第16話 優しい子

「言ノ葉さん」

《今日は日直だから》

 ダメダメダメダメ!

 言ノ葉は心の中で叫んで言語解読魔法を引っ込め、声のした方を振り返る。


 ――言ノ葉の席の横に立っていたのは、龍郎だ。

「な、なに? 無裏むつり君!」

 言ノ葉は、かっと熱くなって鳴る心臓を押さえながら、いまだに慣れない、用事を聞くための応答というものをする。


「今日は、言ノ葉さんと俺が日直。職員室に日誌とチェック表を取りに行こう」

 龍郎は言ノ葉の横に立ったまま、必要最低限の筋肉だけを動かして喋る。

 入学当初は、表情がなく、喋りも身振り手振りもほとんどしない龍郎のことを少し怖いと思っていた言ノ葉だが、先日、ドラゴンとなった龍郎の鳴き声や、包帯ぐるぐる巻きの龍郎のもごもご喋りの翻訳をしてからは、彼はとても強く、優しく、そして面白い人なのだということが分かってきていた。


「あっ、そうだね!」

《今日は日直だから》を解読してしまった時点で用事はなんとなく分かっていたが、言ノ葉は今理解りかいしたふりをして、立ち上がる。


 ――そして、これも癖なのだ。

 言葉の最後にしょっちゅう『!』が付くほど、はっきりと大声で喋ること。

 昔から言ノ葉は、自分だけが相手の言いたいことを理解しているのを忘れて、「ほつるの言いたいことは、はっきり言わないと伝わらないよ」と何度も注意されてきた。

 なので、自分でもうるさいとは分かっているが、伝わっているのかどうかが不安で、つい声が大きくなってしまうのである。

 言ノ葉はいつだって、優しくて明るい『ほっちゃん』なのだ。


「だが、どうする」

 言ノ葉は、龍郎の発したその短い言葉の意味が分からず、自分を見つめる深い墨色の瞳を見つめ返しながら、つい、言語解読魔法を発動してしまう。

《先生からは日誌と仕事チェック表、それぞれを受け取る本人が職員室に来るようにと言われているが、朝は授業の準備をしたり、登校中にかいた汗を拭いたり、トイレに行ったりと忙しい。俺はもう用意が済んでいるから、言ノ葉さんが忙しいなら俺だけで行ってくる》


「授業の準備とか、大丈夫か」

 龍郎の言いたいことを全て知ってしまった後で彼の声が聞こえて、言ノ葉は少し後悔しつつも、一方で少し嬉しくなる。

 ――無裏君、授業の準備のことしか言わなかったけど、ほんとは汗とかトイレのことまで気にしてくれてたんだ。デリケートなことだと思って、つかってくれたんだな。


「ううん、大丈夫。ありがとっ」

 言ノ葉が笑顔で立ち上がると、龍郎は「いや」としか言わなかったが――。


《中学のとき、女子に汗やトイレの話をしたらこっぴどく叱られて、その日の放課後まで『女心おんなごころについて学ぶ刑』にしょされたからな》


 言ノ葉はこの時、言語解読魔法を少しだけ意識的に発動していた。

 ――だって、無裏君って、面白いんだもん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る