第2話 先輩は異世界でスライムを飼いたいそうです!part2

ポータルチェストが出現した場所は、

木がなく、草が一面に広がる広い空き地だった。

まるで森の中の小さな草原だ。


この開けた場所は、

森の中で休むには、

ぴったりの場所に見える。


地面はふかふかの草や花で覆われていて、

時折吹く風に草花がそよそよと揺れていた。


「明るくて

 見通しがいい場所にでたっす」


ポータルを抜けた先で、

先輩の姿が見当たらない。


私が着替えたり迷っていた時間を考えると、

先輩はすでに10分くらい前に、

異世界に来ているはずっす…。


「先輩どこっすかぁぁ

 一人で動くと危ないっすよぉぉ」


私は周囲を必死に見回し、

先輩の名前を叫びながら探し始めた。


するとポータルチェストから、

突然ニャンタが姿を現した

そして男らしい口調で声をかけた。


「炊飯器、お前は転んで

 岩に頭ぶつけただけで

 死にそうだから俺が護衛してやるよ」


「ニャンタさん

 ありがとうっす!」


ニャンタは、私のことを「炊飯器」と呼んでいる。

私は先輩の数少ない友人であるが、

先輩の家のために多くの家事をこなしているのだ。


孤児である私はお金がないので

先輩の家に住まわせてもらっている。

その役割はもはや「ハウスキーパー」である。


炊飯器というあだ名は、

私が日々の家事をこなしてくれることに対する

感謝の気持ちも込められているのだ。


きっとそうっすよねニャンタさん?


「後輩ちゃん、こっちだよぉぉ」

「おい、なんか呼んでんぞ!」

「先輩、勝手に行動しないでっす」


私は声がするほうに歩いていくと、

そこには、先輩の頭の上に、

小さな青い物体が乗っているのが見えた。


「後輩ちゃん、これ見て!

 すっごく可愛いんだよ!」

「プップー(食べ物がいっぱいだ)」


「先輩、その頭に乗ってる、

 変な生物なんすか?

 なんか変な鳴き声だしてるっすよ?」


それは不思議な紫色の光をほのかに放ち、

見ただけでぷるぷるとした感触が伝わってきた。

あれ絶対スライムだ!


「さっきそこで拾ったんだ

 ねっ可愛いでしょ?」


先輩は拾ったことを誇らしげに、

スライムを紹介しはじめた。

まさか飼う気ではあるまいな。


「ニャンタさん、

 先輩の頭の生物は危険そうっすか?」


「見たところ、生まれたてのスライムだな

 まあほっといても大丈夫だろ」


ニャンタは経験豊富な目でプルルを見て、

危険ではないと判断しましたようだ。

ほんとっすか?と心の中で怪しんどくっす。


「そんなことより、地面が所々溶けてんな

 人間の足跡もあるし

 森の周辺のようすを見に行くか」


そう言って、

森に向かって歩き始めた。


「ニャンタさん、

 私を守ってくれるんじゃ

 なかったんすか!」


「ちょっと離れるだけだ

 そのローブ着てれば、

 死ぬことないから安心しろ」


その言葉を信じたいっすけど!?

この薄っぺらいローブで本当に安全が保証されるのか、

正直かなり不安っすよ。


すると、先輩は目を輝かせながら、

拾ってきたスライムを

まるで自慢するかのように語り始めた。


「後輩ちゃん!

 この子は、雑草も食べるから

 食費はゼロだよ!」


「食費とかそういう問題じゃないっす」


先輩は家事を一切せず、

ニャンタさん達と遊ぶ毎日である。

私が先輩を甘やかしすぎたのが原因かもしれない。


スライムと共に生活するとなると、

最終的に私がスライムの面倒みることになるだろう。

それだけは絶対に阻止しなくては。


というか魔物って飼えるんっすかね?


スライムは先輩の頭の上でぷよぷよと揺れていたが、

突然、その小さな体が

ブクブクと音を立てながら変化し始めた。


「プッププッ!(まず茶髪から溶かそう!)」


徐々にその質感が変わり、

スライムの体がドロドロと溶け出した。

自分の体を酸性に変化させたのだ。


先輩の頭から落ちたスライムの粘液が

地面に滴り落ちると、

草が一瞬で溶けていくのが見えた。


スライムが先輩を食べようとしている。

私は慌て叫んだ。


「先輩、コイツなんか変な動きしてるっすよ

 早く頭から引き離せっす」


しかし、なぜかスライムの酸は

先輩を溶かすことが出来なかった。


頭からスライムの液体が地面に落ちる

地面の草が盛大に溶けてるのに、

先輩は髪の毛一つ影響はなかったのだ。


「なんだが帽子みたいだぁ

 スライムハットだね!」


先輩は頭の上のスライムを目で追い、

余裕のある笑顔を浮かべてそう言った。

スライムはぷよぷよとした感触だけのようだ。


帽子のように頭にくっついている

スライムの様子を楽しんでいた。


「そうだ名前は、プッ!プッ!鳴いてるから

 プルルと命名しよう!

 後輩ちゃんも、プルルって呼んであげてね」


先輩は「どうよこのネーミングセンス」

と言わんばかりに

腰に両手をつけながら荒い息を鼻から出した。


私は微笑みながら頷き、

スライムを見つめる。


「先輩名前つけちゃだめっす

 早くもとある場所に捨ててくるっす」


先輩は頬を思いっきり膨らました。

あっこの反応は言うこと聞かないやつっす!


「生き物飼っても

 世話しないじゃないっすか!

 ダメダメダメっす!」


「やだプルル飼うんだぁ!

 プルルは飼うから、

 これは決定事項だから」


先輩は激しく駄々をこね始めた。

その隙に、頭上に乗っていたスライムは無言のまま、

ひょいっと先輩の頭から滑り落ちた。


「プープププ

 (なんでこの生き物、溶けないんだろ。

  もういいや、焼いてから食べよ)」


スライムは独り言を呟きながら、

ぬるぬると近くの木へと向かう。


そして、誰にも気づかれずに、

木の幹に張り付き、

その滑らかな体でスルスルと登っていく。


どんどん高く、枝を軽々と飛び越えながら、

ついに木の頂上にたどり着くと、

小さな声でぷるぷると鳴いた。


「ププップ

 (ここから、ご飯がよく見える!)」


その間、後輩ちゃんは、

先輩をなだめるのに夢中で、

スライムの不在には全く気づいていなかった。


スライムは頭上に液体を浮かべあげると

体から小さな光が発せられ始め、

その光が球状にまとまっていく。


「ププップ(ファイアーボール)」


なんとこのスライムは

魔術を詠唱し始めたのだ。


この力が自分に宿っていることを、

スライムは本能的に理解しているようだった。

きっと、親から受け継がれたものに違いない。


その球体は次第に赤く染まり、

熱を帯びて燃え上がり始めた。


「先輩、気のせいか

 凄く熱くないっすか?

 汗が噴き出るっす」


「そんなことより、

 プルルがいなくなってる!?

 どこ行ったの!」


最初は小さな火の玉だったが、

時間とともに膨らみ続け、

巨大なファイアーボールへと変貌した。


「プー(これでもくらえ!)」


スライムが楽しげに呟くと、

放たれた炎の球体はまるで流星のごとく、

私の方へと猛スピードで飛んできた。


「ギャャャャ

 なんすかあれわぁぁ

 私のほうに飛んできたっす」


私はあまりの熱さに違和感を感じ、

周囲を観察していたため、先輩よりも早く、

スライムの魔法攻撃に気づくことができた。


火球が迫ってくるのを見て、

咄嗟にその場から飛び出し、

ダイナミックにダイブして直撃をなんとか回避した。


「爆風が半端ないっすぅ!」


しかし、爆風の衝撃で体ごと吹き飛ばされ、

地面にゴロゴロと転がった。

なんとか体勢を立て直し立ち上がる。


さっきまで私がいた場所を見てみると

ファイアーボールが直撃した地面は

大爆発を起こして地面をえぐっていた。


「ぎゃぁぁ!

 地面が爆発してるっすぅ」

「プルルなんで攻撃してくるの!?」


「そりゃ魔物だからっす

 私たち人間を今まさに襲ってるんすよ!

 先輩早く逃げようっす」


私と先輩は別々に全力で逃げた。

必死に生き延びようとするその一心で、

顔は凄まじい形相になっていた。


「後輩ちゃん!

 そっちに向かって

 プルルがまた火の玉だしてるよ!」


「えっ!?

 なんで私ばっか狙ってくるんすか!」


スライムは巨大な火球の速度が遅すぎると判断し、

今度は頭上に6つの小さな火の玉を作り出し、

それを高速で私に向けて放ってきた。


最初の一撃が当たらないと見るや、

スライムはすかさず形状を変化させたのだ、

まさに魔術のセンスを感じさせる、素早い応用力だ。


「プププ(これならどうだ)」


「うおぉぉぉぉ

 ファイアーボールの数が

 増えたっすぅ」


私がとった行動はただひとつ、

ジグザグに走ることだ。


とあるゲームで敵の弾を避けるために

使っていたテクニックを、

現実でも再現するしかない!


プルルが放った6つの火の玉は、

私の予測不能な動きに翻弄され、

どれも狙いが定まらないまま空を切った。


「プップ、プップ!

 (ちょこまか動くから当たらない!)」


スライムは不満そうに、

体をぷるぷる震わせていた。


そんな大ピンチの状態なのに、

のんきな先輩の声が聞こえてきた。


「プルル魔法も使えるなんて凄すぎるよ!」

「凄いとかいってる場合かぁぁ!

 このままじゃ死んじゃうっすぅぅ」


その一瞬の先輩に対する、激しいツッコミが災いして、

目の前の注意が散漫になっていしまい、

足元の岩につまづいてしまった。


「あっ!」と声を上げた。


私は岩に足が引っかかり、

その勢いで前に突っ伏すようにして転んだ。


「ぐへぇ」


お腹を強く打ったせいで変な声が漏れた。

まるで、カエルの鳴き声のようだった。

草や枝が顔をかすめ、地面に激しく手が触れた。


「プッププー(今がチャンス!いまなら命中する)」


その様子を見ていたスライムは、

この隙を逃すまいとばかりに、

再び巨大なファイアーボールを詠唱し始めた。


「プップ(極大ファイアーボール!)」


そして、迷いなく、

私に向けて炎の塊を放ったのだ。


草が茂っていた地面が、

スライムの炎の球で真っ赤に染まった。

私は地面に倒れたまま、その光景を見上げていた。


「こんなとこで死んでたまるかぁぁ!」


ここに来るべきではなかった。

私は、異世界に来てからわずか5分で、

命の危険という名の、洗礼を受けることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る