第29話
「ねえプルル、液体金属って知ってる?」
「ププ?(なにそれ?)」
もっちもちの体がぴくりと揺れた。
「自由自在に形を変えられて、
流れたり固まったりできるんだ!」
先輩はワクワクが漏れそうな顔で、
プルルの正面にしゃがみこんだ。
「もしかして……プルルもできたりして!」
「プップ!(やってみる!)」
そのまま、ぬるぬるぬるん――
プルルの身体が変形をはじめる。
狙いは、私の顔……のはずだった。
……完成したのは、鼻が二つ、目が三つ、
しかも一つはアゴの下にあるというホラー粘土アート。
「うーん、惜しいなぁ~!」
「これが“似てる”なら、
私の顔って何すか?都市伝説の怪物かなんかっすか!?」
「ププー!(今度は腕だけ作る!)」
それでもプルルは諦めず、
今度は腕だけを模してブンブン振り回してみせた。
形こそ拳のようだったけど、
見た目は完全にぷにぷに。
あれで殴られても、むしろ癒やされそうだ。
「プルル、その可愛い形状のまま、
金属みたいに硬くなれたりする?」
「プー(ムリ)」
即答である。
「……先輩、プルルをメタルスライムにするつもりなんすか?
いまのままでいいっす」
私が全力で止めに入ると、
プルルが少しうなだれた。
私はそっと頭のあたりをなでてやり、
先輩と一緒に窓の外へと向かった。
「プープー(変身うまくできなかった……)」
「落ち込んでるすか?」
そのときだった。
どこからともなく、
プルルの前にニャンタが現れた。
「よう。……おい、ブルー入ってんじゃねぇか?
いや元から青いけどな」
いつもの冗談をにじませながら、
プルルの前にしゃがみこむ。
「クルミが言ってた液体金属とか忘れろ」
「プ……?(え?)」
「自分の得意を活かせ。
透明化もできるし、炎も出せるだろ」
プルルの体が、ほんのわずかに光を帯びた。
「お前の力、使い方によっては最強だぞ。
……これからも、あの炊飯器やクルミを頼むな」
「プッ!(わかった!)」
胸を張るように体をぷくりと膨らませるプルル。
そのまま、ころりと後輩ちゃんのあとを追いかけた。
「……あれ?プルル、
さっきまで落ち込んでたのに、
めっちゃ元気っすね」
私がそう言うと、
プルルはぴょこっと跳ねて返す。
「プッププー!(もっと強くなるぞー!)」
――自分の得意を活かせ。
たった一言。
だけどその言葉が、
プルルの中に小さな火を灯した。
「できない」から「やってみよう」へ。
あの皮肉屋の猫は、
いつだって核心だけは突いてくる。
……だが、そのときはまだ誰も知らなかった。
このやりとりが、
プルルにとっての進化の序章になることを。
――そして今。
森の中のコテージを舞台に、
骨の軍勢との激しい防衛戦が、始まろうとしていた。
◇ ◇
外では――静かすぎるほどの緊張が張りつめていた。
コテージのランプが、
まるで恐怖をあぶり出すかのように――
森の闇をぎらぎらと照らしている。
視界は、悪くない。
いや――むしろ、よすぎる。
だからこそ、怖い。
黒い森の奥。
静かに並ぶのは、
スケルトンの軍勢だった。
「もしかして……
コテージ見学に来ただけとか?
だって、可愛いし」
「先輩、剣と斧と弓持って突っ立ってるやつらが
観光客に見えるなら、眼科っす」
あの隊列は、偶然じゃない。
間合い、位置、構え。
すべてが計算されている。
動かないのではなく――
命令があるまで、“待っている”。
「……誰かが指揮してるとしか思えない」
カインのひと言が、
場を張りつめさせる。
「統率してる存在がいるとすれば……
ただのアンデッドじゃない。
高位の、それも相当ヤバい個体だ」
その推察に、
みんなの表情が一斉に引き締まった。
「骸骨が仲間に指示出してる……?
バカな……そんなの、アンデッドの動きじゃない……!」
弓を握るエリスの声がわずかに震えていた。
白い指先が、小さく痙攣している。
その横で私は――地味に脱出計画を練っていた。
「いっそ今のうちに逃げるのはどうっすか?
なんかもう、戦闘は無理っす」
「夜の森で逃げるのは自殺行為だ。
スケルトンは疲れない。
インビシブルでも撒ける保証はない」
ニャンタの冷静な助言が、
希望をぺしゃんと潰す。
――そう、あいつらには“死の恐怖”がない。
疲労も焦りもない。あっても、骨がきしむくらい。
逃げても、疲れて先にバテるのは、
間違いなくこっちだった。
そのとき。
「よしっ、みんな!襲ってこない今がチャンス!
あいつらがナメプしてる間に――
こっちは全力で戦略タイムだよ!」
先輩が、突如として謎の司令官ムーブを始めた。
腰に手を当て、ドヤ顔で立っている。
「まともなこと言ってる……!」
逆に不安になる私をよそに、
周囲は素直に頷いている。
そして、私は気づいた。
あの――銀髪の女性。
コテージでの混乱の中、
いつの間にか混ざっていた彼女の存在が、
ずっと引っかかっていた。
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