第3話 先輩は異世界でスライムを飼いたいそうです!part3

スライムの巨大なファイアーボールが、

猛烈なスピードで、

私に向かって迫ってきた。


私は地面に伏せたまま、

体が恐怖で動かなくなり、

背中に火の熱さが迫ってくるのを感じていた。


私の心臓は、

爆発しそうなほどドキドキ音を鳴らし、

顔は鼻水と涙でぐしゃぐしゃであった。


「ヤバいっすぅぅ!」

 誰か助けてっすぅぅ」 


「後輩ちゃん、

 大ピンチ!

 今助けるよ!」


先輩は近くのポータルチェストに駆け寄り、

勢いよく右足を振りかぶると、

全力で蹴り飛ばしたのだ


「ドリャァァァ」


チェストは空中を飛び、

ファイアーボールの進路上に、

見事に投げ込まれた。


炎の球がチェストと衝突すると、

ポータルが瞬時に反応してスライムの炎を吸い込み、

巨大な火球は一瞬で消えてなくなった。


「うまくいった

 どんなもんだい!」


しかし、喜びも束の間、蹴りが強すぎて、

チェストは遠くの大木に勢いよく激突し、

粉々に砕け散った。


「ぎゃぁ!ポータルチェストが壊れちゃったぁ」

「プププ(渾身の火球が消されたぁ!)」

「先輩!助かったっすぅ」


先輩は慌てふためき、

スライムは絶叫し、

私は安堵の声を上げた。


後輩ちゃんは気が動転してたのか

チェストが壊れたことに

まだ、気が付いていないなかった。


先輩は壊れたチェストが見えないように、

さりげなく大の字になって体を広げ、

心配そうに声をかけた。


「後輩ちゃん、大丈夫?」


「今の見たっすか先輩

 これがスライムの本性っすよぉぉ

 魔物を飼うなんて無理無理むりっすぅぅ!」


私のスライムへの不信感が、

大爆発した瞬間であった。


「それで、スライムは今どこっすか?

 また襲われるのはゴメンっすよぉ…」

「プルルなら、どっかに逃げちゃった」


先輩は残念そうに呟いていたが

人間を襲う魔物を飼うなんて無理なのだ

野生のライオン飼いたいといってるようなもんっす


私はもう家に帰って、

シャワーを浴びて、

ベッドでゆっくり休みたくなった。


「先輩、もう家に帰りたいっす

 ポータルチェストどこっすか?

 異世界なんて危険すぎるっすよぉ」


「あっちに、あるよ!」


先輩は平然とした態度で、

まるで何事もなかったかのように、

チェストの方向を指さし、歩き始めた。


「早く家に帰るっす

 異世界は危険っす」


先輩の後を追って辿り着いた場所で、

目に飛び込んできたのは、

無惨に壊れたチェストが転がる光景だった。


「チェスト…?」


先輩は座ったまま、

壊れたポータルチェストを両手で高く掲げ、

誇らしげに見せびらかした。


「ジャジャーン!

 壊れたチェストだよ!


私はその場で驚いた表情のまま固まってしまった。

口は開いたままで、言葉を失っていた。

そして、はかすれた声で言った。


私はその場で固まってしまった。

口を開けたまま言葉を失い、

やっとの思いで、かすれた声を絞り出す。


「え、え、先輩…これは…

 壊れてるじゃないっすかぁ!」


「異世界も住めば都、

 なんとかなるさ!」


先輩は楽観的な言葉を投げかけたが、

私はもう限界で、

抑えきれない叫び声を上げた


「嫌っすぅ!

 家に帰りたいっすぅ!」


本日、何度目になるか分からない私の絶叫が

森に響き渡ったのであった。


そのころスライムは、

ファイアーボールがあっさりと

消されたわかると逃げ出していた。


ファイアーボールが消されたのを

目撃したスライムは、

こっそりと退散していた。


しかし素早く動けないため、

空き地近くの茂みに隠れ、

じっと次の行動を考えていた。


「プッププー

 (食べれないなら、違うご飯探そ!)」


そんなとき、

背後から低く唸るような声が聞こえてきた。


スライムが声のする方向に振り返ると、

そこには信じられないほどの、

巨大な狼が立ちはだかっていた。


目が左右で合計6つあり、

それぞれが赤、青、緑、黄色、紫、白の色で、

不気味に輝いている。


その暗灰色から黒色にかけての厚い毛並みは、

光を呑み込むかのように吸収し蠢いていた。

まるで闇そのものが形を成したかのようだ。


「プギャー(なんだこいつ、ヤバすぎる!)」


シェスラオプトラス・ウルフ

その名を聞いただけで、

この森の生物は恐怖に震える。


6つの目を持つこの狼は、

どの方向にも隙がなく、

何者もその視界から逃れることはできない。


さらに、それぞれの目には特別な能力が宿っており、

隠れている敵や魔法の擬態も

すべて見破ることができるという。


この森では縄張り争いが絶えず、

モンスターの勢力図が日々変わる。

そして彼のはまさに自然界の頂点捕食者の一角であった。


スライムはこの狼には勝ち目がないと瞬時に理解した。

逃げないと食べられてしまう、

このままでは終わりだと感じた。


そのとき、聞き覚えのある

ガラの悪い声が聞こえた。


「おい!お前何やってんだ

 ウチの炊飯器、ファイアーボールで

 燃やそうとしてんじゃねぇよ」


二足歩行で立ち上がったニャンタだった。

腕を組み、スライムに対して、

厳しい猫相を見せている。


「ププップ(よし、コイツを囮にして逃げよう…)」

「美味しそうな猫もいるじゃねぇか。

 ついでに食っとくか…」


シェスラオプトラス・ウルフは大きな口を開け、

ニャンタに向かって、

ものすごいスピードで襲いかかってきた。


牙が光り、風を切る音が響く。


「うるせぇ!

 今、スライムと話してんだよ!」


その言葉と同時に、ニャンタの前脚が空中を一閃。

見えない力が巨大な狼を切り裂き、

その体はあっという間に3等分に分断された。


混乱した様子で、

シェスラオプトラス・ウルフは声を上げた。


「な、何が起こった!?

 なぜ体が動かないんだ?

 何をしたんだ?」


「プ?プププ(え?嘘でしょ?)」


狼は目の前で起こったことに完全に混乱し、

絶望に打ちひしがれていた。


自分よりもはるかに小さな猫に、

ほんの一瞬で体をバラバラにされたのだ。


しかし、奇妙なことに、

狼はまだ体が繋がっている感覚を失っていなかった。

それが何を意味するのか、狼はすぐに理解した。


すべてはこの猫、ニャンタの気まぐれにかかっており、

彼の一言で命が終わるかもしれないという恐怖が、

狼の心を締め付けていた。


「いいか、よく聞け。

 俺は家族と一緒に異世界旅行に来ただけだ。

 お前をどうこうしようって気はねぇ」


そしてニャンタは体中から、

まるで魔王のような圧倒的な覇気を放ち始め、

威圧的な殺気を送りつけた。


「だが、邪魔をするなら話は別だ」


そして、相手の魂を射抜くかのように睨みつけ、

静かに言い放った。


「失せろ」


その言葉が発せられた瞬間、

ニャンタは狼の体を元通りに戻した。


狼はその気迫に圧倒され、

恐怖に震えながらも逃げるように大きな声で鳴き叫び、

全力で森の中へと駆け込んでいった。


「キャオーン(すいませんっしたぁ)」

「まったく、犬ってのはどうしようもねぇな」


ニャンタは狼が逃げ去るのを見届けると、

すぐに首を180度回転させ、

スライムの方に向き直り、じっと鋭い目で睨みつけた。


「ところでお前!

 なんで炊飯器を襲ったんだ?」


スライムはあまりの出来事の連続で、

体がすくんで動けなくなっていた。


目の前の猫がただ者ではないと直感し、

逃げても無駄だということを本能で理解していた。


「ププゥ(えっと、そのぉ)」


縮こまったスライムは、

体の青色が消え、

透明な姿になって震えていた。


逃げたいという一心が、

スライムを透明にさせてしまったのだ。


「ププップププ

 (お腹が空いて、つい襲っちゃいました)」


ニャンタはため息をつき、

少し柔らかい声で言った。


「なんでクルミじゃなく

 炊飯器を狙ったんだ?」


「プーププ

 (あいつ弱そうだから、狙った)」


絶対にコイツには勝てない。

生まれたての赤ちゃんが、神話に登場するような

伝説のドラゴンに挑むほど無謀な事だ。


相手の気まぐれで殺されるほどの、

力の差を感じたスライムは、

正直に全てを話した。


「ちょっとこっちに来い」


スライムは抵抗することなく、

おどおどしながら、

ニャンタの後ろをついていった。


しばらく進むと、巨大な大木が視界に入った。

その根元には、さっき襲った人間がいて、

壊れた箱の破片が周囲に散乱していた。


「あれを見ろ、ポータルチェストが

 壊れちまったじゃねぇか

 どうしてくれるんだ?」


「ププップ

(それ僕のせいじゃない!)」


スライムは恐怖に震え、怯えた声で訴えた。

チェストを壊したのは先輩だが、

その原因を作ったのは確かにスライムだった。


「これ作るの、

 大変だったんだけどな!」


そんな怖がってる仕草を見て、

ニャンタは両手で頬を抑えながら

調子に乗った口調でわざとらしく言い放った。


「それに、あれ見てみろよ!

 あーあ可哀そうに、

 炊飯器が現実逃避してら」


大木の根元で後輩ちゃんは、

壊れたポータルチェストのそばに横たわり、

「あー、うー」と唸りつつ、地面を転がり回っていた。


なんとも個性的な現実逃避である。


「チェストが…壊れた…

 これで…もう家に帰れないのか…

 きっとこれは夢に違いない」


「そういえば、お前、

 お腹が減ってたって言ってたな」


スライムは涙を浮かべ

小さな声で答えた。


「ププップ?

(もしかしてご飯くれるの?)」


ニャンタは後輩ちゃんの様子を見て、

再びスライムに向き直った。


「お前、炊飯器を守る

 用心棒にならないか?」


スライムは驚きと共に、

少し不安そうな表情を見せた。


「ププップ?

 (用心棒…僕が…? なんで?)」


「おまえらの種族は強い

 だが、素早く動くのが苦手だろう?」


「プププ

(うん…僕、速く動けない)」


実は、スライムの種族は、

待ち伏せ型の狩りが得意ではあるが

獲物を追いかけるのが苦手なのである。


「炊飯器のローブに張り付いて、

 襲ってくる奴を逆に襲うんだ」


「プープププ?

 (彼女のローブを僕の巣にしてもいいの?)」


大抵のスライムの巣は、

ジメジメした洞窟の天井であったり

湿地帯や森の日が当たらない水場に生息している。


スライムの体はゼリー状であるため、

筋肉や骨を持つ生物のように滑らかに動けず、

長い距離を移動するのが難しい。


スライムの狩りの成功率というのは、

環境が9割影響しているといっても

過言ではないのだ。


「炊飯器は独特の臭いを放つし、

 アイツは弱いから魔物の格好のエサだ。

 お前がローブに張り付けば、


 まさにモンスターホイホイだ!」


後輩ちゃんの臭いとは浄化能力である。

強みと弱みは表裏一体、

彼女は意図せずに魔物を引き寄せる体質なのであった。


「しかも、あの浄化の臭い消しのせいで、

 魔物の縄張りのマーキングが消えるからな

 怒り狂って襲いかかってくるのは目に見えている」


「浄化の臭い消しで

 魔物のマーキングが消えるから、

 奴らは怒って襲ってくる」


「プープププップ

(その時に僕が不意打ちするんだね!)」


「プルルは魔物を食べれるし

 炊飯器は身の危険を守れる

 WIN WINな関係だろ?」


プルルは一瞬戸惑いながらも、

深く頷いた。


「プープププップ

(わかったよ、

 僕、炊飯器の用心棒になる!)」


プルルは他のスライムと違い、

素直な心と頭脳を持っていた。

ニャンタはその無垢さを巧みに操っていた。


「子供ってのは、

 ホントに手懐けやすいもんだな…」


スライムベビーのように柔軟な存在は、

教え方次第でどちらにも転がるのだ。


まるで粘土のように、

形作られるのを待っているように。


「炊飯器にとってプルルの第一印象が

 最悪だからな俺がドラマチックな

 展開ってやつを用意してやるよ」


「プッ(わかった)」


ちなみに、プルルは、

名前を勝手に付けられたことを、

心から喜んでいたわけではなかった。


「プルルって…

 なんでそんな名前にしたんだろ?

 もっとカッコイイ名前あるでしょ!」


だが、プルルは不満を抑え、

その名前を受け入れるしかなかった。

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