来事だったと知る者は誰もいなかった。


そして私たちは検問所に到着した。

行列はほとんどなく、

すぐに順番が回ってきた。


私は一つ気になることがあり、

検問をしている男性たちに問いかけた。


「ここの検問所って、

 いつもこんなに混むんっすか?」


男性は軽く首を振り、

答えてくれた。


「いや、普段は空いてるよ。

 今日は野盗が近くに出たって緊急連絡があったから、

 念入りにチェックしてるだけさ」


続けて彼は私たちを見て少し眉をひそめる。


「それにしても、

 お嬢ちゃんたちは二人旅かい?

 モンスターや野盗に襲われたら大変だろう?」


先輩がいつものように軽い調子で答える。


「大丈夫だよ!!

 私たち冒険者志望だから

 襲ってきたら返り討ちにするよ!」


男性は笑みを浮かべながら適当に相槌を打った。

どうやら先輩の言葉を冗談だと思ったようだ。


きっと、都市で仕事を探しにきた、

労働志願者に見えるのだろう。


「まあ、気をつけるんだな

 野盗は男だって情報が入っているから

 二人だけなら通過を許可しよう」


「通行料は二人で1000Gだ。」


簡単な質問で通れるのはありがたいが、

私たちには一つだけ致命的な問題があった。


(やばいっす

お金持ってないっす)


そのときだった。

ニャンタが1000G札をどこからともなく取り出し、

検問の男性に手渡した。


ふと目を凝らすと、

お札の端に赤い染みが付いているのが見える。

気のせいだと信じたい。


「ほらよ、1000Gだ。受け取れ。」


ニャンタが低い声で言い放つと、

男性は少し驚いたような表情を見せたが、

すぐに札を受け取った。


「確かにいただいたよ

 賢い猫ちゃんだね

 自由都市フロンティアタウンへようこそ!」


壁をくぐって門を通る瞬間、

訪問者は頑丈な要塞の中に

足を踏み入れるような感覚を覚えるだろう。


門を越えると同時に広がるのは

賑やかな市場や住宅街、

人々の暖かい生活の営みだ。


巨大な壁はモンスターから住民を守っている

都市全体から感じられる、

守られている安心感に包まれた。


「ニャンタさん?

 そのお金どうしたんすか」


「野盗どもから奪っといた」

「まじっすか」


私は普通の人たちを見て内心

感動していた


いままで出会った人間は

暁の幻影団と聖女さまご一考と

野盗どもである。


普通の人を見ただけでこんなに感動するとは

私は思わなかった。


「後輩ちゃん

 この金のカギ

 どこで使えるんだろうね」


「この都市広いっすもんね

 ニャンタさん

 何かいい方法ないっすかね!?」


「まったく仕方ないな

 そのカギ貸してくれ」


ニャンタは金のカギを受け取ると、

反対の手で水色の水晶を取り出した。


「猫界七十七ツ道具

 『案内水晶オシエタル』

 このカギが使える場所を教えろ」


水晶が妖しく輝き始め、

中から矢印が浮かび上がる。


球体の形状をしているため、

全方位の方向を指し示せるらしい。


「これ矢印付きだから

 方向音痴でも迷わず進めるね!」


「こんな便利な水晶あるなら

 もっと早く出してほしかったっす!」


「こいつは万能じゃねえ

 特定の物を探すときしか使えねえんだ」


ニャンタは軽く水晶を揺らしながら、

やや不満げに言葉を返す。


万能に見えるこの道具だが、

実際には使える条件が限られているようだ。


ポータルチェストの材料も

これで簡単に揃うかと思いきや、

どうやらそう簡単にはいかないらしい。


「よし!!

 矢印が示す北西に進むぞ

 クルミ発進しろ」


「よっしゃぁ!!

 後輩ちゃん

 レッツゴーだよ!!」


元気いっぱいの声を響かせ、

私の返事を待つことなく走り出した。


「待ってす

 置いてかないでっすぅ!!」


ニャンタは先輩の頭に乗りながら指示を出し、

私たちは矢印の指す方向へと進み続けた。


都市の境界線を超えると、

そこは一変した景色が広がっていた。


整然と並ぶ街並みを抜けると、

一転して広大な畑が広がり、

古びた家々がぽつりぽつりと点在していた。


私たちがやってきたのは、

他の廃墟と比べてもひときわ荒れ果てた、

一軒家であった。


壁はひび割れ、

屋根は崩れ落ち、

風が吹くたびに窓枠がかすかに軋む。


「なんか落ちてるっす」


地面にかつての表札と思しき残骸が転がっていた。


「バルト・クラッシュベリー」と

「ジャック・クラッシュベリー」の名前が、

かすれた文字で刻まれている。


私たちはためらいながらも、

その建物の中に足を踏み入れた。


「この潰れた廃墟の下に

 カギを使う場所があるみたいだぜ」


ニャンタが水晶を掲げながら言った。

その矢印が示しているのは、

どうやらこの家の下らしい。


辺りを見回すと、

廃材がやけに不自然な形で積まれている箇所を発見した。

私たちは顔を見合わせる。


ここが地下への入口じゃないか?

そう直感した。


「つるはしで

 廃材ぶっ壊すよ」


先輩は廃材にむけて、

持っていたツルハシを勢いよく振り下ろした。


崩れる木材の隙間から現れたのは、

地下へと続く階段。


その先には鉄でできた重厚な扉が、

ひっそりと待ち構えていた。


「ただの木造の一軒に謎の地下室

 もしかして世界の真実が記された

 手帳が見つかったりして!?」

 

「それはないと思うっすよ!?」


階段といっても、

段数は十段ほど。

思ったより浅い。


先輩はポケットから金色の鍵を取り出すと、

鍵穴に差し込んだ。


カチャリ――。


もう二度と使うことはないだろう、

そんな予感がしたが、

金の鍵なら売れるかもしれない。


捨てるのは惜しいと感じ、

先輩はそのままポケットに戻した。


扉を開けた瞬間、

思わず息を呑んだ。


目の前には山のように積まれた札束と、

乱雑に散らばる謎めいた指令書が散らばっていた。


部屋全体が埃っぽく、

掃除されている様子は皆無。

どうやら倉庫として使われているだけのようだ。


「これ見て!

 後輩ちゃん、大金だよ!」


「1000万Gはあるんじゃないか

 これで欲しいもの

 買いたい放題だな」


「よし、早くこれを

 マジックバッグにしまおう!

 持って帰ろう!」


「ちょっと待ってっす

 私たちには大金すぎるっす

 ニャンタさんに管理してもらおうっす」


どこから来たお金かは謎だが、

襲われたことへの慰謝料だと割り切り、

遠慮なく持ち帰ることにした。


そのまま地下室を後にした私たちは、

市場へと足を向けた。


「ねぇ、これからどこに行く?」


「新しい街に来たら

 まずは宿探しが定番じゃないっすかね」


「俺は飯が食いたい

 金はあるんだから

 レストランで豪勢に食おうぜ!」


ニャンタの提案に、

全員が頷く。


「賛成!」

「賛成っす!」

「プッププー(賛成!)」


こうして、私たちはフロンティアタウンで、

新たな冒険を始めるのだった。

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