第8話 危険度SSS!? 猛毒の多頭蛇ヴァルガルム!先輩と暁の幻影団 part3
足元の大地が微かに震え、
周囲の木々がざわめきを増す。
枝葉が擦れ合い、不穏な空気が辺りを包み込む。
そして――。
木々の隙間から、
巨大な蛇の頭がゆっくりと姿を現した。
それは話に聞いていた多頭蛇ヒュドラだ。
七つの首がそれぞれ自由に動き、
獲物を狙うように不気味に蠢く。
その姿は、まさにギリシャ神話に登場する怪物そのものだった。
ギィ……ギィ……。
鋼鉄のような門歯が上下に並び、
擦り合うたびに耳を裂くような音を響かせる。
翡翠色の鱗が全身を覆い、
太陽の光を反射して鈍く輝く。
まるで緑の鎧をまとった巨体が、
木々の間を悠然と進み、
私たちが焚火をしていた空き地へと姿を現した。
ついに、その全貌が露わになった。
その瞬間、私は思った。
「あれ? 思ってたより、
顔が怖くないっすね」
じっくりとその姿を観察すると、
想像していた恐ろしい怪物とは違っていた。
鋭い牙、うねる七つの首、翡翠色の鱗、
見た目は完璧にモンスター。
なのに、その表情は、
近所の親切なお姉さんのような
優しい雰囲気をまとっていた。
獰猛な狂気も、
獲物を狙う獣の鋭さもない。
むしろ、近所の優しいお姉さんのような、
どこか穏やかで落ち着いた雰囲気をまとっていた。
大きな瞳には、深い悲しみの色が宿っているようにも見える。
「後輩ちゃん!!
ヤマタノオロチだぁ!!」
先輩が興奮して指を差した。
しかし、頭の数を数えれば、
それが違うことは明白だった。
「先輩!!
頭が7つしかないっすから
あれはヒュドラっすよぉ」
「え!?
じゃあヤマタノオロチマイナスワンだね!?」
「そんな分類ないっす!!」
訂正しながらも、
私はごくりと息を呑む。
「先輩! 早く逃げようっす!」
恐怖に駆られ、私は叫んだ。
しかし、先輩も、暁の幻影団のメンバーも、
その場から動こうとしなかった。
皆がじっとヒュドラを見つめる。
「なんか……
襲ってくる感じじゃないな」
七つの頭、十四の目玉。
だが、それらは私たちを睨んでいるわけではなく、
別のものに釘付けになっていた。
焚火の周りに散らばるモモナップルの皮だ。
先輩がぽつりと呟く。
「鼻をヒクヒクさせながら
焚火のほう、見てるね…」
「もしかして、モモナップルの匂いを
嗅ぎつけてここまで来たんっすかね?」
ヒュドラが焚火に現れた理由、
それはモモナップルの甘い香りに
引き寄せられたからだろう。
あの果物はヒュドラにとって
栄養満点のご馳走らしい。
私たちがのんびりと観察していると、
いきなりヒュドラが
天地を揺るがすような咆哮を上げた。
「ギシャャャ!」
「なんか目の色が緑から
赤に変化したっす」
その瞳が突如として変化した理由はただ一つ、
奪われた食べ物への怒りだ。
よくも食べ物を横取りしたな。
そう言わんばかりの殺気が辺りに満ちる。
ニャンタが苦笑いを浮かべながら呟いた。
「おいおい、あの蛇
俺たちとバーベキューしたいんじゃないか?
でも、焼きたいのは俺たちかもな」
「ニャンタさん!
今はブラックなジョーク
言ってる場合じゃないっす」
「ねえ後輩ちゃん
あのドラゴンの歯、横並びが奇麗だね!
噛まれても痛くなさそう」
「先輩、痛いとか痛くない以前に、
あんな大きい歯で
噛まれたら死ぬっすよ?」
そんな呑気なやり取りをしている場合ではなかった。
目の前で、暁の幻影団リーダー・カインが叫ぶ。
その声には戦う意思が込められていた。
「ライラ、鑑定だ!
もしかしたら
勝てる相手かもしれん。頼む!」
カインの言葉を耳にした瞬間、
私と先輩はハッとして互いに顔を見合わせた。
「鑑定!?
今、鑑定って言ったっすか?」
「ステータス画面じゃなくて
鑑定パターンだったんだね!!」
カインの口から出た「鑑定」のワードに、
私と先輩の興味は一気に膨れ上がる。
「どうやって鑑定するんっすかね?」
「呪文とか唱えるのかな!?」
二人でコソコソと囁き合いながら、
ライラに興味津々で視線を向けた。
そんな私たちの前で、
彼女は無言で黒いフードを外すと、
長い深紅のウェーブヘアがさらりと広がった。
前髪はわずかに青い瞳にかかり、
その鋭い眼差しは、
彼女の並外れた知性と冷静さを感じさせる。
青いローブを身に着けており
首にはマジックアイテムを思わせる
蒼い宝石のペンダントを身に着けていた。
ライラ・スカーレットは、
炎の魔術を自在に操る、
天才的な魔導士であった。
「エリス、念のため、
いつもの氷の魔法を、
杖にセットしておいてくれる?」
「了解、すぐに準備するわ」
杖には、魔術を一つ貯める仕組みがあるらしい。
この詠唱技術により、戦闘や緊急時でも、
即座に魔術を発動できるようだ。
「杖に魔術をセット
できるみたいっすね」
「後輩ちゃん!
魔術ってやっぱり
詠唱するのかな?」
エリスが黒装束を外すと、
黒いロングヘアーがさらりと流れた。
緑色の瞳がひときわ目を引き、
左側にだけ結ばれた緑のリボンが、
彼女の個性を強調している。
緑の上着に軽い茶色のレザーアーマーをまとい、
背中には矢筒と弓を背負っている。
片手には杖がしっかりと握られていた。
エリス・ナイティングは、
魔術も使える弓使いだった。
「鑑定結果によっちゃあ
リアの仇がとれるかもな」
「レオ!勝手にリアを殺さないでよ!」
「まだリアが死んだと
決まったわけじゃないわ」
昨夜、暗闇に突然現れたヒュドラ。
どうにか生き延びたものの、
仲間のリアは行方不明。
彼女の名が頭をよぎり、
心に重く響く。
昨夜、暗闇に突然現れたヒュドラ。
どうにか生き延びることはできたが、
仲間のリアは行方不明のままだった。
彼らも夜目が効くスキルを駆使していたが、
あの時はそんな余裕など微塵もなかった。
ヒュドラを鑑定する間もなく、
ただひたすらに逃げることしかできなかったのだ。
「鑑定ってスキルや
攻撃力とか見えるのかな!?」
「かもしれないっす!
見かけ倒しの可能性もあるんで、
確認したいんじゃないっすか?」
自然界では、
派手な見た目の生物ほど、
実際はそれほど強くないことがある。
カラフルな体色や
毒の存在によって捕食者を遠ざける戦略だ。
ヒュドラもその一例かもしれない。
カインは鑑定スキルを使って、
モンスターの実力を確認し、
幻影団だけで勝てるか見極めたかったのだろう。
「資料には劇毒と再生能力を持つと
記載があったがどうなんだろうな」
最後にレオがフードを外す。
短くカットされた金髪は、先端が尖り、
荒っぽい性格を表しているかのようだ。
彼の手に握られた大剣は、
華美な装飾を排除し、
実戦向けの無骨な作りだ。
スリーブレスの革鎧は、
動きを制限せず、
戦士としての敏捷さを重視したものだろう。
彼の名はアーク・レオナード。
元王国騎士で、
近接戦闘のプロフェッショナルだった。
「なぜだか知らないが、
奴が焚火から目を離さない
ライラ、鑑定するなら今だ」
「了解!!
準備します!!」
彼女の指が震えていた。
慎重にバッグの中から一枚のスクロールを取り出す。
それは『鑑定のスクロール』、
未知のモンスターやアイテムの詳細を瞬時に解析できる、
ライラにとって貴重なマジックアイテムだ。
スクロールは上質な羊皮紙で作られており、
古びたクリーム色に金色の縁取りが施されている。
指先でなぞれば、滑らかな質感が心地よい。
だが、今の彼女には、
その高級感を楽しむ余裕はなかった。
ライラは目の前のヒュドラをじっと見据え、
数秒の間、静かに詠唱を終えると、
彼女は低く一言だけ呟いた。
「アナライズ」
低く、確かに呟いた。
瞬間、スクロール全体が青白い光に包まれる。
まるで見えないペンが走るかのように、
鑑定結果が用紙に刻まれ、
文字として浮かび上がる。
魔術の輝きが消え去ったとき、
そこにはヒュドラの詳細が記されていた。
ライラは文字を慎重に読み取る。
全員が固唾を飲み、
その口元に注目する。
エメラルド・ヒュドラ[特異個体]
レベル: 365/999
HP: 300,000
攻撃力: 7,500
防御力: 5,000
魔力: 4,800
状態異常耐性
毒: 無効 睡眠: 50% 麻痺: 無効
石化:無効 カース:無効 即死: 無効
属性耐性
火: 80% 水: 無効 風: 60% 雷 0%
土: 100% 氷: 100% 光: 80% 闇 100%
タレントアビリティ(才能)
劇毒生成 (デッドリー・ヴェノム・クリエーション): S
超再生 (アルティメット・リージェネレーション): S
魔眼の支配(ドミニオン・オブ・マリグナント・アイ): S
翡翠反響 (エメラルド・リバーブ) : S
ライラの顔が青ざめ、
絶望のあまり涙が溢れ出た。
悲鳴混じりの声で叫ぶ。
「レベル365…
最上級の再生と魔眼を持っています!!」
「ちょ、ちょっと待て!
レベル365って……」
その数字に一同が凍りついた。
暁の幻影団の顔色が変わる。
「ば、化け物だぁぁ!
人間の勝てる相手じゃねぇぇ」
「やばいぞ!すぐに逃げろ!」
カインは瞬時に指示を飛ばす。
勇者や英雄と呼ばれる者ですら、
レベル70に達するのが精一杯なのだ。
それを遥かに超える、
ヒュドラの圧倒的な能力値が、
彼らを震え上がらせた。
カインは、Sランク冒険者が何人集まれば
あのヒュドラに勝てるのかと考えたが、
その答えを見つける時間はなかった。
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