第9話 危険度SSS!? 猛毒の多頭蛇ヴァルガルム!先輩と暁の幻影団 part4
ライラは鑑定結果を確認した瞬間、
表情がこわばった。
その手に握られた用紙を凝視し、
言葉を詰まらせる。
これは、まずい。
彼女は焦りを隠すことなく、
すぐに逃走のための炎魔術の詠唱に入ろうとした。
だが、その時。
「鑑定のスクロールなんてあるんだ!!」
「その紙!見せてっす!!」
バッ!!
私と先輩は、
純粋な興味に突き動かされるまま、
勢いよくライラへと詰め寄った。
ライラが手に持つ用紙を奪うように覗き込み、
スクロールに書かれた鑑定結果に釘付けになる。
その結果、彼女の魔術詠唱は、
完全に妨害され、
失敗に終わった。
「あんたたち、何やってんのよ!!」
ライラの叫びが、頭上に響く。
呆れ果てた表情でこちらを見下ろしていたが、
すぐに冷静に言い放った。
「初めて鑑定を見て興奮する気持ちはわかるけど
今は逃げるのが先決よ
邪魔しないで!!」
「お前ら!スクロール
見てる場合じゃねえぞ!
早く逃げろォ!」
レオナードの怒鳴り声も飛ぶが、
私たちはまったく耳に入れていなかった。
「レオ!!
お前は先に行け。
俺は二人に隠蔽魔術をかけてから撤退する」
初めて見る『鑑定』という魔術の奇跡に、
私たちの好奇心は限界突破。
もはや彼女たちの言葉は聞こえていなかった。
「これが鑑定のスクロールっすか!?
初めて見たっす
見てるだけでワクワクするっすね!!」
「まるでゲームみたい
やっぱり異世界といえば鑑定だよね!!」
驚きの声を漏らしながら、
スクロールに書かれた、
細かい文字を一つ一つ確認していた。
「凄い!相手の才能まで表示されるんだ
数字も高そうにが見えるけど、
どのくらい強いかよくわからないや」
「これでモンスターのステータスがわかるっすね。
どれどれ…ヒュドラのレベル365って、
めちゃくちゃ強いんっすかね?」
しかし、鑑定の結果を見ても、
一般の冒険者の基準が分からず、
ヒュドラの強さがどれほどか掴めない。
「普通の冒険者のレベルとか
能力が分かんないと、
比較できないっすね」
私がぼやくと、
ライラは呆れたような顔をしつつも、
なぜか少しだけ気分が良さそうだった。
この状況にもかかわらず、
二人があまりにも感動しているせいだ。
「あのね!!
鑑定結果なんてあくまで目安なの
信頼しすぎるのは危険よ」
ライラは真剣な表情で忠告してくれた。
だが、その間にも、
仲間たちの焦燥は限界へと達しつつあった。
「ライラ!!
早く詠唱して!!」
切迫した声が響く。
そして、緊迫感ゼロの私たちを前に、
カインの苛立ちはついに限界へ達していた。
「見とる場合かぁぁぁ!!!」
怒号と同時に、バンッ!
カインは勢いよくスクロールを叩き落とした。
バサッ。
紙は地面に舞い落ち、
私たちは呆然とそれを見つめる。
命の危機にも関わらず、
のんびりと鑑定結果を眺める私たちに、
カインの怒りはとうとう爆発してしまったのだ。
カインの叫び声で私たちは我に返る。
その直後にヒュドラの咆哮が響き渡った。
「ナイトヴェール」
カインが即座に隠蔽魔術を発動した。
その瞬間、私の体がふわりと周囲に溶け込む。
「今はそんなことしてる場合じゃないだろ!!
全力で逃げるんだ!!」
「後輩ちゃんが
透明になったぁ!!」
「先輩の姿が見えるっすよ!」
「なんで君だけ透明にならないんだ!?
カインがかけてくれた隠蔽魔術、
ナイトヴェールの透明になる衣。
その効果は絶大で、
本来であれば姿も体温も魔力すらも周囲に溶け込み、
完全に透明になるはずだった。
だが、なぜか先輩の体は魔術を拒絶するかのように、
そのままの姿を保っていた。
「もういいから早く逃げろ!!」
「後輩ちゃん、
カインさんが怒ってるから
早く逃げよう!」
「スクロールに見惚れてる
場合じゃなかったっす!!」
「お前ら!早くこっちにこい!!」
遠くでレオが手を振っている。
彼が逃げる方向を示してくれているのだ。
私たちはレオの方へ駆け出した。
ライラは迷うことなく素早く詠唱し、
逃走のための炎の魔術を用意した。
ヒュドラに直接魔術をぶつけるべきか、
一瞬迷ったが、
太陽の光で輝く緑の鱗ふと目に入った。
嫌な予感が背筋を駆け上がる。
攻撃は避けるべきだ。
そう判断し、
彼女は目の前に炎の壁を作り出すことにした。
「ファイアーウォール」
力強く詠唱を終えた瞬間、
轟音とともに巨大な炎の壁がヒュドラの目前に立ち上がった。
赤い炎が視界を覆い尽くす。
燃え盛る赤とオレンジの炎が激しく揺らめき、
空間を埋め尽くすように熱と光を放つ。
その隙に、
ライラは叫んだ。
「エリス!いつものお願い」
そのの声に呼応するように、
エリスは杖をしっかりと握りしめ、
氷の魔術を発動させた。
「フロストヴェイル」
杖の先から放たれた冷気が一気に広がり、
炎の壁に向かって突き進む。
瞬間、氷と炎が激しくぶつかり合った。
空間を裂くような熱の爆発音。
そして次の瞬間、
大量の水蒸気が発生し、
視界が一瞬で真っ白に染まった。
「さぁ全速力で逃げるわよ!!」
フロストヴェイルは、
冷気をまとった氷の霧を生み出し、
触れたものを凍らせる魔術だ。
杖に込める魔力が強ければ強いほど、
霧の冷気も増し、
勢いを増していく。
だが、今回の目的は凍らせることではない。
炎の壁に冷気をぶつけることで、
氷は瞬時に溶け、水となる。
そして、その水がさらに蒸発し、
大量の水蒸気が発生。その結果、
一瞬で視界を奪う煙幕が形成された。
その結果、
ヒュドラの視界は完全に奪われ、
方向感覚を失い、
その場に動きを止めたように見えた。
「フロストヴェイルの効果が持つ間に、
できるだけ遠くへ!」
エリスが叫びながら、
杖を握る手にさらに魔力を込めた。
冷気が渦を巻くように広がり、
炎の壁で発生した水蒸気を維持する。
白い霧が濃く漂い、
周囲の視界を完全に遮っていた。
彼女たちの連携を見ていると、
この水蒸気煙幕を魔術で作り出すのに
すっかり慣れているようだった。
おそらく、何度も訓練を重ね、
実戦で試してきたのだろう。
「後輩ちゃん
Aランク冒険者の連携はすごいね!!」
「そうっすね!!
煙幕があるうちに
距離を取るっすよ!!」
背後では、ヒュドラの咆哮が響き渡り、
地面すら振動する。
恐ろしいほどの威圧感が肌を刺し、
逃げ遅れれば一瞬で終わると
本能が警鐘を鳴らしていた。
「声のするほうに来い!!」
レオナードが指し示す方向へ、
私は透明なまま疾走する。
「私たちも逃げるわ、
カイン!!
隠蔽スキルをお願い!」
ライラが振り返りながら指示を飛ばす。
「ナイトヴェール」
カインが詠唱を終えると、
透明な魔力の膜が彼らを覆い、
瞬く間に姿をかき消していった。
「今だ! 全員、全力で逃げろ!」
その瞬間、
ヒュドラが再び吠えた。
本来、ヒュドラはただ食べ物を探しに来ただけだったのだ。
腹を空かせ、苛立っていたために、
つい大声を上げてしまったにすぎない。
だが、目の前で炎の壁が立ち上がり、
冷気が襲い、視界が奪われたことで、
ヒュドラは完全に「攻撃された」と判断した。
怒りの咆哮が響く。
その目が、じわりと変色していく。
赤から――紫へ。
瞬間、空気が変わった。
「魔眼」発動。
ヒュドラの視界に、
周囲の魔力の流れが鮮明に映し出される。
煙幕は、もはや障害にはならなかった。
すべての魔力の動きが、
手に取るように見えていると、
視界に不自然に歪んだ空間が浮かび上がった。
目には見えない何かが、
魔力の流れを、
揺らぎ、歪み、乱れさせている。
怒りが頂点に達したヒュドラは、
その歪んだ空間に狙いを定め、
喉奥に膨大な魔力を集めていく。
ブレスの準備だ。
私と先輩はヒュドラの気配を背後に感じつつ、
数メートル横に距離を取りながら、
煙幕に隠れつつ全力で走り続けていた。
だが、カインの緊迫した叫びが響く。
「ブレスが来るぞ!!
注意しろ!!」
その言葉と同時に、
ヒュドラの七つの口が大きく開き、
煙幕の中から凄まじい勢いで猛毒のブレスが放たれた。
紫色の液体が、
弧を描くように宙を舞い、
まっすぐこちらへと迫る。
狙われたのは、後輩ちゃん。
浄化能力が原因で、空間が歪み、
魔力の流れが乱れていた。
ヒュドラはそこに「異質な何か」を感じ取り、
本能的に攻撃を仕掛けてきたのだ。
「姿を消して
煙幕もあるのに!!
私のほうにブレスを吐いてきやがったっす!!」
それは単なる毒ではなかった。
強力な酸と猛毒が入り混じり、
触れたものを瞬く間に腐食させ、溶かし尽くす。
ヒュドラ最強の技、
『ヘルポイズンブレス』。
これを食らえば、
どんな防御も無意味だ。
そして今、その猛毒の奔流が、
私たちへと迫っていた。
「後輩ちゃん!!
このままじゃ直撃しちゃうよぉ
もっと早く走るんだぁ!!」
先輩の叫びが耳に飛び込んでくる。
「わかってるっす、先輩!!」
全力で走っているのに、
ブレスの追撃が早すぎる。
焦りが膝を重くし、
息が詰まるような恐怖が背中を押していた。
その瞬間、先輩が私の前に回り込み、
まさかの行動に出た。
応援開始だ。
「後輩ちゃん! がんば! がんば!!」
しかも、なぜか後ろ向きで走りながら、
満面の笑みで私に向かって声援を送ってくる。
「え? 私、全力疾走してるんですけど?
先輩! どんだけ余裕なんですか!?
もう、先に逃げてもいいんですよ!?」
冗談を言っている暇などない。
ヒュドラのブレスが確実に距離を詰め、
熱を帯びた毒の奔流が背中に迫る。
ヤバい、間に合わない。
私の足が遅すぎる。
「後輩ちゃんを見捨ててなんていけないよ!!」
まるでドラマのヒーローのようなことを言いながら、
先輩は後ろ向きのまま走り続ける。
その姿に、余裕の違いを見せつけられ、
思わず天を仰ぎたくなった。
なんで私の位置が分かったのだろう。
なぜ、私ばかりモンスターに真っ先に襲われるんだ。
頭の中で疑問がぐるぐると回る。
異世界に来てから感じ続けてきた、
この不条理。
どうしようもない不満が、
胸の奥から込み上げてくる。
「ひどいっす!!
なんで私ばっかり狙われるんすか!!」
だが、自分の『浄化の力』が
ヒュドラを引き寄せていることなんて、
後輩ちゃんは知るよしもなかった。
そして今、その無自覚な力のせいで、
ヘルポイズンブレスが彼女を狙い撃ちにされていた。
「もうダメっす!!
走れないっす!!」
紫色の猛毒の奔流が、
まるで悪意を持つ生き物のようにうねりながら迫る。
もう間に合わない。
そんな絶望的な状況の中、
先輩が突然、信じられない行動に出た。
「先輩いきなり何するんっすかぁ!?」
次の瞬間、
私は宙に浮いていた。
ヒュドラの猛毒ブレスが背後から迫る中、
先輩は逃げ切れないことを確信すると、
いきなり私を抱え上げたのだ。
「投げにくいから
体を真っすぐにして!」
「え、投げにくい??」
違和感を覚えたのも束の間、
先輩は私の体を高々と持ち上げ、
何が起こるのか理解する間もなく。
「とりゃぁぁぁ!!」
先輩は私を力任せに空へ放り投げたのだ。
ぶんっっっっ!!!!
視界が一瞬で反転し、
体が宙を舞う。
気づけば私は空中に放り出され、
猛毒ブレスの攻撃範囲を脱出した。
先輩の狙いはただひとつ。
私を逃がすこと。
そのために、自分を犠牲にする覚悟だった。
「先輩ぃぃぃ!!」
空中で叫びつつ、下を見ると、
ブレスが私のいた場所を直撃。
先輩がヘルポイズンブレスに飲み込まれていった。
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