第43話 先輩とエルムケンの大森林の出口を突破せよ! part7
そもそもアルミスの盾や腕というのは、
プルルが自分の体を変化させて、
それっぽく作り出しているだけだった。
植物を溶かすために盾の表面だけを、
酸性のネバネバに変えることなど、
プルルにとっては造作もないことだった。
「プププ(一気に畳みかける)」
「プルル?
デスローズは巨大な植物っすよ?
どう攻撃するすもりっすか?」
私が少し不安げに問いかける。
デスローズを鑑定した結果、
ステータスは骨将軍と
さほど変わらないことが分かっていた。
黄金の鎧のような伝説級の装備もなければ、
ブースト系の身体能力強化スキルも、
現時点では発動していない。
ただの1メートル級の植物モンスターなら、
プルルのアルミスの腕で、
一撃叩きつければ簡単に倒せるだろう。
だが相手は植物の親玉だ。
さっきまでの雑魚たちとは違い、
分厚いツタや花びらはかなり頑丈なはず。
プルルがどうやって、
デスローズを攻撃するのか、
私にはまったく検討がつかなかった。
「ププップ(拳で叩けば倒せる)」
プルルは盾を腕の形状に戻すと、
自信満々に構える。
「ちょっと不安っすけど
そこまで殴るのに自信があるなら
プルルを信じるっす」
デスローズとの距離は20メートル。
新しい植物を生み出す前にダメージを与え、
倒さなければならない。
だが、問題がある。
まだ一度もデスローズの攻撃を
見ていないのだ。だが、
生み出した植物がデスローズに酷似しているため、
長いツタを振り回したり、
種マシンガンのような射撃は予測できる。
特に、種に関してはその大きさから、
まるで大砲の連射をイメージさせた。
その想像をしてしまった自分を後悔した。
「いくっすよプルル」
「プ!(了解)」
私はデスローズに向かって走り出す。
プルルが攻撃できる射程距離に入るためには、
全力疾走しかない。
「うわぁぁ!」
おそらく戦士ならば、
こういう時こそ雄たけびを上げて、
自分を奮い立たせるのだろう。
今の私の叫びは、
よく戦士のジョブにあるスキル
ウォークライと同じようなものだ。
私の体の奥底から湧き出た声は、
恐怖でも焦りでもない、
ただ心から湧き上がる力の叫びだった。
そんな後輩ちゃんの奮闘ぶりを、
離れたところで見ていた先輩たちは、
次のように思っていた。
「ねぇニャンタ
後輩ちゃん
悲鳴上げながら突撃してるね」
「まあ無防備に走ってても
プルルがいるから
なんとかなるだろ」
距離が縮まるにつれ、
デスローズに異変が生じた。
口の中から、不気味な火の粉が漂い出す。
「え?まさか
植物が火を吐くはず
ないっすよね!?」
私は反射的に足を止めた。
直進するのをやめ、
素早く円を描くように走り始める。
次の瞬間、デスローズの口から炎が噴き出した。
まるで火炎放射器のような猛火が、
私に向かって押し寄せてくる。
「ぎゃぁぁ!
ほんとに火を吐いてきやがったっす!」
まさか、植物が炎を吐くなんて。
火を吹くのはドラゴンだけだと思っていた。
これは完全に想定外だ。
私は必死に逃げ回りながら、
デスローズが数秒おきに、
炎を吐いているのを見ていた。
どうやら、自分の放った炎が、
視界を遮っているらしい。
炎を吐き、一度止めて、
また吐く、その繰り返しだ。
「もう限界っす
走れないっす」
スタミナが尽きかけ、
足取りが鈍くなる。
だが、次の炎に焼かれる寸前で、
デスローズの動きが突然止まった。
そう、私は何度もこの瞬間を見てきた。
植物が生み出されるその瞬間。
ここが唯一、間合いを詰めるチャンスだ。
私は迷わず、
バインディングチェーンを発動させた。
「隙ありっす!
発射!」
最初からこの瞬間を狙うべきだったのだ。
新たな植物が生まれる前に攻撃しようと焦り、
無駄に体力を消耗してしまった。
鎖の先端がデスローズに突き刺さる。
「巻きつけ!」と心の中で叫び、
瞬時に鎖が巻かれ、
私の体は一気に引き寄せられた。
激突寸前で「離せ!」と念じ、
鎖を放して空中で停止する。
デスローズまでの距離はあと2メートル。
足が地面につくや否や、
お尻から植物が噴射された。
だが、その一瞬の隙を見逃すことなく、
プルルはアルミスの腕を突き出し、
高速の連撃を加えた。
「プラァプラァプラァ!」
「いままでよりパンチの
速度が速くなってるっす」
だが、プルルは知らなかったのだ。
デスローズのような植物というのは、
打撃に対して、
驚異的な耐性を持っているということを。
触手や花の部分に拳を叩き込んでも、
柔らかい体は一瞬へこむだけで、
すぐに元に戻ってしまう。
厚い肉体が衝撃を吸収してしまい、
打撃では決定打にならないのだ。
もし斧による鋭い斬撃なら、
効果は絶大だったろう。
残念な事に、
アルミスの腕による拳であっても、
その厚い肉体を貫くことはできなかった。
「プププ(攻撃が効いてない!?)」
「プルル!?
やっぱり知らなかったんすか
植物には打撃は効きにくいんっすよ」
プルルにとって、
これまでの戦いは、
打撃の強さで勝利を収めることができた。
スケルトンは打撃に弱く、
グールも、炎の魔術を加えることで、
防御を突破し勝利を手にした。
その経験から、プルルは
「硬いものを使って殴れば、生き物は倒せる」
と信じて疑わなかったのだ。
だが、今回は違う。
いくら殴っても相手はびくともしない。
「プー(どうしよう)」
「もしかしてプルル・・・。
打つ手なしなんすか?」
なぜプルルは、
斬撃に特化した形状にできないのか?
それは物理の原則にあった。
鋭さと強度は反比例の関係だからである。
刃を鋭くすればするほど、
その表面は薄くなり、
耐久性は著しく落ちる。
切れ味と強度のバランスを保つのは、
スライムのプルルにとっても難しかった。
もし少しでも調整を誤れば、
相手の攻撃に耐えられず、
体が吹き飛ばされる危険もあった。
だからこそ、プルルの体は打撃に特化した形、
腕や盾といった、
単純な形状にしか変化できなかった。
「ぎゃぁぁ!
触手が足に絡んできたっす
触るなっすはなせっす」
気がつけば、
地面に張り巡らされた触手が、
足を絡め取っていた。
「ププー(ダメだ千切れないよ)」
プルルはアルミスの腕で
必死に触手を引きちぎろうとしたが、
触手が頑丈すぎてどうにもならない。
そのまま空中に持ち上げられ、
巨大な口に向かって引きずられると、
足から順にパックリと食べられてしまった。
「やばいっす
飲み込まれるっす」
私はニャンタたちに手を伸ばしながら、
どんどんデスローズの喉奥へと、
飲み込まれていった。
「うわぁぁ!
ニャンタさんヘルプぅ」
プルルがこれまで、
レベルの高い強敵に打ち勝ってきた理由、
それは敵の油断にあった。
骨将軍やグールたちは、
彼女を戦うに値しない存在だと軽んじたため、
プルルが隙を突くことができたのだ。
この世界で警戒されない存在は、
女、子供、そして老人だ。
弱そうに見えるだけで、
敵は「勝つのは簡単だ」と思い込み、
油断する。
デスローズも知恵はあったが、
後輩ちゃんをただの餌としか見なかった。
だからこそ、
油断はなく、
ただ全力で食らいついてきたのだ。
「ニャンタぁ
後輩ちゃんが
食べられたよ!」
「わはははは」
ニャンタは地面を転げ回りながら、
爆笑していた。
だが、後輩ちゃんが口の中に飲み込まれる寸前、
プルルはアルミスの腕を解除し、
彼女の全身を素早く包みこんだ。
無数のギザギザの歯に噛まれ、
ムカデのように棘だらけの舌が彼女を巻き取り、
丸ごと飲み込んでいく。
デスローズにとって
まるでゼリーを飲み込むような
感覚だったに違いない。
「鳥に丸呑みされる魚って
こんな気持ちで食べられてるんすね」
プルルに包まれながら、
私はそんな感想を漏らした。
私はほぼ丸飲み状態で口から喉、
そして食道を通過し、
胃へと向かっていた。
体内は真っ暗だったが、
プルルが放つ小さなファイアボールが、
周囲をぼんやりと照らしてくれている。
そして緊急事態発生。
私の落下地点には、
強酸の胃液の湖が広がっているではないか。
「やばいっす!
胃液っす!
溶けるっす!」
私は焦りながらも咄嗟の判断で、
バインディングチェーンを空へと放った。
幸運にも、
その鎖の先端は、
喉元に見事に突き刺さった。
「ギシャアッ!」
まるで人間が魚を食べているとき、
小骨が不意に喉に引っかかるような痛みが、
デスローズを襲った。
その不快感に耐えるような、
苦しげな様子を見せていた。
「危なかったっす
チェーンなければ死んでたっす」
胃液はブクブクと泡立ち、
黄緑色の毒々しい煙を立ち上らせ、
胃の中全体に充満していた。
デスローズの触手には、
腐敗を引き起こす毒液が塗られており、
それはこの胃液から生み出されている。
つまり、この煙を一息でも吸えば、
肉体はじわじわと溶け、
やがて完全に腐り落ちてしまうのだ。
本来なら食べられた時点で
ゲームオーバー。
しかし、後輩ちゃんの浄化能力が、
その毒の力を完全に打ち消していたおかげで、
彼女はまだ生き延びていた。
「胃液、ものすごい勢いで
泡立ってるっすね…
試しに、木の実を落としてみるっす」
私はポケットから木の実を取り出し、
恐る恐る手を離した。
重力に引かれて、
木の実はスーッと胃液へと落ちていく。
シュッ!
「えっ? 音もなく溶けたっす
どんだけ強力な酸なんすか!?」
木の実は、溶ける音すらなく、
瞬く間にこの世界から消え去った。
「プラァッ!」
プルルは、
胃壁を殴ってみたが、
打撃が吸収され効果がなかった。
私も体の内部からなら、
ダメージが入るかと期待していたが、
現実は甘くなかった。
「そうだ!
食べられた時は、
体内をナイフで切ればよかったんすよ!」
さらっと恐ろしいセリフを言った気がするが、
生死を賭けた状況では、
手段など選んでいられないのだ。
私はマジックバッグから
エターナルシャープを取り出し、
力いっぱい胃壁を切りつけた。
スパッと切れた。
まるで豆腐のように、
だが…すぐに傷は再生してしまった。
「このナイフ、
切れ味はいいんすけど、
長さが足りないっすね…」
「プー(どうしよう)」
デスローズが移動しながら、
何かを噴射した音が聞こえた。
後輩ちゃんが飲み込まれてから、
すでに90秒が経っていた。
再び新しい植物が生まれたのだろう。
だが、それ以上に
外から聞こえる騒音が気になった。
「後輩ちゃん!
いま助けにいくからね
うおぉぉ!」
一方その頃、
先輩は凄まじい速度で、
デスローズに突撃していた。
2体の植物モンスターが、
その進路を阻もうと、
前方から襲いかかってきた。
「邪魔だ
あっちいけぇ!」
先輩は植物たちを、
左右の手でがっしりと掴むと、
豪快に空高く放り投げた。
植物たちは森を飛び越えて、
遥か彼方へと飛んでいった。
そのままの勢いで、
デスローズの胴体に飛びつき、
全力で揺さぶり始める。
「この植物モンスターめぇ
後輩ちゃんを返せぇ!」
「ぎゃぁ!
先輩揺らさないでっす
胃液が胃液が飛んでくるっす」
「後輩ちゃんの声が聞こえた
まだ生きてるんだ!
今助けるからね」
先輩がさらに激しく揺さぶると、
デスローズの胃の中は激しい混乱状態に。
その結果、
後輩ちゃんは胃液の波に呑まれ、
溶かされそうな危険にさらされた。
「胃液が氾濫してるっす
先輩に殺されるっすぅ」
デスローズは異変を感じ取り、
触手を先輩に向けて、
勢いよく繰り出した。
しかし、揺さぶることに夢中で、
触手が迫るのに気づかなかった。
その触手が先輩に直撃し、
上着は無惨にも引き裂かれ、
ボロボロになってしまった。
「ぎゃぁ!
ニャンタ新しい服だしてぇ!」
先輩は悲鳴を上げ、
即座にニャンタの元へと駆け込んだ。
「ほらよ」
新しい上着を受け取ると、
素早くそれに着替え、
ようやく落ち着きを取り戻した。
先輩の叫びに驚いていたリスたちも、
彼女が無事であると分かると、
安堵の表情を浮かべた。
しかし、内心では誰もが同じ疑問を抱いていた。
(結局、あそこに行った理由って…
何だったんだ?)
デスローズが先輩を追い払ってくれたため、
後輩ちゃんは危うく、
胃液の海に沈む運命を間一髪で逃れた。
「助かったっす
振れが収まったっす」
ひと息ついたそのとき、
頭の上で豆電球が灯るように、
ある閃きが生まれた。
植物モンスターの弱点についてだ。
プルルが植物を捕らえ、
種マシンガンで茎を撃ちまくっても、
種ははじかれていた。
だが、ツボミに命中した種は、
外皮を削り取って、
内部の核を破壊したことを思い出す。
デスローズも同じく、
ツボミには打撃が効く可能性がある。
アルミスの腕でツボミを叩きつければ、
外側を砕き、
その奥にある核を破壊できるかもしれない。
「プルル!
デスローズのツボミには
打撃が効くかもしれないっす」
今はデスローズの体内にいる。
本来なら、ムカデのように蠢く舌と
鋭利なギザギザの歯によって、
体は細切れにされていたはずだ。
だが、プルルのおかげで、
無傷のまま胃の中まで到達している。
鎖の先端は喉の奥に突き刺さっていて、
その先にはツボミがあるはずだ。
「今から鎖を引くから
ツボミを探して
アルミスの腕で叩いてほしいっす」
「ププップ(わかった)」
心の中で「引き上げろ」と強く念じると、
鎖は反応し、
ゆっくりと上に向かって巻き上げられていく。
飲み込まれたときは視界が闇に閉ざされていたが、
今はミニファイアーボールの明かりで、
周りがはっきりと見えた。
視線の先に、
大きなツボミを発見した。
「プルル見つけたっす
あれを攻撃っす」
「プラァプラァプラァ!」
プルルが力を込めて連打を加え、
ツボミは粉々に砕け散り、
隠されていた核が露出した。
そのままプルルの猛攻は止まらず、
何度も叩き続けた。
「プラァ!」
最後の一撃で、
核は完全に破壊され、
デスローズが悲鳴を上げた。
核を失ったデスローズは、
制御を失い、
激しく頭を振り回していた。
このまま口の中にいるのは危険だ。
何が起こるか分からない。
「ここから這い上がるっすよ」
「プッ(了解)」
私の声を聞いたプルルは、
アルミスの腕を解除して、
全身を包み込んでくれた。
喉を必死に進み、
ようやく口元にたどり着くと、
外の光が目に飛び込んできた。
そのとき、
デスローズの頭が茎の支えを失い、
地面に激しく叩きつけられる。
その衝撃で私は、
勢いよくデスローズの口から放り出された。
「やったっす
外にでれたっす」
デスローズの触手や茎が、
次第に枯れていく中で、
美しいバラの花だけが静かに残っていた。
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