第35話 闇の大魔導士リッチィーの野望:死の支配者が目指すもの part6

リッチィーの戦略は単純だった。

まず魔術を反射するツルハシを破壊し、

彼女の反撃の手段を奪うこと。


その後は安全な距離を保ちながら、

遠距離から最大級の魔術で攻撃すれば、

勝利は確実だった。


「やれやれ、

 これで一人片づけたな」


砂煙が徐々に晴れていくと、

赤い稲妻の光線が、

辺り一面を焼き尽くしていた。


そこには焼け焦げた残骸と、

粉々に砕けたツルハシが、

無残に転がっているだけだった。


「ニャンタさん、

 先輩がやられたっす……」


私は先輩が消えてしまったことに気づき、

泣きながらニャンタに詰め寄ろうとしたその時、

突然、地面の中から何かが動く音が聞こえた。


「なんか聞こえるっす……」


耳を地面に近づけて音の正体を探ろうとしたその瞬間、

地面から突然白い手が生えてきた。


「ぎゃぁぁぁ!

 手が地面から出てきたっすぅ!」


手が土を掻き分け、

何かが地面から這い出てこようとしている。

その手には、どこか見覚えがある気が……。


「ぷはぁ! 後輩ちゃん、

 あれ、すごい攻撃だったよね!

  地面に潜らなかったら、危なかったよ」


「先輩、生きてたんすか!?」


そう、先輩は赤い光線を避けるために、

地面に穴を掘って逃れていたのだ。


「光と雷の魔術は直線的な攻撃だから!

 地面に潜ればノーダメだよ!

 魔術対策はバッチリだもんね!」


「いや対策してても

 あれは回避できないと思うっすよ!?」


まるでモグラのように、

土を掘り進めてきた先輩は、

全身泥まみれだった。


「よし、予備の服があるから、

 上着だけ着替えとこ!」


マジックバッグから白い上着を取り出し、

泥だらけの服をしまい、

さっぱりと着替えた。


その後、

何事もなかったかのように

リッチィーの方へ歩き始めた。


それを見たリッチィーは、

目を丸くしてポカンと先輩を見つめていた。


「私の攻撃は完璧に決まったはずだ。

 あの速度で頭から壁に激突したら、

 普通は死ぬはずだが?なんで生きてる?」


「これがミラク流、武術ってやつさ!

 攻撃の衝撃を受け流したんだ。

 後輩ちゃんも見てたでしょ!?」


「いやいや、私には無抵抗で

 お腹を殴られたようにしか

 見えなかったっすけど……?」


先輩はふざけた名前で

「ミラク流武術」と言っているが、

その動きはどう見ても、高等技術には見えない。


ただ必死に動いて、

攻撃を避けているだけのような気がする。


「それに、なぜ避けてばかりで

 攻撃してこない!?

 なぜ反撃しない!?」


「だって、私が殴ったら

 リッチィーが痛いでしょ!?」


リッチィーは圧倒的なステータスを誇る

自分に対して、まさかの心配をされてしまい、

プライドが傷つけられた。


だがリッチィーは冷静になろうと考え直す。

言葉を真に受けるのは危険だ。

頭を抱え、あれこれ考え始めた。


「おかしいな…鑑定の数値上では、

 私の攻撃力は君の防御力を

 遥かに上回ってるはずなんだけどね…」


鑑定結果が間違っているのか、

それとも「丈夫な体」という冗談のようなスキルが

実は驚異的な力を持っているのか?


あの正拳突きには確かな手ごたえがあった。

それなのに、無傷のままだ。


彼女の服も自動修復の機能があるようだし、

何らかのマジックアイテムに違いない。


「もし服が特別な素材でできているなら、

 それを超える攻撃をすればいいだけだ」


そう決意したリッチィーは、

最後の奥の手を使うことにした。


「対魔王用に作り出した、

 魔術の奥義がある

 君にそれを試してみるかな」


リッチィーの表情が変わり、

強大な魔力が周囲に溢れ始める。


そもそも茶髪の子自体が普通じゃない。

時を止めるエターナルフリーズの中でさえ動けたのだ。

ツルハシを失った今でも油断は禁物。


全力で挑まなければ、

この相手は倒せない。


「私のとっておきの魔術を

 見せてあげよう

 付加術の神髄ってやつをね」


「なんで攻撃する前に、

 親切に教えてくれるの!?」


実は、能力強化の魔術には裏技があった。

普通なら全身に魔術をかけて強化するが、

体の一部にだけ魔術を集中させ、強化を行う。


そして、その強化を関節ごとに連動させ、

攻撃の瞬間だけパワーを、

最大限に引き出すことができるのだ。


「君、武術がどうとか言ってたね。

 私も君のやり方を

 真似してみようじゃないか。」


例えば、武術では、拳を突くとき、

足の踏み込みから腰、肩、腕、手へと力を連動させ、

威力を増幅させる。


武道の世界では、力を効果的に伝えるための、

一連の動作を体軸連動や勁力(けいりょく)と呼ぶ。

この原理を魔術に応用しようと考えたのだ。


パンチを放つ前に、

各部位を連動させて強化魔術を施せば、

その攻撃力は何倍にも跳ね上がる。


これがリッチィーの考えた、

強化魔術の奥義だった。


ちなみに普通の魔術師がこれを行えば、魔力操作を誤り

四肢がバラバラに崩壊する危険がある

これは魔術の達人だからできる芸当であった。


「それはね、こうやって教えても、

 避けられない攻撃だからだよ」


「インフィニティ・フォース、

 ブリッツ・オーバードライブ、

 ディメンショナル・アウェイクニング!」


リッチィーは順番に強化魔術をかけていく。

これまでの強化魔術は体、

全体に効果が及んでいたが、今回は違う。


強化の光が足、腰、肩、腕へと

流れるように移動し、

一部ずつ強化されていく。


その動きは、

まるで複数の色の電流が、

体を駆け巡るかのようだった。


「さあ、これで終わりだ!」


リッチィーの体から、

圧倒的なエネルギーが放たれる。

その姿は、まさに強化魔術の極みを体現していた。


「後輩ちゃん!

 なんかすごいオーラが出てるよ!

 魔王もこんな感じなのかな!?」


「そんな暢気なこと言ってる場合じゃないっす!

 あれ食らったらヤバいっす!」


「これを発動して攻撃すれば、

 威力は通常の10倍になるだろうね。

 数値で言えば、300万くらいの攻撃力かな」


私はリッチィーが繰り出す

インフレしすぎた攻撃力に頭が混乱していた。


ただ一つだけ理解できたのは、

次の攻撃はとてつもなく危険だということだ。

全身から冷や汗が噴き出す。


「おい、炊飯器、

 大丈夫だとは思うが、

 念のため俺の近くに来とけ」


「わかったっす!」

「プル(あれヤバいよ!)」


「それじゃあ、いくよ。」


その声と同時に、リッチィーの姿が消えた。

次の瞬間、広いドームの中に衝撃音が響き渡る。

音が鳴るたびに壁に亀裂が走っていた。


「一体何が起こってるんすか!?」


リッチィーは高速で移動しながら、

バネのように体をしならせ、

どんどん加速していく。


狙いはただ一つ、

茶色の髪を持つ先輩だった。


「もう十分に加速した…

 あとは攻撃を放つだけだ!」


「すごい勢いで動いてるね」


先輩はただ棒立ちして、

リッチィーの攻撃を待っているようだった。


ん?今、何かおかしなことを言った気がする…。

なぜ先輩は、リッチィーの動きが、

見えているような感じで話しているんだろう?


リッチィーは壁に蹴りを入れ、最後の工程に移った。

先輩に正面から殴りかかるため、

壁を使ってバウンドする直前、魔術を発動。


「タイラント・エンフォース」


筋力と攻撃力が飛躍的に増大した。

黒い電流が足に流れ、そのまま腰へと伝わり、

力の限り壁を蹴り上げた。


ちなみに、この壁は古墳の外壁と、

同じ素材でできているため、

簡単には壊れないはずだった。


しかし、最後の蹴りで、加速に使った瞬間、

数メートルのクレーターが壁にできた。

それほどまでの威力で加速が完了したのだ。


そして、先輩に向かって、

空中を一直線に突き進む。

その時、リッチィーの体は光の速度を超えた。


「これで終わりだぁ!」


間違いなく必殺の一撃。

これで相手は滅びる、回避不可能の拳が、

今まさに放たれようとしていた。


まるで冥府の王がその手で生者を、

闇に引きずり込むかのよう。

死と破滅を象徴する、絶対に抗えない力。


「冥府の覇掌」


だが、拳を繰り出すその瞬間、

なぜか彼女と目が合った。

この速度で動いているのに、なぜ見えている?


リッチィーの背筋に寒気が走る。

この感覚は何だ?

嫌な予感が全身に広がる。


戦士として数多くの戦いを経験していれば、

この嫌な感覚の正体に気づけただろう。

その危険を骨将軍やグールなら察知できたはずだ。


「この攻撃は避けるべきだ」と。


だが、魔術師である彼女には、

それが分からなかった。


拳が先輩に当たると同時に、大爆発が起こった。

爆風がすべてを包み込み、

砂煙で視界は一瞬にして奪われた。


「ぎゃぁぁぁ!

 一体何が起こってるんすか!?」


私の目に映った最後の光景は、

先輩から爆発が発生する瞬間だった。

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