オレに勝ったら付き合ってやるよ
「まあもう済んだことはいいじゃねーか。それよりこれから、オレとデートしようぜ!」
竹を割ったような凛々しい笑顔を
「お!デートしてくれるんか?」
「おう、いいぜ。ただし、次の婚活パーティーの会場までだけどな」
「何だよそれ。こんなダリィ婚活なんか抜け出してもっとオモシロイとこ行こーぜ!」
「まあいいじゃねーか、オレとちょっとしたゲームをやろう。もしオレに勝ったら、どこへでも付き合ってやるよ」
そこで冬星の口元がニヤッと歪み、そのやり取りをハラハラしながら見ていた
婚活パーティーが始まる直前、東海林たちが乗り込んできたことが分かった時点でスタッフたちは彼らにどう対処するか急遽ミーティングをしたのだったが、取り敢えず出たアイデアはさっきの本読み会までだった。しぶとく残っている東海林たちに、冬星が機転を利かせてくれたのだろう。サイン会の後片付けをしている
婚活パーティーの会場の一つである水醐堂では冬星の考えたスポーツチャンバラ紙風船割りゲームを予定していたのを、きのう
きっと自分のアイデアを一蹴された不満を、ここで晴らすつもりなのだろう。先頭を歩く冬星の表情は嬉々としていた。どんなゲームをやらされるかも知らず、東海林ともう一人残ったドレッドヘアー君が彼女に並んで歩く。ここからの行動は特に決めていなかったのだが、機転を利かせてくれた冬星を一人にするわけにはいかず、何かあった時のために硯徳と大悟が付き従うことにした。とはいえいつまでも東海林だけをマークしているわけにもいかず、もう一人のスタッフの
一方
「コウメイ先生〜!」
ふいにそんな声が聞こえ、振り向くと、纐纈が一番後ろを歩く
時刻は8時を回り、夜の
「まったく、相変わらずしょっぺー商店街だぜ!こんな辛気臭いアーケードなんざ取っ払って、
婚活パーティーを妨害しようという目的を思い出したように、東海林が聞えよがしに声を上げた。
「はあ!?お前、自分の店が閉店に追い込まれたんでやっかんでんだろ?」
大悟が後ろから咎めるように言うと、東海林はくるっと体ごと後ろを向き、
「はあ?ちげーよ!」
と荒ぶるように言う。その表情には余裕の色はなく、まるで本音を言い当てられて動揺しているように見えた。
中学時代、
硯徳たちを爪弾きにしていた中でも声が大きかったのは東海林で、彼の家は当時まだかろうじて残っていた犬川町の商店街の中で精肉店を営んでいた。やがてアーケードが取り払われ、大手のスーパーなんかが進出してきて経営は圧迫されただろうが、その精肉店だけは何とか閉店せずに持ち堪えていた。が、やがて全国的にチェーン展開している薬局が駅前にでき、その薬局では惣菜や精肉なんかも安くで扱われ、それがとどめとなって東海林の実家の精肉店も閉店した。その後、東海林は半グレ集団の一員になったと聞く。おそらく今日連れ立って一緒に来た仲間も、そういった集団で知り合った人間たちなのだろう。
大悟の一言で気勢を削がれたのか、東海林は水醐堂に着くまで大人しくしていた。やがて水醐堂の門を潜ると、冬星は道場まで東海林たちを誘導し、思った通り、道場に入るとチャンバラ紙風船割りゲームをやろうと提案した。
「くっせ!こんなくせー面付けられっかよ!」
東海林は渡された面の中の匂いを嗅ぎ、大袈裟に渋面を作って金髪アッシュの髪をかき上げる。
「おえ~!無理無理無理無理!」
もう一人の仲間、ドレッドヘアーをすだれのように前に垂らした男も大袈裟に吐くような仕草をする。さっき書店で敗退したツーブロックモヒカンの男も、一番最初にフェイドアウトしたピンクマッシュの男も、髪にはかなりのこだわりがあるようだ。チャンバラ紙風船割りを却下した時点で面の匂いを取る作業をする必要も無くなったので、その匂いのこもったままの面を着けることを東海林たちは頑として拒んだ。
「ま、いいや。じゃあ、風船を付けるのはオレだけでいいよ。もしオレの風船を割ることができたら、付き合ってやってもいいぜ」
渋っていた東海林も、その言葉でテンションを上げ、スポーツチャンバラ竹刀に手を伸ばす。
「おい!悪いことは言わない、面はつけた方がいいぜ?」
大悟が即座に忠告するも、東海林はニヤリと口角を上げ、
「風船を割りゃあいいんだろ?楽勝だよ。面なんか必要ねー」
と、頭をむき出しに竹刀を構えた。大悟はため息をつき、隣りでともに壁にもたれかかっている硯徳をチラ見する。その目には、心配というよりは楽しいものを見る時のような好奇の色が宿っていた。竹刀の先を向けられ、冬星も中段に構える。剣道着でなく、Tシャツにパンツというラフな出で立ちだったが、黒くて長めのキュロットパンツが袴に見えなくもなかった。
そうして制限時間も何本勝負かも設定しないまま試合が始まったのだったが……
スパーーーン!!
と、東海林が一歩踏み込むと同時に切れのいい音が道場内に響き渡った。いよいよ始まった、と硯徳も身を乗り出す。
硯徳も冬星も大悟も、小学生になった時点から水醐堂の剣道場に通った。生徒の子どもたちの中で冬星は群を抜いて強かった。子どもの頃からガタイの大きかった硯徳もそれなりに強くはあったが、冬星には全く歯が立たなかった。今日に至るまで模擬試合も含めて何百試合と手合わせをし、彼女から一本を取れた試しはなかった。彼女のスピードが圧倒的に速いだけでなく、どこに打とうともことごとく予測されて跳ね返されてしまうのだ。
対外試合などでも、彼女が一分以上戦っているのを見たことがない。相手も呆気にとられるほどの速さで、気がつけば勝利のための二本を先取されている。冬星は幼い頃から道場を継ぐことを決めており、剣道に向き合う心構えが最初から他の子どもたちとは違っていた。現在彼女は全日本剣道連盟から五段の実力を認められている。剣道の段位は二段からは前の段位からある程度の年数が経たないと次の昇段試験を受けられないので、五段は彼女の年で持てる最上の段位だ。また師範になるのに必要な四年生大学の卒業資格も得、彼女の剣道に対する姿勢のように、ひたむきに真っ直ぐに、幼い頃に決めた道を突き進んでいた。
──なので、婚活で出会ったちょっと可愛い娘をものにしよう、などという下心を持った者が簡単に敵う相手ではない。判官贔屓とは本来背の小さい義経を応援したくなる気持ちを表したもので、この場に何の知識もなく訪れた者なら当然その義経を冬星に重ね合わせるだろうが、硯徳に取っての判官はまずは一本決められて頭にクエスチョンマークが灯っているであろう金髪男なのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
今話の場面イラストです。文章とイメージが違うかもしれませんが、それでもよければ見て下さい。
https://cdn-static.kakuyomu.jp/image/339e51Ds
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