第41話 先輩とエルムケンの大森林の出口を突破せよ! part5

遠くの方で、

リアが何かを指さしながら、

大声で叫んでいるのが聞こえた。


「あれよ!

 あの巨大な赤いバラのせいで

 森から出られなかったの!」


暁の幻影団の彼女たちは、

目の前の光景におびえながら

リスたちにゆっくりと近づいていった。


「助けてもらったお礼もしてないし、

 私たちも戦いに加わった方が

 いいかしら?」


「キッキキキ!

 (邪魔だからあっち行ってな)」


言葉は分からなかったが、

リスの隊長が顔をくいっと

魔狼の領域の奥の方角に曲げていた。


(やだちょっとカッコイイ!)


リアは謎のトキメキを感じていた。

ちなみに隊長の正体は、年齢が50歳、

妻子持ちのオッサンリスである。


少し想像してほしい。


もしも彼が人間で、

頭に卵の殻をかぶりながら、

顔であっちに行けと促している姿を。


それでもリアは、

彼をカッコイイと感じただろうか?

おそらく感じなかっただろう。


リアが惹かれたのは、

あの可愛らしいリスの外見だったのだ。


ほどなくして、

彼女たちは少しの間話し合った後、

こちらに集まってきた。


「大きな植物がこちらに迫ってるわ

 今なら森の出口から脱出できるわよ」


「私たちは森を迂回して

 逃げるつもりだけど、

 あなたたちはどうする?」


その頃、目の前では

リスvs植物の戦いが始まろうとしていた。


数で言えば、

こちらが圧倒的に不利だ。

正直、大丈夫なのか心配だった。


内心、私は逃げる気100%だったのだが、

ニャンタと先輩を見ると、

全く動く気配がない。


「せっかくだから

 観戦していこうぜ」


「後輩ちゃん!

 リスと植物どっちが強いんだろうね

 気になるよね」


私たちがここにいるだけで、

戦闘の邪魔になると思うのだが、

そんなことを二人はおかまいなしだ。


木の実を片手に、

まるで家で映画を観るかのように、

近くの切り株で腰を下ろし、くつろぎ始めた。


この二人には危機感というものが

存在しないのだろうか。


「私たちはここに残るっす。

 森から出るなら気をつけてっす」


そう宣言した瞬間、

三人は驚いたように目を丸くしていた。

あれ? なんか変なこと言ったっすかね?


ここ数日、命の危険にさらされ続けた

後輩ちゃんの感覚は、

だいぶ麻痺してしまっていた。


異世界に来たばかりの頃は、

泣き叫んだり現実逃避していたのに、

今では目の前に脅威があっても平然としている。


「あの植物の大軍を見ても

 一切どうじないなんて

 あなたたちやっぱり只者じゃないのね」


「もし帝国によることがあれば

 冒険者ギルドに伝言をちょうだい

 森で助けてくれたお礼がしたいわ」


「ライラ、エリス

 リス達には悪いけど

 早く逃げましょう」


彼女たちは焦りながら、

バッグから粉を取り出し、

それを全身に振りかけた。


すると、体は次第に半透明になり、

目を凝らせばかろうじて見えるものの、

視認が難しいほどぼやけた姿となった。


この粉は「ミストヴェールパウダー」。


カインが不在の際に用いられる、

隠密行動に必須の道具だ。


振りかけると視覚的にぼんやりと半透明になり。

近距離ではかろうじて認識できるが、

遠距離では完全に見えなくなる。


効果は約30分間持続するが、

雨や水に濡れると、

即座に効果が消えてしまう弱点もある。


森の出口までは数キロ。

全力で走れば20分程度で到達できるはずだが、

時間との戦いが始まろうとしていた。


「ミラクルちゃん達

 さようなら」


「バイバイっす」

「またねぇ!」


ライラはほとんど悲鳴に近い、

さようならの挨拶をし、

全力疾走で逃げるように去っていった。


あれ? もしかして、

私たちも逃げないと手遅れになるんじゃ?


そんな嫌な予感を感じつつ、

私は手を振って彼女たちを見送った。


「おい!あっち見てみろ

 衝突する寸前だぞ」


ニャンタの声に反応して振り返ると、

リスたちの目の前には、

植物モンスターが迫ってきていた。


その距離は約10メートル。


狭い一本道で、

リスたちは横一列に並び、

敵の進行を迎え撃つ準備を整えた。



先頭に立つのは、

卵の殻をかぶった小さな隊長。


高く澄んだ声で号令をかけると、

リスたちは息を合わせて身を寄せ合い、

まるで壁のように隙間なく盾を構えた。


敵は植物のモンスター。

その恐ろしい姿が迫り来る中、

彼らは一歩も引かずに衝突の瞬間を迎えた。


「ギシャァァ!」

「キィキィキッキキ!」


植物モンスターの唸り声と、

リスたちの鋭い鳴き声が入り混じり、

激しい衝突が起こった。


植物の棘付き触手がリスたちに襲いかかるが、

リスたちは木製の盾で、

その攻撃をすべて防いでいた。


驚くべきことに、

触手がどれだけ激しく叩きつけられても、

木の盾にはほとんど傷一つつかない。


どうやら盾は、

非常に頑丈な材質で作られているようだ。


「あの木の盾、

 どんだけ丈夫なんすか!」


激しい触手攻撃の合間を縫って、

リスたちは盾の上から、

ショートソードを突き出して反撃する。


狙うはただ一つ。


植物モンスターの頭部に咲く赤い花。

その中央に隠された核を、

的確に突いて仕留めようとしていた。


なぜ斬撃ではなく突きを選んだのか?

その理由は、

リスたちがとっている陣形にあった。


彼らの盾が少しでも動いて隙間が生じれば、

植物の触手がそのわずかな隙を見逃さず、

隊列を崩しにかかるのだ。


横一列の陣形を維持するためには、

盾を決してずらすことなく、

固く守り続ける必要がある。


この体勢で可能な攻撃は、突きのみ。


盾を固め、剣で刺すという単純な作業だが、

これを連続して行うのは、

非常に高い技術を要するものだった。


リスたちは何度も訓練を重ね、

この連携を身につけたのだろう。


「後輩ちゃん、

 なんか地味な攻防だね」


「何言ってるんですか!?

 隊列がまったく乱れてない、

 見事な連携っすよ!」


衝突から数分が経過しても、

リスたちは一切の乱れなく、

横一列の陣形を保ち続けていた。


「キッィキキ!」


植物のモンスターを一定数倒すごとに、

隊長が号令をかけ、

リスたちは数歩だけ後退して再び陣形を整える。


倒した植物の残骸が視界を遮り、

前方が見えづらくなるためだ。


暁の幻影団は少人数での連携とは違い、

まるで軍隊のように大規模な陣形で、

戦う姿を目にするのは初めてだった。


個々の力はさほど強くなくても、

こうして集り行動すると、

巨大なモンスター以上に厄介に思えてきた。


「もっと狂戦士のように

 突撃して攻撃しまくるものだと

 思ってたよ」


「個じゃなく軍で戦うって

 こんな感じなんすよ!

 派手さは必要じゃないんっす!」


植物モンスターたちは、

人間で言う心臓に相当する部分を貫かれ、

次々と力尽きて倒れていった。


だが、植物たちは一斉に、

残骸を踏み台にジャンプして、

襲いかかろうとしてきた。


「キィキィ!」


隊長リスの鋭い号令が響くと、

リスたちは盾を構えたまま、

素早くバックステップし攻撃を回避。


そして再び隊列を組み直し、

突進してくる植物モンスターたちに対して

突きの攻撃を繰り出し、次々と数を減らしていく。


植物モンスターの数は徐々に減り、

視界を埋め尽くしていたはずの群れは、

300体程度にまで減少していた。


「ギシャアア」


突如、巨大なバラが鳴き声を上げた。


すると残った植物たちは、

これまでの無謀な突撃とは違う、

三つのパターンの動きを見せ始めた。


一つは、これまでと変わらず、

リスたちの盾に向かって、

何度も突進を繰り返す者たち。


二つ目は、触手を周囲の木々に伸ばし、

木をよじ登っていく者たち。


そして三つ目は、

倒れた仲間の残骸を足場にしながら、

一定の間隔を保ちつつ並び始める者たちである。


それぞれが戦術を理解しているかのように、

新たな攻撃態勢を整えていくのだった。


木に張り付いた個体は、

ある程度まで上昇すると口が大きく裂け、

中からつぼみのようなものが姿を現した。


植物たちの亡骸の上で、

待機した個体も同様だ。


まるで銃口のように、

空いた穴をリスたちの頭上に向けた。


まるで遠距離から、

リスたちの頭上を、

射撃をしようとしているように見えた。


「もしかして

 射撃しようとしてるんじゃ!?」


「リス達が危ないよ」


確かに植物モンスターの数は、

残りは200体以下まで減っていた。


それでもリスたちの目の前には、

依然として植物の群れが突進してきて、

触手で容赦なく攻撃を仕掛けている。


逃げる余裕はまったくない。


「キィキィ!」


隊長が高らかに鳴き声をあげると、

木の上で待機していた投石部隊が、

一斉に動き出し石を投げ始めた。


さっきまでとは打って変わり、

何倍もの速度で空を切る石が、

正確に植物モンスターの頭部を狙い撃つ。


次々と植物たちの頭がつぶれていく。


「なんで最初から

 あの速度で投げなかったんすかね!?」


「おそらく木の上にいるやつらは

 脅威ではないと

 油断させるためだろ」


しかし、倒しきれなかった植物が反撃に出る。


つぼみからトゲ付きの種を、

まるでマシンガンのように猛スピードで

発射してきたのだ。


目にも止まらぬ速さで、

鋭い種がリスたちを襲う。


「キィキィキィ!」


隊長の声が響くと、

リスたちは即座に盾の角度を調整し、

斜めに傾けて種の猛攻を受け流した。


種は盾に弾かれ、

地面にカランカランと転がっていく。


だが、上空からの射撃が続く限り、

剣を使っての反撃は難しい。


リスたちは防御に徹しながらも、

投石で着実に植物の数を減らしていった。


木に登ろうとする個体を優先的に狙い撃ちし、

敵の射撃を食い止める。


そして、隊長の指示で一気に前進。

残った個体を次々と殲滅していく。


わずか数分後には、

波のように押し寄せていた植物の群れは、

ほとんどが壊滅状態となっていた。


しかし、まだ巨大なバラと

数体の植物が残っていた。


「後輩ちゃん!

 あの大きいバラのモンスター

 鑑定して、すごい気になるんだ」


「私も気になるっす!

 相手の能力を探るのは

 戦いの基本っすよね」


私は再び20万ゴールド、

じゃなくて鑑定スクロールを

プルルに手渡した。


「プップー(鑑定するよ!)」


ヴィアス・デスローズ


レベル: 80/999

HP: 60,000

MP: 20,000

攻撃力: 4,500

防御力: 5,000

魔力: 2,000


状態異常耐性

毒: 無効 睡眠: 無効 麻痺: 無効

石化: 無効 カース: 無効 即死: 無効


属性耐性

火: 70% 水: 80% 風: 100% 雷: 0%

土: 100% 氷 0% 光: 50% 闇: 80%


タレントアビリティ(才能)

植物創造(プラントジェネレーション): A

根の支配(ルート・コントロール): A

腐敗の触手(デスローズ・タッチ): B

自然調和(ナチュラルハーモニー): B


私は先輩と一緒に

鑑定結果を確認した。


「植物なのに火に強いなんて

 この森で生まれたモンスターだから、

 そういう性質なんですかね?」


雷と氷が弱点らしいが、

それらの属性魔術を操れるはずのエリスは、

絶賛逃亡中であった。


そして、植物創造の能力で、

デスローズは一定時間ごとに、

新たな植物を次々と生み出せるらしい。


オオカミの話によれば、

その数は一日に1000体にも及ぶという。


一日24時間は86,400秒。

それを1000体で割ると、

約90秒ごとに一体が生まれている計算だ。


「骨将軍とステータスが

 あまり変わらないね」


「もしかしてプルルなら、

 簡単に倒せるかもしれないっすね」


「プッププー(グールより弱そう)」


あとは親玉討伐というところで、

不思議なことが起きた。


次第に、私たちの周りに、

リスが集まり始めたのだ。


「どうしたんすか?

 あとは親玉を倒すだけっすよ」


だが、リス達は動こうとせず、

まるで私たちの行動を見極めるように、

その黒い瞳はじっとこちらを見つめていた。

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