第52話 先輩は都市に入る前に門前騒動を起こすそうです!? 中編

馬に揺られること20分。

ようやく人の営みを感じられる都市にやってきた。


私は馬による移動に慣れてないのか、

腰と内ももの筋肉が悲鳴を上げ、

お尻から背中までガタガタになっていた。


馬の動きに合わせて上下する振動は、

全身の筋肉を否応なしに使わせる。


鞍の硬さが骨身に響き、

馬の走行に伴う小さな跳ねに

体が何度もガクンと揺れるのだ。


支えようと踏ん張るたびに、

腕と脚に疲労が蓄積し、

全身が悲鳴を上げていた。


馬上の旅は、

快適とは程遠いものだと痛感する。


「次はもう少し慣れるっすかね?」


特に腰回りがひどい状態だが、

馬の上から見える大地の景色は、

徒歩では決して味わえない開放感を与えてくれた。


今でも草原を駆け抜けた

あの高揚感が忘れられないのだ。


馬の首を軽く叩き、

ふっと息をつく。


安堵の表情が浮かぶ顔の横で、

風が馬のたてがみを揺らしていた。


目の前には、巨大な木製の看板が立ち、

その表面には『自由都市フロンティアタウン』

と文字がしっかりと彫り込まれていた。


「やっと人間が住む

 都市にこれたっす

 それにしてもでっかい壁っすね」


「これなら

 モンスターも簡単には近寄れないね」


フロンティアタウンを

訪れる者がまず目にするのは、

その圧倒的な壁だ。


30メートルもの高さを誇る壁が都市全体を覆い、

その堅牢な姿は、

灰色の石材と鋼鉄の融合で築かれている。


遠目に眺めれば、

街というより戦場の要塞だ。


ここはダンジョン探索の最前線であり、

この壁こそが都市の住民たちを

モンスターから守る防波堤なのだ。


「後輩ちゃん

 見て!!

 たくさん人が並んでるよ」


「ほんとっすね

 行列ができてるっす」


視線の先には、

長蛇の列が続いていた。


旅人たちや行商人が馬車を連ね、

門を通るたびに通行料を支払う光景が目に入る。


門の周囲には、

通行を待つ馬や荷車が立ち並び、

馬の嘶きや車輪のきしむ音が辺りに響いている。


街の入り口にはいくつもの木製の大門が並び、

活気に満ちた喧騒が絶え間なく聞こえてくる。


門番たちは軽装の鎧をまといながら、

一人ひとりに質問を投げかけていた。


その近くでは、

完全武装の冒険者たちが控えている。


万が一の事態に備えたその姿勢が、

街の治安の良さを物語っていた。


「あっちのほうは空いてるね」


「モンスターの死体が

 荷馬車に山積みっすね」


私たちは冒険者専用の入り口が

設けられていることに気づいた。


探索や討伐を終えた冒険者たちが、

都市に戻ってきているようだ。


門の近くには数台の荷馬車が並び、

その荷台には討伐されたモンスターの素材が

これでもかというほど積み上げられている。


荷物のチェックが行われていたが。

混雑する様子はなく、

手際よく対応されているようだ。


その光景を見て、

ふと「マジックバッグに入れればいいのに」と考えたが、

一般に販売されているかどうかは不明だった。


ニャンタから渡されたマジックバッグは、

もしかすると非常に貴重な代物なのかもしれない。


そう思うと、

その便利さに改めて感謝の念が湧いてきた。


「おそらく検問所っす

 持ち物検査して

 通行料を徴収とかしてるんじゃないっすか」


私たちは二十頭もの馬を連れていたため、

周囲の視線が否応なしに集まっていた。


「先輩注目を浴びてるっす

 ちょっと離れたところで

 馬たちとお別れしようっす」


「えっ!?

 この馬たち飼わないの!?」


先輩の目が信じられないとばかりに丸くなり、

さらに私を見つめてくる。

それも、「飼っていいよね?」と訴えるような視線で。


そもそも、先輩がプルルの世話すらしないのに、

馬の世話をするとは思えない。

私の負担が増えるだけなのは目に見えている。


「先輩、無理っすよ

 馬を飼うにはお金もかかるし

 ここでさよならするしかないっす!」


「そっか……でも、

 お別れして野に放った馬たち

 ちゃんと生きていけるのかな?」


「食料は地面に生えてる草っす

 魔物に襲われない限り

 きっと大丈夫っすよ」


行商人の馬と比べると、

野盗の馬は筋肉質で骨格もしっかりしており、

逞しさが段違いだった。


その堂々たる姿を見れば、

誰の助けも借りずに、

生きていけそうだと容易に想像がつく。


先輩は馬の背から慎重に降り立ち、

馬たちに向かって優しく声をかけた。


「ねぇ私たちがいなくても

 生きていけそう!?」


「ヒヒィィン」


先輩が乗ってた馬はもう用がないのなら

解放してくれと言わんばかりに、

首を何度も上下させた。


「ほら先輩

 彼らも自由を望んでるみたいですよ」


「わかったよ!

 それじゃあ

 この鞍と荷物を外してあげるね!」


鞍を外そうとしたとき、

ふと目に飛び込んできた馬具の刻印。

そこには、「ニンジン・ラバー」と名前が彫られていた。


年季の入った携帯用の袋を手に取り、

中を確認した。


目に飛び込んできたのは、

見るからに味気なく、

食欲をそそらない保存食ばかりだった。


これなら捨ててしまっても問題なさそうだ。


「そうだった

 すっかり忘れてた!」


先輩は勢いよくバッグを開けると、

中から金色の鍵を取り出した。

目を輝かせながら、街の方向を指差す。


「金のカギはこの都市で

 使えるの!?」


馬は先輩の言葉に応じて、

静かに頷いた。


「それじゃあ

 カギが使える

 詳しい場所はわかる?」


しかし馬は首を横に振るばかり。

それは「詳しいことは知らない」と

言っているようだった。


ふと疑問が浮かぶ。


この都市は、

人の活気にあふれ、

ひっきりなしに行き交う人々で賑わっている。


この治安の良さそうな街に、

どうして野盗の頭が堂々と姿を現せるのか。


賄賂を使って正面から入ったのか、

透明になるような手段を講じたのか、

それとも隠された通路が存在するのか。


そんな思考がぐるぐると脳裏を駆け巡る。


「じゃあ

 あとは私たちで探そうか」


「了解っす!

 私も馬から降りるっす!」


意気揚々と宣言したものの、

実際に馬から降りようとすると、

その高さに思わず体がすくむ。


「……これ、結構怖いっす」


震える足をそっと足掛けに伸ばし、

慎重に体を下ろそうとするが、

地面まではまだ30センチほど。


思い切りが必要だと腹をくくり、

軽く膝を曲げてジャンプしようと決めた。


「とりゃっす

 うわっ、絡まったっす!」


足が足掛けに引っかかり、

体勢を崩して後頭部から落下。

地面が間近に迫る。


「ぎゃあぁぁ!」


そして地面にぶつかる瞬間

プルルが私の頭を包み込み

衝撃をすべて吸収してくれた。


「プー(何やってるの?)」

プルルの声に赤面しながら、

私は小さく呟く。


「助かったっす……。」


私は地面をゴロリと

転がりながらなんとか無事に降りることができた。


検問所の列に並ぶ人々が、

遠くを指さして騒いでいる。


「遠くで女の子が馬から落ちたらしいぞ」


間違いなく私のことだ。


それでも冷静を装おうとしたが、

顔が熱くなるのを抑えられない。

たぶん、今の私の顔は熟したトマトそのものだ。


そんな私をよそに、

先輩は私が乗っていた馬に近づき、

背負っていた重そうな鞍や道具袋を次々と外していく。


「ほら、これで楽になったでしょ」


ついてきた馬たちは、

道中で荷物を捨て去ったことで、

すっかり野生の姿に戻っている。


これで全員が

ただの野良馬となった。


「ここまでありがとね

 あとは自由に生きるんだ

 達者でね」


その声とともに

やっと解放されたといった感じで

群れになって草原を駆け出した。


近くの川にたどり着くと、

夢中で水を飲み始める。

長い旅路でよほど喉が渇いていたのだろう。


草原の草をむさぼるように食べ始める姿は、

自由を満喫しているようにも見えた。


先輩が乗っていた

一番体格のいい馬が

他の馬たちの動きを統率しているように見える。


「馬にもリーダーがいるんすね」


そう呟きながら、

馬たちが自由に行動する光景に

しばし見入っていた。


のんびり馬を観察していると、

やがて遠くから車輪の音と

地面を踏みしめる馬蹄の響きが近づいてきた。


フロンティアタウンから来たらしい馬車の行列だ。


乗用馬車や貨物馬車がいくつも続き、

それぞれ二頭の馬に引かれていた。


積み荷の大きさからして、

かなりの重量を運んでいるらしい。


道は土がむき出しで、

踏み固められた跡が延々と続いている。

きっとこの道の先には町か都市があるのだろう。


護衛の冒険者たちも複数おり、

どの者も一目で分かるほどに武装が整っている。


その行列の先頭を進む商人がこちらに気づき、

歩み寄ってきた。


「おい君たち、

 なぜ馬を野に放したんだ?

 もったいないじゃないか。」


その声の主は、

まるで金と成功を体現したような商人だった。


豊かな腹回りと余裕を感じさせる物腰、

そして何より彼の歩く姿からは、

人生の勝者としての風格が漂っていた。


「もともと拾った馬っす

 キャッチ&リリースってやつっす

 お気になさらずっす」


「あの屈強な馬

 相場じゃ一頭五百万くらいはすると思うが

 一体どこで拾ったんだ?」


馬を見てすぐに値段をつけるとは、

さすがは商売人だ。


「おじさん

 あの馬は売り物じゃないよ

 私たち、あの子たちと友達なんだから」


商人は先輩の言葉を聞くと、

肩をすくめて冷笑した。


「そうか。なら、

 もう君たちの物ではないということだね

 だったら、私が捕まえて有効活用してあげよう」


彼は満足げに言葉を残し、

振り返ることなく去っていった。


自由に草原を駆け回る馬たち。

その光景をじっと見つめながら、

男は不敵な笑みを浮かべる。


この馬たちは、

ただの馬じゃない。


商売人としての鋭い嗅覚が、

大きな利益の予感を告げていた。


彼の名はバンカー・ツミターテール。


帝国、王国、辺境の交易都市に至るまで、

その名を知らぬ者はいない大商人だ。


どんなものでも金に換えるその才覚は、

「金策の鬼神(マネーオーガ)」

という異名で呼ばれていた。


「いやはや、これは見逃せない。

 金の匂いがするぞ!」


興奮を隠しきれない様子で、

バンカーは目を輝かせながらつぶやいた。


「バンカー様、何か面白いことでも?」


部下の問いかけに、

バンカーは顎をしゃくり上げて前方を指差した。


「あの馬だ。見ろ、

 あれは金の塊に等しい

 1頭につき30万G払おう。早く捕まえろ!」


命令が下るや否や、

護衛の冒険者や従業員たちは一斉に動き出した。


彼らはロープや網を手に取り、

馬の行方を追いかける。


道具を振り回しながら走るその姿は、

まるで祭りのような混沌とした光景だった。


「どうしよう、後輩ちゃん!

 馬が捕まっちゃうよ!」


先輩の焦りに、

後輩ちゃんは淡々とした口調で返す。


「そういわれても野生で生活してたら

 こういう事態も頻繁に起こるっす

 見守るしかないっすよ」


その言葉に納得できない様子の先輩は、

我慢しきれず商人に向かって一歩踏み出した。


「捕まえないで!あの馬は友達なの!

 馬をお金にしか見えないなんて、

 商人として恥ずかしくないの?」


彼女の必死な訴えにもかかわらず、

商人バンカーは肩をすくめ、

せせら笑った。


「まったく、何も知らない小娘が

 商人とは何なのか教えてやる」


彼は嘲笑を隠そうともせず、

周囲に聞こえるように大声を張り上げた。


拳を高く突き上げながら、

得意げに語り出す。


「おい、聞け!

 商人にとって最も重要なものはなんだ?

 それはな――『金』だ!」


その一言が、

検問所に並んでいた

行商人たちの胸を撃ち抜ぬいた。


「何言ってんすかこの人」


開拓地で仕事を探しに来た旅人たちも

その場で動きを止め、

視線を彼に集中させる。


「商売ってのは戦場だ!

 勝つか、負けるか

 その二つしかない!


 そして勝利を掴むためには

 金を稼ぎ、資源を独占し、

 取引の場で他を圧倒しなきゃならねぇ!」


群衆の間にざわめきが広がる。


まるでバンカーの口から発せられる一言一言が、

彼らの中に眠る野心を無理やり

叩き起こしているようだった。


拳を振り下ろしながら、

バンカーはまるで自らが商売の頂点に立つ

覇者であるかのように言葉を続ける。


「金を稼ぐってのは、

 誰もができることじゃねぇ


 勇気がいる、決断がいる、

 そして――何より、

 圧倒的な執念がいるんだ!」


彼の声はさらに熱を帯びる。


「聞け、野心を持たねぇ奴は商人じゃねぇ

 ただの荷物運びだ!


バンカーの眼差しが、馬たちへと向けられる。

そして、再びこちらに向き直り、ニヤリと笑う。


「お前らに言っとくぜ

 友達だ?友情だ?

 そんな甘いこと抜かしてる間に、


 俺はこいつら全部捕まえて、

 金に換えてやる!」


彼は一呼吸して、

私たちのほうに向きなおる


「目の前のチャンスを掴み

 すべてを金に変える

 それが商人ってやつだろ?」


検問所に長蛇の列をなす行商人や旅人たちは、

その言葉に聞き入っていた。


自己中心的で押しつけがましい演説だと

誰もが感じでいた。


だが同時に誰もが「商人とは何か」という

問いの答えを初めて突きつけられたような

感覚に陥っていた。


あのバンカーが欲しがっているのは、

野良となった馬だ。

モンスターではなく、ただの馬。


その馬がそれほど価値のあるものなら、

自分も捕まえてひと稼ぎしてみよう。

そう考えた者たちが次々と現れ始める。


「俺だって商人だ」


列の中から、

一人の商人が静かに動き出した。


それを皮切りに、

検問所に並んでいた行商人や旅人たちが

次々と列を離れ、馬を追いかけ始める。


その瞳に宿るのは欲望の濁り。

理性を失い、

ただ金を求めて突き進む者たちの姿だった。


「うおおおお!」

「このチャンス、逃すもんか!」


「金ってこんなに人を踊らせるんすね

 もう、止まる気配すらなっすよ」


金の匂いに狂った者たちが、

我先にと馬たちへ殺到する。


「どうして馬を野に放しただけで、

 こんな大騒ぎになるの!?」


「先輩!!

 検問所の列が空いてるっす

 今ならすぐに都市に入れるっすよ」


検問所へと向かう私たちだったが、

先輩はどうにも馬たちのことが気がかりなようで、

ちらちらと後ろを振り返っていた。


喧噪に包まれる中、

ニャンタが先輩の頭の上でふっと口を開いた。


「フッ、あいつら

 ただの馬だと思ってやがる

 さぁ、面白くなってきたぜ」


その声に含まれる不敵な笑みが、

私の嫌な予感を増幅させた。


一方で、バンカー・ツミターテールは

この状況を眺めながら、

内心では計算を巡らせていた。


(小娘が馬が『友達』だなんて、頭ん中お花畑か?

あの馬を全部捕まえりゃ、

億以上の儲けだってのによぉ)


目の前の馬たちを見つめる彼の瞳には、

すでに金貨の輝きが映っていが、

運命は彼の計画通りには進まなかった。

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