婚活の女性枠埋まりました!
「え……これ…って……まさか…」
「ああ、それね、リサイクルショップの
「え、どう、て、言われましても……」
横を見ると、
「あ、悪い悪い、ちょっと遅れちゃった。でもさ、まだ十分過ぎたくらいでしょ?そんな睨まないでよ」
おそらく睨んでいると取られたのは
「あんたかい!うちの妹に変な食材渡したのは!」
硯徳に詰め寄られ、店に入ったばかりの纐纈は驚いて眉を上げる。
「お、スズくん、どしたどした?」
「どうしたもこうしたもありませんよ!纐纈さんがうちの妹にイナゴを渡したから俺、しばらくはイナゴアレンジに苦しめられそうです」
「イ、イナゴアレンジ?いいじゃない、栄養あるしさ」
「いや栄養の問題じゃないです」
纐纈は言い寄る硯徳を避けるようにそそくさとカウンターまで歩を進めると、硯徳と反対側の大悟の隣りの椅子を引いた。そして大悟の前のイナゴの乗った皿を目ざとく見つけ、
「おお、早速使ってくれてるじゃない。このイナゴはね、東南アジアに商品の仕入れに行った際にタイで買ってきたんだよ。向こうではさ、昆虫は栄養満点の食材として普通に食べられてんだ。文句言ったらヤックに怒られるよ?」
と、自慢げな顔を店主の道久に向け、そのまま振り向いて硯徳に諌める言葉を投げた。
纐纈はここリバーウエスト商店街の駅から一番遠い北端に店を構えている。道久はその店のことをリサイクルショップと言ったが、ひさしの真下から所狭しと珍妙な民芸品が積み上げられ、硯徳には怪しげな古物商にしか見えない。扱っている品物は海外まで自分で買い付けに行って収集しているらしく、仕事終わりに飲みに行った先で彼に出会うと、たいてい彼の海外自慢に巻き込まれることになる。纐纈はすでに四十過ぎなのだが何かと若者に混じりたがり、なぜかリバーウエスト青年会にも名を連ねている。結婚歴はなく、明日の婚活パーティーにも参加予定なのだが、仕切り屋の性格を全面に出して進行役も買って出ているのだった。今日も大悟と硯徳の打ち合わせを兼ねた作戦会議に割り込む形で加わっている。
「ヤックって何です?」
硯徳は自分の席に戻りながら聞く。
「ヤックはね、まあ日本で言う鬼みたいなもんだね。ていっても恐ろしいものじゃなく、魔除けの役割を担う守護神って感じかな?そうそう、魔除けといえば……」
纐纈はそう言いながら、手に持った黒いラッピング袋から何やら民芸品らしい木彫りのお面をガサゴソと取り出した。
「これ、我が社からの提供品。明日カップリングした二人に渡そうと思ってね」
纐纈はいつも自分の店を我が社と言い、自分のことは社長と呼べと言う。店舗テントにも「纐纈商会」と書いていたが、その名字の画数の多さも相まって店の怪しげな雰囲気を助長していた。大悟が眉を潜めて手に取った面を硯徳も自分の席に着いて覗き込む。赤や緑の原色が塗られたその顔は、トーテムポールから抜き取ったようだった。
「え……何すか、これ?」
訝しんで言った大悟の顔を、纐纈は思った反応と違ったのか、口を尖らせて睨む。
「何すか、とは何だ。魔除けのお守りだよ。インドネシアから仕入れてきたんだ」
「俺、これに似たようなのを何かのホラー映画で観たことあります」
硯徳のその言葉に気を悪くしたのか、纐纈は面を大悟の手からさっと奪い取る。
「ふん、君らには物の良さが分からんのだよ。いらんのなら持って帰る!」
ご機嫌斜めになってしまった纐纈を、大悟がまあまあと宥める。
「もらって喜ぶ人もいるかもだから、一応預かっておきますよ。でも、拒否権もありってことで…」
「何だその言い草は。無理にもらってもらわなくてよろしい」
憮然となった纐纈の前に、道久が手を伸ばしてオードブルを並べる。同時に生ビールも出され、纐纈は眉毛を寄せたままそれを煽り、豆腐に緑の具材を乗せてパクッといった。そして眉を上げ、道久に向けて親指を上げる。ナイス道久さん、硯徳は纐纈がいつまでもヘソを曲げなかったのを見て、心の中で道久の仕事を褒め称えた。道久がすかさず、話題をオードブルに持っていく。
「出し方なんだけどね、具材を豆腐と別々に出そうか乗せて出そうか迷ってるんだ」
「いやそれはもう、乗せて出して下さい。色とりどりで見栄えがいいから。今の若いやつはまずは見栄えなんで」
道久の問いかけに、まだ自分も25歳の大悟が老成した者のように答えた。
「で、どうなの?いい女の子、集まってる?」
さっきの機嫌の悪さはどこへやら、纐纈がそこが肝心とばかりに聞く。大悟が待ってましたと取り出したスマホのアプリを開いた。
「バッチシっすよ~!20人の募集枠はしっかり埋まりました!」
今回の婚活パーティーは地元のイベント募集を載せるアプリにて通知していた。大悟が開いた画面には、ズラッと女性の顔のアイコンが並んでいた。参加したい人は「参加する」の項目をクリックすると、自動的に参加枠に名前を連ねることになる。今回は年齢制限や参加条件などの項目をフリーに設定し、誰でも参加できるようにしていた。もとより纐纈が参加することによって年齢制限は出来なかったのだが……。そして地元に特化したアプリなので、参加を表明した人は皆、この商店街の近場からやって来るはずだ。
大悟が女性参加者の枠をスライドさせていく。ほとんどはアニメやペットなどの可愛らしいアイコンなのだが、プロフィール欄にはリアルな内容がいろいろと書き込まれていた。
「おおー!見せて見せて」
纐纈が大悟の携帯を奪ったので、硯徳は自分の携帯を出して同じアプリを開く。硯徳も初めてその欄を見たのだったが、20人限定の女性枠は確かに埋まっていた。女性のアイコンをスライドさせていくと、よく見知った顔写真が目に止まり、ギクッとなってそこで指が止まる。その女性のアイコンは自撮り写真を用いており、硯徳はその顔をまじまじと確認し、自分の思った女性に間違いないと分かると、隣りの大悟の肩を掴んだ。
「おい!
硯徳は妹の顔写真が婚活パーティー参加者の欄に載っているのを見つけ、大悟に向いて声を荒げる。大悟は急接近した硯徳の顔をのけ反り、隣りの纐纈に肩をぶつけた。
「いや~見つかっちゃった?」
「見つかっちゃった、じゃないだろ?どういうこと?」
「分かった、ちゃんと説明するから、落ち着いて?スズ」
大悟は硯徳が正常な位置に顔を戻すのを待ち、コホンと空咳をきる。
「えー、あー、ほら、イベントやったはいいが、誰も参加してくれなかったら寂しいだろ?んで、最初に可愛い子がエントリーしてるの見たら、まずは鼻の下伸ばした男どもが食いつくかな~って思ってさ」
神妙な顔で説明されるが、硯徳にしてみれば何の言い訳にもなっていなかった。
「妹をエサにしたのか?」
「いやエサっていうかさ、キョウちゃんも参加したいって言うからさあ…まあ確かに顔写真をそのまま載せてくれって頼んだのはやり過ぎだったかもだけどさ、参加自体は本人の希望なんだよ」
またジリジリと硯徳の顔が迫り、大悟の背中が纐纈の肩を押す。纐纈は暑苦しいと、大悟を押し返した。
「大悟、お前まさかまだ杏夏のことまだ諦められずにパーティーで口説くつもりなんじゃ…」
以前、大悟は杏夏に告白し、玉砕したのを硯徳は思い出す。大悟は硯徳の言葉にふるふると首を振った。
「違う違う!俺はもうキョウちゃんのことはフッ切ったって!」
大悟が杏夏に告白する前、硯徳も大悟から相談されていた。杏夏を好きになったんだがどうしよう、と。硯徳は大悟が本気なのを確かめ、友として大悟の応援をすることにした。大悟と硯徳は幼馴染であり、脱色した髪を今風に流した髪型の大悟は一見チャラそうに見えるが、成人する前は
硯徳は妹の好きな相手が気になり、それとなく彼女の近辺に探りを入れてみるが全く男の気配がしない。休みの日もどこへ出掛けるでもなくほとんど家にいるし、もしかしたら誰かにずっと片想いをしているのもしれないが、それにしても今もって男の気配が無さ過ぎる。大悟もそれを察して再チャレンジしようとしているのかと訝ったが、彼はきっぱりとそれを否定した。大悟はくだらない嘘をつくような男ではない。だからといって、そうですかとすんなり妹がパーティーに参加することを容認する気にもなれない。例え大悟が口説かなくとも、妹に悪い虫が付いたらどうするのかと大悟を睨んだ。
「エントリーしてる女性の欄を見てくれ。キョウちゃんだけじゃなくってさ、ハルやトウセにも頼んであるから」
大悟に言われ、手元のアプリをスライドさせる。確かに、絵や動物でない、見覚えのある顔写真が杏夏の他にも二つ出てきた。纐纈もそれに気がついたようで、おおーという歓声を漏らす。
「ちょっとちょっと、猿上の春夏秋冬の四大美人が揃ってるじゃない!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
今話の場面イラストです。文章とイメージが違うかもしれませんが、それでもよければ見て下さい。
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