第13話 スケルトン軍団の襲来!先輩とコテージ防衛戦 part1
気がつけば、太陽はすでに西へ傾きかけ、
空は穏やかなオレンジ色に染まり始めていた。
森全体が、夕暮れの柔らかな光に包まれていく。
ヒュドラは満腹になったのか、満足そうな様子で、
静かにモモナップルの木がある方角へと歩き出した。
「バイバイ、またね」
先輩は、まるで友を見送るように、
軽く手を振って別れを告げる。
私は、夕暮れに染まる森の中、
巨大な影がゆっくりと遠ざかっていくのを見つめていた。
きっと、あの先にヒュドラの巣があるのだろう。
……それにしても。
ヒュドラが、先輩がモモナップルの毒液を垂らした地面を
嗅ぎ分けるように辿っているのは、
気のせいだと思いたい。
「結局、ヒュドラから
ツルピカ・エステポイズン
もらえなかったな……」
先輩が少し残念そうに呟く。
「まぁまぁ、先輩。
これといった使い道もないっすし
あれだけ回収できれば十分っすよ」
ヒュドラとは、敵でも味方でもない、
中立な関係を結べたように感じた。
きっと、次に出会ったとしても襲われないはずだ。
「ニャンタさん!
もうじき夜になるっす
倒れてるライラさん達を運ぼうっす」
「しょうがねぇな!!
とりあえず焚火してた場所に
こいつらを一か所に集めるか」
私達は、ヒュドラとの戦いで気を失っている
暁の幻影団のメンバーたちを
焚火のある空き地まで運ぶことにした。
彼らは全員、草むらの上に倒れていた。
夕陽が木々の隙間から差し込み、
傷ついた体を柔らかく照らしている。
約一名、レオナードは別として
暁の幻影団のメンバーたちは、
ヒュドラに手ひどくやられていた。
(おお、一撃で倒れてしまうとは情けない!)
レオに対してどこかの王様風なセリフを
私は心の中で呟いといた。
「後輩ちゃん!!
私がライラとエリスさんを運ぶよ」
「先輩一人で大丈夫っすか?
重くないっすか?」
先輩は倒れているライラさん達の背中に腕を回し、
もう一方の腕で脚を力まかせに持ち上げ、
肩に担ぎ上げて運んでいた。
「大丈夫。これくらいなら平気だよ」
「炊飯器は俺と薬草摘みにいくぞ!
こいつらを運ぶのは、クルミにまかせとけ」
二人を両肩に抱え、
力強く一歩一歩進んでいった。
「先輩、人間持ち上げて運ぶのは
かなり難しいと思うんすっけど
手際いいっすね」
「名付けて【フック直行便】っていうんだよ
人を肩に乗せて腕をフックのような形にして運ぶ、
その姿から名付けてみました」
私はそのネーミングに若干引っかかりつつ、
先輩が見せる手際の良さに驚かずにはいられなかった。
どうやらこの運搬方法(キャリー)は、
一人で効率よく人を運ぶための技術らしい。
特に、素早く移動する必要がある場面では有効とのこと。
先輩は以前、テレビで消防士の人命救助の映像を見て、
その動きをヒントにしてこの運搬方法を編み出したらしい。
「先輩凄いっす
けっこう力持ちだったんすね」
「ふっふっふ
力仕事は私に任せなさい!!」
先輩はお世辞を言われると、
即座に調子に乗るタイプである。
当然ながら今回も例外ではなく、
両肩に人間を二人も乗せたまま、
颯爽と歩き出してしまった。
その姿は、まるで人さらいが獲物を袋詰めにして
運んでいるようにしか見えない。
でも、先輩があまりにも効率よく、
二人を背負って運んでいくので、
きっとそういう運び方もあるのだろうと無理やり納得した。
「炊飯器!!
この稲形の草とこの黄色い花を集めてくれ
俺は見分けがつきにくいのを探す」
「わかったっす!!」
私はニャンタが指示した薬草を探すため
四つん這いになりながら
地面に生えている草をむしり始めた。
ちなみにカインとレオさんは、
足を引きずって運ばれていた。
理由は単純で、
変な匂いがするから触りたくなかったらしい。
しばらく採取を続けていると、
やがて、空が赤紫に染まり、
太陽がゆっくりと沈んでいく。
薄暗い闇が広がり始めた頃、
私はふと空を見上げた。
そこには、
二つの巨大な月が浮かんでいた。
「異世界には月が二つあるんっすね」
つぶやいた言葉が、
静かに夜空に溶けていく。
しかし、よく目を凝らしてみると、
一つは確かに月のようだが、
もう一つは、どこか違う。
ぼんやりとした輪郭に、
はっきりとした地表の模様。
それはまるで、別の惑星のように見えた。
「ニャンタさん暗くなってきたっす」
「まあこんなもんでいいか
焚火のある場所に戻るぞ」
私は両手いっぱいの薬草を抱えながら、
慌てて焚火のある方へ戻ることにした。
風が吹くたびに、
薬草のかすかな香りが鼻をくすぐる。
先輩は、気を失っているメンバーたちを
一か所に集め、焚火のそばに寝かせていた。
どうやら、まだ目を覚ましそうにない。
「ニャンタさん、どうっすか?
ケガはひどそうっすか?」
「まあ、そのうち目を覚ますだろうが、
一応、薬草をむしってきたからな。
塗るか、飲ませておけば安心だろ」
ニャンタは小さな瓶を、
一つずつ取り出しながら、
丁寧に平らな場所に並べていった。
「ニャンタ、
空きビン並べて何してるの?」
「わかったっす!
ビンの中に、
薬草詰めるんっすね?」
「全然違う!!
まあ見てろ!」
ニャンタはドヤ顔で宣言すると、
すかさずプルルに声をかけた。
「プルル、薬草を食べて液体にしてくれ!」
「プッ(わかった)」
ニャンタが指示を出すと、
プルルはぐにゃりと形を変え、
人間の口のような穴を作り出す。
そこに集めた草や花を入れると
プルルは吸収し始めた。
「プルルが薬草食べてる!!」
「もしかして
薬草の成分を抽出してるんすか!?」
「そういうこった!!
スライムだから
こういう作業はお手の物だぜ!」
「ぷるるるるっ!」
プルルはゆっくりと薬草などを溶かし、
口のような部分から「ドバドバッ!」と
合成したエキスを吐き出した。
瞬く間に空き瓶が満たされ、
緑色の液体がとろりと揺れる。
「見た目はかわいいっすけど、
口から出すのはちょっとあれっすね……」
焚火の光が、
その液体をやわらかく照らしていた。
「ところで
なんでわざわざ空き瓶に詰めてるんっすか?」
「薬を保管するなら空き瓶が定番だろう?
妖精や幽霊を閉じ込めることもできるし
冒険の必須アイテムだぜ?」
私は内心、ニャンタさんがゲームの影響を、
かなり強く受けているなと思った。
きっと、異世界に行く前に用意しておいたのだろう。
「ニャンタ!!
ゲームの中でしか見たことない
薬草使ってみたい!!
「ほらよ!!」
先輩は目を輝かせながら、
薬草エキスの入ったビンを手に取る。
しかし、どうやって使うべきか悩み始めた。
「塗るべきか、
飲ませるべきか、
どうするか悩む!!」
「まずは少しだけ塗ってみようっす
もし効果がなければ、
飲ませたほうがいいかもしれないっす」
先輩はまるで新薬のテストをする科学者のように、
目を輝かせて薬草を手に取った。
その顔には、好奇心と期待が満ち溢れている。
「薬草だから
死にはしねぇよ
好きに試してみろ」
「じゃあ塗ってみようかな
ちょっと失礼します」
ライラはお腹にヒュドラの尻尾を受けたようだ。
先輩はそっと服をめくり、
慎重に薬草のエキスを塗り広げていく。
すると、その液体は淡く輝き、
ゆっくりと傷がふさがっていった。
「やったよ後輩ちゃん!
回復してるよぉ」
「薬草って塗っても効果があったんすね
すごいっす!!
感動したっす!!」
プルルの口から出た液体でなければ、
きっと、もっと感動的な瞬間だったのだろうが、
できるだけ考えないようにしていた。
一方、エリスは雷を浴びて気絶中。
先輩は特に迷うことなく、
エキスを彼女の口に流し込む。
すると、エリスの体がうっすらと光り、
傷が治っていった。
「後輩ちゃん!!
飲んでも効果があるみたい」
「塗るより飲ませたほうが
手っ取り早そうっすね」
暁の幻影団に薬草エキスを飲ませた後、
私たちは今夜どう過ごすかについて
真剣に考え始めた。
「今日はみんなで焚火しながら、
寝るしかないね」
「そうっすよね、
やっぱり野宿っすよね」
夜の森はますます危険で満ちてくる。
先輩は楽観的であったが、
私は不安でいっぱいだった。
夜になると捕食者が動き出すからだ。
夜行性の獣たちは、
闇の中でこそ本領を発揮する。
私たちの世界でも、
夜行性の獣は優れた視力と嗅覚を持ち、
闇の中で獲物を追う。
この森にいるモンスターも同じだろう。
夜の暗闇は彼らにとって隠れ蓑となり、
同時に狩りの舞台でもあるのだ。
私たちが焚火の周りで座っていると、
突然、遠くから 「グギャァァ……ッ!」
という悲鳴に近い唸り声が響いた。
「なんすか今の声は!?」
「森なんだから
何か食われたんだろ
いちいち気にすんな」
音もまた、夜の森を恐ろしくさせる要素の一つだ。
静寂の中に響く生き物の鳴き声や風の音は、
時に不気味さを増し、恐怖を煽る。
何の音か分からない物音がするたびに、
緊張が走り、
身の毛がよだつ思いをすることだろう。
「後輩ちゃん!!
動物は火を怖がるらしいから
焚火炊いてれば大丈夫だよ!」
「いや魔物は人間がいるとおもって
逆に襲いに来るんじゃないっすか?
今夜は絶対に、安眠できないっすよぉ」
私たちが野宿の心配をしていると、
何かを諦めたような声が聞こえてきた。
「しょうがないな、
コテージ出してやるよ」
最初は冗談だと思ったが、
手のひらサイズの木の模型を手から出現させた。
「これが俺の作ったコテージだ」
「いやこれただの模型っすよ?」
「ニャンタ何それ?可愛いね!!」
ニャンタは模型を私たちに見せたあとに、
数メートル離れた地面に、
ちょこんと配置した。
「まあ見てろ!」
最初は小さくて可愛らしい、
おもちゃのように見えたが、
数秒後に立派な木造のコテージに巨大化した。
木の香りが漂い、
ドアや窓には温かみのある明かりが灯っている。
コテージの外観は、
古風でありながらも頑丈そうで、
私たちが安全に過ごせる場所だと一目で分かった。
「まじっすかぁぁ!
ニャンタさんまじっすかぁぁ!」
「どうだ、すごいだろう?」
「ニャンタ、家もってたんだ!
屋根が三角だね!」
私は驚きのあまり語彙力を失ってしまったが、
それよりも、今夜は安全な場所で
ぐっすり眠れることが何よりも嬉しかった。
「あの、そういえばニャンタさん、
なんでコテージなんか持ち歩いてるんっすか?」
「無粋なツッコミしてんじゃねぇ。
冒険と言ったらテントやコテージで
体力を回復するのが王道だろうが」
私が尋ねると、
ニャンタは呆れたように答えた。
先ほどから空きビンにコテージと、
どこかで見たことのあるアイテムばかり
飛び出してくるのが不思議でならない。
「なんにせよ
野宿せずに済むっす
ありがとうっすニャンタさん!」
「ねぇ後輩ちゃん
レオやカインもコテージの中に入れるの?」
先輩がちらりと私を見て、
困ったように続ける。
「別のとこで寝てほしいよね」
確かに、コテージの中は広そうだが、
あまり知らない男と一つ屋根の下というのは、
私にとっても居心地の悪いものだ。
先輩の言うことももっともであった。
どうしようかと考えていると、
ニャンタさんがすぐに間に入ってきた。
「しかたねぇな!!
テントも作ってやるよ」
今度は三角の模型を取り出し、
それを空中に放る。
すると模型はふわりと広がり、
数秒後、バサッと音を立てながら地面に落ちた瞬間、
それは高さ1.5メートルほどのドーム状のテントになった。
しかし、中を覗くと何もない。
地面がむき出しのままであった。
「でもこれシェルターテントっすよ?
カインとレオを
地面の上に転がしとくんっすか?」
「お前には分かんねぇだろうが
男はこういうのが好きなんだよ」
内部にはマットどころか布すらなく、
あるのは土と、
テントを支える最低限のフレームだけ。
まさにシェルターとしての
最低限の機能しか持っていなかった。
「地面の上に寝ると、
自然と一体になる感じがするんだぜ」
「なるほど…
そういうもんなんっすか」
私は納得しつつも、
少し心配だった。
「余った薬草でベッド作ってみる!!
それにカインさん達を寝かせとこう
色んな意味で健康にもいいでしょ!!」
先輩の手には、
ふわっとした緑色の薬草の束があった。
枯れ葉や小石を取り除きながら、
丁寧に敷き詰めていくと、
思ったよりも柔らかそうな天然ベッドが出来上がった。
「よし!男どもはテントにでも突っ込んで
女はコテージに連れていくぞ」
「ニャンタさん、その言葉は、
猫だから許されるセリフっすからね
人間が言うとやばいっすよ?」
ニャンタがニヤリと笑い、
短い尻尾を揺らしながら、
コテージへと向かっていった。
◇ ◇
その頃、近くの夜の森では、
一人の銀髪の女が、
息を切らしながら必死に逃げていた。
彼女の名前はリア・グレイウィンド。
ヒュドラに襲われた際に死んだと思われていた、
暁の幻影団のメンバーの一人だった。
「なんなのよ、こいつら!
どうして私を追ってくるの?
まさか、私たちの箱を狙っているの?」
彼女の手には、
オリハルコンの箱が握られていた。
オリハルコンは希少な金属であり、
その色は深い真紅を帯び、
光の加減で微妙に色合いが変わっている。
駆け抜ける森は、
深い闇に包まれていた。
彼女の長い銀髪は風になびき、
夜の闇に紛れるように揺れている。
だが、その闇の中で無数の赤い目が光を放ち、
彼女を逃がすまいとじっと見つめていだ。
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