第37話 先輩とエルムルケン大森林の出口を突破せよ! part1
──朝の4時頃だろうか。
昨夜は夜の7時頃に床についたせいか、
今日はいつもより早く、
目が覚めてしまったようだ。
耳を澄ませば、空気を裂くように、
遠くからオオカミの遠吠えが、
微かに聞こえてくる。
「昨日からずっと遠吠えが続いてるっすね。
普通、オオカミって
夜だけに鳴くんじゃないっすか?」
疑問を口にしたのは、
まだ眠気の残る声色のまま、
ベッドで寝転がる後輩ちゃんであった。
オオカミは通常、
夜の闇に身を潜め、
暗い森の奥で仲間に声を届けるものだ。
にもかかわらず、
昨日の夜から響くこの声は、
少し異様な気がする。
とはいえ、ここは異世界。
私が元の世界で培った常識など、
役に立つかどうかもわからない。
もしかすると、こういった「異常」が、
この世界における「正常」
なのかもしれないと考えた。
反対側の壁にある、
先輩のベッドに目をやると、
そこには誰も寝ていなかった。
「先輩もニャンタもいないっす
二人とも早起きっすね」
私は眠い目を擦りながら呟いた。
どうやら、先輩とニャンタは、
既に起きているようだ。
私はパジャマを脱ぎ、
冒険用のローブに着替えようと手を伸ばすと、
ローブにくっついているものが目に入った。
そこには、
ぬくぬくとした寝床で寝ているように、
スライムのプルルがまだ眠っていた。
「私のローブって……
スライムにとって
そんなに居心地がいいんだろうか」
お構いなしに着替えを進める。
すると、プルルが眠たげに鳴いた。
「プー(寝てた)」
「プルルおはようっす!」
私は思わず笑いながら、
プルルを優しく撫でる。
すると、コテージの外から何か物音が聞こえた。
「先輩、外にいるんっすか?」
私はコテージのドアを開けて外を見まわす。
すると、外では先輩とライラとエリスが、
錬金釜を囲んでいた。
なんだろう、昨日の朝も、
似たような展開だったっすよね!
なんすか!?
コテージで朝を迎えるたびに
新しいアイテム開発する流れナンスか!?
「カインたちは今頃、
森の外にいるんでしょうね」
「ニャンタちゃんがいるんだし
きっと森の外に
出られるわよ」
暁の幻影団の二人は雑談しながら
珍しそうに錬金窯をグルグルかき混ぜてる
先輩の姿を見つめていた
「あっ後輩ちゃん
おはよう」
「おはようっす先輩
相変わらず朝早いっすね
ライラさんたちもおはようっす」
挨拶は人間関係の基本である。
みんなに挨拶をすませると、
暁の二人が声をかけてきた。
「ねぇ後輩ちゃん
グールに蹴り飛ばされて気を失って
目が覚めたらコテージにいたのよ!」
「私も同じなのよ
気が付いたらソファで寝てたの!
あれからどうなったか記憶がないのよね」
……あれ? いつの間にか二人が、
私のことを「後輩ちゃん」と呼んでる。
まぁ、名前を教えてないから仕方ないっすけど。
「あのグールは私たちがやっつけたっす
遺跡の調査も終わったっすから
今日は森を抜ける予定っすよ!」
「レベル155の魔物を倒すなんて
凄すぎるわ
あなた一体何者なの!?」
「あんな化け物倒せる
人間なんて
あんまりいないわよ」
二人がまるで私を、
お伽話に出てくる英雄のように
見つめていたのは気のせいだろうか。
そもそもレベル155がどのくらい凄いのか
私にはこの世界の強さの基準が
いまいち分かっていないのだった。
先輩がグルグルと混ぜていた錬金釜が、
突然、眩い光を放ち始める。
今にもアイテムが完成しそうだ。
「今日は何を作ろうかな~♪」
「先輩、普通は何を作るか決めてから
素材をぶちこんで
錬金するもんだと思うっすよ!?」
混ぜる速度を上げながら
先輩はひたすらアイテムを考えていた。
「よし!あれに決めた!」
錬金釜の輝きが消えた。
どうやら想像したアイテムが完成したようだ。
先輩の手が、釜の底に向かって伸びていく。
その手に握られたのは……
「先輩!まさかそれは!
冒険が便利になるあのアイテムに
ソックリじゃないっすか」
発射機から伸びる魔法で強化された鎖。
先端の金属部分は、
フック状の鋭い矢じりのように尖がっていた。
刺さった部分から鎖を使って自分を引き寄せたり、
遠くのアイテムを手元に、
引き寄せることができる。
特殊な魔法の力で伸縮自在で、
攻撃や移動に使える。
あのアイテムであった。
「今回作成したのは、なんと
バインディングチェーンです」
「おい!クルミ
試しにこれ撃ってみろ!」
ニャンタが指さした先を見ると、
30メートルほど離れたところに、
空き瓶が並べられていた。
まるで的当てのように。
先輩はニヤリと笑い、
狙いを定めてチェーンを発射する。
「飛んでいけ!」
風を切る音を立てながら、
チェーンが空を切り裂き、
一直線に瓶へと伸びていく。
先端が空き瓶に突き刺さると、
魔法の力で引っかかった。
チェーンが巻き戻り、
ビンを引っ張りながら、
手元へと戻ってきた。
先輩はそれをひょいとキャッチすると、
得意満面の笑みを浮かべた。
「すごい!これがあれば、
塩のビンが欲しいときに
椅子に座ったまま棚からとれるよ!」
「先輩そのためだけに
それ作ったんすか!?」
そのアイテムもっと有効的な使い方が
あると思うっすよ!?
わたしは心の中で盛大にツッコミを入れた。
これだけの性能を持ったアイテムを、
日常のささやかな便利さのために作るとは……
空き瓶をよく見てみると
先端が刺さっていたはずなのに、
瓶には傷一つ残っていない。
あれほどの勢いでぶつかったにも関わらず、
壊れることなく、
そのまま引っ張られてきたようだ。
「先輩、今回は何を混ぜたんすか?
この空き瓶のガラスに
刺さってたのに壊れてないっすよ」
「古墳にあった
怪しい鉱石を
釜の中に入れてみたんだ」
そして先輩は、
バインディングチェーンを
私のほうに手渡してくれた。
ずっしりとした重量感を持つ金属のわりに
持ってみると意外と軽かった。
「後輩ちゃんに預けとくね!
ご飯の時間になったら
また貸して」
「おい!炊飯器!
今度はこの壁にひっつけと考えならが
それを発射と念じてみろ!」
私はおそるおそる腕に巻きつけると、
自然と鎖がピタリと収まった。
試しに心の中で「発射」とつぶやいた。
鎖の先端からフックが飛び出し
壁に向かって、
一直線に飛んでいった。
「うわっ、
勝手にフックが飛び出たっっす!」
激しい勢いで壁に突き刺さると、
壁にガッチリと食い込んだ。
次の瞬間、ものすごい力で私を引っ張り始めた。
いや、正確には私の腕を軸に。
体全体が引き寄せられていくのだ。
「ちょ、ちょっと待ってっす!
これってどういう仕組みっすか!?」
あっという間に私の体は宙に浮かび、
勢いを乗せたまま、
まっすぐ壁へと突っ込んでいく。
「ぎゃぁぁぁ!
腕が引っ張られるぅ
このままじゃ壁に激突するっすぅ!」
反射的に目をぎゅっとつぶり、
衝突を覚悟したその瞬間
プルルが私の前方に飛び出し、
クッションのように体を広げた。
ふわりと体が柔らかな弾力に包まれ、
壁へと叩きつけられるはずの衝撃が、
心地よい触感に和らげられた。
「ありがとうっすプルル
危うく大けがするところだったっす」
「プープ(危なかった)」
「これがあれば戦いの幅が広がるな
立体物があれば、
高いところにすぐ逃げれるぞ」
ニャンタが私を見ながら、
にやりと口元を歪めている。
どうやら私がこの鎖を使って、
危機的状況を切り抜ける未来を、
すでに見通しているらしい。
「物理法則どうなってんすか?
不安定に先端が刺さってるのに
私ごとチェーンがひっぱってたっす」
「炊飯器!
細かい事はいいだろ
便利な道具だと思っとけ」
鎖の素材である「スピリダイト幽合金」は、
古墳に配置されたファントムゴーレムにも
使用されている特殊な金属である。
異世界の希少な鉱石と霊的エネルギーが、
融合することで生成された物質で、
物質と幽体の中間に位置する。
形状も質感も不安定で、
時折輪郭がぼやけて見えるのは、
光の屈折率が極めて特殊だからだろうか。
物体に刺さったとしても、
それは物理的な接触ではなく、
幽体による一種の「疑似接続」である。
そこから幽合金独特の引力が発生し、
先端のフックが触れている物体を引き寄せたり、
飛び移ったりといった動作が可能なのだ。
「あなた達、錬金術も使えるの
今では失われた技術なのよ!
本でしか見たことなかったわ」
ライラが驚きの声をあげる。
彼女の横ではエリスが、
大きな目を輝かせて頷いていた。
「錬金術を実際に見るのは初めてよ。
素材を釜に混ぜて、アイテムを作るなんて、
本当におとぎ話の世界みたいだわ」
どうやらライラとエリスは、
私たちを錬金術が使えると、
勘違いしているようだ。
二人の驚き様から察するに、
ニャンタの魔道具は、
異世界の人も珍しい見たいっすね。
「そういえば、昨日、
古い地図を見つけたんすよね」
私は話を逸らすように、
そっと二人に背を向け、
昨日見つけた古びた地図を取り出した。
話題を切り替えるように地図を広げると、
ライラとエリスの視線が、
今度は地図に注がれる。
「冒険者であるライラさん達なら、
この辺りの地理にも詳しいと思うんすけど、
ちょっとお聞きしてもいいっすか?」
「もちろんよ。
どんなことが知りたいの?」
「この森を抜けたら、
一番近い都市ってどこになるんすか?」
ライラは指で地図をなぞりながら、
確認するようにしばらく黙り込んだ。
やがて、ある地点で手を止める。
「何百年前の地図かしら
赤い旗の森の出口からなら
東にあるルヴァンティア帝国が近いわ」
そして二人は指を指しながら
地図に載ってある都市の名前を教えてくれた
「それから、森を西に抜けるとアストレイド王国、
北に進むと教皇国エルディオスがあるわ。
「この三大国家は、
地図が作られた時代から今も変わらず
この位置にあるみたいね」
エリスも地図に視線を落とし、
指でそれぞれの国の名前を指し示す。
「後輩ちゃん!
帝国って悪い奴らがいる
イメージがあるよね大丈夫かな?」
ここで国の違いを、
簡単に説明しようと思うっす
帝国とは、絶対的な権力を持つ、
皇帝が国を治めている国家だ。
皇帝は軍事力や外交力を駆使し、
積極的に他国や民族を、
支配しようとすることが多い。
つまり、常に新しい土地や勢力を欲しがってる、
野心的な支配者が率いる国なのである。
物語ではよく敵として登場することが多い。
次に王国というのは
よくおとぎ話にでてくる
王や女王といった王族が治める国である。
帝国と同じく戦争をすることもあるけど、
その目的は主に自国の防衛だ。
平和的な外交で他国と結びつき、
領土を拡大していくことが特徴だ。
次に教皇国だが、
人々の信仰心を基盤に国をまとめているから、
うさん臭さ1000%である。
教皇や宗教指導者が、
神の声を代弁しながら国を治めている。
国民は教皇を「神の代理人」として崇め、
『あの方の言葉は神様の声だ』と信じ、
崇拝の対象としているのだ。
「帝国は数百年前は
かなり物騒だったみたいだけど
今は戦争すらしてないわよ」
「近々、共和国になるって話よね
国民が投票して政治する人を決める
民主になるらしいわよ」
ということは日本のような、
民主主義体制の国になるんっすかね
クーデターか何かあったのだろうか?
「前の皇帝がかなり横暴で
皇族同士で殺し合いが起こったのよ
いまでは皇女が治めてるわ」
「私たちも帝国出身なの!
森から出たら
ルヴァンティア帝国に向かう予定よ」
「後輩ちゃん!
治安がいいなら共和国になる前に
帝国いってみたいよね」
「そうっすね
この森脱出したら
みんなで帝国向かおうっす」
この世界の情勢について、
まだまだ知りたいことはたくさんあるけど、
それは森を抜けてからゆっくり聞けばいいっすね。
「ニャンタさん
いつ出発するんすか!?
早く森を出たいっす」
「まだこの森にはお宝が眠ってそうだが
お前らが出たいならしかたねぇな、
とっとと出発するか」
私たちは古墳の階段に向かって歩き出した。
目的地は森の出口で、
目印は高い木に吊るされた赤い旗だ。
「あのあたりに、
見えない壁があったのよ!」
階段の頂上に立ち、
視線を下に向けると、
彼女の指さす先に何かの姿があった。
黒々とした毛に覆われた体に、
鋭くギラギラと輝く六つの目を持つ、
巨大な狼が姿が見えた。
名をシェスラオプトラス・ウルフという、
見た目の異様さが際立つモンスターだった。
「なんすか!あの
見た目がやばすぎる
モンスターわぁ!」
私たちを見つけたといった感じで
ひたすらこちらに向かって
吠えまくっていた。
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