5.世界を変える男(全2話)

第11話 壮大なスピーチ

「「「せーのっ!」」」

 放課後、三人だけの教室で、千色、龍郎、乙盗が一斉いっせいに見せ合ったのは――。



 無裏龍郎 4位

 不破乙盗 3位

 七変千色 21位



 中間考査の成績表に書かれた、それぞれのクラス内順位である。


「かわいそうな顔すんじゃねえ!」

 千色は、もそもそと自分の成績表を仕舞しまおうとした龍郎と乙盗の腕を掴み、三人の席を頂点とする三角形の中央に引き戻す。

 それにしても――。


 一年C組、三十六人中、二十一位とは。ちゅうじょうといった、なんとも中途半端な順位である。

「……せめて笑えよ!」

 そんな千色の願いに、親友の龍郎と乙盗はしっかりとこたえる。


 龍郎と乙盗は、長さも筋肉量も全然違う腕と脚をそれぞれ組み、鼻の上から千色の成績表を見下ろして――。

「「はっ」」

「バカにするなら笑うな!」

 千色が立ち上がって怒鳴どなると、龍郎と乙盗は、きゅっと眉を下げ――。

「「うえーん」」

「泣くな!」

 ――まったく、こいつらは。

 千色は座り直しながら、二人の素晴すばらしい成績表と、自分の「微妙」としか言いようがない成績表を見比べて、溜息を吐く。


 中間考査は筆記試験のみであるのに、このざまだ。

 美術や体育、各種魔法などの実技試験まで加わる期末考査では、乙盗は多少成績を落とすだろうが、龍郎は実技のせいで悪くなるということはないに違いない。そして、千色が実技で巻き返せる部分というと、ごく一部の魔法実技試験で出される変身魔法の課題くらいだ。

 他人と比べてもどうしようもないことは分かりきっているが、やはり、こうしてはっきりと差を見せつけられてしまうと――。


「おやおや皆さんおそろいで、なーにを騒いでいるのかな?」

 非常に鼻につく声色こわいろに三人が振り返ると、教室の前方の扉を開けて、一人の男子生徒が入ってくるところだった。

 彼は、千色たちと同じ一年C組に所属する瀬界せかいかえでである。

 この男、名前と見た目の清潔感だけはあるのだが――。


「今、せいせ」

「おやおーや、おーやおや!」

 瀬界は大声で千色の言葉をさえぎり、三人の前まで大股おおまたに歩いてくると、大げさなわりに意味がよく分からない身振みぶ手振てぶりをまじえながらスピーチを始める。


「ああ、君たちはそんなちっぽけな数字にとらわれてしまっているのか! まったく、君たちはそんなことをしていないで、この世界で起きている事象じしょうにもっと目を向けるべきだよ! 僕たち人間はね、十年、百年、千年、いや、一万年先の未来を見据みすえなければならない! ああ、この世界はなんと無駄が多く、不平等にあふれ、苦しみの多いことか! 僕たちはね、世界を変えなければならないのだよ! 一億年先の未来を笑顔でいっぱいの世界にするために、今、世界を大きく変える時が来ているのだ! 分かるかい、がクラスメイトたちよ!」

 ――世界だの未来だのとスケールの大きなことを言っているわりに、具体的な中身が何一つない。

 しかし、瀬界楓とは、そういう男なのだ。


「この学校、この町、この国、そしてこの世界! この世界を取り巻く政治、経済、教育、芸術、社会、そしてこの世界! 僕たちはこの世界を! 世界を、大きく変えなければならないのだ!」

 瀬界はあきれている三人のことを見ているが、見ていない。


 瀬界は実家から電車で通学しているはずだが、この学校の最寄もよえきからは土地柄とちがら、一時間に一、二本しか電車が出ていない。彼は部活動に所属していないから、もう帰宅する予定のはずなのに、電車の時間は大丈夫なのだろうか。――と三人が心配している間にも、中身のないスピーチはどんどん盛り上がって――。


「ああ、未来ある我がクラスメイトたちよ! こんな小さな島国にとどまっていないで、さあ、広い世界へ飛び立とうではないか!」

 瀬界が、特に筋肉のない両腕を大きく広げる。

 その瞬間、瀬界の全身から、太陽の光を一億年分集めたかのような閃光がふくれ、教室を真っ白に染めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る