第48話 先輩は元傭兵団の野盗「血狼団ブラッドウルフ」を成敗するそうです part4
このあたりは、
背の高い木がまばらに立ち並ぶ、
よくある林が広がっている。
リヴィールバタフライたちは
私たちの通った道を
迷うことなく群れて追いかけてきていた。
甘い果実の香りに蜂が集まるように、
蝶たちもまた、
パウダーの香りに魅了され舞い込んできたのだ。
蝶の群れを追うのは、
馬に乗った三人の野盗だ。
「おい、あの一番でかい蝶
一匹だけ林の奥に飛んでいったぞ
あいつを追えばいいんじゃねぇか?」
「放っておけ
集団から外れる変な蝶もいるんだ
群れについていけば確実だろう」
普段は群れをなして飛ぶ蝶たちの中で、
一匹だけ目立って大きく、
素早い動きを見せる個体がいた。
その蝶は、
他の仲間と行動を共にしない
自由な性格のようだ。
「…もしかして、あの蝶、
私たちのパウダーを
嗅ぎつけてるんすかね」
人間が探知犬で犯人を追い詰めるように、
まさか虫を使ってこちらの居場所を
探り出してくるとは思わなかった。
「後輩ちゃん
相手は二人だけだよ
こっちに気づいていないなら
奇襲してぶっ倒して
馬を奪い
逃げるのはどうかな」
「まず蝶をなんとかしないとっす
あいつらが襲ってきたら危険っすよ
人間は後で対処できるっす」
たまに良い意見を言う先輩だが、
後輩ちゃんの耳には入らなかった。
迫りくる蝶たちのせいで、
彼女の心はすでに、
パニック状態だったのだ。
「見つけ次第
仲間にしらせるぞ
抵抗されると面倒だからな」
「どこにいるんだい
可愛い子ちゃん」
木の裏に身を隠しているが、
私たちの体は完全に透明ではなく、
かすかに姿が見えてしまっている状態だ。
透過率は60%程度。
蝶が近づかなくても、
すぐに見つかってしまうかもしれない。
「おい団長からのおたっしだ
あと3分で女が見つからなければ
撤退するぞ」
「了解!
ほらさっさと探せよ
蝶どもよぉ」
野盗たちの仲間が遠くで怒鳴り声を上げている。
あと少し隠れていれば、
どうやら奴らは諦めて退散しそうだ。
彼らの様子から察するに、
金を稼ぐために、
常習的に人さらいを行っているのは明らかだ。
このまま逃がせば、
犠牲者が増えてしまうかもしれない。
もちろん、
プルルと先輩がいれば
奴らを倒すのはたやすいだろう。
とはいえ、人間同士のこうした問題は、
兵士や賞金稼ぎ、
それに本物の冒険者たちの役目であるべきだ。
私たちは出しゃばらず、
まずは目の前の害虫を
片づけることに集中しよう。
「そうだいいこと思いついたっす」
人間というものは、
極限に立たされると、
不思議と打開策を見出すものだ。
例えばカブトムシを捕まえるならどうする?
木にハチミツを塗ってしまえば、
一網打尽にだ。
結局のところ、
あいつらはただの虫に過ぎない、
私に知恵で勝てるはずがないのだ。
後輩ちゃんは、苦手な虫が近づくあまり、
いつもの彼女とはまるで別人のように、
過激な性格へと変わってしまった。
バイクに乗ると、
性格が変わる人の話は聞いたことがあるが、
虫を見ただけで豹変するとは誰が思うだろうか。
「先輩残りの粉を
木にかけておびき出そうっす」
「さっきたっぷり
振りまいちゃったから
もう残ってないよ」
「ちょっとくらい
残ってるはずっす
パウダーの袋ちょうだいっす」
先輩が持っている粉の袋を受け取ると、
私は手のひらに乗せるため、
袋を逆さにしてみた。
何度も振ってみたが、
粉は一粒も落ちてこない。
普通は袋の内側に、
粉が少しでも残っているものだが、
それすらない。
どうやらさっきの盛大な振りかけで、
きれいさっぱり使い切ってしまったようだ。
「高価な粉だって
言ってたじゃないっすか
なんで全部巻いちゃうんすか」
「だっていっぱい
体に撒いたほうが
効果あると思ったんだもん」
私は、ため息をつきながら頭を抱えた。
これでは虫寄せ作戦が使えないからだ。
そんな時、ふいに後輩ちゃんの頭に
一匹の大きな蝶がひらりと舞い降りた。
あの、集団行動をせずに迷子になっていた蝶だ。
パタパタと羽を動かしながら、
彼女の頭に静かにとまっている。
「あっ後輩ちゃん
その言いにくいんだけど」
「どうしたんすか!?
もしかして
奴らの一匹がいるんすか!?」
先輩の視線が、
なぜか私の頭の上を見つめていた。
まさか蝶がいるのだろうか。
眼球だけを上に動かしてみるが、
視界には何も見えない。
しかし、頭の上に何かがいるのを感じる。
「プルル蝶がいたら
容赦なく倒してほしいっす」
「プ!(わかった)」
私は目をぎゅっと閉じ、
体を小刻みに震わせながら耐える。
蝶は他の虫に比べてまだ耐えやすい。
うざったく飛び回るだけで、
害はないからだ。
頭の上でプルルが、
蝶を観察している気配が伝わってくる。
大きな羽を優雅にパタパタと動かしながら、
まるで蜜を吸うように粉を吸う蝶。
蝶がパウダーを吸った影響で、
後輩ちゃんの半透明だった金髪が姿を現し、
宙に浮いた状態でゆらめき始める。
半透明の体から、
髪だけが解き放たれ、
風に舞っているかのようだった。
「プー(蝶々かわいい)」
プルルは穏やかな顔つきで、
蝶が「この粉うめぇ」と言わんばかりに
粉を吸う様子をじっと見守っていた。
体を指先ほどの小さなサイズに変化させ、
そっと蝶の胴体に触れながら楽しむ。
触れると壊れそうなほど繊細な蝶の羽を避け、
慎重に胴体だけにそっと指を伸ばした。
蝶は夢中でパウダーを吸い続け、
プルルに気を取られることもなく、
ただ一心に粉を吸っていた。
「後輩ちゃん
プルルが蝶々と仲良くしてる
ほほえましい光景だよ」
「なじんでじゃねぇっす」
まさかプルルが虫を気に入るとは
後輩ちゃんも想定外だった。
毒をもつハチのような虫なら対処するが、
頭の上にとまって粉を吸っているだけで、
害もない様子。
プルルも特に虫が嫌いなわけではないので、
追い払う理由も見当たらなかった。
「プルルがやらないなら
私が手を下すっす」
後輩ちゃんは頭にとまった蝶を追い払おうと、
顔を左右に振りながら手で勢いよく仰いだ。
「うおぉぉ
あっちいけっすぅ」
「大きな声出したら
あいつらに居場所がバレちゃうよ」
蝶は一瞬びっくりして飛び去ったものの、
お腹が空いているのか、
遠くまで逃げようとはしなかった。
後輩ちゃんから、
一定の距離を保ってただ漂っていたのだ。
しばらくして、
再び彼女に近づき、
今度は鼻先にそっと止まって粉を吸い始めた。
彼女にとっては、
目の前で急に虫が現れたも同然だ。
その瞬間、
彼女は迷うことなく、
ある行動に出た。
「おいお前ら
団長から撤退の命令がでた
見つからないならさっさと逃げるぞ」
「おい、団長から撤退の指示だ
見つからないなら
さっさと引き上げるぞ!」
遠くから響く声が、
時間切れで、
撤退を決めたことを告げていた。
「ちっ見つかんなかったか」
「あいつら
高く売れそうだったのに
残念だったぜ」
野盗が完全に追跡を諦め、
背を向けて去ろうとしたその時、
数十メートル先から怒り声が響き渡った。
「やろうぶっ殺してやるっすぅ」
花咲ファイアーロッドを構えて火炎を吹きつけるが、
目標の蝶は素早く身をひるがえし、
炎の軌跡を華麗に避けた。
さすがの蝶も危険を察知したのか、
あるいは満腹になったのか、
どこかへ飛び去っていく。
「逃げるんじゃねぇす」
プルルは体を楕円に変形させ、
指のない手を振り、
去っていく蝶に別れを告げた。
「プー(またねぇ)」
「おいあそこに
ガキがいるぞぉ」
「あいつ正気か!?
炎吹いてやがるぜ
とりあえず仲間に知らせとくか」
林はじわじわと火に包まれ、
煙が立ち上る。
軽い火事のように辺り一面が燃え始めた。
「ピィィィ」
奴らは小型の笛を吹き、
私たちの存在を仲間に知らせていた。
遠くから馬の蹄音が次第に迫り、
私たちはあっという間に包囲された。
赤髪の男が馬から軽やかに降り立つと、
野盗の一歩前に出て、
鋭い声で命令を飛ばした。
「おまえら
こいつらは大事な商品だ
手を出すんじゃねぇぞ」
だが、ひとりの野盗が不満げに笑みを浮かべる。
「一人くらい
楽しんでもいいでしょう」
こいつらを手なずけるためには、
時には奴らに好き勝手させる必要がある。
元傭兵のならず者だ、
縛りつけてばかりじゃ収まりはしない。
彼も分かっていた、
これは秩序を保つための犠牲だ。
「まぁいい
一人だけだぞ」
「どっちで楽しむよ」
「俺は金髪とあそびてぇな」
彼らは私たちをまるで商品扱いして、
売り飛ばす算段をつけているが、
どうやら状況の本当の危うさを理解していないようだ。
男たちのいやらしい視線が、
私たちを値踏みするようにまとわりつく。
「こいつらいい肌してんじゃねぇか
売り飛ばしたら高く売れそうだぜ」
肌を見つめる目つきが、
どれほど不快なものか、
奴らには分からないだろう。
女性ならではの不快感が全身に染み込んでくる。
少しなら気にしないが、
こうも執拗に見られると、
気持ち悪さが増すばかりだ。
ツルハシを構えた先輩は、
まるで今にも相手をぶん殴る気満々だ。
「任せといて!」と言わんばかりに
気合が入っているが、
それがまた心配を増す。
「先輩、相手は人間っすよ
万が一殴って
命を落としたらどうするんですか?」
私が注意すると、
先輩はふっと空を見上げ、
懐かしむように語り始めた。
「夏休みに彼氏ができた子が
クラスにいたんだ
きっとチューとかしたんだろうね
大人の階段を上ったその子は
別人のようになってたよ
私もそうな風に一味違う人間になるだけさ」
「いやチューしたのと
人が死ぬかもしれないのは
比べ物にならないくらい違うっすよ」
どうやら先輩は、
正当防衛という言葉を免罪符に、
相手がどうなろうと気にしないようだ。
まるで悪党をゲームで倒してきた感覚のまま、
現実でも淡々としている。
たぶん、ゲームのやりすぎが原因だろう。
容赦なく悪党を倒すそのプレイスタイルが染みつき、
彼女の中で“悪党”の死が、
軽いものに感じているのかもしれない。
そういえば、ゲームと現実の区別が
曖昧になるという論文を見た気がする。
まさかそれが目の前で起きるとは。
ライトノベルでもよくある展開だ。
主人公が野盗や悪党を成敗するけれど、
現実でそれを真似する必要なんて、
まったくないはずだ。
「それにね後輩ちゃん
襲いかかってくる方が悪いんだよ
何かあっても責任は10-0で向こう持ちだよ」
「いや、まあ、
確かにそうっすけど」
先輩の言葉に納得しかけている自分がいる。
いっそ力づくで解決してしまうのが
楽かもしれないと思え始めてきた。
「いや、ダメっす!
こういうのがダークサイドへの入り口っすよ
暴力は最終手段にすべきっす!」
「おい、何をゴチャゴチャ言ってる?」
私が血狼団の安否を少しでも気にかけているのに、
奴らは相変わらず、
襲う気満々でこちらを睨みつけてきた。
相手は人間だ。
声をかけ方次第で、
ひょっとしたら逃げ出すかもしれない。
いざ、交渉開始っす。
「もうすぐ冒険者たちの援軍が来るっすよ
私たちに構っている暇
ないんじゃないっすか?」
こういう場面では、脅しが有効。
はったりでも相手を揺さぶれることがあるのだ。
しかし返ってきたのは冷笑。
「ふん、援軍が来るまでに2時間はかかる
俺たちならその間に
お前らを拉致するくらい朝飯前だ」
交渉失敗っす。
ただの野盗じゃない、
奴らは人さらいのプロだ。
脅しが効く相手じゃないようだ。
「炊飯器、まずは一声警告を飛ばしてやれ
それでも引き下がらないようなら、
俺が出る」
ニャンタが足元にやってきて、
私の足に手をかけたかと思うと、
悠然と足を組み始めた。
何で決めポーズをする必要があるんすか!?
「わかったっす」
私は大きく息を吸い、
全力で彼らに向けて声を張り上げた。
「こっちにこないでっす
ニャンタさんが本気になったら
お前らなんてコテンパンすよ」
警告したのも関わらず、
男たちは興奮した様子で
こちらに向かって歩み寄ってくる。
「こいつ猫に助けを求めてやがるぜ」
「こっちにこないでだってよ
キャワイイネ」
「俺はあの金髪の子が好みだぜ
いい体してるな…ヘヘッ」
こちらの拒絶を楽しんでいるかのように見えた。
体つきが筋肉隆々の彼らは、
よだれを垂らしながら、
ゆっくりとこちらに迫ってくる。
来るなと叫んだのに、
まるで喜んでいるかのように迫ってきやがったっす。
どうしてこんな逆効果になるんですか?
もう話し合う余地はなさそうだ。
「やれやれ、困ったものだな
ここは平和に場を収めるために
俺が出るしかなさそうだ。」
「ニャンタが
あいつらを成敗してくれるの?」
「クルミ、
お前はまだ力の加減ができないだろ?
ここは任せておけ」
ニャンタは堂々と歩みを進め、
野盗たちの前に立ちはだかった。
聖女たちには、
ただ地面に転がって油断させる程度でよかったが、
相手が20人もの野盗ではそうもいかない。
私はニャンタの行動から目が離せなかった。
「なんだこの猫
本気で俺たちと戦う気か?」
「お前たちを守る
ナイト様のご登場ってわけか?
笑えるぜ」
奴らはニャンタのことを完全になめ切っていた。
だが、その場にいた馬たちだけは異変を感じていた。
彼らの前にいるその生物が、
ただの猫でないことを。
生き物としての本能が、
警鐘を鳴らしていたのだ。
「炊飯器、
もう一度警告してやれ
今逃げなければだじゃ済まないぞってな」
「お前ら早く逃げろっす
ニャンタさんが本気になったら
何するか分かんないっすよ」
しかし。二度目の忠告も聞き流し、
相手は逃げようとしなかった。
こちらを全く脅威と見ていないのだ。
「ニャンタ何するつもりなの!?」
馬たちは震える足で立ち続け、
恐れから何度もいななき、
汗が全身を濡らしている。
「ヒヒィィン」
「ヒヒィィン」
呼吸も荒く、まさに極限状態だ。
彼らはただの馬ではない。
命を懸けた戦いを幾度も経験し、
戦場を駆け抜けてきた歴戦の馬。
だからこそ分かるのだ、
逃げなければ、
恐ろしい運命が待ち受けていることを。
「おい馬どもの様子がおかしいぞ」
「ただの猫になに怯えてんだ?」
「いちおう俺は警告したからな
ジェントルメン・デリート」
ブオォォン!!
ニャンタの前足が振り下ろされた瞬間、
空間が歪むような奇妙な音が辺りに響き渡った。
数秒の沈黙が訪れた後、
「なんじゃこりゃぁぁ!」と声が上がる。
野盗たちは団長や副団長を除き、
全員が地面にひれ伏し、
女の子座りで股間を押さえている。
顔には脂汗が浮かび、
震えが止まらない様子だ。
私たちは、目の前の屈強な男たちが、
突然みるみる弱々しくなる様子に、
驚きを隠せなかった。
何が起きたのか、
まったく理解できない状況だ。
「すごいよニャンタ
ムキムキの男たちが
戦意喪失してるよ」
「ニャンタさん
一体なにしたんすか!?」
ニャンタはにやりと笑いながら答えた。
「こいつらの股間にぶら下がってる
男としてのプライドを
根こそぎ断ち切ってやった」
「えぇぇぇっ!?」
「ええ!?」
「安心しろ。痛みなんてないぞ
飼い犬や猫を去勢するのと同じことだ
これで、おとなしくなるだろ」
ニャンタに立ち向かうには、
男としての誇りさえも、
賭ける覚悟が求められるのだ。
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