第9話 危険度SSS!? 猛毒の多頭蛇ヴァルガルム!先輩と暁の幻影団 part4

鑑定のスクロールは、冒険者が遭遇する未知のモンスターや

アイテムの詳細情報を即座に把握するための貴重なアイテムである。

魔法の力を利用して対象のステータスや特性を明らかにできるのだ。


鑑定のスクロールは上質な羊皮紙でできており、

約A4サイズほどの大きさで、触れると滑らかな手触りだ。

紙の色は古びたクリーム色で、縁には金色の装飾が施されていた


詠唱が完了すると、用紙全体が薄い青白い光に包まれ、

まるで見えないペンがあるかのように、

高速で文字が書かれ、その結果が表示されるのだ。


ライラは鑑定結果を叫んでから、

逃げるために、炎の魔術を詠唱しようと、

呪文を唱えようとしたその瞬間、


「鑑定のスクロールなんてあるんっすね!」

「その紙!見せて見せて!」


私と先輩は興味津々でライラに迫った。

鑑定のスクロールの結果を見てみたくて、

彼女の真横に張り付き、目を輝かせながら覗き込んだ。


その結果、彼女が魔術を詠唱するための

初期動作を妨害してしまい失敗に終わった。

ライラは一瞬、呆れたような表情を浮かべたが、すぐに気を取り直した。


「ごめん、今は逃げることが先決なの

 邪魔しないで」


「お前ら、スクロールみてる場合じゃねぞ、早く逃げろォ」

「レオお前は先に逃げろ

 俺は二人に隠蔽魔術をかけてから撤退する」


ライラが注意を促したが、

初めて見る魔法の奇跡に興奮しすぎて彼女の声が耳に入らなかった。

私たちはスクロールに夢中だったのだ。


「これが鑑定のスクロールっすか

 初めて見たっす!

 見てるだけでワクワクするっすね!」


「まるでゲームみたい!

 やっぱり異世界といえば鑑定だよね!」


驚きの声を漏らしながら

スクロールに書かれた細かい文字を一つ一つを

じっと見つめながら確認していた。


「これでモンスターのステータスがわかるっすね。

 どれどれ…ヒュドラのレベル365って、

 めちゃくちゃ強いんっすかね?」


鑑定のスクロールの結果を見たが、

一般の冒険者がどのくらいのレベルなのか基準がわからないので、

鑑定結果を見ても理解できなかった。


「凄い!相手のスキルまで表示されるんだ!

 数字も高そうにが見えるけど、

 それがどのくらい強いかよくわからないや」


「普通の冒険者がどのくらいのレベルや能力なのか、

 基準がわからないと比較ができないっすね」


私も同じように考え込んだ。

ヒュドラの数字を見て驚いたものの、

どのくらいの強さなのかピンと来なかったのだ。


「あのね!鑑定の結果が全てじゃないの、

 鑑定で見れるのは大体の数値だから、信憑性はないのよ!

 私達でどうこうできるレベルじゃないのは確かね」


私達が呑気にスクロールを覗き込んでいると、

その緊迫した状況に全く気づかない様子を見て、

リーダーのカインが苛立ちを隠せなかった。


「見とる場合かぁぁぁ!」


カインが叫びながら、鑑定のスクロールをはたき落とした。

命の危機を全く感じず、呑気に鑑定結果を見ている、

三人の様子に苛立ちを隠せなかったのだ。


「今はそんなことしてる場合じゃない!

 全力で逃げるんだ!

 ナイトオブヴェール」


リーダー、カインの声が響き渡り、私たちは我に返った。

スクロールは地面に落ち、

再び、ヒュドラの咆哮が再び響き渡る。


「先輩が消えたっすぅ」

「私はここにいるよ?」


カインは私達にナイトオブヴェールの魔術をかけてくれた。

闇の衣を纏うと、姿や体温、魔力すらも闇に溶け込み

完全に透明になったのだ。


「後輩ちゃん、やばい!

 みんな怒ってるみたいだから早く逃げよう!」


「スクロールに見惚れてる場合じゃなかったっす

 先輩どこっすかぁ?

 姿が見えないから分かんないっす!」


先に逃げたレオナードが遠くで手を振っている。

レオが逃げる方向を示してくれていたのだ。


「お前ら!早くこっちにこい!」


二人はレオの方向に全力で駆け出した。


その声を聞いてライラは迅速に行動を開始した。

再び呪文を唱え直し、

逃げるための炎の魔術を準備する。


彼女はヒュドラに直接ファイアーウォールを

当てるかどうか悩んでいたが、緑色の鱗が怪しく光るのを見て、

対象の目の前に魔術を発生させることに決めた。


何か嫌な予感がしたのだ。


「ファイアーウォール

 クリス!いつものお願い」


彼女の声と共に、ヒュドラの前方に

数メートルの巨大な炎の壁が立ち上がり、視界を遮った。

敵の進行を阻む障壁として使用する魔術である。


赤やオレンジの炎が猛烈に燃え上がり、激しい光と熱を放ち続ける。

炎でヒュドラがひるんだ隙を突いて、

氷の魔術を杖に用意していたクリスが叫んだ。


「フロストヴェイル!」


クリスが氷の魔術を放ち、炎の壁に向けて冷気を送り込んだ。

炎と氷が衝突し、瞬く間に巨大な煙幕が生じた。

煙幕は厚く、視界を完全に遮るほどで、ヒュドラはさらに混乱した。


フロストヴェイルは極寒の冷気をまとわせた氷の霧を作り出し、

接触するものを凍結させる魔術である、

杖に魔力を注ぎ込むほど冷気は放出されるのだ。


炎が氷に当たると、氷は急速に熱を吸収し、

氷が溶け、水となる。

炎の高温で水がさらに加熱され、水蒸気に変わるのだ。


これが短時間で行われるため、

大量の水蒸気が一気に空気中に拡散し、

煙幕のように見える現象が起こった。


煙幕が視界を奪ったおかげで、

ヒュドラは一時的に止まり、

その場に留まったように見えた。


「フロストヴェイルの効果が持つ間に、

 できるだけ遠くへ!」


クリスが声を上げながら、

さらに冷気を送り込んで煙幕を持続させた。


私は彼らの連携を見ていると、

水蒸気煙幕を魔術で作るのに手馴れているように感じた。

おそらく、何度も訓練を重ねてきたのだろう。


「やっぱり、Aランクの冒険者パーティの連携はすごいね。」

「あの煙幕があるうちに距離を離そうっす」


背後から迫り来るヒュドラの咆哮が、焦りを一層かき立てる。

レオナードが示す方向に向かって、

私達は透明な状態で一心不乱に走り続けた。


ヒュドラの目はサーマルスコープのように、

熱を基に物体を視認していた。

通常の煙幕なら視界に問題はなかった。


しかし、高温の水蒸気となると状況は変わった。

敵の体温と水蒸気の温度が混ざり合い、

視界は真っ白になっていたのだ。


つまり、ファイアーウォールで壁を作った時点で、

ヒュドラにとって視認が難しい状態が

既に生じていたのである。


「私達も逃げるわ、カイン隠蔽スキルをお願い」

「ナイトオブヴェール

 今だ!全員、全力で逃げろ!」


カインが再び叫んだ。


彼女達はそんな状況を知らないまま、魔術を中断した、

そこにはただの煙幕だけが残る、温度がない煙ならば、

ヒュドラは視界がクリアになったも同然だった。


だがカインの闇の魔術により、

レオナード以外の姿が消えて見えなくなっていた。


攻撃されたと思ったヒュドラは、咆哮をあげた。

そして、目の色を赤から紫に変化させる、

魔力の流れを見通す魔眼を発動させたのだ。


すると、不自然に歪んで移動する空間が浮かび上がる。

怒りに震えながらブレスを吐く準備を始めた。

狙いは、周囲に歪んだ空間を作り出していた人間だ。


つまり、後輩ちゃんであった。

その空間は、後輩ちゃんの浄化能力によって生じたものだった。

私達は煙幕で隠れたヒュドラに背を向けながら走る。


「ブレスが来るぞ!注意しろ!」


カインが叫び声をあげた瞬間、煙幕の中、

7つの口からヘルポイズンブレスが放たれた

背後から熱と猛毒が迫ってくるのを感じた。


「透明で煙幕もあるのに、

 私のほうにブレスを吐いてきやがったっすぅ。」


強力な酸と毒が入り混じった紫色の液体、

触れるものすべてを溶かし、猛毒で蝕むヒュドラ最強の武器、

それがヘルポイズンブレスである。


「後輩ちゃん!このままじゃ直撃しちゃうよぉ

 もっと早く走るんだぁ」

「わかってるっす、先輩!」


私の目の前から先輩の声がハッキリと聞こえる。


あれ?もしかして先輩、

後ろ向きで走りながら、私のほう向いて話してるっすか?

私、いちよう全力疾走してるんっすけど?


必死に答え、全力で走り出すが、どう見ても間に合わない。

ブレスが迫りくる速度に対して、

私の足はあまりにも遅すぎた。


「ひどいっすぅ

 なんでいつも、私ばっか標的にされるんっすかぁ」

「後輩ちゃん!がんば!がんば!」


やっぱり先輩?後ろ向きで走ってるっすよね?

どんだけ余裕なんすか!

私を置いて先に逃げてもいいんっすよ?


頭の中では、疑問がいくつか浮かんでいた。

なぜ私の正確な位置をヒュドラに見破られたのか?

なぜ私だけモンスターに攻撃されやすいのか?


私は異世界に来てから感じるこの不条理に、

どうしようもない不満が込み上げてきた。


私の持つ浄化の力が

裏目に出ていたことなど、知る術もなかった。

そして、ヘルポイズンブレスが私に迫り来る。


そんな中、先輩が信じられない行動をとった。


「先輩いきなり何するんっすかぁ」


ヒュドラの猛毒のブレスが迫る中、

先輩は逃げきれないことを確信すると、

いきなり私を抱え上げたのだ。


「投げにくいから、体を真っすぐにして!」


驚きと混乱の中で、私は先輩の意図が理解できずに戸惑っていた。

なぜ今こんなことをするのか、その疑問が解ける前に、

先輩は私を力強く抱え上げ、そのまま空高く放り投げたのだ。


「とりゃぁぁ

 投げ逃げ!フライングエスケープ」


私は空高く舞い上がり、一瞬でブレスの攻撃範囲から脱出した。

先輩は自分の身を犠牲にしてでも、

私を逃がそうとしてくれたのだ。


「投げ逃げ!フライングエスケープ」とは、


対象を一気に遠くへ投げ飛ばす投擲技である。

通常の逃走手段が通用しない、

絶体絶命の状況で使われる、最後の手段であった。


「先輩ィィ!」


空中で叫びながら、先輩がブレスに直撃する瞬間を目撃した。

まるで、毒の波に攫わるように、

ヘルポイズンブレスに飲み込まれていった。

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