第32話 闇の大魔導士リッチィーの野望:死の支配者が目指すもの part3

グールの鑑定結果をまだ見ていないため、

リッチィーとの詳細な比較はできないが、

ひとつ確かなことがある。


リッチィーの魔力の数値は、完全に桁違いだ。

しかし、後輩ちゃんの頭の中では、

その数値がどれほど異常かはピンと来ていなかった。


「もう数字が高すぎて、

 よくわかんないっす…」


後輩ちゃんはぼんやり考えた。

多分、勇者とか賢者とか剣聖って呼ばれる人たちも、

これくらいのステータスなんだろうな…と、


しかし、この世界では人型モンスターの

レベル上限は99が常識だったのだ。

リッチィーの異常なレベルに気づいていなかった。


もしこの世界の一般市民がこの数字を目にしたら、

間違いなく発狂し絶望するだろう。


「おかしいね…?数値が高すぎて、

 現実逃避でもしてるのかな?

 普通なら、絶叫してもおかしくないんだが…」


その後輩ちゃんの淡々とした反応に、

リッチィーは少し驚いていた。


鑑定結果を確認しているはずなのに、

特に慌てる様子もなく、

むしろ平然としている。


「ふむ、どうしたんだい?

 大丈夫かい、君?

 攻撃する気力はあるかい?」


「ちょっと待ってほしいっす」


幸運なことに、このアンデットも

私たちのことを完全にナメプしてくれている。

強者の余裕が、致命的な隙になることもあるのだ。


リッチィーは、先ほどのグールのように好戦的ではない。

私は、交渉の余地があると感じ、

この隙に少しでも時間を稼ごうと考えた。


「いきなりタイマーを作動させるなんて、

 ズルいっす!卑怯っす!


 どうやって攻めるか、

 作戦タイムが欲しいっす

 タイマーの巻き戻しを要求するっす!」


後輩ちゃんの言葉に、

リッチィーは少し考え込むように下を向いた。

数秒が経ち、やれやれという感じで口を開いた。


「ふむ…確かにいきなりカウントダウンを始めたのは、

 私もズルかったかもしれんな。

 いいだろう、作戦タイムを許可しよう」


なんて寛大なんだ、リッチィー!

タイマーが残り3分から5分に巻き戻され、

少しだけ命が延びたような気がした。


私は焦りながら再びニャンタに向き直り、

必死に声をかけた。


「ニャンタさん、どうするんっすか!?

 あんなの、絶対に勝てないっすよぉ!」


「あのな炊飯器!勝てないとしても、

 戦わなきゃいけない時もあるんだ

 今がその時だろ?」


どうやら本気で助ける気はなさそうだ。

私が困っている様子を楽しんでいるように見える。


しかし、こういう余裕のある態度を取るということは、

ニャンタにとっては楽勝で倒せる相手ということだ。

もしかしたら、私たちでも勝てる見込みがあるのかも!?


「プルル、とりあえず3分だけ全力で攻撃するっす。

 残り2分で先輩を連れて全力で逃げるっすよ」

「プー(逃げても無駄な気がするけど…)」


その時、ニャンタは先輩の方へ向かい、

クリスタルのストーンウォールの隙間に顔を突っ込み、

そのまま液体のように壁の中に入り込んだ。


「俺もここで観戦しようかな。

 ほら、クルミ、塩コショウもやるよ!

 これで少しは美味しくなるだろ」


「ニャンタ、ありがと!

 後輩ちゃん、頑張ってね。

 私はニャンタとここで待ってるから!」


先輩とニャンタは、なんだか妙に余裕な感じで、

クリスタルの檻の中でのんびりしていた。

自分との温度差に驚きながらも焦る。


「おい!そろそろどう攻めるか決まったかい?

 タイマーを作動させてもいいかな?」

「もうちょっと待ってほしいっす!」


私はタイマーが再び動き出す前に、

プルルの攻撃射程2メートルまで近づくために

リッチィーの目の前へと移動した。


彼女が話し合いに応じている以上、

この5分間は急な攻撃はしてこないと踏んだ。

やいたい放題してやるっす!


「準備オッケーっすよ!」


「ふむ、今思ったんだが、

 ただ5分待つだけでは

 つまらないとは思わないか?」


リッチィーが詠唱を始めると、

青く輝く巨大な紋章が現れ、

彼女の周囲を幾重にも回り始めた。


「えっ、何するつもりなんすか?」


「5分間で極大魔法を完成させてやる。

 もしその間に魔法陣を壊せなければ、

 究極の魔法の力を味わうことになるだろう。」


リッチィーの背後には、

魔力で作られた大きな時計が浮かび、

精巧な針と数字が幻想的なデザインと共に輝いていた。


あれ、漫画とかでよく見るやつっす。

完成させちゃ絶対ダメなパターンのやばい詠唱だ…

5分後に大規模な攻撃がくるってことっすね…


「なんでこうなるんすか!?

 交渉が成功した結果、

 命をかけた罰ゲームが追加されたっす!」


「よし、それでは今から5分、

 存分に攻撃してみたまえ。」


背後にある時計がカチカチと時を刻み始めた。

その瞬間、プルルが素早く動き、

リッチィーの顔面にアルミスの腕を全力で叩きつけた。


「ふむ、これは驚いた。

 私が昔使っていたアルミスの腕じゃないか

 どうして君がそれを持っているんだい?」


「マジっすか!

 全然効いてないっす」


プルルは巨大な腕に変形し、

さらに力を込めてリッチィーを叩き続けた。

しかし、片手でその攻撃を受け流していた。


「ふむ…なんで君がその腕を

 使いこなせているのかは分からないが、

 威力がいまいちだね」


「プラァ!プラァ!プラァ!プラァ!」


こちらの繰り出す攻撃を一歩も動かずに

片手一つで受け流していた

まるでこっちの攻撃が無駄だといわんばかりに


「ふーむ、理論上ではもっと威力が

 出るはずなんだけどね。

 練度が足りないんじゃないかな?」


「アドバイスするなんて余裕っすね、

 くらえ、花咲ファイアーロッドォ!」


杖に息を吹きかけ、

ドラゴンの息吹にも匹敵する猛火を

リッチィーに直撃させた。


炎耐性を無効化できるこの業火なら

ダメージを与えられるはず!

だが、リッチィーは平然と炎の中に立っていた。


「へぇ、炎耐性を貫通するんだ?

 便利なアイテムだね。

 どうやって作ったんだい?」


「なんで効いてないんっすか!?」


リッチィーの体が炎に包まれたまま、

焦る素振りも見せずに、

プルルの攻撃を片手で軽々とさばいている。


「おい、炊飯器。悪いが、

 そのロッドは本来、燃やせるものを

 燃やすための道具なんだよ」


ニャンタの冷静な声が背後から響いた。

私はその言葉を聞いて、

ファイアーロッドを見つめた。


「どういうことっすか!?

 森にあった木は燃やせたじゃないっすか

 炎耐性を無視して燃やせるんじゃ!?」


「ドラゴンの体がそもそも燃えないんだろ。

 グール相手なら効果抜群だったろうが、

 こいつには、ちょっと熱い程度ってわけだ」


私はショックを隠せなかった。

つまり、火炎すら効果なし…

どうすれば勝てるんっすか?


リッチィーは余裕たっぷりに、

私たちを見下ろしながら、

冷静に話しかけてきた。


「ところで君、

 体から変なオーラが出てるよね。

 見づらいけど、背中に何かくっついてない?」


「ププ(めちゃくちゃ見られてる…)」


そういえば、さっきのグールも

プルルの存在には気付いていなかった。

私の浄化スキルのおかげで見えにくくなっていたのか。


「残り3分しかないよ。

 もっと頑張って攻撃してみなさい。」


リッチィーは余裕の態度を崩さず、

私たちを挑発してきた。

しかし、問題はそこじゃない。


彼女は本来、魔術師であるはずなのに、

今までの攻撃をすべて、

片手だけで捌いているのだ。


この圧倒的な力の差が、

いわゆるステータスの差ってやつなんすかね?


得意の魔術を使わなくても、

私たちはリッチィー相手にダメージを与えられない。

このままじゃ、どう足掻いても勝てないっす…


「プルル、作戦Bっす!

 一旦、距離を取るっすよ!」


私は走りながら、

マジックバックから爆弾を取り出し、

リッチィーに向かって次々に投げ始めた。


「ん? 爆弾か?」

「プルル、ファイアーお願いっす!」


プルルはすぐにファイアーボールを放ち、

爆弾が爆炎を巻き起こした。

その隙に、私は全速力で先輩のいる方へ走り出した。


「先輩、もう無理っす!

 あいつ、倒せないっす。

 逃げるしかないっす!」


「プラァ!」


プルルはクリスタルの壁を攻撃するが、

少し削れるだけで破壊はできなかった。


「後輩ちゃん、まだ2分残ってるよ!

 諦めたらそこで勝負はおしまいだよ!」


「なんでそんなに余裕なんすか!

 このままだと、

 私たち、あいつにやられるっすよ!」


「プップ(このクリスタル硬すぎるよ…)」


プルルも形状を変えつつ攻撃するが、

クリスタルはびくともしない。

連戦による疲労がプルルのパワーを削っていたのだ。


「おやおや、もう攻撃をやめるのかい?」


声が聞こえたほうに振り返ってみると

煙が晴れてもリッチィーには傷一つついていなかった。

爆弾もきかないなんてコイツ無敵っすか!?


「ニャンタさん、もうダメっす。

 ギブアップっす…

 マジで助けてっす!」


「あと1分残ってるだろ。頑張れよ。

 危なくなったら助けてやるさ」


「いや、今っす!

 今、助けてほしいっす!」


私は絶望的な気持ちで叫んだ。

リッチィーの背後にある、

巨大な時計の針がどんどん進んでいく。


あの魔法を止めないと、

かなりやばいことになる。

それなのに、先輩はのんびりドラゴンの肉を食べている。


「あの時計が一回りして

 何かが起こった後じゃ、

 もう手遅れっすよ!」


「おい、炊飯器!

 あれはな、動きながらでも強力な魔術を

 自動で詠唱するための魔術技術なんだよ。


 見たところ、

 あの属性の魔法が発動しても

 俺は無事だから問題ない」


属性って何すか!?

まるで詠唱を見ただけで、

どんな魔法か分かるみたいに言ってるっす…


「もうダメっす…

 おしまいっす…」


「まあ、俺が動かなくても、

 クルミがなんとかするだろう?」


私は先輩たちが閉じ込められている

クリスタルの檻の外で、

ただ茫然と立ち尽くしていた。


「あ、後輩ちゃん、

 そろそろ時計の針が一周するよ。」


リッチィーが召喚した巨大な時計の針が、

ついに一周を終えようとしていた。


「誰でもいいから、

 今すぐ助けてほしいっすぅ!」


私は両手を胸元に引き寄せ、

凄まじい表情で絶叫した。


まるで誰かに救いを求めるかのように、

空に向かって力の限り声を上げた。


「ちょうど5分だね。

 自動詠唱って結構時間かかるんだよね」


リッチィーは淡々とした口調でそう言い、

次の瞬間、静かに言葉を発した。


「エターナル・フリーズ

 時よ、止まれ。

 汝は永遠に凍り付け」


周囲が一瞬で白黒の世界に変わり、

リッチィーの詠唱がもたらした

効果範囲内のすべてが凍りつくように時間が停止した。


焚火で燃え広がるはずの炎も、

燃えていることを忘れ、

ただその空間に固定される。


この魔法は、音すら飲み込み、

空間にはただ無限の静寂だけが支配する。


「エターナル・フリーズ」――


その名の通り、すべての生命、

すべての瞬間が氷のごとく凍りつき、

永遠に動かない世界を作り上げる。


時間の流れさえも閉ざされ、

誰も逃れることはできない。


これが私が開発した魔法

エターナルフリーズの世界なのだ


「この止まった時の世界で、

 動けるのは私だけ。

 これが私が開発した究極のチート魔法さ」


リッチィーは誰もが憧れる時間停止を発動させた。

この魔法は、使ってみたい魔法ランキングで、

間違いなくトップ10に入るであろう強力な能力だろう。


「さて、5分が経ったし、魂をいただこうか。

 この子の力を吸収すれば、

 レベルがさらに上がるかな?」


かわいそうだとは思うが、

私の住処に踏み込み、相手が冒険者である以上、

侵入者として命を落とすことこそが、相応しい結末だ。


彼女は一瞬の罪悪感を感じつつも、

それが冒険者の宿命だと割り切った。


「せめてもの慈悲として、

 痛みなく終わらせてあげよう。」


リッチィーは止まったままの、

後輩ちゃんに向かって歩き始めた。

しかし、その途中で予想外の声が聞こえてきた。


「すごい、凄すぎるよ

 全部、白黒になってる

 これが時が止まった世界なんだ!」


驚きの声を上げるのは、

なんとクリスタルの檻に、

閉じ込められていたはずの先輩だった。


「後輩ちゃんがカチコチになってる!

 檻のなかだと見えにくいから

 外にでようっと」


先輩は、片手でそのクリスタルの壁に触ると

白黒の檻が突然色づきはじめ

あっさりと檻をぶち壊し、外に出始めた。


「わー!これが、

 時を止められるって感覚なんだね!

 ずっと一度体験してみたかったんだ!」


そして後輩ちゃん手の隙間に食べかけの

ドラゴンの肉を挟んでみたり、

顔を間近に寄せてみたりと好き放題やりはじめた。


「ねぇリッチー!

 私の声って後輩ちゃんに

 聞こえてるのかな?」


「いや彼女には

 聞こえないと思うよ

 完全に時が止まってるからね」


その言葉を聞いて、

先輩は後輩ちゃんの前で、

時間が再び動き出すのを待ち始めた。


「あとどのくらいで

 時が動き出すの!?」


「あと十秒くらいだね、

 ねぇ君!私もちょっと

 質問していいかな?」


先輩は彼女の目の前でとてつもない変顔をしていた。

どうやら時間が動き出した瞬間に、

後輩ちゃんを驚かせようと企んでいるらしい。


「なんで、君は

 この世界で動けるのかな?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る