9.エンジョイ休日!(全3話)

第26話 カルチャーショック

 忙しい防魔高校の生徒たちにも、休日はある。

 千色、龍郎、乙盗の三人は、中間考査も終わって少し落ち着いたこの日、高校の最寄もよえきから四駅はなれた町の大型ショッピングセンター、『マルミルモール』に来ていた。


 三人の目当ては、そこの映画館で上映中の映画、『ゾンビじゃないですよ』だ。

 これは、ひょんなことからゾンビとなってしまったゾンビ討伐軍とうばつぐん総統そうとうが、自身がゾンビであることを家族や周囲に隠しながら、ゾンビと人間の共存を目指す、ハートウォーミングホラーアクションコメディ映画である。

 そして今回は、立体感のある3Dスリーディー映像に加えて、座席が動いたり、匂いや本物の水しぶきの演出が楽しめたりする『はみ出る3D!』の上映もあるということで、千色が二人を誘ったのであった。


 千色は二人の映画の好みを知らなかったが、龍郎は「いい訓練になりそうだ」、乙盗は「おいしそう」という理由で、千色に付いてきた――。


「何故こんなに人がいるんだ」

 これといった特産品も名所もなく、県民すら存在するのか怪しいと言われるド田舎いなか納嶋なしま県出身の龍郎は、にぎやかなショッピングセンター内をきょろきょろ見回しながら、千色と乙盗の後ろにくっついて歩く。


「ああ、龍って、あんまりこういうとこ来たことない?」

 三人は普段から学校や寮で常に一緒にいるので、千色は今日まで気付かなかったが、実は、三人でこうして本格的に遊びにいくのは、今回が初めてであった。

 しかし、私服の外出着で集まるというのは何だか新鮮で、首筋くびすじを羽根でなぞられているかのようなくすぐったさもある。


「来るとすれば、家族の誕生日のときくらいだな。プレゼントを買ったり、食事をしたり」

 龍郎は個性あふれる店の並びを眺めながら、家族との外出を思い出しているらしい。

「じゃあ、年に三回、四回とかか」

 千色にとってショッピングセンターは友達と気軽に遊べる場所だが、龍郎にとっては、

「二十一回だ」

「ニジュウイチ」

 想像の五倍以上大きい数を言われた千色は、片言かたことになってしまう。

 ――千色でも年に二十一回は来ない。


「うちは、俺ふくめてきょうだいが十九人いるからな。両親の誕生日も合わせて、二十一回。じいちゃん、ばあちゃんの誕生日も祝うときには、もっと多い」

 龍郎は指を折ったり立てたりして説明するが、十本の指では足りていない。


「うん、ちょっと、時間をちょうだい……」

 千色は、行き場をなくした血液で重くなった眉間みけんを押さえてうつむく。それが見えていないのか、龍郎は客を楽しませているショッピングセンターを観察しながら、喋り続ける。


「広いショッピングセンターは、他の客とあまり顔を合わせることなく、りのような雰囲気でゆっくりと買い物ができる施設だろう。ここは、ショッピングセンターとは言えないんじゃないか」

 ――どうやら納嶋では、ショッピングセンターにすら人が集まらないらしい。

 更に頭を抱えることになった千色の横で、乙盗は「んじゃあ、りゅーりゅーのとこのショッピングセンターは、りゅーりゅーたちのおかげで経営が成り立ってるんだね」と、のんびり返事をしている。


 ――もう、話題を変えよう。

 千色は、映画館のある最上階を目指してエスカレーターに乗りながら、思ったことを言う。

「そういや、この辺は、エスカレーターでは右側に立つんだな」

 もちろん、安全面を考えればエスカレーターでは歩いたり走ったりしない方がいいのだが、この国の多くの地域にはまだ、急がない人は片側に寄って立ち、急ぐ人に道をけるという文化がある。

 そのエスカレーターで、急がない人が右側に立つか左側に立つかというのは地域によって違うようで、千色の地元、弐津にづ県では左側が基本だった。


「ぼくのとこも右だったよぉ」

 エスカレーターの黒い階段の上で、三人の一番後ろに立った乙盗が、龍郎の広い背中の後ろから、眠り猫のような笑顔を覗かせる。

 乙盗の出身は、防魔高校のある縁山よりやま県からほど近い、佐座川さざがわ府である。


「でもさ、ぼくも、ぼくのパパも左利ひだりききだからさ、ママが、あんたたちは左に立って、ちゃんとベルトにつかまりなさいって怒るの。そしたらさ、ぼくとパパ、後ろのおいそぎさんたちに怒られるの」

 四面楚歌しめんそかの状況の話のはずだが、乙盗はんふふと笑って、何だか嬉しそうである。――千色が話を聞く限りでは、不破家ふわけはのびのびした家庭のようだが、その息子は一体どうしてこんな風に育ってしまったのだろうか。


「じゃあ、龍は?」

 千色は、前にいる子供連れの家族について次のエスカレーターに乗り換えつつ、後ろに向かっていてみる。

「納嶋もどっちかというと西の方だし、やっぱ右?」

 千色のイメージでは、東地方が左、西地方が右、であるが――。

 返ってきたのは、想像をレーザー砲で切り裂く答えであった。


「知らない。納嶋では、二組以上のグループが一つのエスカレーターに乗り合わせることなどない」

 ――確かに、エスカレーターでどちら側に立つかという議論は、一つのエスカレーター上に急ぐ人と急がない人が両方存在して初めて成立するものであった。

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