春夏秋冬の四大美人
「ちょっとちょっと、
硯徳たちの方へ顔を向けてそうテンション高く言った
「そうなんすよ!キョウちゃんとハルとトウセはこっちから誘った経緯もあるんすけど、アキホさんまで参加してくれるのは予想外だったっす!」
大悟の言うハルとは杏夏の同級生の
「ああ、その写真はね、ここで急遽撮ったものなんだよ。秋穂先生はうちの子の担任でね、ちょくちょくこの店にも顔を出して晩御飯を食べていってくれるんだけど、彼氏はいないって言うんで婚活パーティーのことを教えたんだよ。そしたら、エントリーしてくれることになって」
「おおー!マスター、グッジョブグッジョブ!」
纐纈が仕切りに道久に親指をかざす。
「いやあ〜こんなに美人さんが参加するならいっそ僕も参加したいですよ~」
破顔して言う道久の言葉に、厨房から声が飛ぶ。
「あら!じゃあいっそのこと、独身になっちゃう?」
声の主は道久の妻、
「いやいや、ちょっとしたノリで言っただけだから。僕には愛する妻がいますからね~」
慌てて手を振る道久に悪賢そうな笑顔を向け、沙織はホールに出て盆に乗せた一品料理を硯徳たちの前に置いていく。
「大悟ちゃん、一人くらい男の枠を作れないかなあ?うちの人も参加させてやって?」
「わあ~ごめんなさいごめんなさい!」
沙織がにこやかに大悟にかけた言葉に、道久はネタケースに頭を擦り付けて謝るのだった。
硯徳はこの気の置けない二人のやり取りを見るのが好きだった。穏やかだがどこか抜けている道久をしっかり者の沙織がカバーする。社交的な沙織は客のあしらいもうまく、改装して明るくなった店内をさらに明るくする存在だ。二人が働いている間は硯徳の働く学習塾で一人息子の
「道久さんのためなら喜んで一人分の席を作るっすよ」
沙織の言葉を受けて大悟がニヤニヤ顔で返す。
「いや止めて?僕は嫁さん一筋だから」
カウンター席から笑いが起こり、一息ついたところで沙織が三人の前におちょことガラスのカラフェを置く。
「リクくんからたくさん野菜いただいたからね、明日のための惣菜を作ってたの。よかったら食べてみて?それと、
「おおー!沙織さんサンキュっす!さすがに大吟醸とはいかないけど、この純米酒もいけるっすよ」
大悟がカラフェを取り、最初に纐纈に、そして硯徳のおちょこにと注ぐ。硯徳がカラフェを受け取り、大悟に入れ返してやる。
「あ、道久さんも沙織さんも、よかったら俺から一杯飲んで下さい」
「お、いいの?ありがとう!」
大悟の言葉を受け、沙織がジョッキに二人分の生ビールを注ぎ、一つを道久に渡す。
「それでは、明日のパーティーの成功を祈って!」
大悟がおちょこを掲げて乾杯の音頭を取ると、纐纈がその言葉を次ぐ。
「それと、ここにいる三人の寂しい男に彼女が出来ますように!」
カンパ~イ、と硯徳以外の四人が声を合わせ、妹の参加に釈然としないものを感じながらも、硯徳も差し出されたグラスに自分のグラスを合わせた。
リバーウエスト商店街活性化を目指す青年会のメンバーは全部で六人いる。大悟と硯徳、纐纈の三人に加え、春海と冬星、それに
大悟は
春海は商店街の駅に一番近い南端にある
ここに硯徳と冬星を加えた六人がリバーウエスト商店街の青年会のメンバーなのだが、硯徳の勤める学習塾と冬星が仕切っている剣道場のある水醐堂も、商店街の中に組み込まれている。というよりも、この猿上町の歴史を紐解くと、元々水醐堂を中心に門前町として発展してきたという経緯がある。水醐堂は平安時代に神社として建てられたのだったが、正当な国家神道には与しておらず、明治時代の廃仏毀釈によって閉鎖寸前にあった。そこを町で広まっていた浄土真宗の庇護に入り、戦後になって神仏習合の寺として復活させた。なので今では水醐堂は町の冠婚葬祭を一手に担う存在であり、商店街の中心的存在と言っても過言ではなく、なので硯徳も冬星も水醐堂に勤める者として青年会に入っているのだ。
そういうわけで青年会の面々は皆、生活面でリバーウエスト商店街と係わりの深い者たちなのだったが、発起人の大悟の商店街を盛り上げようという気概は人一倍強く、彼の商店街を想う熱さに飲まれる形で彼の幼馴染や後輩が名を連ねた。そして商店街を盛り上げる具体的なアイデアの一つが明日の婚活パーティーなのだ。纐纈はその計画の当初から聞きつけ、強引に青年部に加わって発案段階から関わってきた。彼は十年ほど前に他の街からやって来て空き物件となっていた店鋪で今の店を開店したのだったが、商店街の会合などには我関せずを貫いていた彼が珍しく商店街の催しに積極的に関わるのは、ひとえに婚活というワードに惹かれているからだろうと思われた。
「でさあ、実際どうなのよ、君らは?今日って作戦会議なんでしょ?君らは誰をターゲットにしてるのよ?」
乾杯が終わり、一息ついてから、纐纈がそろそろといった感じで口火を切る。
「逆にシャチョウはどうなんすか?お目当ています?」
大悟に言葉を返され、纐纈はう~んと首をひねる。
「トウセちゃんの活発な感じも好きなんだけどさ、ハルちゃんみたいなおっとり系の方が僕には合うかな~なんて思ったり…それに秋穂さんだっけ?なかなかの美人さんだよねえ?いや~もう目移りしちゃって」
言葉だけ聞くとどこの色男が言ってるのかという内容に、他の四人から嘆息する気配がみなぎる。
「シャチョウはさあ~見境なく口説きすぎなのよお。秋穂先生以外の春夏冬にはもうすでに振られてるじゃない」
そのままカウンター席に着いてもらったビールを飲んでいた沙織が纐纈に容赦ない突っ込みを入れる。その内容に、硯徳は聞き捨てならないことを言われた気がし、沙織の言葉を頭の中で反芻する。
秋穂先生以外………
ガタッと音を鳴らして立ち上がり、纐纈の背後に回る。そして彼の肩越しに顔を突き出した。
「夏にも振られたんすか?てことは、杏夏も口説いたってことですよねぇ?」
纐纈は恐る恐る首を後ろに回す。その青褪めた顔には、ホラー映画で次に死ぬ登場人物のような死相が現れていた。すっと、硯徳の大きな手が纐纈の首に伸びる。さっきのイナゴの件も相まって手に力がこもり、見開いた纐纈の目が充血してくる。
「わあ~じぬじぬ死ぬ~~!」
纐纈が悲鳴を上げ、大悟が立ち上がって硯徳の腕を引き離した。
「スズ!落ち着けって!」
まさか絞め殺すなんてことはないだろうが、鶏のような纐纈の細い首を硯徳の太い腕で揺すると、骨が折れるなんてことにもなりかねない。大悟は硯徳と纐纈の間に滑り込み、硯徳の肩を掴んで後方に押した。涙目になった纐纈がゲホゲホと咳をし、恨みがましい目で硯徳を見て声を荒げた。
「違う!夏違いなんだって!」
一瞬、店の空気がピリッとしたのを感じた。道久も沙織も、大悟さえも驚きの表情で時が止まっている。その沈黙は荒っぽい行動に出た硯徳を非難しているというより、雑踏の中で突然の爆音に驚きの目を向けている通りすがりの人たちというような感じの間だった。硯徳は突然自分が蚊帳の外に置かれたような居心地の悪さを感じた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
今話の場面イラストです。文章とイメージが違うかもしれませんが、それでもよければ見て下さい。
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