第12話 危険度SSS!? 猛毒の多頭蛇ヴァルガルム!先輩と暁の幻影団 END

白い上着は裂け、

インナーシャツが露わになる、


しかし、先輩は、

何事もなかったかのように、

堂々と立っていた。


ヒュドラの尻尾が、

直撃したはずなのに、

なぜか無傷だったのだ。


「先輩?大丈夫っすかぁ!?」

「ギシャァァァ!」


一方、ヒュドラは、

自分の尻尾が先輩に命中した瞬間、

自分が放った一撃の衝撃で悶絶していた。


その姿はまるで人間が、

足の小指を家具の角にぶつけた時のようだ。


「ほらね、

 私が致命傷にならないように

 手加減してくれたんだよ」


「いや、何言ってんすか?

 とんでもない衝撃音がしてたっすよ?

 鼓膜が破けるかと思ったっす!」


ヒュドラは自らの尾を確認すると、

緑色の鱗が剥がれていることに気づいた。

その鱗の下からは淡い緑色の新しい鱗が覗いている。


「おい、あいつ悲鳴をあげてないか?」

「なんで攻撃したヒュドラのほうが

 痛がってるんっすか!?」


ヒュドラの目は怒りに燃え、

真っ赤に染まっていた。

全身が怒りで震えている。


これまで一度として、

自分の強固な鱗が壊れたことはなかったからだ。


ニュートンの「作用・反作用の法則」によれば、

ある物体が他の物体に力を加えると、

その力と同じ大きさの力が反対方向に働く。


特に、相手が全く動かずに受け止めた場合、

その反作用はさらに強くなる。


これが殴られるより、

殴ったほうの手が痛い原因の正体なのだ。

ヒュドラは今まさに、その法則を痛感していた。


「なるほど、あいつ硬化スキル持ちか!

 ヒュドラにわざと攻撃させて、

 ダメージを与えるなんてクレイジーだぜ」


「私には、

 ただ突っ立ってたようにしか

 見えなかったっすけど…!」」


レオは的外れな見解を述べた。

実際、先輩は何もしていなかった


先輩が自分の体を硬化させて、

相手の物理攻撃を倍返しにして跳ね返すだって!?

そんな武術の達人みたいなこと先輩できたんすか?


今起こった現象をスキル名にするなら

【ミラクルリフレクター】

なんて名前がぴったりかもしれないっすね。


鱗が剥がれて、見た目が少し悪くなった程度だが、

ヒュドラは怒りに燃えていた。

許さないと言わんばかり、次の行動を起こす。


巨大な体を揺らしながら、

頭を低く構えた始めた。

それは突進し、頭突きを繰り出す為の助走だ。


「ねえ!後輩ちゃん!

 ヒュドラが私に対してお辞儀してるよ!」


「違うっす!お辞儀じゃないっす!

 頭突きだぁ!

 頭突きがくるっすよぉ」


ヒュドラの額から後ろへと伸びる鋭い角が、

太陽の光を浴びて鈍く輝いた。


その角は、まさに敵を粉砕するために

生まれたかのような恐ろしい凶器。

一撃で相手を葬り去る、そんな殺意が宿っている。


ヒュドラの角が先輩に迫る瞬間、

先輩の表情には恐怖の影は一切なかった。

勢いよく頭突きを繰り出された。


先輩はその恐ろしい攻撃を前にしても、

動じることなく、避けることなく、

ヒュドラの頭突きをを真正面から受け止めた。


今度は、その頭突きの衝撃で、

鋭い角が一本折れてしまった。


「ギシャァ!」


頭突きは逆にヒュドラ自身を、

痛めつける結果となったのだ。

予想外の出来事に叫び声を上げた。


そして、折れた角が私に向かって

勢いよく飛んでくるのが見えた。


「ぎゃぁ!

 なんか飛んできたっすぅ」

「おい危ないぞ!避けろ」


レオの言葉で、とっさに身を翻す、

折れた角は顔のすぐ横をかすめて飛び去り、

地面に突き刺さった。


「はぁ、はぁ…

 何とかギリギリ回避できた…

 もう少しで角が当たるところだったっす」


私は胸を押さえながら、

安堵の息をついた。


「ヒュドラのスキンシップって

 けっこう激しいんだね

 今のはビックリしたよ!」


先輩はヒュドラの猛攻に対しても、

全く動じることなく、

逆にヒュドラの攻撃を楽しんでいるかのようだった。


「いやスキンシップって

 レベルじゃなっす!

 それより先輩、上着がボロボロっすよ!?」


私が心配そうに声をかけたが、

近くにいたレオは違う答えが返ってきた。


「上着が破けただけだろ、

 大したことねえよ」


レオは元精鋭騎士団員で、

数々の激戦をくぐり抜けてきた男だ。

だから、服が破れるくらいでは気にも留めない。


だが、レオのその何気ない一言を聞いた瞬間、

先輩の表情が変わった。


自分の服の状態に気づいた先輩は、

突然顔を真っ赤にして、

こちらに向かって走ってきた。


そして、拳を固く握りしめ、

レオに向かって叫ぶ。


「ぎゃぁぁぁ!

 こっち見ないで!」


次の瞬間、先輩の強烈なストレートパンチが、

レオの腹部に深々とめり込んだ。


「ブルアァァァ」


彼は変な悲鳴を上げながら、

数メートル先に吹き飛ばされた。


地面に激しく叩きつけられたレオは、

そのまま意識を失い、

動かなくなってしまった。


かつて騎士団に所属していたレオは、

数多くの魔物と戦ってきた。


中でも「オーガ」と呼ばれ、

る恐ろしい種族との戦いは、

特に壮絶なものだった。


オーガの凶暴な猛攻を、

何度受けても倒れずに立ち上がる姿から、

「不死身のレオ」として知られていた。


だが、今の彼は、

その異名が嘘のように地面に倒れていた。


「ニャンタさん、

 レオさんがぶっ飛ばされてから

 立ち上がらないっす」


「やれやれ、

 死んだふりでもしてんのか?」


ニャンタは静かにレオのそばに歩み寄り、

プニプニの肉球を彼の首にあてることで

彼の脈を確認した。


「気絶してるだけだ。

 ほっとけば目を覚ますだろ」


その一方で、

レオを思わず殴ってしまった先輩は、

顔を真っ赤にしながら慌てて走り回っていた。


「どうしよう!

 恥ずかしいよぉ」

「先輩、落ち着いてくださいっす!」


その様子を見かねたニャンタは、

先輩の元へ駆け寄り、

無言でスペアの上着を差し出した。


「ちょっと落ち着け」

「ニャンタ、

 上着持ってた!?」


急いでそれを受け取り、

破れた服を脱ぎ捨て、

新しい上着を着用した。


「ありがとう、ニャンタ!」


先輩は感謝の言葉を口にすると、

再びヒュドラに向かって走り出した。


「ニャンタさん、あんな取り乱した

 先輩の姿、初めて見たっす、

 なんであんなに恥ずかしがってんすか?」


「あいつは昔から、服が破れると

 パニックになり逃げ出す妙な逃亡癖があるんだ。

 要するに、恥ずかしがり屋なんだよ」


その言葉に、私は「マジっすか」と驚愕した。

確かに、先輩は肌を見られるのを、

嫌がる節があった気がする。


でも、水泳の授業や、

海に遊びに行った時は水着を着てたはず。


もし肌を見せるのが恥ずかしいなら、

水泳は無理なはずっすよね?


「でも先輩、黒のショートパンツ平気なのに、

 上着が破れたくらいで

 どうしてあんなに取り乱すんっすか?」


「それを俺に言われても分かんねぇよ

 ほんと訳のわからん性格だぜ」


どうやら先輩は、服が破れると、

驚きと恥ずかしさでパニックになり、

周りも気にせず駆け出してしまうらしい。


そして、新しい服を探そうと彷徨ってしまうのだ。

先輩のパニックを鎮める方法はただ一つ。

今回みたいに、新しい服を手渡してあげることだ。


私は先輩のこの奇妙な行動のことを

「ファッション崩壊逃避行!恥ずかしパニックラン」

と名付けることにした。


「ねえ後輩ちゃん、見てみて!

 今度はヒュドラの目が

 宝石みたいに輝いてるよ!」


「ほんとっすね!

 キラキラしてて綺麗っす!

 ニャンタさんヒュドラどうしたんっすかね?」


この森で長く生き残ることができる個体は少ないが、

ヒュドラがここまで生き残れている理由は

必殺の毒だけではなかった。


ヒュドラには生まれつき、

4種類の強力な魔眼が備わっていた。


その力を使うには大きな代償が伴い、

エネルギーを急速に消耗してしまうため、

滅多に使うことはなかった。


どんな攻撃も通用しない先輩を前にして、

本当は発動させたくなかった魔眼を、

やむを得ず発動させたのだ。


ディストーションアイ - 平衡感覚を狂わせる目

フォーサイトアイ   - 魔力の流れを見る目

カースデスアイ    - 呪い殺せる目

ライフドレインアイ  - 体力を奪う目


魔眼を発動させたところで、

一つ一つの効果はそれほど強力ではないが、

ヒュドラには生まれつき14個の目があった。


すべての目が同じ効果を発動させれば、

相手を簡単に呪い殺したり、

体力を奪い衰弱死させることができるのだ。


「あの紫の光は、

 直死の魔眼だな

 あれ見ただけで即死するぜ」


「でも私

 見てるけど平気っすよ!?」


もし、レオナードが気絶せずに、

呑気に観戦して、14個の目を見ていたら、

発狂し心停止していたことだろう。


だが幸いにも、

先輩のストレートパンチによって、

命を救われていた。


「炊飯器!お前は浄化能力で

 魔眼を無効化できるみたいだぜ!

 けっこう便利な能力だな」


しかし、先輩には魔眼がまったく効果がなかった。

なんで魔眼が効かないんだ?

ヒュドラはその事実に、驚き、動揺した。。


恐怖に震えながら、

このままでは殺され、

食べられると内心恐れていた。


必死に生き残る方法を考えていたとき、

ふと100年前の記憶がよみがえった。


かつて人間たちが、

この森を大規模に調査していたときのことだ。

モンスターが次々に倒されるのを遠くから見ていた。


彼らは役割を分担し、陣形を組んでいた。

相手を引きつける者、後方支援者、

そして魔術で攻撃する者。


それぞれが協力し、魔物を撃破していた。

中でも剣を持った人間が、

剣に炎の魔法を付加する姿が印象に残っていた。


通常の攻撃が効かない相手には、

属性を付加して攻撃を強化することで、

相手に効率的にダメージを与えるのだ。


そして、ヒュドラは、

人間たちがモンスターを倒した後に、

何をするかをよく知っていた。


モンスターの肉は食料となり、

質の高い部位は武器や、

防具に加工されるために解体される。


負ければ自分も同じ運命を辿る――

その恐怖がヒュドラを突き動かした。


どんなに強い相手でも、私は屈しない。

私は最後まで生き抜いてみせる。

その覚悟がヒュドラを進化させた。


ヒュドラは自分の牙にも

属性を付加できないかと考えたのだ。

そして、土壇場でその試みは成功した。


「デモニックバイトエンハンサー」


牙に猛毒をまとわせ、さらに強度も増した。

今ならどんな敵であろうともかみ砕ける、

そんな気分になるほど高揚していた。


「なんすかあれわぁ!」

 先輩!ヒュドラの牙が

 赤紫に変化してるっすよ!


そんなヒュドラの様子を見た先輩は、

マジックバックに手を入れて、

何かを取り出そうとしながら、近づいていく。


「おいで、おいで!

 いいものあげるよ!」


 おいでって誘ってる場合じゃないっす!

 先輩がいいモノとして

 食べられるっすよぉ!」


これで終わりだ!と言わんばかりに、

猛然と先輩に向かって牙を向けた。

猛毒をまとった牙が先輩に迫る。


しかし、その牙は先輩の皮膚に触れると、

皮膚を貫くことができずに弾かれた。

そして、噛まれながらこう呟いた。


「怖くない!怖くない!

 おなかが減ってただけなんだよね」


「先輩、それって自分に

 言い聞かせてるんっすか?

 それともヒュドラに言ってるんですか?」


動物が恐怖や攻撃的な行動を示している場合に、

人間が落ち着いた声で優しく話しかけることで、

安心して攻撃をやめる現象があるという。


人間の声のトーンや態度を感じ取り、

それに反応して攻撃行動を止めるのだ。

先輩はそれをヒュドラに期待していたのだろう


「見て、後輩ちゃん。今まで攻撃してきたけど、

 心配して舐めてくれてるよ。

 ヒュドラは本当は優しいモンスターなんだよ」


私は信じられないという顔で

先輩を見つめた。


「いやめっちゃ噛まれてるっすよ」


ヒュドラは力の限り、

先輩を噛み砕こうと、

さらに牙い力を込めた。


しかし、あまりに力が強すぎたせいで、

逆に牙が折れ、

ヒュドラは驚きの叫び声をあげた。


「え?、大丈夫!?」

「いや先輩こそ無事っすかぁ!?」


ヒュドラは、

「こんな人間がいるなんて信じられない」

という表情で先輩をじっと見つめていた。


「あのね後輩ちゃん!衝撃の事実があるんだけど

 ヒュドラの口の中ってあんまり臭くなかったよ、

 もしかして、毒で消毒して綺麗にしてるのかもね」


「後輩ちゃん!衝撃の事実があるんだ、

 ヒュドラの口の中、思ったより臭くなかったよ!

 もしかして、毒で消毒してるのかもね?」


「そんなことより、

 なんで先輩が無傷なんすか!?」


ヒュドラは混乱しながら後ずさりした。


「それに、ヒュドラって

 再生能力を持ってたはずっす

 なんで傷が回復してないんっすかね?」


鱗がはがれ、角や牙が折れているのに、

再生していないのだ。


私は先輩に触れた部分が、

再生しない理由に疑問を抱いていた。

すると、ニャンタがその疑問に答えた。


「クルミは、触れた相手のバフを

 無効化できる能力を持っているんだ。

 本人はまだ気づいてないけどな」


ちなみにバフ(buff)とは、ゲームの用語で、

キャラクターやアイテムの能力や

ステータスを一時的に強化する効果のことである。


「いや、それを考えても

 あんな巨体の尻尾や頭突きを食らっても無傷で、

 服だけ破れるのはどういうことっすか?」


ニャンタは少し困った表情を浮かべて答えた。


「まあ、細かいことは言えないが…

 クモに噛まれたとか、

 血清を投与されたとか…そんな感じだ!


 その副作用で

 異常に頑丈になっちまったんだよ。」


「それ、ニャンタさんが

 先輩と一緒に見てた

 映画の話っすよね!?」


私をからかう冗談だと思い、

疑いの目を向けたが、

真剣な表情を崩していなかった。


「あいつを育てた責任は俺にある。

 もしあいつが異世界で間違った方向に進むなら、

 その時は、その時考えるさ。」


その言葉には、

ニャンタの決意が、

にじみ出ていた気がした。


「え?ニャンタさん、

 今までの話って本当だったんすか?」


「それより、見てみろ!

 クルミが何かするつもりだぞ」


ニャンタはまるで父親が、

娘を心配するような眼差しで、

先輩を見つめていた。


ヒュドラにどう対応するのか、

気になるようだ。


「やっと大人しくなった」


先輩はおとなしくなったヒュドラに対して、

マジックバックからモモナップルを取り出し、

ゆっくりと皮をむき始めた。


甘い香りがふわりと広がり、

ヒュドラの険しい表情も少し和らいでいく。


まるで動物園でゾウにリンゴやサツマイモを

食べさせるような感覚で手を突き出し、

モモナップルをヒュドラに見せびらかしていた。


「ねぇ、これが欲しかったの?」


ヒュドラは最初こそ警戒していたが、

毒も物理攻撃も通じない相手に無力さを感じ、

抵抗する意味がないと悟ったようだった。


「食べる?」


先輩が優しく声をかけると、

ヒュドラはその甘い香りに引き寄せられ、

じっとモモナップルを見つめた。


しばらくして、

一歩一歩慎重に先輩に近づき、

ついに差し出された果実にかぶりついた。


「美味しい?

 もっと剥いてあげるから待っててね」


ヒュドラは満足そうに、

ゴロゴロと喉を鳴らした。


その様子を見た先輩は、

次々とモモナップルを、

ヒュドラの七つの口に放り込む。


「口が七つもあるけど、

 お腹はどうなってるんだろう?」


完全に解毒された状態の

モモナップルを食べるのは初めてで、

驚きと喜びの声をあげていた。


ヒュドラはしばらく桃ナップルを味わった後、

攻撃の意志を見せることなく、

静かにその場に佇んだ。


「先輩すげえっす!

 ヒュドラが大人しくなったっすよ!」


「ふっふっふ

 モモナップルを食べて美味しいと感じる心に

 種族なんて関係ないのさ。」


先輩はドヤ顔で微笑みながら、

決めゼリフを言い放った。


ニャンタは、

そんな先輩の様子を見て、

ほっとした表情を浮かべていた。


「あいつ、

 一度もヒュドラに手を出さなかったな

 食べ物で解決するとはやるじゃねぇか」


その声には、

先輩が優しい心を持って成長したことへの

深い安心感が込められていた。


そして、父親のように誇らしく思う、

温かい気持ちが、

私にも強く伝わってきたのだった。

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