第30話 闇の大魔導士リッチィーの野望:死の支配者が目指すもの part1

薄暗い廊下を、

ニャンタがくれたカンテラを頼りに、

先輩は足早に進んでいく。


先に待ち受ける

「魔術師の研究室」という響きが、

彼女の冒険心を掻き立てていた。


「リッチーの研究室かぁ。

 早く見たいなぁ!」


嬉々として古びた廊下を闊歩する。

普通なら不法侵入者としての立場を意識するものだが、

そんな自覚は全くないようだ。


「こら、君!

 私を置いて行かないでくれよ!」


突然、闇のゲートが開き、リッチーが姿を現した。

しかし、先輩は一瞬たりとも驚く様子を見せず、

平然とした態度だ。


「あっリッチーだ」


リッチーはその反応に目を見張る。普通なら、

瞬間移動する姿を見たら驚きそうなものだが、

この子はどうも違うようだ。


それに私のような骸骨を見たら驚くだろ!?

普通なら恐怖で硬直したり、

悲鳴を上げるはずだ。


それなのに、なんなんだ!?

この子はまるで私のような存在を

見慣れているかのように自然に接してくる。


「君、驚かないのか?転移魔法って、

 もっと感嘆されるものだと思っていたが…

 君の驚くツボがよくわからないね。」


「だって、ニャンタもしょっちゅう

 いきなり現れるもん!

 もう慣れちゃったよ!」


何を言ってるんだコイツ!?

ニャンタってさっきのデカい三毛猫か?

猫が瞬間移動なんてできるわけないだろ


リッチーは一瞬思案する。

この子より、金髪の方を連れてきたほうが

もっと話が早かったのかもしれないが、もう遅い。


「そうなんだ、君の猫は凄いんだね

 さて、研究室はもうすぐだ

 それまで少し話でもしようか?」


「ねぇねぇ!リッチーって、

 1000年も生きてるんでしょ?

 この世界のこと、いっぱい教えてよ!」


リッチーは、ふっと微笑む。

人間と話をするのは何百年ぶりだろうか。


まぁ、人間と話す機会なんて久しぶりだし、

死ぬ前の楽しみとして、

色々と話してやるとしよう。


これは私が話したいのではなく、

情報を聞き出すためだ。


だがリッチィーは、この興味津々な少女の前では、

少しばかり自分の知識を

披露してやろうかという気分になっていた。


「せっかくだから、

 魔王が誕生した時のことを教えてあげよう

 でも、そのあとに私の質問にも答えてくれよ」


「まっ魔王だってぇ!

 この世界って魔王がいたの!?

 知りたい!教えてリッチー!」


軽々しい返事が返ってきた。

その無邪気な返答に、

私は少し面食らった。


「私は魔王を討伐するために結成された

 勇者パーティの一員としてね。

 魔術師を務めていたんだよ」


「勇者パーティ!?」


彼女は目を輝かせているが、

私の話す内容の重さを、

理解しているかどうかは疑わしい。


とはいえ、続きを話す。


「この世界には1000年ごとに、

 人間を滅ぼそうとする魔王が現れるという

 言い伝えがあるんだ。


 当時、私もその話を半信半疑で聞いていた。

 だが、ある日、各地の神殿に

 神からの信託が下りた。


 『魔王が誕生した』とな。」


「まじで魔王が現れたの!?」


彼女の目がキラキラ輝いている。

やけに魔王って言葉に食いついてくるけど…

え?この子、魔王に何か夢でも抱いてるのか?


魔王とは、人類にとっての最悪の脅威であり、

世界全体を滅ぼそうとする存在だというのに。


あいにく、ここにツッコミ役はいなかった

先輩はまるで有名なアイドルが

地元に降臨したって感じの反応をしていたのだ。


「ああ、現れたとも。魔王は魔人や魔獣を従え、

 無数の魔物を生み出し、

 人類を絶滅寸前まで追い詰めた。


 敵対していた国や種族さえ、

 魔王の脅威には手を取り合わざるを得なかった。


 だが絶望的なさなか、神が姿を現し、

 異世界から特別な者を召喚した。

 それが勇者だ」


「異世界から来た…勇者?

 それって異世界召喚ってやつ

 すごい!1000年前から流行ってたんだね!」


……おいおい、なんかおかしいぞ。この子、

なんで召喚をそんな軽いノリで語ってるんだ?

それに「流行ってた」ってどういうことだ?


「だって、今の異世界もののテンプレでしょ?

 神に召喚されて、特別なスキルもらえて

 魔王倒しにいくんでしょ!?」


「ん?まあそうだ。

 彼らはこの世界の者たちが

 持っていない力やスキルを持っていた。


 勇者たちは育成され、

 魔王討伐のために送り出されたんだ。

 彼らは嫌がることなく進んで向かっていったよ


 各国も必死に勇者たちを支援し、

 人類の未来は彼らに託された」


今思えば、懐かしいものだな。

私が所属していたパーティの勇者は、

モンスターテイマーのスキルを持っていたっけな。


冒険の途中でよく謎の卵を拾っては

「これ持ってて」と私に運ばせたっけな。


そのくせ、私はモンスターより

役に立たないと言われて、結局は邪魔者扱い。

最終的には追放されてしまった。


あいつら、自分たちが神から授かった能力を

自分の実力だと勘違いして、

どんどん傲慢になっていったんだ。


追い出されるときには、

気味の悪い多頭蛇の赤子を

「これ処分しろ」と押し付けられたっけ。


数百年は私が面倒を見ていたが、

あまりにも大きくなりすぎてしまい、

最終的にはそのまま森で放し飼いにすることにした。


定期的に骨将軍に様子を見に行かせていたが、

今でも元気にしてるんだろうかな。


「じゃあ、その勇者たちが魔王を倒して、

 世界は平和になったんだね!」


「いや、そうはならなかった。

 勇者たちは、どんなに強力なギフトを持っていても、

 魔王には手も足も出なかったんだ。」


「えっ!?そうなの!?

 そんなの!信じられない!

 じゃあ勇者って…何のためにいるの!?」


めちゃくちゃショック受けてるな。

まるで「主役が負ける」って展開が

理解できない子供みたいだな。


「確かに勇者達は強かった。

 信じられない速度でレベルを上げ、

 次々と強力なスキルを習得していた。


 だが、そんな彼らでさえ、

 倒したのは魔人や魔獣数体に過ぎなかった」


あんなチート級の能力を持っていても、

魔王には歯が立たなかったんだ。

今思い返しただけでもぞっとする。


「ふーん、そうなんだ。

 でも、結局どうやって魔王は倒されたの?」


「不思議なことに、

 魔王を倒したのは人間でも神でもなく、

 おそらくスライムの突然変異体だった。


 魔王が最後の人間の国に攻めてきたとき、

 私たちは決戦の準備をしていた。


 その時、森から現れたスライムが

 勇者も魔王も神も一気に飲み込んでしまった。


 スライムは取り込みすぎて爆発し、

 青紫色の流星のようなものが

 当時の王国に墜落した。


 これは、神が人間を救うために

 自らを犠牲にして結晶化した

 「天界の蒼石(Azure Stone of the Heavens)」と言われている」


しかし、あの神の性格を考えると、

そんな自己犠牲の話はどうにも信じがたい。


あの神の私たちを見る目も気に入らなかったな

まるで私たち人間がいくら死のうと

かまわないといった傲慢な感じが。


まあ、私が追放されたおかげで生き延びたし、

神が消滅したときに落とした神器も拾えた。


魔王も消え去り、

人類は救われたんだから、

結果としては悪くなかった。


「知らなかったよ

 神って消滅したら

 石になるんだね」


「確かに大きな青紫の宝石だったな

 今でも人間の国のどこかで

 保管されてるんじゃないか?」


もしかして、あの蒼石が、

スライムの核だったりするのか?


森に引きこもる前に、

盗んでおくべきだったかもな。

だが、確認した時は、特に強力は感じなかった。


話しているうちに気になってきた。

魔王が誕生する前に、

蒼石を探してみるのも悪くないかもしれない。


もしあれがスライムの核なら、

私も神を殺す力を手に入れられるかもしれないな。


「ねぇ、その神様って、本当に神だったの?

 もしネバネバにやられるくらいなら、

 きっと偽神なんじゃないの?」


「当時から教皇の国が存在していて、

 神の存在や信仰は

 揺るぎないものだった。


 だから、私たちは

 神を疑うことなんて

 考えもしなかったよ。」


けれど、今思えば、

あれが本当に神だったのかは、

怪しいところだな。


アンデッドになった今では、

神も信仰も全てが馬鹿らしく思えてきた。


「それで、その神様食べた

 スライムがいた森って今でもあるの?」


「当時はその森を『エルムルケンの森』と呼んでいた。

『エルムル』は古代語で“魔法の粘液”、

『ケン』は“神秘的な場所”を意味している。


 君が今いる、この森から、

 あのスライムの突然変異体が現れたんだよ。


 私は、そのスライムが持つ

 神をも取り込む力を

 研究するためにここに来た。


 いつかまた魔王が現れたとき、

 対抗できるように準備しているんだよ。」


結局、そのスライムの謎は解けなかったが、

研究の過程で面白い発見はいくつもあった。

おかげで、最強の肉体を手に入れたからね。


「ちなみに、前回の魔王が消え去ってから、

 まもなく1000年が経とうとしているよ」


「え!?じゃあ魔王来るかもしれないの!?

 魔王が誕生するなら、見てみたい!

 人間を滅ぼすとか、どんな境地なんだろうね?」


そんな話をしているうちに、

ついに研究室へとたどり着いた。


「ここが私の研究室だ。

 じっくり見ていくといい。」


「わぁ!すごい!

 巨大な瓶にモンスターが閉じ込められてる!」


先輩が目を輝かせているその先には、

モンスターたちが液体漬けにされ、

保存されていた。


「どうだい?

 この一つ一つが、

 私の長年の研究の成果だよ。」

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