第17話 爬虫類だから

「あ、そうだ、無裏君」

 龍郎と二人で第四職員室へ行った帰り道、言ノ葉は彼への用事を思い出す。

 無表情で自分を見下ろした龍郎を、以前の言ノ葉なら恐れただろうが、今は違う――というほどではないものの、無闇むやみに恐れる必要はないということは分かる。


「あのね、私、美術部なんだけど、美術部のみんなが、この間の巨大ガエル騒動を見てたんだって。それで今度、ドラゴンの無裏君に、デッサンのモデルになってほしいって言ってたの。どうかな?」

 すらすらと喋った言ノ葉だが、彼女は内心で葛藤していた。


 ドラゴンは絵画かいがやイラストレーションのテーマとして好まれるが、野生のものを近くで観察するのは危険すぎるし、動物園にいるものを観察しようとしても、なかなか思ったような角度から見られなかったり、ドラゴンが動き回っていてじっくり観察できなかったりする。なので、話の通じる龍郎のドラゴンがモデルになってくれれば、美術部員たちには良い勉強になると思うのだが――。


 龍郎にとってのドラゴンの存在がどういったものかは分からないが、もしも、人間の自分ではなくドラゴンばかりが注目されることを嫌がっていたら。

 言語解読魔法で龍郎の伝えたいことをけばすぐに分かるのかもしれないが、本来、他人が気を遣って言葉の裏に隠したことを魔法で無理やりあばくのは失礼にあたるのだし、何より言ノ葉は、悪い癖を直すと決めたのだ――。


「で?」

 殺される⁉

 聞いたこともない龍郎の低い声に、言ノ葉は、こぶしか炎か牙か爪かその危険物が向かってくることに備え、慌てて両腕で頭を覆う。


「何も襲ってきてはいないが」

 すっかりきょとんとしているらしい声に言ノ葉が顔を上げると、龍郎は、朝の少しだるげな廊下をきょろきょろと見回している。学級日誌を抱えていない方の手は、半分握った形で腰の辺りに構えられている。――一応、防御の魔力をめているようだ。

 取り敢えず、怒ってはいないらしい――。

 よかったー!


「あの、ごめんね! なんでもない!」

 残像も見えないほどの勢いでぶんぶんと手を振る言ノ葉に、龍郎は「そうか」と言って、手に溜めていた魔力を引っ込める。


「よく勘違かんちがいされるが、俺はあまり怒らない」

 龍郎は再び言ノ葉を上から見下ろして、ドミノを並べるように淡々と喋る。

爬虫類はちゅうるい哺乳類ほにゅうるいに比べて、他個体とのコミュニケーションをあまり取らない生き物らしいから、俺の遺伝子には表情を出すための情報が少ないんだと思う。そのせいか、小さい頃から見事な仏頂面ぶっちょうづらだと言われ、最近は身体もでかくなって、声も低くなったからか、しょっちゅう『怒ってる?』とかれる」


「そうなんだ。ごめんね」

 本人が気にしているのなら、あからさまにおびえた様子を見せてしまって申し訳なかった。

 ――というか、そっか。ドラゴンって爬虫類か。

 それでも、人間の龍郎に爬虫類のような特徴が出るとは――。

 確かに魔力は、その持ち主の脳を含めた身体に、ある程度の影響を与える場合があると、授業では教わった。しかし、もしも龍郎がドラゴンになれなかったとしても、その顔が思い切り泣いたり笑ったりするとは思えない。


「特に気にしてはいない」

 あれこれと考える言ノ葉に龍郎はそれだけ言って、歩き続ける。――龍郎が、言ノ葉の腹まである長い脚をのんびり小股に動かしているので、言ノ葉は頑張って大股に歩いてみる。

 ――しかし、あの「で?」は何だったのだろうか。

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