帝国編 (小説3巻)
第45話 先輩は元傭兵団の野盗「血狼団ブラッドウルフ」を成敗するそうです part1
ルヴァンティア帝国の歓楽街は
華やかな灯りに包まれた娯楽の聖地だ。
高級娼館や巨大カジノが軒を連ね、
ここでは誰もが日常を忘れ、
快楽に浸ることができる。
血狼団(ブラッドウルフ)の団長バルトは、
愛馬「ニンジン・ラバー」に乗り、
裏通りをゆっくりと進んでいた。
夜の歓楽街は大通りが混雑し、
貴族や騎士たちは馬を街の入口で預けて、
徒歩で移動するのが一般的だ。
しかし、裏通りに目を向ければ、
商業地区や市場が併設されており、
商人たちが馬に荷を積んで忙しそうに往来している。
ここなら馬での移動も
自然なものとして受け入れられているのだ。
彼がこの歓楽街を訪れた理由は、
決して女を買うでも、
ギャンブルを楽しむでもない。
その目的地は街の片隅にある、
薄暗い路地の奥だ。
そこにたたずむのは、
「夜明けなき盃」という名のさびれた酒場。
表向きは何の変哲もない酒場だが、
実態は闇ギルドの依頼を受け付ける、
裏社会の社交場であった。
「ここでおとなしく待っていろ」
彼は馬を酒場の前に止めた。
静まり返った通りには、
他に停められた馬の姿がほとんどない。
窓から漏れる微かな光が、
営業中であることをかろうじて伝えていた。
扉を押し開けて中に入ると、
店内には無骨な男たちが数人、
無言で座っているだけだった。
その目つきの悪さから、
彼らがただの酔客ではないことが
容易に見て取れる。
カウンターの向こうに立つマスターは、
客が入店してきたというのに何も言わず、
ただ黙々と作業を続けている。
その態度は無愛想というよりも、
必要以上に言葉を交わす気がないことを
示していた。
彼はテーブルにも腰を下ろさず、
静かに注文を口にした。
「シャドウ・エールを頼む」
マスターは無表情のまま、
代金として5000Gを受け取る。
新しい瓶を取り出して、
濃い黒い液体をグラスに注ぎ始めた。
その液体は光を吸い込むような深い黒色で、
わずかにカカオやコーヒーを思わせる
香りが漂ってくる。
グラスを受け取った彼の前に、
3枚の用紙が何気なく滑り込まれた。
「シャドウ・エール(影の支援)」
という酒など存在しない。
ここだけで通じる隠語である。
この名を口にした者は、
表の取引では語れない、
闇の依頼を求める客にほかならない。
用紙に目をやると、
赤、黄色、青の封蝋が
右端に垂らされていた。
赤は抹殺依頼。
黄色は買い取り交渉。
青は、戦場で悪名を轟かせた
傭兵団ブラッドウルフへの
指名依頼を意味している。
この闇のギルドから流れ込む依頼は、
彼ら傭兵団の重要な資金源だった。
かつて戦場を蹂躙した精鋭たちを養い、
維持するためには、
闇の依頼も必要だった。
帝国の近辺では
「野盗」と呼ばれることもある彼らだが、
実際の活動はもっと深い闇に根差している。
標的となるのは、
権力争いで邪魔者とされた貴族や、
高額の報酬を伴う物品の強奪依頼。
彼らは依頼の詳細をこの店で買い、
必要とあれば標的の護衛もろとも片付ける。
それが彼らの「仕事」だった。
「相変わらず一言も
じゃべらないんだな」
彼は口角をわずかに上げ、
用紙を一つ一つ確認し始める。
黒鴉団の壊滅を求める100万Gの賞金首。
成功すれば、
ギルド内での昇格権も与えられる。
次に目を通したのは、
アストレイド王国から盗まれた
「天界の蒼石」の買い取り依頼。
驚くべきは、
その報酬額100億G。
(一体どこの酔狂が
ただの光る石にこんな金を出すんだ……)
バルトは眉間にしわを寄せながら、
青い封蝋が押された、
最後の用紙に目を落とした。
そこにはこう書かれていた。
聖女リリアンナ・セレステリアの誘拐 報酬2億G
さらに条件が追記されている。
肉体的な傷を一切負わせないこと。
時間厳守、
指定された場所へ届けよ。
前金は1000万G。
支援物資や詳細な計画書も提供されるという。
「に、2億だと……
しかも、聖女を誘拐しろだと?」
バルトは息を呑む。
リリアンナ・セレステリア、
その名を知らない者はいない。
彼女は聖女として絶大な信仰を集め、
美貌でも名高い人物だった。
(どこかの変態貴族が、
聖女を館に閉じ込めて
愛玩奴隷にでもする魂胆か?)
苦々しい思いでバルトはつぶやくと、
カウンターに置かれていた黒い酒を掴み、
一気に飲み干した。
帝国の侵略戦争が終わってからの10年、
俺たちの依頼成功率は驚異の100%だ。
どんな危険な仕事も失敗したことはない。
高額案件には何度も手を出してきたが、
前金で1000万という金額は初耳だった。
報酬の額がそのまま、
リスクの大きさを物語っている。
もし失敗すれば、
俺たちは口封じで消されるだろう。
だが成功すれば、
誘拐だけで2億の報酬が手に入る。
こんな美味い話、なかなかない。
(指名依頼か…。信用はあるんだろうし、
準備も整えてくれるらしい
これで10億が手に入るなら、悪くない話だ)
俺は爪で人差し指を軽く切り、
滲んだ血を契約書の枠に押しつけた。
それが終わると、
青い紙を酒場のマスターに渡す。
彼は羽ペンを取り出し、
新たな用紙に何かを書き込み始めた。
書き終えると、
その紙をこちらに向かって
テーブルの上を滑らせる。
それは一枚の領収書、
下の余白には、
物資の保管場所が記載されていた。
酒場を後にして、
愛馬ニンジン・ラバーに乗り込むと、
目的地へ急行する。
たどり着いたのは、
年季の入った古びた家。
バルトは躊躇なく扉を押し開ける。
家の中に足を踏み入れると、
机の上に無造作に置かれた1,000万の小切手と
詳細な指令書が目に飛び込んできた。
指令書を手に取り、
中身を確認する。
そこには、馬車に特殊な細工が施され、
特定の音で爆発する仕掛けがあること、
待ち伏せ地点や罠の配置場所が事細かに記されていた。
「こりゃすげぇな
どんだけ準備がいいんだよ。」
聖女には悪いが、
俺だって2億もの大金を手に入れたい。
「楽して稼がせてもらうぜ。」
彼は愛馬のポーチを探り、
金色の鍵を取り出すと呟いた。
「とりあえず、前金は
自由都市の銀行で引き出して、
例の秘密の保管庫に隠しておくか」
満足げに頷くと、
バルトは薄笑いを浮かべながら、
馬に乗りアジトへと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
エルディオス教皇国の象徴、
「神聖なる門」が朝陽に照らされ、
静かにその威容を示している。
季節は夏、空が薄紅色に染まる午前五時頃。
遠くからでもはっきりと見える、
20メートルを超える純白の大理石の門は、
日の光を受けて天界の輝きを思わせるほどに眩い。
これらの装飾は、
まるで動き出しそうなほどリアルで、
生きた芸術そのものだ。
その門の近くでは、
聖女専用の馬車「ヴェールカリオン」の
点検が行われていた。
精悍な顔つきの男が、
馬車の細部を入念に確認していると、
近くにいた別の人物が口を開いた。
「今日は随分と念入りに
手入れをされているようですね」
ピンクブロンドの髪を揺らしながら、
聖女リリアンナは、
微笑みを浮かべて整備士に声をかけた。
透き通るような青い瞳が慈愛に満ちた光を放ち、
その優しい眼差しには、
見る者の心を癒す力が宿っている。
彼女が身に纏う純白のローブは、
金糸で花模様が刺繍された、
豪華な縁取りが施されていた。
胸元には神聖な紋章が刻まれた
ペンダントが輝いている。
「神の愛の具現化」と称される彼女には、
狂信的な信者たちが多く、
命を捧げるに値する存在とされている。
「あの方の力はただの奇跡ではない
人間を超越した神の愛そのものだ
命を捧げる価値がある」
エルディオスの人々は性別を問わず、
そう信じて疑わないのだという。
「いつもの点検係の方は
今日はお休みですか?」
「ええ、どうやらお腹を壊してしまったようで
代わりに私が点検を
引き受けることになりました。」
そう答えながら、
彼は馬車の車輪部分に、
何やら薬剤を吹きかけている。
この馬車に触れることが許されるのは、
エルディオス神殿の
厳しい認可を受けた熟練者のみ。
そのため、
聖女は安心してその作業を見守っていた。
「聖女様
ご準備が整いましたら
お声掛けください」
「リリー
道中のことは
私たちに任せておいてね。」
サンダリアは聖女様のことを
気軽に愛称で呼んでいたが、
姉のスカイラは目を強張らした
護衛の冒険者サンダリアは、
親しげに聖女を愛称で呼ぶ。
しかし、姉のスカイラは顔を引き締め、
すかさずたしなめた。
「こら、聖女様に向かって
友達感覚で話しちゃダメでしょ!!」
「ご、ごめんよ姉ちゃん
叩かないでよ」
「二人は本当に仲がいいのですね。」
聖女は微笑みを浮かべた。
四年の付き合いになるこの姉妹は、
彼女にとって数少ない信頼できる存在だった。
「整備が終わりましたよ」
整備士が軽く頭を下げると、
工具箱を片手に持ち、
足早に商業街の方へと去って行った。
「今回の任務は
悪霊に取り憑かれた
少女の救出です
フロンティアタウンまで
よろしくお願いします」
「私たちのドラコーンでも
片道一日はかかりますね
帝国で一泊してから向かいましょう」
「ところで、この依頼って
数か月前から来ていたのに
なんで今さら皇国のお偉いさんが承認したの?」
「そこは私にもわかりません
ただ、上の指示に従うしかないでしょう」
悪霊は、神の敵とされていた。
LD教の教えでは、
魂は天に帰るべきものであり、
それを拒む魂は邪悪とされてるのだ。
彼女たち聖職者が、
悪霊を浄化しなければならないのは、
そのためだった。
天へ旅立った魂だけが、
神の祝福を受け、
救済されると教えられるそうだ。
「神官でも手に負えないほどの
悪霊を相手にするのに、
リリーがタダ働きだなんてひどすぎるわ!」
「困っている人を助けるのが私の務めです
どうぞお気になさらないでください」
リリーは幼い頃から、
聖女として特別視されて育った。
食べるものや着るもの、
そして戦闘に必要な装備以外では、
報酬を受け取ったことがなかった。
神に仕える者として、
それが当然だと信じているからだ。
「それに、少女を助けるの代わりに、
その街にLD教会を無料で建てろって聞いたよ
あの連中、聖職者というより金の亡者じゃないの?」
「そのお金で私たちは雇われているのよ
依頼人に余計なことを言わないで
準備を急ぎなさい」
「はーい
了解でーす」
「さあ、出発しましょう
苦しんでいる少女を
一刻も早く救わなくてはなりません」
こうして彼女たちは、
馬車の歯車に仕掛けられた細工に気づかぬまま、
旅立ってしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
朝の陽ざしがやわらかく平原を包み、
まだら模様の雲が青空に浮かんでいた。
視界が開けたこの草原では、
心地よい風が吹き抜け、
地面の雑草が揺れている。
その風に誘われて、
地面に生える緑色の雑草たちはかすかに揺れ、
草のささやきが耳に届くようだ。
見渡す限りの草原。
その真ん中に、
ぽつんと木造のコテージが佇んでいた。
その階段には三毛猫が居座り、
木の段を椅子代わりにして、
まるでこの場所の主のように偉そうに座っている。
その近くでは、
金髪をポニーテールにした少女が、
楽しげに錬金釜をかき混ぜていた。
「ふふん、遠距離から攻撃すれば
モンスターなんて怖くないっす
強力な兵器を作ってやるっすよ」
彼女の名前は、
後輩ちゃんである。
意気揚々とつぶやきながら、
私はデスローズの素材が溶けた液体のなかに
古墳で見つけた謎の鉱石を放り込んだ。
「あのリッチィーが作った
遺跡の壁の鉱石っす、
何か特別な力を秘めてるはずっす」
釜の中で渦巻く不思議な液体が、
素材を次々と呑み込み、
音もなく溶かしていく。
その光景を眺めながら、
私は完成するアイテムを想像して、
ワクワクが止まらなかった。
かき混ぜる手が、
自然と速くなるのを感じる。
その時、先輩が草原から勢いよく駆けてきた。
手には角の生えたウサギが二匹、
耳根っこをしっかり掴まれ、
もがく様子もなくぶら下がっている。
「後輩ちゃん
今日の朝ご飯は
ウサギのお肉だよ!」
「近くで見ると
このウサギけっこう大きいっすね」
この草原には、
角の生えたウサギがよく見かけられ、
彼らはのんびりと草を食べていた。
エルムルケンの森で出会った、
巨大な肉食ウサギとは違い、
サイズも威圧感を感じるほど大きくない。
彼らは草を食べる、
平和な草食動物らしい。
「おいクルミ、
泥だらけじゃねぇか
ほれ着替えだ」
「ニャンタありがとう」
先輩は朝から、
元気よくウサギを追いかけていた。
捕まえる方法は単純明快、
全力疾走して飛びかかり、
体ごとキャッチするという力技だ。
毎回泥にまみれるのは避けられない。
通常なら弓や罠で仕留めるのが定石だが、
先輩の俊敏さをもってすれば、
素手で捕まえる方が早いらしい。
「キュゥゥ」
「可愛く泣いても
ご飯の判決は変わりません
おとなしくしてなさい」
ウサギは思わず撫でたくなるような、
愛らしい鳴き声をあげるが、
体格は普通のウサギの3倍もある。
その頭には鋭い角が一本、
堂々と生えていた。
あの角に刺されたら、
無事では済まないだろう。
例えば、愛らしい外見の鹿でも、
鋭い角が腕や足を貫けば、
大量出血で命を脅かされることがある。
角というのは、
ただの飾りではなく、
恐ろしい武器なのだ。
「キュキュキュ
キュゥゥゥ」
「先輩こいつら
ウルウルした目で
見つめてくるっす」
「なんか可哀そうになってきたよぉ!」
可愛らしい鳴き声をあげたウサギたちは、
先輩が動揺する様子を見て、
さらに愛嬌を振りまき出した。
まるで「どうか見逃して」とでも言いたげに、
私のほうへ必死な目で訴えかけてくる。
自分たちが食べられる運命を感じ取り、
必死で可愛らしさを
振りまいているのだろう。
その仕草に一瞬心が動かされかけたが、
朝の空腹がすべてを打ち消した。
「ダメだ情が移っちゃうよ
逃がしてあげたほうがいいかな」
「先輩騙されちゃダメっす
なんかこいつらの仕草
演技くさいっっす!」
そう思った理由は、
私に向けられたウサギたちの真っ赤な目が、
どこか不気味だったからだ。
まるで催眠術でもかけているかのように、
じっとこちらを見つめている。
瞳の奥でぐるぐると何かが、
渦巻いている気がするが、
それはきっと自分の錯覚だと信じたい。
「生きたまま火で丸焼きにするのは
可哀そうだよね
どうしたらいいと思う?」
そう聞かれて、
私は錬金釜をかき回しながら答えた。
「何かで眠らせてから
お肉にしてあげるのが
痛みもなくていいと思うっす」
「わかった!
がんばって
痛みなく気絶させてみるよ」
先輩は激しくもがくウサギたちを、
左手でがっちりと掴み、
もう片方の手で首筋に鋭くチョップを浴びせた。
「必殺!気絶スラッシュ」
「キュ、キュ」
変な名前のチョップを、
ウサギたちの首元へと順番に打ち込むと、
短い声を上げて意識を失った。
ドラマでよくあるあのチョップだ。
首筋に「ストン」と一発打ち込むだけで、
意識を刈り取る手刀である。
現実でも効果があるのかは不明だが、
見様見真似で試したところ、
運良く決まったようだった。
「後輩ちゃん
ウサギが眠ったよ」
「すごいっす
現実でも首にストンとすると
意識失うんすね」
あとはウサギをお肉にするだけ、
という段階で、
ニャンタがコテージからやってきた。
「炊飯器は錬金で忙しいからな
俺がウサギの調理を
しといてやるよ」
「ニャンタありがとう」
先輩からウサギを受け取ると、
肩に背負い、
キッチンへと向かっていった。
「森の中と違って
ここは平和っすね」
私は異世界にきてから
初めてコテージの外でのんびりとしていた。
錬金釜を回し始めること1時間、
釜が徐々に神秘的な光を帯び始め、
やがて眩い輝きを放つまでになった。
「何ができるの!?
すごく楽しみ!」
先輩がそう言った途端、
空に厚い雲がかかり、
太陽が隠れて影を落とす。
しかし、錬金釜の光が、
その影を押し返すように力強く輝いた。
ついに待ち望んだアイテムが完成したのだ。
「お披露目してやるっす
これが私が作ったアイテムっす!」
私は先輩に見せようと、
意気揚々と錬金釜から
アイテムを持ち上げようとした。
だが…重すぎて釜からアイテムを
取り出すことができなかった。
「うおぉぉ!
重くて持てないっす」
「プププ?(何この丸い筒?)」
プルルが釜の中を覗き込むと、
見たことのない形状に興味をそそられ、
瞳が輝いていた。
「後輩ちゃん
何を作ったのか気になるよぉ」
「ダメだ持ち上げれないっす
先輩取り出してほしいっす」
「なにこれ?
緑色の筒みたいだけど」
先輩は釜の中に腕を突っ込み、
錬金で生成された重たいアイテムを、
まるで羽のように軽々と引き出した。
私が持ち上げることすら困難な重量物を、
あまりに軽快に扱う先輩の腕力に、
思わず見入ってしまう。
やがて姿を現したのは、
緑色の筒状の不思議な物体。
先輩の顔に驚きの色が浮かび、
私の方へと振り返る。
「こ、これは……
緑色の土管だぁ!
あの移動できるやつにそっくりだよ!?」
「違うっす!
土管じゃなくてバズーカっす」
そのバズーカは、
一見すると確かに土管に似ていた。
太くて円筒形、
広い口径が特徴的で、
中は空洞だ。
しかし、反対側を覗こうとしても、
奥は闇に包まれていて何も見えない。
緑色の光沢が全体を覆い、
ツタを思わせるデザインが施されており、
どことなく高級感の漂う姿だ。
下面には小さなグリップとトリガーがついており、
引き金を引くことで発射できるようだ。
また、デスローズが使われているのか、
上部にはちょこんとした、
小さなバラのツボミがついていた。
まだ開いていない花だが、
よく見ると呼吸するかのように、
わずかに膨らんだり縮んだりしている。
手で触れてみると、
植物と金属が混ざり合ったような、
独特の質感が感じられた。
「これに爆弾詰めて発射すると
敵の射程外から倒せる予定っす
名付けてデスロ・バズーカっす」
「炊飯器どういうことだ?
錬金術で土管を作るやつ
初めて見たぞ」
ニャンタの手には、
鉄製のフライパンが握られている。
その上では調理済みのウサギ肉が、
ジュージューと食欲をそそる音を立てていた。
「違うっす!
バズーカっす!」
「いや土管じゃねえか」
私が錬成したバズーカを見るなり
第一印象が『土管』と口にする。
まことに遺憾である。
「バズーカは
もともと土管っぽい形状っす
何もおかしくないっす」
「土管からドカンと一発
お見舞いするってか?
こいつは驚きだぜ」
「ニャンタさん
それ親父ギャグっぽいっす」
私のツッコミをスルーするかのように、
ニャンタは岩の上に鍋を置き、
フォークとナイフを取り出して配り始めた。
「ほら飯作ってきたぞ
冷える前に食べちまおうぜ」
黄金色に焼けたウサギの肉をお皿の上に盛りつけていく。
表面はパリッと焼き上がり、
ジュワッと滴る肉汁が音を立てる。
その見た目だけでも食欲をそそられた。
「ウサギのお肉美味しそうだね
いただきます!!」
先輩は地面にバズーカを置いて
われ先にと食べ始めた。
「お腹ペコペコっす
私も食べるっす!!」
ウサギの肉を一口頬張ると、
まず舌先に広がるのは岩塩のまろやかな塩味。
一口かじると、
表面のカリカリとした食感が歯に心地よく、
次いで中の柔らかい肉が口の中でほどけるように広がった。
ブラックペッパーのピリッとした辛味が
その肉の甘みを一層引き立てた。
脂肪分が少ないため、
しつこさがなく、
口の中に残るのはさっぱりとした後味だ。
「なんだか柔らかい鶏肉みたい!!」
「ウサギのモンスター旨いっす」
「プププ(もっと食べたい)」
「俺が調理したんだから
美味しくないわけないだろ
さあどんどん食べるぞ」
朝食を終えた私は、
コテージの階段に腰掛け、
草原をぼんやりと眺めていた。
そんな私の前で先輩が得意げに声を上げる。
「後輩ちゃん
このポーズどうよ!?
かっこいい?」
先輩はバズーカを抱え、
いろいろなポーズを決めていた。
「このトリガー押したら
どうなるんだろう?
凄く気になる」
好奇心に駆られ、
何も装填していない状態でトリガーを引く、
すると思わぬ異変が起きた。
バズーカの後部が、
轟音を立てながら、
空気を吸い込み始めたのだ。
「後輩ちゃん!
急にものすごい勢いで吸い込み始めたよ
これ掃除機だったの!?」
「もしかして弾がなくても
空気の砲弾を作れるのかもっす」
地面に転がっていた小石や花が、
バズーカの筒に吸い込まれ、
みるみるうちに筒が膨れていく。
発射準備が整ったのか、
バズーカの上に付いていたツボミがふわりと開き、
薄いピンク色のバラの花が顔をのぞかせた。
「試しにトリガー離してみるね」
先輩はバズーカを手に構え、
50メートル先の大木を狙って引き金から手を離した。
「ドォォン!」という音が轟き、
膨大な空気とともに、
吸い込んだ中身が勢いよく吐き出された。
だが、砲弾のように飛んでいくどころか、
クラッカーのように中身を吹き出しただけだ。
「やっぱりこれ掃除機なんじゃ」
「バズーカをイメージしてかきまぜたっす
きっと弾を詰め込んでないから
ちゃんと発射されないんすよ」
古墳で使ったあの爆弾が、
弾としてぴったりだったのだが、
グール退治に全て使い切ってしまっていた。
爆弾を新しく作るには、
火薬が必要だ。
残念ながら試し撃ちはできないようだ。
「グールに爆弾全部
使うんじゃなかったっす」
「しょうがない
とっておきを出すしかないな」
ニャンタが不敵に微笑み、
いつの間にか手にした導火線付きの爆弾を、
私たちに見せびらかしてきた。
「こんなこともあろうかと
爆弾を1個予備で置いといたんだ
ほれクルミこれ使ってみろ」
「ニャンタありがとう
後輩ちゃん一緒に撃とうよ
支えてあげるよ」
「先輩感謝っす」
一人では重くて担げなかったが、
先輩がサポートしてくれたおかげで、
なんとか肩に構えられた。
角度を斜め45度にセットし、
空に向けてバズーカを構えたものの、
妙な胸騒ぎがした。
「先輩、今さらなんですけど
これ撃っても、
周りに被害とか出ないっすかね?」
「こんな平原に人なんて
そうそう歩いてないよ
さあ、思いっきり撃っちゃおう!」
太陽は雲に隠れているが、
視界はくっきりと開けている。
今日はまさに試し打ちにふさわしい、
バズーカ日和だ。
太陽のある位置の反対側には林があり、
その奥は見えづらいものの、
広がるのは草原ばかりだ。
先輩が言うように、
周りには人の気配もない。
試し打ちだから、
今回は火を使わず、
弾を空気圧だけで飛ばすつもりだ。
デスローズから作った弾なら、
その大きささえ合えばうまく飛ぶはず。
さあ、準備は整った。
せっかく作ったんだし、
試しに一発発射してみよう。
「林があるほう以外なら
落下位置確認できそうっすね
こっちに発射しようっす」
「それじゃあ
爆弾入りまぁす!」
「プッ(了解)」
シュー!
プルルも雰囲気が楽しいのか
ノリノリで返事をしていた。
変な音がしたのは気のせいだろう。
先輩がバズーカの後ろに
爆弾をつめこみ、私がトリガーを押すと
筒の後ろから大量に空気を吸い込み始めた。
「バラが咲いた
発射準備オッケーだよ」
「よし発射っす!」
トリガーを引こうとしたその瞬間、
雲の切れ間から太陽が顔を出し、
眩しい光が私たちを包んだ。
「眩しいよぉ」
「せ、先輩、照準がずれるっす!」
バズーカがぐらりとずれ、
思わずトリガーが引かれてしまう。
狙いが林の方向へ、
変わってしまったことに気づく間もなく
『ボォォン!』
重低音とともに爆弾が発射され、
後方からも排気が勢いよく放出された。
デスロ・バズーカの無反動砲の力で、
爆弾は見たこともないような、
超高速回転をしながら数キロ先へと飛んでいった。
「すごい……
めちゃくちゃ飛んでったっす!」
爆弾が宙を舞う様子を眺めながら、
私たちはその行く末を見守る。
そして、重力に引かれるように、
やがて地上へと落下していく。
ドカァァァン!
大地を揺るがすような轟音が私たちの耳に届き、
遙か彼方の林の上空に、
煙がもくもくと立ち込めていた。
「なんですっか!?
導火線に火をつけてないのに
爆発したっす」
「おいおい、もしかして、
野営してるやつがいたんじゃねぇか
どうすんだ炊飯器?」
「きっと誤爆したんだよ
平原に人がいるはずないもん
きっと大丈夫だよ」
先輩は気楽に構えているけど、
ニャンタは私に向かって、
不吉な顔で囁いてきた。
だけど知ってる。
ニャンタがこうやってからかってくるときは、
何も起こってないのが常だ。
それでも、万が一、
あそこに人がいたら…と考えると、
息が詰まりそうだった。
「念のため、
様子を見に行きたいっす!
これじゃ心配で夜も眠れないっす!」
帝国の方向とは少しズレるけど、
どうしても見に行かないと落ち着かない。
「冒険に寄り道はつきものだよね
さあ爆発現場に向かって
出発進行だぁ!」
こうして私たちは、
爆弾が飛んで行った先へと向かうことにした。
とはいえ、爆弾は数キロ先へ飛んでいったので、
そこまで歩いても20分はかかりそうだ。
「歩いても歩いても
草原だねぇ」
「見通しがいいだけ
森よりマシっすよ」
広大なフィールドを歩くことは、
ゲームでは冒険心をくすぐるが、
現実では途方もない距離なのだ。
ようやく林までたどり着いた時、
爆発のせいで、
立ち往生している馬車が視界に入った。
どうやら、
爆発の衝撃で動けなくなったらしい。
翼のないドラゴンに似た生き物が2体と、
聖職者らしい服を着た人物を含む、
女の子たち三人が佇んでいた。
「人がいるっす!
人がいる場所に、
爆弾投げちゃったっす」
後輩ちゃんの顔は、
驚きで顔がひしゃげ、
ムンクの叫びみたいに歪んでいた。
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