第24話 先輩は大古墳に眠る秘宝が欲しいそうです! part2
森の中を進むこと数時間、
私は汗でびしょ濡れになりながら、
ひたすら歩き続けていた。
息は荒く、体は重く、
呼吸が次第に苦しくなる。
足は鉛のように重く感じているし、もう限界だ。
「ぜーぜー……
これ以上は無理っす……」
そう呟きながら、足を止めた。
息を整えようとするが、
胸が苦しくて思うように息が吸えない。
「おい!炊飯器、
きびきび歩け!
あと1時間くらいで着くぞ!」
「まじっすか……
あと1時間なんて無理っす……」
辺り一面、まるで樹海のように,
木の根が絡み合っていて、
足場は悪く、朝だというのに薄暗い。
空を覆う葉の隙間から、
ほとんど日差しが差し込まないので、
まるで夕暮れ時のようだ。
コテージ周辺の空き地の環境とは全く違う、
生い茂った自然が広がっている。
「後輩ちゃん大丈夫?
凄い汗でてるよ」
「なんで先輩たちは
そんなに元気なんすか……
私はもう休憩したいっす……」
「普段から体を鍛えてないから
すぐバテるんだよ。
これを機に肉体改造するんだな!」
元の世界で一日中、ゴロゴロして過ごしていた
ニャンタさんに言われるなんて、
少し悔しいっす……。
あの小さな体に、
一体どれだけの体力があるっていうんですかね?
すると先輩がニコニコしながら
背中を差し出してくれた。
「私がおんぶしてあげるよ。
はい、背中に乗って」
「恥ずかしいけど
乗らせてもらうっす」
私は先輩の背中にしがみつきながら、
驚くほど快適に森の中を進んでいた。
足元は悪いはずなのに、
先輩はまるで私の重さを感じてないかのように、
軽々と歩いていた。
「先輩、なんで私を背負ってるのに疲れないんすか?
しかも汗ひとつかいてないなんて……
私がただのひ弱なだけなんすかね?」
「ふっふっふ…実は私、
毎日、腕立て伏せ10回やってるだよね
みんなには秘密だよ!?」
先輩の冗談か、
本気か分からない言動に呆れながらも、
なんだかんだで、少し安心している自分がいた。
「先輩、それじゃあ全然鍛えられてないっすよ!
こんなに元気なんだったら、
もっときついトレーニングしてるはずっす!」」
そんな話をしていたら、
後方を歩いていたレオが、
眉をひそめて辺りを見回していた。
「なあ、カイン、俺の気のせいか?
この森、全然モンスターがいないんだが
ここって危険な魔物がウヨウヨいるはずだろ?」
「俺もそれ思ってたんだよな
静かすぎて、気味が悪いな
まさかニャンタくんが何かしてくれてるのか?」
通常、この森を歩けば数歩進むごとに
モンスターと遭遇するのが当たり前だ。
それなのに、今日は不気味なほど静かで、
モンスターの気配が一切ない。
何かがおかしいと感じざるを得ない。
「ねえ、どう思う?
ミラクルと金髪ちゃんの関係ってさ……」
ひそひそ声で話し始めたのは、
私たちの少し後ろを歩いていた、
暁の幻影団の女性たちだった。
彼女たちは小声で雑談を始め、
私たちのことを、
興味津々に話しているようだ。
「農家で働いている子のほうが、
よっぽど体力あるわよね」
「あの子たちの手を見た?
まるで労働したことがないみたいに、
すごく綺麗だったわ」
「レオが言ってたように、
どこかの貴族かお姫様なのかもね
だって、どう見ても庶民じゃない感じがするし」
「でも、なんであの子は
ミラクルちゃんのことを
先輩って呼んでるの?」
どうやら、彼女たちの中で私はすっかり
「お姫様」になってしまったらしい。
どうしてそんな結論に達したんすか!?
それに、密かに体力がないことを、
ディスられてる気がするんですけど、
ひどいっす
「きっと身分を隠すための偽装よ」
「お姫様って生まれたときから
護衛がついてるでしょ?
ミラクルちゃんは腕利きの従者なんじゃない?」
「倒れた私たちを運んでくれたのも
彼女だったわよね。
そう考えると、それが一番筋が通るわね!」
色々な憶測が飛び交う中、
いきなり、先輩が興奮気味に声を上げた。
「あっ後輩ちゃん見てみて
あそこで大きなネズミ達が歩いてるよ!
森ネズミ~♪森ネズミ~♪だね」
「そりゃ森っすからね
森ネズミ~♪森ネズミ~♪
がいても不思議じゃないっすよ」」
すると、突如として、
巨大なフクロウのようなモンスターが姿を現した。
鋭い鉤爪を光らせながら、
ネズミたちを一瞬のうちに捕らえ、
羽ばたく音さえ立てずに空高く舞い上がっていく。
「チュギャアアア!」
ネズミと思しき小動物の悲鳴が、
森全体に響き渡り、
その声は次第に遠ざかりながら消えていった。
「森ネズミが連れ去られたぁ!」
「そんなことより
なんすかあの巨大な鳥!
サイズがでかすぎるっすよ」
「デスノクト・オウルリッパーだな。
しかも、ヴェノム・バーミンを捕まえてた。
音が全くしなかったな」
カインにそう言われて私はハッとした。
さっきのフクロウが飛び立つとき、
まったく音がしなかった。
無音で狩りをするなんて、
こんなに恐ろしいことがあるだろうか。
もし気を抜いたら、
私たちもいつの間にか
連れ去られてしまうかもしれない。
その考えが頭をよぎり、
私は先輩の背中にしがみつく手に、
思わず力を込めた。
デスノクト・オウルリッパーは、
普通のフクロウの約5倍のサイズを持ち、
翼を広げるとその幅は5メートルを超える。
その羽毛は深い漆黒で、
光を全く反射しない特性を持っているようだ。
このため、暗闇の森ではほとんど姿が見えず、
そのステルス性能は驚異的だ。
さらに、その巨大な翼は、
風を切る音すら立てずに飛行できるので、
音で気づかれることもない。
相手はほとんど接近に気づかず
さっきのように突然襲われることが多いという。
その異様な外見と優れた狩猟能力によって、
デスノクト・オウルリッパーは
この森で恐れられる存在のひとつらしい。
そういえば、私たち、
この森について知らないことだらけっすね
今のうちに情報を集めるっす!
「カインさん、私達、この森のこと、
よく知らないんですけど…
教えてもらえないっすか?」
「そうか、やっぱり君たちは
知らずに来たんだね。
この森は『エルムンケンの森』と呼ばれている。
魔族と人間の国境にある、
とても危険な場所だよ」
その言葉に、私は思わず息を飲んだ。
カインは少し間を置いてから、
この森について詳しく話し始めた。
エルムルケンの森は、その名を聞いただけで
冒険者や旅人たちの間では、
畏敬と恐れを抱かせる場所である。
森に足を踏み入れば99.9%の確率で
生きて帰れないと言われているからだ。
森は西と東に広がっており、
その真ん中を巨大な山脈が貫いている。
この険しい山々が魔族と人間の領土を分ける、
自然の防壁として存在し、
両者の接触を防いでいる。
そのため、この地では数百年もの間、
冒険者たちが魔族に遭遇することは、
ほとんどないそうだ。
この森には凶暴でレベルの高いモンスターが
数多く生息しており、
苛烈な縄張り争いが絶え間なく繰り広げられている。
巨大な狼や毒を持つ人食い植物、
そして闇に潜むアンデッドなど、
多種多様なモンスターが生息しているのだ。
奴らは互いに縄張りを形成し、
侵入者には容赦ない攻撃を仕掛けてくる。
それゆえに人間だけでなく、例え魔族であろうと
森に踏み入れた者が生きて帰れる保証はないのだ、
まさに人間と魔族の恐怖の境界線でもあった。
「まあ、エルムンケンについてはこんなところかな。
以前の大規模調査でも死傷者が多く出たし、
もう二度と調査が行われることはないだろうな」
「地図も作ったとは言っても、
森の全体の10%程度しか描かれてないわよね」
えっこの森やばい場所じゃないっすか
ゲームだとラスボス倒した後の
隠しダンジョンくらいやべぇ場所だったっす
「ねぇねぇ!魔族ってどんな姿をしてるのかな?
やっぱり人間を襲ったりするのかな?」
「それ私も気になるっす!」
「魔族といっても、
人間を滅ぼそうなんて邪悪な意思はないらしいよ。
外見も人間とほとんど変わらないみたいだ」
「文献によると、何百年も前に
領土争いで対立したことがあるだけで、
今ではまったく交流がないだけらしいわよ」
どうやら私たちの考えていた
魔族とは全然違うようだ。
てっきり彼らがモンスターを生み出したり、
使役しているのだと思っていたが、
魔族とモンスターは全く関係がないらしい。
「だから今のところ
魔族の領土に行くには、森を超えるか、
海を船で渡るしか方法がないんだよ」
「でもその海にもモンスターが出現するから、
今の船の耐久力じゃ渡るのは無理なのよね。
きっと魔族も同じことを考えてるわよ」
今の話を聞いていると
魔族は私たちと同じように文明を持っているようで、
話し合いができる可能性もありそうだ。
「それなら、箒に乗って
空から森を越えれちゃえば?
私ならそうする!」
「先輩の言うとおりっす!
空を飛んで調査すれば楽勝っすよ!」
「確かに、A~Sランク冒険者の魔術師なら
『フライ』の魔法で空を飛べるけど、
とても安心して飛べる状況じゃないんだ」
「例えばさっきのオウルリッパーみたいな
恐ろしいモンスターに狙われるのよね」
「飛行に特化したモンスターたちにとって、
空を移動する人間は絶好の獲物らしいのよ
だから飛ぶのが必ずしも安全とは限らないのよね」
つまり、この森は地上でも空中でも、
どこにも安全な場所なんてないということだ。
たとえSランクの冒険者パーティーでも、
生き延びるには相当の覚悟と運が必要だろう。
「そんなに危険な森なら、
火を付けて全部燃やしちゃえばいいんじゃない?」
「先輩、発想が過激すぎっすよ!」
「残念だけど、この森のすべての植物は
炎を無効化するほどの火耐性を持っているんだよ
だから燃やすのは不可能なんだ」
なるほど、それでプルルがファイアボールを使っても
落ち葉に点いた火ががすぐに消えてしまったのか。
「あれ?でも、私たちは昨日は焚火して
焼肉食べてたっすよ?」
「だからさ、どうやって
火をつけたのか気になるんだよ
でも、それは君たちだけの秘密ってことだよね?」
カインさんが笑いながら言った。
どうやら、猫界道具「花咲ファイアーロッド」は
炎耐性を無視して燃やせるみたいっすね。
そんな危険なアイテムだとは思わなかった。
ニャンタがこのアイテムを先輩ではなく、
私に預けた理由がやっと分かったっす。
先輩がふざけて使ったら、
森全体が火事になってしまうっすよ。
「ニャンタさん、
この森は危険すぎるっす。
早く脱出しようっす?」
「何言ってんだ、炊飯器?
俺は別に森を出ようとしてるんじゃないぞ?」
そういえば、ニャンタさんは出発前に
「目的の場所に連れて行く」と言っていた。
えっ、これって一体どこに向かってるんすか?
「どういうことですか?
森から出るために、
移動してるんじゃないんですか?」
「ああ、違う違う。昨日俺たちを襲ってきた
アンデッドの親玉が持ってる
レアアイテムを奪いに行くのさ!」
確かにあのアンデッド、
アルカミスリルの腕や黄金の鎧とか
レア度高そうなマジックアイテム装備してたっすね
親玉ならもっと凄い装備を蓄えてやがるに違いない
そういうことっすか?
話から察するに近くに拠点あったんすね
「いやっす、
カインさんの話聞いてたっすよね」
この森は危険すぎるっす、早く出ようっす」
なんてことだ…まさか私たち全員が知らぬ間に
ニャンタさん率いる三毛猫盗賊団の一員に
仲間入りをしていたというわけだ。
「お前は早く元の世界に帰りたいんだろ
もしかしたらポータルの材料あるかも?
しれないぜ?」
「まじっすか!
そう言われると行くしかないっすけど
カインさん達が気の毒っす」
確かに噂話には誇張がつきものかもしれない。
でも、私はこの目で見たんだ。
魔物同士が捕食し合う姿を。
私たちがここまで無事でいられたこと自体が、
奇跡に思えてきた。
その時、先輩が楽しそうに叫んだ。
「ねぇ、今度はイノシシがいるよ!
それに、小さな角の生えたウサギがたくさんいる!
白くてモフモフしてそうで可愛いね!」
「イノシシが動けなくなって,
怯えてるっすね…」
「おお、右手をご覧あれ。
あれがホーンラビットだ
どうやら肉食らしいな」
ニャンタがバスガイドのように解説しはじめた。
体が何倍も大きいイノシシが、
なぜか小さなウサギたちに囲まれて
怯えている光景が広がっていた。
ホーンラビットたちは集団でイノシシに突進し、
その頑丈な毛皮を角で貫き、
背中に飛び乗って噛みついていた。
「あのウサギ、怖すぎなんすけど
自分より大きな生物襲ってるっすよぉ!」
「まるでサファリパークにいるみたいで楽しいだろ?
モンスターの捕食シーンなんて、
滅多に見られないぜ」
いや、ここはパークじゃないっすよ?
安全を確保する車もない。
まったく安全対策が取られていないのに、
こんな危険な場所で楽しむなんてあり得ないっす。
そんなわけで、ニャンタの先導のおかげか、
私たちは何度かモンスターに遭遇しかけたが、
幸運にも一度も襲われることなく進み続けた。
森の中を歩き続けること数時間。
ニャンタが立ち止まり、
空中で前脚を掻くような仕草を見せた。
「炊飯器、あれを見ろ!
目的の場所に着いたぞ」
ニャンタの指し示す方向に視線を向けると、
そこには数百メートル先にそびえる、
巨大な古墳のような建造物があった。
崩れかけた石造りの壁が、
周囲に影を落としており、
不気味な雰囲気が漂っている。
「みんな!
あそこに何か大きな建物があるよ!」
「気のせいっすか?
今さっきまで
建物見えなかったっすけど」
周りの誰もがその建物に見入っている中で、
私だけがその正体を知っていた。
ニャンタさんが話していた通り、
あの建物はアンデッドのボスが潜む場所、
恐ろしい亡者たちが跋扈する巣窟なのだと。
「お宝の匂いがするぜ
よしお前ら俺に続けぇ!」
えっ、冗談っすよね?
本当にあそこに突入するつもりなんすか?
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