6.そういう問題(全2話)
第13話 ダイナミック海外旅行
「
昼食後にふらっといなくなっていた龍郎は、五時限目の授業が始まる前に教室に戻ってきたかと思うと、突然、制服のズボンのポケットから何かを取り出して、クラスメイトたちに配り始める。
千色も気になって、
「ん」
順番が回ってきた千色に龍郎が突き出したのは、外国のものらしい硬貨だ。
「おう、ありがと……」
銅色の、八角形をした小ぶりな硬貨に
千色の次の順番で銀色の丸い硬貨をもらった乙盗も、「ヒゲおじさんかわいい~」と、彼なりに硬貨の模様に喜んでいるが――。
「龍、お前、海外旅行なんか行ってたっけ?」
このところ長い連休はないし、龍郎が学校を休んでいたこともない。最近では日帰りの海外旅行などという
「昼休みに行ってきた」
「ん?」
聞き間違いかと千色が耳を寄せる横で、土産を配り終えた龍郎は残りの硬貨をポケットに仕舞い、「昼休みに行ってきた」と繰り返す。
聞き間違いではないようだ。
「ひ、昼休み? 海外旅行だぞ?」
「運動不足だからな」
千色の問いに、答えになっていない答えを返すと、龍郎は勝手に満足して、すたすたと自席へ歩いていく。
「ちょ、え?」
混乱した頭を抱えて龍郎の
「りゅーりゅーっ」
「おい、龍」
絶対に、このまま話を終わらせてなるものか。
龍郎が自分の椅子に座ると、千色と乙盗はすぐさま龍郎の机を囲み、質問攻めにする。
「昼休みに海外旅行って、どういうことだよ」
「どこの国
「それに運動不足? お前、陸上部だろ?」
「なんでコインもらったのぉ?」
微妙に論点のずれた質問をしてくる千色と乙盗に、龍郎は顔色一つ変えずに回答を提示する。
「ドラゴンでかっ飛ばしてきた。着いたのは、どこの国かは分からない。海を少し飛んで、適当な陸地でインターバルを取っていたら人がたくさん寄ってきて、言葉は分からないが『ドラゴンかっこいい』みたいなことを言って、コインを投げてくれた。その国でも、ドラゴンの魔法は珍しいんだろう。でも、硬貨は
「ああ、そう……」
なるほどとまでは思えないが、千色は、龍郎なら
そんな千色の横で乙盗は、土産の硬貨を蛍光灯の光に
「それで、運動不足なのは」
龍郎は、千色と乙盗におまけでもう一枚ずつ硬貨をプレゼントしながら、回答を続ける。
「この学校の校庭は広いが、勉強が忙しい。それに、こんなに長い時間、人間の姿になっているのは高校に入ってからが初めてだからな」
「人間の姿?」
千色は、龍郎の他にも生き物になるタイプの魔法が得意な人がいることは知っているが、彼らは基本的に人間の姿で過ごし、必要なときに生き物の姿になるものと思っていた。
龍郎は頷いて、話を続ける。
「俺の家族も全員、動物になるんだ。それで、他の家庭はどうか知らないが、俺の家では、仕事や学校に行くとき以外は動物の姿で過ごすのが普通だ。
「へえ……」
千色の中学の頃ならばもっと驚いたのだろうが、この学校に入ってからは、多少のことでは驚かなくなってきている自信がある。
そこへ教室の扉が開き、担任の生物教師、
森野はその名前と、名前通りの熊のような体格のわりに、顔と性格が信じられないほど優しい。
C組の生徒たちは彼が怒っているところを見たことがなかったし、五時限目の生物の授業までにはまだ時間があるが、高校生だけだった空間に、高校生にとっては異質な存在である大人が入ってきたことによって、
千色も話を切り上げて席に戻ろうとすると――。
「無裏君」
森野が龍郎の名前を呼ぶ。
森野の声は木々の間を吹き抜けるそよ風のように穏やかだったが、
――いや、そうだよな。生徒が昼休みに勝手に海外旅行に行くなんて、学校として大問題だよな。
千色は、森野の
「ああ、いいんですよ、そのままで」
森野は歩き出した龍郎を止めたうえに、席に座らせると、
「無裏君」
森野はその
龍郎は
――いや、
千色は、そして他の生徒たちも、何となく
森野はそんな生徒たちの様子を知ってか知らでか、変わらぬ笑顔のまま、口を開く――。
「今回は、気付いたら海外にいた、ということだと思いますが、今度、ドラゴンで高所飛行や海外渡航をする際には、近隣を飛行する飛行機の航空会社や航空基地に、一本連絡を入れるようにしてくださいね。飛行機の飛行や離着陸に影響が出る可能性がありますからね。あとはパスポートを持って、出発地と到着地の税関を、
森野は次週までの課題の説明をするかのようにすらすらと話すと、ふわりと首を動かして教室を見回し、「皆さんもね」と付け足す。
そういう問題⁉
あと、このクラスで龍郎以外に
内心で
森野もまた何事もなかったかのように、「さて、授業を始めましょうか」などと言って、教師用の生物の教科書をぱらぱらと開いている。
いやいやいやいや!
始められない始められない!
しかし森野は、生徒たちから無言の
――以前から
一年C組の生徒たちはこの時、確信した。
この学校は、完全に狂っている。
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