第14話 反則

「にしても、龍さあ」

 一日の授業がやっと終わり、少し気の抜けた放課後、千色は斜め前の席で通学つうがくかばんに荷物を詰めている龍郎の背中に話しかける。

「お前、そんだけの身体能力あるんだったら、ドラゴンで陸上やればいいじゃねえか」

「ん?」と振り返った龍郎が所属するのは、昼休みに千色が言った通り、陸上部だ。


 陸上競技の中には魔法の使用が前提となるユニークな競技も多くあり、千色はテレビで、プロの選手が両脚をウサギの脚のような形状に変身させて競技に参加しているのを見たことがある。龍郎も申請しんせいさえ通れば、ドラゴンの身体で公式の記録会に出ることも可能なはずだ。

 しかし、千色は部活動の時間に、校庭や陸上競技場でドラゴンが暴れているのを見たことがない。


「だからさあ、ドラゴンで陸上やればって。ほら、魔法十種競技とかあんだろ」

 千色の提案に、龍郎は荷物を片付けるのに戻りながら答える。

「ドラゴンは規定きていのユニフォームを着られない。全裸ぜんらは反則だ」


「そういう問題⁉ あと、ドラゴンのあれは『全裸』なのか⁉」

 千色が立ち上がって突っ込む横で、乙盗は、「やっぱりハダカは大変だなぁ」などと言いながら、千色の魔力を盗み、自身が所属するボードゲーム部のものであろう将棋の『』の駒を『飛車ひしゃ』のこまに変身させては戻して遊んでいる。


「ねえ、ちい君、りゅーりゅー」

 乙盗は千色たちの話を聞いていなかったのか、将棋の駒で遊びながら、急に真面目な口調で喋り出す。

 あの乙盗にこうも真面目な顔をされると千色も聞かざるを得ないので、千色は「何だ」とぶっきらぼうに応じつつも、もぞもぞと席に座り直す。


「ぼくさ、魔力は盗んで使えても、あんまりめとくことはできないでしょ」

 乙盗は『飛車』を『歩』に戻しながら、何でもないことのような、何でもなくないことのような調子で話す。


「あー、確かに……」

 乙盗の言う通り、彼はいつも盗んだ魔力をすぐに使っているし、現に今も、千色の変身の魔力を少しずつ盗みながら、将棋の駒を変身させて遊んでいる。


「あとさ、よく知らない魔力は盗んでも最初は上手うまく使えないし、盗む対象の人が遠くにいると、盗めない」

「おう……」

 これもまた乙盗の言う通り、乙盗はよく知っている千色の魔力や、クラスの皆が大体同じように使える飛行の魔力などばかり盗むし、千色は乙盗と顔を合わせていないときに、乙盗の盗みの魔力を感じたことはない。


「あのね、ぼく、今度、ボードゲーム部で大会に出るんだけど」

 ほう――。

「良かったじゃねえか」

 若干警戒けいかいしつつも答えた千色に、乙盗はくるりと首を回して向き直る。


「ちい君」

「おう……」

 ――眼鏡の下の小さな瞳が、カブトムシのそれのようにつやつやと輝いている。

「ちい君、大会の?」

「行くか!」

 間違ってでも千色が乙盗のボードゲーム大会の観戦などに行けば、乙盗は客席の千色の魔力を盗み取り、この将棋の駒のように、ゲームの盤面ばんめんや駒をせこせこ変身させて不正を働くに違いない。


「なんでよぉ~。ちい君はハダカになんかならなくていいんだよぉ~」

 乙盗は将棋の駒を放り出して、千色にべたべた抱き着いてくる。

「ちょ、おい、離せ!」

 千色は乙盗よりも身長があるし、筋力だって何倍もあるはずだが、何故か乙盗をほどくことができない。


 ――何故か、ではない。

 千色の腹に抱き着いた乙盗が、千色の魔力をぐんぐん吸収しているため、千色はその反動で身体に力が入らないのである。

卑怯ひきょうだぞ!」

「もぉ~。なんで逃げようとするのぉ~。ちゅっちゅっ」

 乙盗が何故か唇をぶちゅぶちゅ鳴らし始めたので、千色は更に力を振り絞って逃げようとするが、乙盗の強力な魔法の前にはすべがない。


「だからぁ~。ちい君はハダカにならなくていいって言ってるでしょお~」

「そういう問題じゃねえよ! 別に裸になるとは思ってねえし! あと『ちい君』って何だよ! 他の誰かは裸になんのかよ!」

 乙盗の拘束こうそくの下で無駄に藻掻もがきながら突っ込みだけは入れている千色をよそに、龍郎は荷物を詰め終わった鞄からわざわざ手帳とペンを出して、「乙盗、ボードゲーム大会の日程はいつだ」と、行く気満々まんまんの様子を見せていた。

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