第10話 危険度SSS!? 猛毒の多頭蛇ヴァルガルム!先輩と暁の幻影団 part5

しかし、私の視界には、

信じられない光景が広がっていた。


投げ飛ばされたその瞬間、

私は先輩が猛毒の波に飲まれるのを、

目の当たりにした……と、思った。


だが次に見たのは、

彼女が笑顔で毒の波の上を滑っている姿だった。


なんと先輩はマジックバッグから、

ポータルチェストの蓋だけを取り出し、

それをサーフボードのように使っていたのだ。


「これすごい楽しい!

 森でサーフィンができるとは

 思わなかったよ!」


先輩は笑顔で手を振りながら、

まったく恐怖も感じず、

毒の波を楽しんでいた。


一方、私は放物線を描きながら、

空を飛んでいる状態である。

とりあえず、飛んでいく方向に顔を向け直す。


「私の体重40kg以上あるんっすけど

 なんで木の上まで

 飛ばされてるんですか!」


ちなみに、

「投げ逃げフライングエスケープ」には、

着地の安全なんて全然考慮されていない。


風がビュンビュンと頬を打つ。

このスピードで地面にぶつかったら…?

想像するだけで、心臓がドクドクと音を立てた。


「先輩、知らなかったっすぅ

 けっこう怪力だったんすね」


鉄球投げという競技がある。


選手が鉄球をどれだけ遠くに投げられるかを

競うシンプルな競技だが、

今の私はその鉄球の気持ちを痛感していた。


風を切って飛ぶ感覚は、

決して心地良いものではないのだ。

地面に激突すると考えるとなお悪い。


「空を飛ぶって、

 もっと気持ちいいものかと思ってたっす」


砲丸はいつもこんな気持ちで放り投げられ、

空に飛ばされてるんだなと、

砲丸の気持ちを理解した気がした。


「そんなこと

 考えてる場合じゃないっす」


私は空中でバランスを取りながら、

どうやって着地するかを必死に考えていた。


すると、ローブにくっついていた

プルルが動き出したのが目に入った。


プルルにとって、後輩ちゃんは自分の家。

家が空を飛んでいるのだから、壊れたら大変だ。

そこで、プルルは何とかしようと考えた結果――


「プッ (あっそうだ)」


体を変化させ、

まるで鳥リスのような翼を広げたのだ。

小さな翼を必死にパタパタ動かしていた。


「もしかしてプルル、

 食べた生物の形状を真似できるんっすか?」


プルルの能力には驚かされることばかりだ。

ひょっとしたら、食べなくても

生物の形状を模倣できるのかもしれない。


羽毛のような構造で風を受ける面積を広くし、

空気抵抗を弱めようと一生懸命羽ばたいていたが、

その努力も虚しく、飛行速度が弱まることはない。


「プルル、ありがとうっす

 鳥は体重が軽いから飛べるんすよ

 私の重さじゃ空は飛べないっす」


スピードは一向に落ちない。

このままじゃ地面に激突だ。


「私の人生は

 先輩に投げられて終わるんっすね

 ぎゃぁぁぁ!」


「プー(しょうがないな)」


地面が急速に近づいてくる――


その瞬間、プルルが大きく膨らみ、

まるで全ての衝撃を和らげるかのように、

私をふんわりと包み込んだ。


――地面に激突。


「ぎゃあ! ぐえ! うー! ゲホ! 」


三度地面にバウンドし、

最後に木に激突してようやく止まった。

頭から地面に落ち、うつ伏せに倒れ込む。


プルルがすべての衝撃を吸収してくれた。

スライムのクッションは、

まるでマシュマロのように柔らかかった。


先輩に投げられて、

地面に激突するまで距離は、

30mは飛んだ気がする。


ちなみに、要塞や城の外壁の高さも、

だいたい30メートルらしいっすよ!?


私は地面に横たわり、全身が震えていた。

恐怖と安堵が同時に押し寄せ、

体がまったく動かない。


そんな私を、

プルルが心配そうに覗き込んできた。


「ありがとうっす、

 プルルが守ってれたから、

 無事だったっすよ」


私は弱々しい声で感謝の言葉を伝えた。

プルルはその言葉に応えるように、

大きく「プッ(家が大丈夫でよかった)」と鳴いてくれた。


「おい炊飯器!

 寝てるとこ悪いが、

 あれ見てみろ!」


ニャンタさんの声で目を開けると、

先輩が毒の波に乗って、

私のほうに突っ込んでくるのが見えた。


「後輩ちゃん、

 逃げろぉぉぉ!」


「ぎゃぁぁ!

 毒の波がくるっす!」


焦った顔で何か叫んでいたが、

こっちもパニックだ!


その声を聞いた瞬間、

私は必死に動こうとしたが間に合わず、

毒の波に巻き込まれてしまった。


「逃げても、

 結局ブレスに飲み込まれたっすぅ」


先輩はチェストの蓋と共に、

私がぶつかった木に大の字で激突し、

毒の塊に真っ逆さまに落ちた。


体中に広がる冷たい感触に、

一瞬絶望しかけたが……

あれ? なんか痛くもなんともない!


「お前ら大丈夫か?」


レオが駆け寄ってきて、

心配そうに声をかけた。

私と先輩は毒の塊から顔だけを突き出した。


「なんでか知らないけど、

 生きてるっす!」

「方向転換ミスっちゃった!」


「お前ら無事みたいだな」


レオが心配そうにこちらを見つめていたが、

私たちの無事を確認すると、

ほっとしたような表情を浮かべた。


そして、彼は周囲を見渡し、

不思議な光景に目を奪われた。


猛毒の液体に浸かったはずの森の木々や草が、

まるで何事もなかったかのように

元気に茂っていたのだ。


「体が紫の液体で

 ベトベトっすよぉ!」


「後輩ちゃん!

 これ毒なのに、

 肌がツルツルしてる気がする」


私たちは毒の塊から這い上がりながら、

体のあちこちを確認してみると、

まるでスパでデトックスしたように肌がツルツルだ。


「おい炊飯器!

 ヒュドラの毒が浄化で変異して

 美容液になったんじゃねぇか?」

 

ニャンタがいつの間にか、

私たちの近くで冗談を言っていた。

どうやって毒の波から逃げたんすか?


「ニャンタさん

 猛毒が美容液になるわけ

 ないじゃないっすか!」


毒が美容に役立つ事が、

実際あるのだろうか?

答えは、ほぼノーである。


とある神経毒を持つ菌が、

地球に存在している。


その菌のタンパク質は、

酵素のような働きをして筋肉の動きを抑え、

結果としてしわの改善につながるらしいのだ。


ヒュドラの劇毒にも、

特殊な酵素が含まれていた。

それが、後輩ちゃんの浄化により変異。


劇毒がなくなり細胞を攻撃せず、

逆に老廃物を取り除くという

効果だけを残したのだ。


「この猛毒、スパの新メニューにどうだ?

 『死ぬ気でデトックスコース』

 ていう名前で売れるかもしれないぜ」


「まじっすか?

 ニャンタさんガチで

 これ売る気っすか?」


「後輩ちゃん、

 ツルピカ・エステポイズンが

 地面に染み込む前に急いで回収しよう


 こういうの、

 錬金術の素材とかに

 使えると思うんだ!」


先輩はすぐにマジックバックを取り出し、

紫色の液体を手際よく流し込んでいく。

その行動力にただただ感心するばかりだ。


あとツルピカ・エステポイズンってなんすか?

ヒュドラの猛毒の名前っすか?

それ、ヘルポイズンの間違いっすよ?


「先輩、私たちが触れたとこは

 バッチイっすから

 綺麗な部分だけ回収してほしいっす」


「オッケー」


そう、私の浄化能力で

ヘルポイズンブレスは無毒化され、

ツルピカ・エステポイズンに変化したのだ。


異世界に来て初めて、

自分の才能が役に立ったことを心から喜んだ。


「ヒュドラの猛毒も

 解毒できるなんて

 私の浄化能力って凄いっす!」


これで「魔物に狙われやすい」という

欠点さえなければ、完璧な能力だったのだが、

後輩ちゃんにとっては知らぬが仏であった。


森の中で私たちは、

一瞬の安堵を感じたが、

それも束の間、再びヒュドラが迫ってきた。


ヒュドラの顔には、

毒が効かないことに対する驚きが

ありありと浮かんでいた。


これまで猛毒で多くのモンスターを倒し、

自らの身を守ってきたヒュドラにとって、

毒が通じないのは初めての経験だ。


毒が無力化された今、

ヒュドラには物理攻撃しか残されていない。

巨体を揺らしながら突進してきた。


「後輩ちゃん

 ヒュドラがこっちに来てるよ!」


「地面が揺れてるっす

 早く逃げようっす」


その一方で、姿をスキルで消していた暁の幻影団は

ヒュドラの進行方向の先で、

安心しきって突撃の様子をうかがっていた。


―それが間違いだった。


ヒュドラの紫の魔眼は、

魔力の流れを見抜く力を持っている。


最初は後輩ちゃんを狙ってブレスを吐いたが、

その眼にはしっかりと、

ナイトオブベールの輪郭も映っていた。


透明な存在がそこにいる!


ライラは茂みに隠れて様子を伺っていた。

しかし突然、ヒュドラが進行方向を変え、

彼女に向かって突進してきた。


「なんで!?

 こっちに向かってくるの…!」


驚きのあまり、一瞬動きが遅れた。

彼女は素早く回避しようとしたが、

ヒュドラの尻尾が容赦なく彼女に直撃。


ライラは宙を舞い、

地面に激しく叩きつけられた。

痛みと衝撃で体が動かせない。


「な、なぜ……

 姿が見えないはずなのに!」

「ライラ!?」


彼女は信じられないという、

驚愕の表情を浮かべたまま、

彼女は力尽きて地面に崩れ落ちた。


「やばい…

 こっちの位置がバレてる」


エリスの直感が警鐘を鳴らした。


「次に狙われるのは私だ――」


長年の冒険者として積み上げた経験が、

彼女にそう告げていた。

魔力を集中させ、雷の呪文を準備する。


「雷には耐性がないはず…!」


エリスはライラから聞いた、

鑑定結果を思い出す。

だが、ライラが力の限り叫んだ。


「エリスだめ、

 魔術を使っちゃダメェ」


「サンダーボルト!」


エリスが放った雷は、

ヒュドラに直撃し、

電撃がその巨大な体を貫いた。


しかし、ヒュドラの緑色の鱗が突然輝きだし、

雷の魔術を反射させた。

反射された雷はエリスに向かって飛んできた。


「えっ…!?嘘でしょ!?

 鱗が魔法を跳ね返した!?

 う、うわああああっ!」


驚愕するエリスだったが、

反応する間もなく、

自分の雷撃に打たれた。


彼女の体はビリビリと痺れ、

「ぷしゅー」と電撃に焼かれた煙が立ち上る。


痺れにより身体が動かず、

その場に崩れ落ちた。


「二人を助けなければ…。」


一方、カインは影の中でじっと息を殺していた。

エリスとライラの状況はすでに把握しているが、

次に狙われるのは自分だと理解していた。


彼のスキルは奇襲や闇討ちに特化していた。

人間相手の暗殺なら得意だが、

相手はヒュドラ、彼のスキルは通用しない。


「ミラージュエスケープ!」


ミラージュエスケープとは

自身の分身を作り出し、

敵の攻撃を引きつける闇魔術である。


カインは闇魔術で分身を作り出し、

注意をそちらへ引きつけた。


分身は実体さながらに動き、

ヒュドラの頭はその動きに反応する。


「今だ……!」


ライラとエリスを安全な場所へ運ぶしかない。

しかし、ヒュドラの尻尾が一閃し、

分身は瞬時に消し飛んだ。


「くそっ……!」


分身が消えると、

ヒュドラの鋭い視線は再び、

カインに向けられた。


相手は頭を低く構えて、

一気に突進してきた。

明らかに頭突きを狙っている。


カインは避けきれず、

衝撃をまともに受けて、

後方に吹き飛ばされた。


そして、勢いよく木々に叩きつけられ、

その場に崩れ落ちた。


「どうして……

 俺たちの姿が見えるんだ……?」


痛みに耐えながら、

数時間前の焚き火での会話を思い出した。


「後輩ちゃん

 大変だぁ

 なんか透明なのがいるよ!」


「あの茶髪の子にも俺が見えてたんだ

 ヒュドラが見れないはずはない」


自分のスキルを過信していたことに気づく。

なぜもっと早く、皆を遠くへ逃がさなかったのか

――後悔の念が胸を刺した。


カインは苦痛に顔を歪めながらも、

危機的状況に焦りを隠せなかった。

彼の体力は限界に達し、次第に意識が遠のいていく。


ライラ、エリス、

そしてカインが次々と倒れていく、

私達は全滅の危機に直面していた。

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