第46話 先輩は元傭兵団の野盗「血狼団ブラッドウルフ」を成敗するそうです part2
だが、よく見てみると、
壊れているのは馬車の車輪だけで、
誰も怪我をしている様子はないようだ。
私たちの爆弾のせいだから、
なんとかして力になりたい。
けれど、いきなり近づいたら怪しまれそうだ。
まずは遠くから、
大きな声で私たちの存在を伝えよう。
「大丈夫っすか
ケガはないっすか!?」
私は両手を挙げて、
精一杯叫んだ。
世界中で共通のサインであるこの
『両手を挙げる』ポーズが、
敵意のないことを伝えてくれるはずだ。
チンパンジーやゴリラは、
敵意がないときに、
手のひらやお腹を見せてくるそうだ。
私たちもこのポーズをすれば、
怪しまれずに済むかもしれない。
それに私たちは、ただの金髪美少女、
人畜無害な先輩、たまに瞬間移動猫と
プープー鳴く透明スライムの四人組だ。
どこにも怪しいところはないと、
胸を張って言える。
「お前たち何者だ!」
聖職者を守るように、
槍を構えた人が、
こちらを鋭く睨みつける。
めちゃくちゃ警戒していらっしゃる
「私たちは冒険者です
ここで発生した“爆発”
について調べに来たんだよ」
「へぇ…だが、どうして君たちは
“私たちが謎の爆発”に巻き込まれたと
知っているんだい?」
「そうよ、そうよ!
ただの騒音かもしれないのに、
なぜそれが“爆発”だってわかったわけ?」
(くっ余計なことを)
これじゃあ殺人事件を起こした犯人が
誰も知られてない凶器を話すくらい
怪しい発言だったすよ
先輩の正直すぎる発言のせいで、
こちらは疑われ放題だ。
横目で先輩を見ると、
額に汗が浮かび、
緊張してるのが見て取れた。
私は「まかせて」と目で合図を送り、
会話の主導権を引き取る。
「冒険者の勘ってやつっす
爆発っぽいなと思って
やってきたんすよ」
「ふーん
そうなんだ」
それにしても、
この世界の人々は髪の色が実に多様だ。
いまのところ、
異世界で出会う人たちの髪色は皆違い、
双子であるこの二人も例外ではなかった。
彼女たちの年齢は18歳ほどだろうか。
薄手の鎧に槍を構えた二人は、
まるで鏡に映したようにそっくりだが、
どうやら性格は全くの逆らしい。
正反対の性格が、
表情と雰囲気に現れていた。
冷静な方は、
落ち着きと緊張感を漂わせ、
槍には風が巻きつくように流れていた。
もう一人は陽気な表情で槍を握りしめ、
紫の雷光が槍先で激しく踊っていた。
二人はお互い、
左右反対のサイドテールに髪を結び、
おしゃれなゴムで飾っていた。
「私たちも冒険者だけど…」
彼女は一歩踏み出して目を細めると、
続けて言った。
「怪しくないっていうなら
あなたたちの冒険者カード、
ちょっと見せなさいよ」
カインさんが見せてくれた
黒いカードを出せということだろうか。
今私たちの手には、
身分を証明できるものがない。
ここで持っていないと言えば、
相手の警戒心は増すばかりだろう。
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。
かわいらしい女の子たちじゃないですか
そこまで危険な相手には見えませんよ?」
優しい声でたしなめたのは、
聖職者らしい格好をした、
ピンクブロンドの女性だった。
さっき自分のことを冗談で金髪美少女と言ったが、
この人こそ真の意味で、
美少女と呼ぶにふさわしい。
美しい顔立ちと上品なオーラが、
彼女を取り巻いている。
そして、体の一部分も…
目をそらしたが、
言うまでもなく大きい。
「後輩ちゃん!
あの人、お胸大きいよね」
「先輩セクハラっす
そういうのは言っちゃダメっす」
私たちが小声で話していると、
双子はさらに怪しいまなざしで
こちらをにらんできた
私たちの囁き声に、
双子はさらに険しい顔つきで、
こちらを睨んでくる。
「聖女様、野盗や山賊は女の子をおとりに
使って油断させることもあります。
くれぐれも警戒を怠らぬように」
「あんたたち、
このあたりで荒らし回っている
野盗の一味ってわけじゃないわよね?」
どこかで『聖女』という言葉が聞こえ、
思わず先輩の方を振り返ると、
目を輝かせている姿が目に入った。
そう、先輩は異世界ものの小説が大好きで、
なかでも聖女という存在への憧れは、
尋常じゃないのだ。
聖女といえば、浄化の光や結界で魔物を退け、
癒しの力で仲間たちを支える、
神秘と慈愛の象徴である。
先輩にとって聖女とはまさに、
理想のヒロインそのものなのだ。
次の瞬間、
先輩は私の肩をガシッと掴むなり、
興奮気味に叫び始めた。
「後輩ちゃん、見てよ!
聖女様だよ!
リアルなやつだよ!」
先輩は夢のような出会いに息を荒らげ、
充血した目で聖女様を見つめはじめ、
どこか怪しく興奮していた。
傍から見れば、
「熱烈なファン」を通り越し、
「怪しい変態」にしか見えない。
もしこれが男だったら、
間違いなくドン引きされていただろう。
冷ややかなツッコミは、
私の心の中だけにとどめ、
口には出さなかった。
「姉ちゃん
あの茶髪目が怖いわ」
「本当に冒険者なのかしら?
聖女様のことも、
私たち姉妹のことも知らないようだけど」
槍を構えている彼女たちから、
どことなく骨将軍と似たような
威圧感が漂っているのに気づく。
どうやら聖女様の護衛か、
少なくとも雇われている人たちらしいが…
その実力はかなり高そうだ。
「ニャァ」
不信感が膨れ上がり、
こちらへの疑いが一層深まっていたその時、
不意に怪しげなモンスターの鳴き声が響いた。
振り返ると、普段は猫の鳴き声なんて
出さないはずのニャンタが、
こちらをじっと見つめていた。
そのまま私たちの前に出て、
槍を持つ二人にまっすぐ歩み寄っていく。
「ニャンタさん、
何するんすか?
平和に収めたいんすけど…」
「まかせろ
今回は俺たちに非があるからな、
俺が一肌脱ぐぜ」
その背中が、
いつになく頼もしく見えた。
これ以上私が彼女たちと話しても、
ボロが出るばかりだ。
もうニャンタにおまかせするしかない。
彼女たちは私たちに槍を構えたまま、
近づく猫の動向に注意を払っていた。
「その猫、あんたたちの仲間?」
「気をつけて
この猫
何か企んでるみたいよ」
緊張が漂う中、
ニャンタが選んだ行動は、
意外すぎるものだった。
彼は両手を高く上げたまま、
後ろへとドサリと倒れ、
仰向けになったのだ。
向けに地面に転がるその姿は、
まるで敵意がないことを示す、
降伏のポーズそのものだった。
「ニャォォン、
ニャニャオォォン」
人間がふざけて猫の鳴き声を真似たような、
違和感ある声が出しながら、
ニャンタは草の上でゴロゴロと転がり始めた。
草むらの上を
ゴロゴロ転がりはじめた。
この場でそんな意味不明な行動に出るなんて、
何の意図があるのか理解できなかったが、
私は一つの感想を抱いた。
(ニャンタさん、そんな声も出せたんですね…)
だが驚いたことに、
あの転がる仕草は思いのほか
効果的だったようだ。
彼女たちは槍をしまい、
手を頬にあてながら表情を緩めていた。
「なんで転がってんの?
か、かわいい!」
「姉ちゃん
この猫、
かわいいね」
「触ってみてもいいかしら?」
先輩がニャンタを抱き上げると、
彼女たちに笑顔を向けながら、
まるでマネージャーのように対応を始めた。
「うちのニャンタに
触りたいなら私を通して
もらわないと困りますね」
さっきまでの険悪なムードが嘘のように、
ニャンタのあざとい仕草が、
その場の空気を和ませていく。
「ニャンタさん
一体なにしたんすか」
「これがニャインドコントロールだ
人間相手には効果抜群なんだよな」
いや、それってマインドコントロールでは?
そう突っ込みたかったが、
どうにか口を噤んだ。
暁の幻影団のメンバーも、
ニャンタと接触した人々は例外なく心を開き、
瞬く間にメロメロになってしまう。
以前からニャンタが出会った人間に対して、
何か仕掛けていると感じてはいたが、
まさか洗脳に似たスキルの一種なのだろうか?
「ただ鳴いて地面に転がってる風にしか
見えなかったっすけど
何かスキル使ったんすか?」
「スキルじゃねぇ
ただ可愛い俺が地面に転がっただけだ
愛らしい仕草を見ただけで
俺のことが好きになってしまう現象
これがニャインドコントロールだ」
やはり私は間違っていなかったっす。
ただニャンタは地面に
ころんと転がっているだけだったのだ。
そういえば科学的にも猫が嫌いな人でも、
だんだんと猫の魅力に引き込まれて
嫌いが好きに転じていく現象があるという。
猫の独特な動きや表情、
仕草により心が虜になってしまうことを
『猫トリコール症候群』とも呼ばれていた気がする。
「ちょっと触ってみてもいいかしら」
「あっダメだよ!」
ブスリッ
「気やすく触んじゃねぇ」
聖女がのんきな顔で、
ニャンタに手を伸ばしたその瞬間、
中指に鋭い爪が突き刺さった。
聖女は驚き、
目を見開きながら叫んだ。
「いたっ!
あわわ、
血が出てる!」
「ニャンタは狂暴なんだから
聖女さまでも
勝手に触っちゃダメだよ」
「聖女様大丈夫ですか!?」
二人は聖女の指を見つめ、
怪我の具合を慌てて確認する。
幸い、爪が浅く刺さっただけで、
大事には至らなさそうだ。
そのわずかな隙を突き、
ニャンタはするりと、
先輩の手から抜け出した。
そして悠々と二人の槍を構えた二人と、
聖女のそばに近寄ると、
彼女たちの足に自分の体をすりつけ始めた。
「きゃぁ!」
「なになに」
聖女は少し驚いた表情で、
目を細めながら微笑んだ。
「もしかして心配してくれてるのかしら
触ろうとしてごめんね
私は大丈夫よ」
彼女たちから戻ってきたニャンタは、
鼻を鳴らしながらぽつりとつぶやいた。
「そんなの見ればわかんだろ」
「なにやってんすかニャンタさん」
「特別サービスして
臭い付けてやってんだよ
ありがたく思ってほしいぜ」
ニャンタの存在で、
張り詰めていた空気が緩み、
戦いのムードはいつの間にか消えていた。
さて、立ち往生の原因を、
今一度調べることにしよう。
3人ともケガひとつなく、
ドラゴンも元気だが、
馬車の歯車には大きな亀裂が入っているのが見えた。
「もしかして
爆発のせいで
馬車の車輪が破損したんすか」
「ええ、そうなの
この先の町で悪霊退治を頼まれてるんだけど
歩いて丸一日かかりそうなのよね」
「まさか突然
空から何かが落ちてきて
爆発するなんて」
「聖女を狙っている輩がいるのかも。
この件、ギルドに報告しておいた方が
いいでしょうね」
思っていたよりも、
事態はずっと深刻かもしれない。
「この馬車は隠蔽魔術がかけられてて
目に見えないの
これを野盗に見られたら困るわね」
その馬車は『ヴェールカリオン』と呼ばれ、
歴代の聖女だけが乗ることを許された護送馬車だ。
青と白の美しい幾何学模様が外観を飾り、
銀色の縁取りが高貴さを際立たせている。
その輝きの源は、『聖銀』という伝説の金属。
かつて先代の聖女が精霊との契約により、
授かったものだという。
現在、この貴重な金属は入手不可能とされ、
その希少性は高い。
数百年の時が過ぎようと、
聖銀の光は曇ることなく、
馬車は汚れひとつない光沢を放ち続けていた。
「そんなに危険な賊が
いるんっすか?」
「ええ、戦争が終わってから
傭兵が仕事を失ってね
冒険者になる者も多いけど、
荒くれ者はなじめなくて、
賊になることが多いの」
「なるほど、
荒くれ者たちには居場所がなく、
結局賊に成り下がるわけですね」
そういえば、今の帝国は随分と平和だと、
暁の幻影団のライラさんも話していたっけ。
平穏な日々が戻ったといっても、
悪いことがなくなるわけじゃないんですね
ふと後輩ちゃんは思う。
その傭兵は戦争を生き抜いたということは、
その人たちは対人戦や
多人数での連携にも慣れているはずだ。
もしそんな猛者たちが、
野盗として現れたら厄介っすね。
「血狼団(ブラッドウルフ)と呼ばれる連中です
私たち二人だけで聖女さまを
守りきれるか、不安はありますね」
「二人とも槍の腕前が
素晴らしいではないですか
どんな相手でもやっつけれますよ」
「護衛が目的となると、
ただの戦闘とは違うのです。ですが、
必ず聖女さまをお守りしますので、ご安心を」
「えっ二人とも
Sランク冒険者だったんすか!?」
彼女たちは護衛任務を専門とし、
常に「安心安全」を掲げるSランク冒険者。
特に女性貴族層からの支持が厚く、
その評判は国を越えて知れ渡っていた。
槍の腕前も折り紙つきで、
『一撃で心臓を貫かれる』とまで言われるほど。
そして、彼女たちはランドレーサーと
アースワーデンという、
珍しい翼のないドラゴンの混合種を従えていた。
両者とも、
二人以外の背中には誰も乗せない。
ランドレーサーは長距離移動に秀で、
俊敏さと持久力を誇る。
一方、アースワーデンは、
険しい地形を安定して進む頑丈な体を持ち、
山岳や森の移動を得意としていた。
二頭のドラゴンは、
どちらの特性も持ち合わせた奇跡の兄弟であった。
「Sランク冒険者、
スカイラとサンダリア――
通称『風神雷神姉妹』を知らないの?」
「初耳っすね」
「私はカインさんしか
Sランク冒険者知らないもんね」
先輩は胸を張っているが、
どうにも誇るべき内容とは思えず、
私は呆れて額に手をやっていた。
どうやらこの二人、
雷と風の魔術を得意とするらしい。
その異名も、それが由来なのだろう。
雷の槍を持ってるほうが、
妹のサンダリアだろうか。
Sランク冒険者ともなれば、
あの骨の将軍と、
同じ威圧感を持っているのも納得だ。
「ふぅん、あの有名な
カイン・ナイトレイくらいは
知ってるんだ」
サンダリアの声が、
皮肉を含んでいるように思えたが、
気のせいに違いない。
馬車の事故を忘れ、
雑談に夢中になっていたその時、
突然、大地が揺れた。
まるで無数の生き物が、
猛然と駆け抜けるような振動だ。
「ねぇ、後輩ちゃん!
あっちに馬に乗った人が
たくさん来てるよ!」
視線の先には、
まるで戦場の軍馬さながらの、
逞しい体つきの馬たちが突進してくる。
その背に乗るのは、
荒んだ顔つきで武装した男たちだ。
もし相手が農民や落ちぶれた兵士なら、
簡単に撃退できただろう。
だが、彼らの身体には、
無数の戦いの傷があり、
筋肉は硬く鍛え上げられていた。
「おい、女がいるぞ
捕まえて
身ぐるみ剥いで楽しもうぜ」
「今晩は賑やかになりそうだな」
その正体は、元傭兵団の野盗「血狼団(ブラッドウルフ)」
どうやら、噂に聞いていた悪名高い連中が、
こちらへと迫ってきているらしいです。
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