第54話 憑りつかれた少女を救え!先輩は聖女と共に悪霊を退治するそうです part1
帝国の最果てには、
地図にも載らないほど小さな村があった。
村は家族のように結びついた共同体だ。
朝日が昇ると人々は畑に向かい、
日が沈むまで作業に勤しむ。
小麦や野菜を育てながら、
互いに支え合うことで暮らしていた。
この地は肥沃とは言えないが、
村人たちの努力によって、
何とか作物を実らせている。
やがて夜の帳が降り、
作業を終えた村人たちはそれぞれの家に戻った。
窓から漏れる明かりが静かな村を照らし、
星々が夜空にきらめく。
微かな風が畑を揺らし、
穏やかな時間が流れる中、
村全体が眠りにつこうとしていた。
だが、その静けさを破るように、
村の中心にある村長の家から叫び声が響き渡った。
「助けてください!
娘が……娘が
悪霊に取り憑かれているんです!」
家の中では、
娘がベッドに縛られ、
怯えた表情の両親がそのそばに立っている。
中央には青い法衣を纏ったクレリックが、
緊張した面持ちで状況を見つめていた。
村長の一人娘ルミナ・グッドマンは、
今年で8歳になる。
ルミナは邪悪なスピリットに憑りつかれ、
その小さな体は日に日に弱っているらしい。
母親は娘を抱きしめながら涙を流し、
訪ねてきたクレリックの男性に助けを求めた。
「どうか……
どうか娘を救ってください……!」
その男性は『エゼル・カンカンカーン』
という名の冒険者だった。
Aランク冒険者であり、
専門はクレリック。
光の魔術を専門とし、
「治癒」や「支援」、
そして「浄化」を行う職能だ。
エゼルは母親の懇願に応えるように
静かにうなずいた。
「できる限りのことを
試してみましょう」
ただし、エゼルには一つだけ癖がある。
苗字で呼ばれることをひどく嫌っているのだ。
この辺境の村には教会がなく、
村人たちは遠方から
冒険者を呼び寄せるしかなかったのだ。
通常、悪霊退治や悪魔祓いは
教皇国エルディオスが派遣する
『プリースト』たちの仕事である。
プリーストは各町の教会に常駐し、
儀式や祈祷を行うだけでなく、
住民の悩みを聞き、毒の治療や浄化を行っている。
『プリースト』と一般の光の魔術師の違いは、
教皇国の認定を受けているかどうかだ。
この世界では光の魔術の適性さえあれば、
治癒や浄化の魔術を使える者も少なくない。
教皇国はその中でも特に
才能のある子どもたちを選び抜き、
厳しい教育を施してプリーストへと育て上げるのだ。
エゼルもかつてはその一人だった。
だが、素行が悪かったため教会を追放され、
今では気ままな冒険者として自由に生きている。
「ママ、この人誰なの?
……私、怖いよ……」
小さな女の子が不安そうに母親にしがみつく。
「この方が助けてくれるのよ
だからじっとしてなさい」
母親は娘を抱きしめながら、
震える声で言った。
その目には涙が溜まり、
顔には絶望の色が濃く刻まれていた。
ベッドの上では、
クララが苦しそうに横たわっている。
かすかに緑がかった顔色。
焦点の合わない目。
体をよじらせる動きも弱々しい。
それでも、口元には薄い笑みが浮かび、
不気味に歪んでいるのだった。
「これから霊を祓う
浄化の魔術を発動します」
エゼルは静かに懐に手を伸ばし、
十字架の形をしたマジックアイテムを取り出した。
その名は『クロス・オブ・アビソルヴァ』、
光の魔術を強化するための特別な聖具だ。
彼はそれをしっかりと握りしめると、
少女に向けて高く掲げた。
厳かな声で詠唱を始めると、
彼女の周囲に眩い聖なる光が広がっていく。
「インフィニタ・ルクス(無限の光)」
上級浄化魔術の力は瞬く間に部屋全体を包み込み、
邪悪なスピリットを浄化し、
圧倒的なダメージを与える光の波動となって広がった。
魔術の世界には
「スペルグレード」という8段階の等級が存在する。
多くの魔術師が第3階級に達すれば一人前と認められるが、
エゼルはその中でも第4階級、
天才の領域に属していた。
おおまかな魔術の階級は以下の通りだ。
第1階級 初級魔術 凡人の域
第2階級 中級魔術 努力の領域
第3階級 魔術の応用や複合 普通の領域
第4階級 上級魔術 天才の領域
第5階級 広域魔術 英傑の領域
第6階級 最上級魔術 伝説の領域
第7階級 魔法使い 魔人の領域
第8階級 神域 神の領域
魔術師の世界において、
第3階級に到達することは、
その者が一人前の実力を持つことを意味する。
炎の壁を生み出したり、
濃い霧を発生させる術は、
この階級において使える代表的な技術だ。
しかし、エゼルという名の若者は、
生まれながらにして光の魔術の天賦の才を持ち、
幼少期から"神童"として名を馳せていた。
天才の領域である4階級に到達する魔術師の多くは、
一つの属性に特化することで、
その才能を開花させる傾向にある。
エゼルも例外ではなく、
彼の力は光の魔術に集中して極めていた。
複数の属性を自在に操る魔術師は極めて稀であり、
それはほとんどの場合、
生まれつきの才能に依存するとされている。
通常、人間が得意とする属性は一つ、
多くても二つであり、
それ以上を扱うことは極めて困難だ。
ちなみに、人間の最終到達点とされるのは第6階級だ。
ここに至る者は賢者や聖女と呼ばれ、
その力は歴史に刻まれるほど偉大なものとされている。
「このインポスター野郎!
てめぇのちんけな光なんぞ、
俺には効かねぇんだよ!」
「この魔術すら効果がないのか!?」
エゼルは目を見開き、
信じられない思いで呟いた。
いままで、この光は低級のゴーストから
上級のレイスやデュラハンに至るまで、
何かしらの影響を与えてきた。
もし相手が憑りつかれているのなら、
全く無反応であるはずがないのだ。
「聖なる光よ、
この者を覆い、
邪悪なる影を退けたまえ!」
エゼルは力強く詠唱を終え、
魔術を放つ。
『エリュシオール・ライト』
浄化の光が少女に降り注いだ瞬間、
その身体が跳ね上がるように激しく痙攣した。
荒々しい声とともに、
不明瞭な言葉が口から溢れ出す。
その声は少女のものではない。
低く耳障りな、
不気味な響きだった。
「お前の居場所はここではない
この娘から去るのだ!」
エゼルが叫ぶ。
だがその言葉を嘲笑うように、
さらに低く不気味な声が響いた。
その声は少女のものではなかった。
低く、男のように響く声とともに、
言葉の調子も一定ではない。
さっきは「クララ」と自らを名乗り、
次は「私」と呼び、
その次は「俺」と言う。
一貫性のない言動に、
エゼルは得体の知れない不気味さを感じ取っていた。
「すみませんがここから先は
ご両親には部屋から出ていただきます。」
「一体何をするつもりですか!?」
「危険な上級魔術を使います
この部屋全体に影響が及ぶので、
どうか退避してください。」
「それで娘を救えるのか?」
「……はい。ただし、
娘さんの身体に大きな負担が
すご~くかかりますが除霊するたに必要です」
「そんなに危険なら
娘に使わなないでくれ!!」
不安げな表情を浮かべる両親を急かすように、
エゼルは続ける。
「絶対に彼女を救って見せます
だから早く外へ出てください!」
彼は両親をドアの外に押し出し、
鍵をかけた。
そして振り返ると、
持っていた聖水を少女に惜しげもなく振りかけ始めた。
「いやあぁ!!
変な液体かけないで!」
「黙れ!これは聖水だ!
いかがわしいものでは断じてない!」
エゼルはそう言い放つと、
少女に手を伸ばしながら呪文の詠唱を開始した。
詠唱が進むごとに、
彼の周囲には無数の魔法陣が現れ始め、
部屋全体が微かに揺れだす。
その振動は次第に
地震を思わせるほどに強くなっていった。
(発動まであと2分
この術なら
どんな悪霊でも祓えるはずだ!)
光の魔術が通じなかった苛立ちを押し殺しながら、
エゼルは最後の希望を込めて詠唱を続けた。
だが、そのとき突然、
少女の顔が緑色から元の色に戻り、
甲高い悲鳴が響き渡る。
「きゃぁぁぁ!」
彼は動揺することなく詠唱を続けたが、
少女は次の瞬間、
予想だにしない言葉を叫び出した。
「ママ!パパ!助けて!
この人が
私の体を乱暴に触ってきたの!」
扉の向こうでその叫び声を聞いた両親は慌てふためき、
ドアノブを力任せに回した。
「待ってろ、今助けに行くからな!」
しかし鍵がかかっており、
扉はビクともしない。
外から何度も激しく叩く音が部屋に響き渡った。
「あなた、斧があるわ
これを使って!」
(悪霊の言葉に惑わされるな
来るな!
ここに来るんじゃない!)
エゼルは詠唱を続けながら、
心の中で必死に祈った。
「開けなさい!」
父の低い怒声が、
ドアの向こうから漏れ聞こえてくる。
その声には、静かに燃え上がる怒りが滲み出ていた。
次の瞬間、
鈍い衝撃音が響く。
斧がドアに叩きつけられたのだ。
「ドンッ! ドンッ!」という、
鈍い衝撃音がドア越しに響き渡る。
斧が振り下ろされるたび、
金属が木を砕く嫌な音が鼓膜を刺す。
父親の荒い息遣いとともに、
斧は狂ったように振り下ろされ、
木材が悲鳴を上げるように裂ける。
ドアは耐えきれず、
少しずつ、その形を失っていく。
振り下ろされる斧の動きは止まらない。
父親の動きは、
まるで映画の中で恐怖を象徴する殺人鬼そのものだった。
「うおりゃ!!」
最後の一撃でドアは完全に壊れ、
父親が部屋の中に踏み込む。
その目に映ったのは、
呪文を唱えながら娘に手を伸ばし、
あと少しで胸に触れそうな位置で止まっているエゼルだった。
「この変態野郎!
娘に変な液体をかけたうえに
何をしようとしているんだ!」
「待て、誤解だ!
私はまだ何もしていない!
あと少しで術が完成するところだったんだ!」
「まだって何よ!この変態!」
母親が激昂しながら言い放つと、
父親が娘を守るように立ち塞がる。
「おい、出て行け!
二度とこの家の敷居をまたぐな!」
エゼルは何も言い返す間もなく、
両親に両脇を掴まれた。
そして、抵抗する間もなく家の外へと運ばれ、
容赦なく放り投げられる。
「何をするんだ!」
地面に転がされながら、
エゼルは数回転し、
泥まみれの姿で立ち上がった。
怒りと苛立ちで顔を赤らめながら叫んだ。
「なんだあの両親は!?
娘を助けたくないのか!?
遠くから来てやったのにひどい奴らだ!!」
数秒間の沈黙の後、
エゼルは深く息を吸い込み、
肩を落として冷静さを取り戻した。
「諦めるわけにはいかない……
まだ、やれることはあるはずだ。」
彼は家をじっと見つめながら考えを巡らせた。
単体上級の浄化魔術
『エリュシオール・ライト』が通じない。
この事実が、彼を大きく動揺させていた。
いったいどれほどの力を持った悪霊が
彼女に取り憑いているのか?
自分一人で対処できるのだろうか?
その答えは、闇の中だった。
あの両親は、
きっと俺を信用せず冒険者ギルドに相談するだろう。
そこから教皇国エルディオスが動き、
プリーストが派遣されるかもしれない。
でも、彼らにすら太刀打ちできるかどうか。
エゼルは額に手をやり、
ため息をついた。
「これほどの悪霊なら
この地そのものに
何か因縁があるのかもしれない。」
彼はそう結論づけると、
村の過去を調べる決意を固めた。
「村の歴史を辿れば、
何か分かるかもしれないな。」
それから数日間、
彼は宿屋を拠点に村の記録を調べ、
村人たちに聞き込みを続けた。
そして、ついに驚愕の真実を突き止める。
「そうか……この辺境の村が
野盗やモンスターに襲われなかった理由
それがこれだったのか」
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