第28話

夜は、異様なほど静かだった。

虫も鳴かず、風すら止んでいる。

……まるで森全体が、何かを“待っている”ように。


そのときだった。


「お願い!誰か!誰かいないの!?」


玄関の外から、

緊迫した絶叫が飛び込んできた。

静寂をぶち壊す、ひりついた声。


「……なんの声?」


先輩が、寝ぼけた顔で目をこすりながらぼそりとつぶやいた。

そのまま、ベッドから半身だけ這い出て、

地面にぐでっと寝そべるニャンタを揺さぶる。


「ニャンタ、なんか叫び声が……」

「……深夜の営業か。ブラックも極まってんな」


ぶつぶつ文句を言いながら、

ニャンタと先輩が玄関へ。


「ど、どちら様ですかー!」


「あら可愛らしい声ね!

 お願い!お姉さんたち、ほんと困ってるの!

 一度中で話させて!!」


声の主は、どうやら女性のようだ。

だが、夜中にアポなし訪問という時点で、だいぶ怪しい。


「今“たち”って言ったよね? 一人じゃない?」

「他の二人は外にいるけど……せめて私だけでも中に!」


先輩は真剣な顔で考え込んだ末、

きっぱりと言い放った。


「やだ、断る」

「お願い!ちょっとでいいの、ほんとに!」


すると――


「君たちの家だったのかぁぁ!!」

「頼む開けてくれぇぇぇ!!」


外からレオとカインの悲鳴が飛び込んできた。

窓の向こう、薄暗い森の中で、何かが動いている。


「見ろ!スケルトンが増えてやがる!」

「おいおい!群れになってんぞ!」


カツ……カツ……カツ……


乾いた足音が、じわりとコテージを包囲していく。


……月明かりの中で、

ぬっと現れたのは――骨。


ガイコツ。あっちもこっちも、ガイコツまみれ。

コテージの周辺に集結していた。

 

「やばいっ!!」


先輩が絶叫する。


「後輩ちゃん、叩き起こしてくる!!」

「まずは鍵を……あっ、ライラ、エリス!

 起きてくれぇぇ!!」


カインの必死の叫びは完全スルーして、

先輩はすごい勢いで寝室に飛び込んだ。


そのまま、ふかふかの毛布にくるまった物体を激しく揺らした。


「後輩ちゃーんっ!! 起きてぇぇ!!」


毛布の中でぷるぷる震えるもの。

……あれ、なんかぬるぬるしてる?


「ププゥ……(爆睡中……)」


プルルだった。


「違う違う!中身間違えた!」


プルルをベッドに戻し、

となりの毛布の塊を再度ゆさぶる。


「後輩ちゃーんっっ!!

 大変だよぉ!!起きてぇぇぇ!!」


揺れる。全身が揺さぶられる。

毛布の中でぷるんぷるん震えていた。


「んぁ……?」


うすぼんやりと目を開けると、

そこには先輩の大きな顔が迫っていた。


「よかった、目覚めた!

 さあ現実へようこそ!」


「先輩、朝っすか……?

 もっと寝たいっす……」

 

私の懇願は、聞こえていない。


先輩は両手をぶん回し、

謎の顔芸を炸裂させながら、

ひょい、と片足を上げ、謎のポーズ。


「これから後輩ちゃんが目にするものは――

 ゾクゾク身震いするほどの、

 恐怖を感じることになるでしょう!」

 

「……本当に緊急っすか?」

 

とはいえ、先輩がこんなテンションで起こしにくるときは、

絶対にヤバいときだけだ。


私は、毛布をひきずったまま、

のろのろと立ち上がる。


「えっと……こっちに行けばいいんすか……?」

「うん! さあ恐怖のステージへ!!」


謎のステップを踏みながら、

先輩がリビングへ誘導してくる。


「あれ……ライラとエリスさんがいない」


玄関が半開きになっている。

先輩はニヤニヤ顔でこっちを振り向くと――


「うふふ、窓、見てみ?」


なんだその“絶対見るな”みたいな顔。


私はカーテンをそっとめくった。

そしたら、そこには――


「これ……寝巻きで対応する映像じゃないっす……」


骨。骨。骨。

スケルトンの群れが、全員こっちガン見。


「せ、先輩……あれ……」

「後輩ちゃん! ついに来たよ……!

 私たちの異世界デビューを阻止しに来た――未来からの刺客!」


先輩は胸を張りながら、堂々と指を差した。


「その名も……スカルミネーター!!」


……名前、いま考えたでしょ。


「いやいやいや、未来要素どこっすか!?

 頭蓋、ツヤ消しのくすみホワイトっすよ!?

 理科室でホコリかぶってたモデル骨格に激似っす!!」


「うそっ!?じゃあ、ただの骨が歩いてるの……?」


先輩の声が、ほんのり悲しみに濁った。


「物理的に無理じゃん!

 関節ガバガバじゃん!」


「魔法か呪いか知んないっすけど!

 動いてるもんは動いてんす!!骨なのに!!!」


「なんだ、未来から来た殺人マシーンじゃなかったんだ……」


先輩は心底がっかりした顔で、

肩をがっくり落とした。


「いや、なぜ残念がるんすか」


窓の外では、

カインたちが険しい顔でスケルトンの群れを凝視していた。


寝巻きでモンスターに襲われるとか、

そんなホラー展開いらない。


「先輩、今は着替え優先っす!」

「えっ、うん……そうだね!」


私たちは急いで部屋へ戻り、

パジャマを脱ぎ捨て、

慌ただしく冒険用の服に着替えた。


先に着替えを終えた先輩は、

部屋の隅で丸まっているプルルに声をかけていた。

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