第4話 先輩は異世界でスライムを飼いたいそうです!part4

先輩は地面に散らばった、

ポータルチェストの破片を慌てて探し集め、

一つひとつ拾い上げて組み立てを始めた。


そして、数分が経過し、

やがて最後のパーツをはめ込むと、

安堵の笑みを浮かべた。


「やった…完成だ…!」


復元されたチェストを見つめながら、

先輩は満足そうに頷き、

誇らしげに眺めていた。


だが、接着されておらず

表面には無数のヒビが走り、

不安定でぐらついている。


木製なので二度と復元するのは、

ほぼ不可能なのだ。


「先輩、チェストは木製っすから

 接着剤もないのに、

 復元は難しいと思うっすよ?」


私は大木の根元で仰向けに寝転びながら、

先輩に声をかけた瞬間、

森の中で突如として突風が巻き起こった。


木々が激しく揺れ、枝葉が空へと舞う。

風はまるでチェストを狙うかのように、

強烈に吹き付けてきた。


その結果、チェストは一瞬で崩れ去り、

再びバラバラになってしまった。


先輩は、しばらくその場に立ち尽くしていたが、

やがて両手のひらを肩の位置まで上げて、

お手上げのポーズをとった。


「だめだこりゃ」

「なんかお腹減ってきたっすね」


元の世界に帰れなくったと思うと、

お腹がぐうぐうと鳴り始めた。


ふと顔を上げて空を見たとき、

大木の枝からいくつもの奇妙な実が、

垂れ下がっているのが見えた。


「なんすか、あれ…?」


その実は、桃のように滑らかな皮に、

パイナップルのような、

小さな突起がまばらに散らばっていた。


形状は楕円形で丸みがあり、

淡いピンクと黄色が混ざり合った色で、

太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。


「先輩!あそこ見てほしいっす!

 この木の枝に変な実が、

 ぶら下がってるっす!」


私が指さした方を、

先輩が興味深そうに見上げた。


「あっ本当だ!

 あんな変な形の実、

 見たことないよ!」


その果物のサイズは、

手のひらに収まる程度の大きさで、

桃とパイナップルを混ぜたような外見であった。


「後輩ちゃん、

 見た目が桃とパイナップルに似てるから

 この果物をモモナップルと呼ぼう」


先輩は昔から、

変な名前を考えるのが好きなのであった。


「見たところ、

 まだ熟してないっすけど、

 食べられないことはないっすよ!」


「じゃあ、私が木に登るから、

 落としたらキャッチしてね!」


先輩は大木の幹に手をかけ、

軽々とバランスを取りながら、

猿のようにすばやく登り始めた。


低い枝をつかんで体を持ち上げ、

次に足を置く場所を探しながら、

一歩ずつ確実に登っていく。


「先輩、大丈夫っすか?」

「これくらい平気だよ!」


そう元気に答えながら、

さらに高い位置まで登り、

モモナップルをもぎ取るために手を伸ばす。


ところが、先輩は果物を握りしめて、

力いっぱい引っ張り始めたのだ。


「後輩ちゃん!

 枝がゆさゆさ動くだけで、

 モモナップルが取れないよぉ」


「先輩、果物を取るときは、

 根元を優しくつかんで、

 左右に軽くひねると簡単に取れるっすよ!」


私のアドバイスに従い、

果物の根元をそっと持って、左右に軽くひねった。

すると、簡単に枝から外れた。


「わぁ凄い!

 簡単に取れたよ!

 試しに食べてみるね」


「毒はないと思うっすけど

 念のため匂いを

 嗅いでみてほしいっす」


これは異世界で初めての食事だ。

先輩はにっこり笑いながら、

慎重に皮を剥いていった。


果実が姿を現すと、

甘い香りが一気に広がり、

辺りに漂い始めた。


「いい香りっすね

 ここまで甘い匂いが

 漂ってきてるっす」


「これは美味しそうだね

 いただきます!」


先輩が果肉をかじると、

果汁が口いっぱいに広がった。


桃の柔らかな甘さと、パイナップルの

爽やかな酸味が絶妙に混ざり合い、

口の中でとろけるような食感だった。


「後輩ちゃん!

 甘くてジューシーだよぉ

 モモナップル美味しいよぉ」


「先輩だけずるいっす

 私にも寄こせっす」


先輩が美味しそうに食べている様子をみて、

私も食べたくなったのだ、

つい少し強い口調で言ってしまった。


「ごめん ごめん 

 今から落とすね」


私は落ちてきたモモナップルをキャッチすると、

すぐに皮をむき始めた。

なんだか思ったより柔らかかった。


そして、一口かじると、

その甘さに驚いた。


「うわぁ、これ、

 本当においしいっす!」


こんなに美味しい果物、食べたことない。

私は頷きながら、

モモナップルを夢中で食べ続けた。


「うまいっす、

 うまいっすぅ」


「たくさん収穫しとこう

 私が落とすからキャッチしてね」


先輩はモモナップルを、

木からどんどん取って落としていく。

私は両手を広げて、その実をキャッチした。


「はい、先輩!、

 ちゃんとキャッチしたっす!」

「いい感じだね、次も行くよ!」


両手いっぱいに果実が山のように積み上がり、

その重量を感じながら、

私は満足げに笑顔を浮かべた。


「キィィィッ!」


突然、森の奥から鋭い鳴き声が響いた。

鳥のような羽を持つ赤いリスの群れが、

熟れる前の実を見回るためにやってきたのだ。


彼らは実を奪われたことに、

激怒しているように見える。


30匹ほどの群れが、鮮やかな羽を輝かせ、

鋭い牙と爪をむき出しにして、

先輩に向かって一斉に飛びかかってきた。


「うわっ、こいつら、

 モモナップルを狙ってるんだぁ

 これは私のもんだ、一つもやるもんかぁ」


先輩?モモナップルは、

私たちのモノっすからね?

まさか独り占めするつもりじゃないっすよね?


先輩が鳥リスに囲まれている様子を、

私は地面でただ見ているしかなかった。

視界は鳥リスでいっぱいだ。


「目の前が鳥リスだらけっすぅ」


「後輩ちゃん、先に逃げてぇ

 収穫したモモナップルを守るんだぁ!」


鳥リスに襲われながらも、

素早く枝からモモナップルを

次々と引きちぎっていた。


「いいから早く逃げろっす」

「あと1個、

 あと1個だけ獲るんだぁ」


日光がよく当たる枝に、

一つだけ熟した実がなっていた。


果実は太陽の光を浴びて成熟し、

光合成が進むことで、

果肉に糖分が蓄積されるのだ


「これが一番、

 食べたら美味しそうなんだぁ」


熟したモモナップルは他の実よりも柔らかい。

先輩は急いで手を伸ばしたが、

焦っていたせいで実を落としてしまった。


実は空中を舞い、

後輩ちゃんの頭上にまっすぐ落ちてきた。


「えっ、何が…?」


モモナップルが私の頭に当たると、

実が割れて果汁が体中に飛び散り、

全身が甘い香りで包まれた。


「うわっ!…!」


その香りに気づいた鳥リスたちが、

モモナップルの甘い匂いに引き寄せられて、

一斉にこちらへ向かってきた。


「なんてこったっす!

 ベタベタっすよぉ」


「後輩ちゃん、

 逃げるんだぁ

 そっちに向かってるよぉ」


鳥リスたちは、私がモモナップルの果汁で

ベタベタに濡れているのを見て、

私を巨大なモモナップルと勘違いしているようだ。


「うわぁぁ

 群れがやってくるっすぅ」


女の子とは思えない絶叫が響き、

驚いた私は手に持っていたモモナップルを

全部地面に落としてしまった。


「なんで私ばっか

 こんな目に遭うんっすかぁ」


その赤い目をしたリスたちは、

私に向かって一斉に飛行して突進してくる。

恐怖で顔を真っ青、震えながら全力で走り出した。


逃げる先はただ一つ

ニャンタがいた空き地だ。


「ニャンタさん!

 助けてっすぅ!」


叫びながら森の中を駆け抜け、

枝や葉っぱが顔や服に引っかかるのも気にせず、

ひたすら前へと進んだ。


追いつかれまいと、

木々の間を何度もすり抜けても、

鳥リスの追跡は止まらない。


「ニャンタさん!

 どこっすかぁ!?」


私の心臓はバクバクと音を立てる。

声が震え、全身に冷や汗が滲んだ。


すると数匹の鳥リスたちがローブに張り付き。

小さな爪と牙が私に襲い掛かる。

そして、果肉を齧ろうと噛みついてくる。


「うおぉぉ!

 こいつら噛みついてきたっすぅ!」


全速力で駆け抜けたが、息が上がり、

足が重くなってきた。

これ以上は走れないと、体が悲鳴を上げた。


「なんか私、

 異世界に来てから

 走ってばっかっすぅ!」


スタミナが切れかけて弱気になっていると、

突然、目の前にニャンタさんが現れた。


「おい!炊飯器!

 今日の昼飯はリスか?

 かなり賑やかなメニューだな!」


いきなり、

ブラックな冗談を飛ばしてきやがったっす。


私はニャンタさんの冗談で気が抜けた。

走る体力が底をつき。

その場に崩れ落ち、地面に座り込んだ。


「そんなこと言ってないで、

 助けてっす!」


動きが止まった私に、

どんどん鳥リスの群れが、張り付いていく、

全身が奴らで埋め尽くされる、


「炊飯器!そいつら飼うのか?

 餌やりが大変そうだな。」


「リスの餌は私の血と肉っすか…

 勘弁してほしいっす…!」


鳥リスの数が多すぎて手に負えない。

私の髪の中に入り込んだり、

服の中に忍び込んだりしてきた。


「もう無理…

 誰か助けてっす…」


私は弱々しく呟き、

涙が目に浮かんだ。


「プルル出番だ!」

「プッ」

 

プルルは青紫な透明な体を広げ、

私を包み込みこんだ。


プルルが私の全身を覆い始めると、

ローブに張り付いていた鳥リスたちは

どんどん粘着質の体に絡め取られていった。


「ぎゃぁぁぁ

 今度はスライムに食べら・・・。

 ブクブクブク」


(息ができないっすぅぅ)


「おいプルル、炊飯器にはお前と違って

 呼吸が必要なんだよ。

 口を塞いだらダメだろ!」


スライムは私の口だけ、

覆うのをやめてくれた。


なんでスライムがニャンタの言うことを

聞くのかは謎だったが、

今はそんなことはどうでもよかった。


「体が炭酸水に浸かってるみたいで

 シュワシュワするっすよぉ」


「安心しろ炊飯器!

 そのローブ着てりゃ死ぬことない

 そのままプルルに食われてろ」


鳥リスたちは、抵抗しようとしたが、

プルルの吸着力には勝てなかったようで、

次々と吸収されていった。


果汁も鳥リスもすべて吸い取られると、

プルルは再び元のサイズに戻り、

私のローブにぴったりと貼り付いた。


「ニャンタさんスライムがローブに

 張り付いてるっすぅ!

 剥がしてほしいっす」


「命の恩人に対して失礼だろ!

 プルルはお前の用心棒なるんだ

 長ーい付き合いになるから仲良くしろ!」


それマジっすか?

と私は驚いた顔になったが、

すぐに嫌そうな表情に変わる。


「ええっ…

 そんなの嫌っす…」


しかし、ニャンタは笑って肩をすくめた。


「でもプルルに

 助けてもらえただろ?」


なんか説得してきやがったっす。

私はしばらく考え込んでから、

ため息をついた。


「まあ…確かに

 助かったっすけど…」


「ププッ(ねぇねぇ)」


鳴き声が聞こえたので振り向くと、

スライムがローブに張り付きながら、

仲間になりたそうにこちらを見ていた。


「プーププ?(僕の巣にしてもいい?)」


うるうるとした大きな目で、

何かを期待するように、

私をじっと見上げてきた。


「わかったす!

 プルルこれからよろしくっす!

 でも、ファイアーボールは勘弁っすよ?」


「ププ(やった!)」


プルルは喜んで体を変形させていた。

まあ、守ってくれたのは事実だし、

ニャンタが言うなら安全なんだろう。


「これにて一件落着だな

 プルル、炊飯器を守れよ!」

「プ!(了解)」


「結局、プルルを飼うことになったっす…

 また私の面倒見るものが増えたっすね…」


こうして、私を焼こうと襲ってきた、

スライムのプルルが、

専属の用心棒として仲間に加わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る