第47話 先輩は元傭兵団の野盗「血狼団ブラッドウルフ」を成敗するそうです part3
血狼団はおよそ二十人、
馬に乗り横一列に並んで突進してくる。
馬の毛色は茶色や黒などさまざまだ。
彼女たちがドラゴンに
馬車を引かせていたことから、
馬は不要だと思っていた。
だが、この異世界でも、
長距離移動の手段として、
馬が用いられるらしい。
この世界の常識をもっと知るためにも、
早く人の住む都市にたどり着きたいが、
厄介な連中に遭遇してしまったようだ。
テレビの競馬中継でしか
見たことのなかった馬の疾走。
実際に目の前で見るその迫力は、
映像では伝わらない生の圧力があった。
「後輩ちゃん!
わたし馬ってはじめてみたよ」
「暢気なこと言ってる
場合じゃないっす
どうすんすかこれ」
あと2分もすれば、
奴らはこの地点に到着するだろう。
馬での追跡となれば、
ただ走って逃れるのはほぼ不可能だ。
奴らの数も多いので、
もし戦闘に発展すれば、
聖女を守り抜くことは非常に難しい。
万が一、聖女が捕まって
『動けば殺す』と脅される状況にでもなったら、
誰も抵抗できなくなる。
聖女は美しく、
若さあふれる魅力的な女性だ。
そんな彼女が荒くれ者に捕まれば、
その後の運命は考えるまでもない。
聖女をさらって奴隷として売り払うか、
あるいは下劣な欲望の
はけ口とするつもりなのだろう。
「姉ちゃん、あいつらって……
私たちが進む方から来たよね?」
「ええ、そうね……
どこかで情報が
漏れたのかしら」
二人は妙な違和感を抱いていた。
まるで彼らがここを通ることを
予測していたかのように現れたのだ。
聖女とは教皇国が抱える特別な存在であり、
その聖なる力で魔を退け、
穢れた土地を浄化する能力を持っている。
彼女は人類にとって欠かせない存在であり、
誰かに憎まれる理由も、
暗殺の対象となる理由も見当たらない。
仮に彼女を脅威と見なす者がいるとすれば、
それは人類が滅んでほしいと願っている、
魔王のような存在だけだろう。
「サンダリア
逃げる準備するわよ」
「わかったよ
姉ちゃん」
考えていても状況は変わらない。
高ランク冒険者である彼女たちは、
すぐに行動を開始した。
スカイラとサンダリアは、
片手の親指と人差し指で輪を作り、
口に当てて鋭く息を吹き込む。
口笛の音色が響き渡ると、
その音に応じて、
翼のないドラゴンたちが駆け寄ってくる。
重厚な体を微かに傾けて,
彼女たちを迎えると、
二人は軽やかに背に飛び乗った。
「聖女様
急いでください
ドラコーンで一気に逃げます」
「私の手をお取りください」
「わかりました」
この翼のないドラゴンは、
どうやらドラコーンと呼ばれているらしい。
スカイラは聖女の手をしっかりと握り、
ぐっと引き寄せて彼女を抱きかかえた。
その姿はまるでお姫様抱っこ。
しかし、ドラコーンは、
不満げに頭を振り上げ、
低く唸り声を上げた。
どうやら、自分が認めた者以外を
乗せることに抵抗があるようだ。
そう、ドラコーンは、
自らが認めた者しか背中に乗せない、
誇り高き生き物なのだ。
「気持ちは分かるけど、
都市に着くまでの辛抱だ。
我慢して」
「後輩ちゃん
この恐竜みたいな生き物
近くで見ると大きいね」
「そうっすね」
彼女たちのドラコーンは体長4メートルほど、
鞍に乗る位置は2メートルの高さで、
大型馬のシャイアー種を上回る巨体だ。
太く短い首は筋肉質で、
その上体と連動して、
驚異的な速さを発揮するのだろう。
発達した脚には、
盛り上がった筋肉が浮かび上がり、
鋭い鉤爪がしっかりと地面を捉えていた。
その口には小さな牙が整列していて、
雑食であることがうかがえる。
しなやかな長い尾は、
走行時のバランスを取る役目を果たしており
硬く光沢のある青銅色の鱗を全身に纏っていた。
光沢のある青銅色の鱗がその全身を覆い、
荒々しさと優美さを兼ね備えた姿を見せていた。
「私にしっかり
捕まっていてくださいね」
「この子たちは?
見捨てるのですか?」
「彼女たちには気の毒ですが
我々の任務は
あなたの護衛です」
聖女様は不安げにこちらを見つめている。
しかし、この窮地を招いたのは、
紛れもなく私たちの爆弾が原因だ。
聖女様には無事に逃げてほしい。
この場での最善策は、
力強い一言で、
彼女を送り聖女出すことだ。
私は覚悟の中で死を思わせる言葉ではなく、
生き延びる希望を込めた、
いい感じのセリフをひねり出した。
「私たちを置いて
早く逃げてっす
あいつらの相手は私たちがするっす」
あれこれ考え抜いた末に出たセリフが、
どうにも死亡フラグに聞こえてしまったのは、
気のせいだろう。
「血狼団はレベル60以上の
Aランク冒険者並みの強さよ
戦わず逃げなさい」
その言葉を聞いたとき、
心に浮かんだのは、
暁の幻影団のレオだった。
彼と同じくらいの実力者たちということか。
先輩なら軽く一発で気絶させれそうだし、
プルルの力があれば、
あっさり片付けてしまいそうな気がした。
エルムルケンの森で味わった恐怖が、
私の感覚を変えてしまったのかもしれない。
あの森で見た数百体を超える植物の大群や
魔狼のリスたちと比べると、
血狼団はそれほど恐ろしく見えないのだ。
「馬車は惜しいけど
捨てるしかないわね」
「あなたたち、
これを使って
全力で逃げなさい。」
スカイラは小さな袋を投げてよこし、
先輩がすぐに受け取った。
それは暁の幻影団のライラたちが、
森を移動する際に使っていた、
あのミストヴェールパウダーだった。
「これ知ってる
体に振りかけると
半透明になれるやつだ」
「Aランクの冒険者なら、
いざというときに備えて
必ず持っているわ。」
「私たちの人脈を使っても、
その一袋で50万Gもするんだから
感謝しなさいよね」
このパウダーを使えば、
私たちは姿を半透明にすることができる。
スカイラはこれで逃げろと言っているのだろう。
50万Gという金額が、
どれほどの大金かは想像もつかないが、
貴重なものを渡してくれたことに感謝した。
元傭兵の猛者に、
この手が効くかどうかは分からなかったが、
何もしないよりはましだ。
「このまま目的の都市まで向かいます
待ち伏せされてたと仮定して
回り道していきましょう」
「すぐギルドに報告して
応援を要請するわ
それまで隠れてなさい」
「サンダリアいそぐわよ
ウィンドスムース」
二人はドラコーンに向かい、
風の魔術を唱えて駆け出した。
ドラコーンの体の周りに空気の層を作り、
空気抵抗を滑らかに分散させることで、
走行しやすくしたのだ。
「必ず助けに戻りますから
どうか無事でぇ」
聖女様は振動とスピードのせいで、
後ろを振り返ることができず、
前を向いたまま必死に声を上げていた。
さすがドラゴンの俊足、
見る間に距離を広げ、
やがて視界から完全に消えてしまう。
ドラコーンの速度は、
全力を出さずとも、
軽々と60kmを超えていた。
それは馬が全力疾走(ギャロップ)した
速度と同等だ。
野盗が到底追いつけるわけがなかった。
「とりあえず
この場をやり過ごすために
パウダーを使おうっす。」
「わたった
振りかけてみるね。」
「面白そうだから
俺にもかけてくれ」
このミストヴェールパウダーは、
光の屈折する効果があり、
体が半透明になるのだろう。
実に不思議だ。
先輩は袋から粉末を取り出し、
まず私たちにまいた後、
自分にもふりかけた。
私は思わず先輩のタレントアビリティ
『アレキエタ』を思い出し、
効果が無効化されないかと心配した。
「先輩
半透明になってるっすよ!」
「本当だ
やっと透明人間になれたよ」
どうやらパウダーの効力は、
先輩にも影響を与えているようだ。
体に施される強化系の魔術は、
無効化されるらしいが、
付着した粉末には効果があるらしい。
「プー(パウダー嫌い)」
「とりあえず
林に隠れて
やり過ごそうっす」
私たちは姿をぼやかし、
視認性を低下させてから、
林へと全力で駆け抜けた。
木立の陰に身を潜めて時間を稼げば、
冒険者ギルドの人々が、
野盗を鎮圧しに来るだろう。
正直、人間相手に戦うのは気が引ける。
先輩やプルルの一撃で、
相手が命を落としたら厄介だからだ。
異世界でも殺人は許されない。
元の世界に戻った時に、
人間性を失ってはならないからだ。
「やつらが
馬車のとこまで
やってきたね」
「聖女さまは逃げてるのを
あいつらは見てるはずっす
追わずに馬車にいる理由はなんすかね」
私たちは木陰に身を潜めながら、
奴らの動きを観察した。
先輩の言葉通り、
彼らは聖女の馬車の車輪を
じっくりと確認しているようだ。
ここから声までは聞こえないが、
リーダーらしき男は険しい表情を浮かべ、
苛立ちを隠せていない様子だった。
「くそが聖女に逃げられたじゃねぇか
事前に情報も渡してくれて
待ち伏せしてたのに失敗したじゃねぇか」
「特殊な音を鳴らせば
車輪が起爆するって聞いてましたが
あの謎の爆音で誤作動したんすかね」
この先数キロのところに岩場があり、
隠れるには最適な場所があった。
元々の計画では、
ドラコーンを岩場に引き込み、
仕掛けた罠にかける手はずだったのだ。
しかし、謎の爆発が起きて、
罠は誤作動を起こし、
車輪は平原の中央で大破してしまった。
定刻を過ぎても、
馬車が姿を現さなかったため、
彼らは様子を見にやって来たのだ。
「女が何人かいたな
全員がドラコーンで逃げれるわけねぇ
そいつら捕まえて鬱憤晴らそうぜ」
「まだ近くにいるはずだ
探せぇ」
彼らは聖女を諦めて、
私たちを追い始めたらしい。
まずこの林を目指してきたのも、
草原の中で唯一隠れられる場所だからだろう。
「どうしよう……
こっちに馬が来てる」
「後輩ちゃん、
ひょっとしてあいつら、
私たちの体が目当てなのかな?」
「違うっす!
たぶん、捕まえて奴隷として
売るつもりなんじゃないっすか」
先輩は一体何を言ってるんだか…。
私たちはまだ成長途中の中学生、
そんな未熟な体に、
大人の男が興味を持つなんて考えないだろう。
子供に手を出す奴なんていないはず。
そうっすよね!?
全国の男性のみなさん。
だが、よだれを垂らし、
血走った目でこちらを探す彼らを目にして、
私は寒気がした。
「見つかったら
何されるか分かんないっす
ちょっと怖くなってきたっす」
「もし殴ってお亡くなりになっても
罪にはならないよね
正当防衛だもんね」
「プープ(あいつら殴ればいいの?)」
先輩の口からも、
次第に物騒な言葉がこぼれ始めている。
プルルと先輩が奴らとぶつかれば、
ちょっとした手加減のミスで、
死人が出かねない状況だ。
何とか隠れて、
助けを待つしかない。
襲い来る火の粉を払うのは当然だが、
正当防衛といえども、
命を奪うのは避けなければならない。
「炊飯器やクルミも
女だってことを忘れてたぜ
そんなに男に襲われるのが怖いのか?」
「ニャンタさん、失礼っす
私たちレディは当然
怖いに決まってるっす!」
「そうか、そうか。だったら
俺があいつらを
倒してやってもいいんだぞ?」
普段よりも優しいニャンタの言葉に、
一瞬驚きつつも、
どこか裏があるのではと勘ぐってしまう。
異世界に来てから、
ニャンタが「なんとかしてやろうか」と
提案してくれたのはこれが初めてだったからだ。
「死人を出さずに
平和的に収めることは
できそうっすか?」
「ようは相手の気力を
なくせばいいんだろ
俺なら造作もないぜ」
「今日のニャンタさんは
なんだか頼もしいっす
何かあったときはお願いっす」
「承った」
奴らに見つかっても、
ニャンタがいれば大丈夫だろう。
そう考えたら、少し気が楽になった。
だが、なぜ“倒す”のではなく
“気力を削ぐ”という表現を使ったのか、
少し引っかかっが気にしないことにした。
「後輩ちゃん
あいつら変な箱から
何か出し始めたよ!」
先輩の声を聞いて、
私はすぐに視線をやつらの方に向ける。
馬に乗りながら、
ムキムキの男たちが箱のふたを開けると、
そこから色鮮やかな蝶が舞い上がった。
「おい、どこにもいねえぞ」
「まだ近くにいるはずだ
もし透明パウダーを使ってるなら
こいつらで炙り出そうぜ」
その蝶の名はリヴィールバタフライ
鮮やかな青と緑が混ざり合った色合いで、
まるでオーロラのような輝きを持ってた。
普通の蝶よりも一回り大きく、
手のひらに収まるほどのサイズだが、
動きも滑らかで優雅に見えた。
その蝶たちは『ヴェールパウダー』に
惹かれる性質を持っているのか、
私たちのほうにやってくる。
蝶とは、
つまり虫である。
虫が大の苦手な私は、
つい身を強張らせてしまった。
この世で私が最も嫌いなもの、
それは紛れもなく「虫」だ。
「虫っす
虫出しやがったっす」
「後輩ちゃん
虫嫌いだもんね」
後輩ちゃんが怖がる生き物は
けっこう多いが、
虫だけは例外なのだ。
怖がるどころか、
手近なものを掴み取り、
全力で叩き潰しにかかる。
虫を目にした瞬間、
まるで理性を失ったように駆られるのは
「絶対に駆逐せねば」という感情。
もし、蝶が彼女の肩に舞い降りたら、
その優しげな姿に構うことなく、
即座に暴れて叩き潰そうとするだろう。
しかし、こんな大騒ぎをすれば、
野盗に居場所を知らせるのは確実だ。
「おい!
林のほうにこいつら
向かっていくぞ」
「ぎゃぁぁ
こっちに飛んできたっす
ぶっ潰してやるっす」
「落ち着いてただの蝶だよ
何も怖くないよ
冷静に冷静に」
野盗のことなどすっかり頭から消えていた。
今はただ目の前の害虫を
駆除することが最優先だった。
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