第10話 体内にて

 ――四十分後。

「よっしゃ……!」

 試しに薬瓶に取ってみた千色の飲用水は、一年生に使えるレベルの試薬や検査機械で調べた結果では、尿の成分が検出されなかった。

 普段は魔法発動に使わない身体の部位を使ったためか、本物の水と比べると若干いろが怪しい気がするが、緊急時に飲むにはつかえないのではなかろうか。

「コツも何となく分かったぞ、龍。尿を見すぎると色だけに意識が向いて、色しか変身させられないから、あまり見すぎず、全ての成分を水に変えることに集中しろ」

「なるほど」

 千色のアドバイスに頷いた龍郎も、からの薬瓶を持って第三理科室近くのトイレに行き――。

 少しやつれた顔で戻ってくる。


「千色……」

 薬瓶の透明なガラス越しに見える中身は、さっきよりは大分だいぶましに見えるが――。

「この魔法、異様に喉がかわく……」

 そうなのだ。

 千色も四十分前に水をたんまり飲んだはずなのに、今はまた水を大量に飲みたくて仕方がない。


 魔法は、その種類、強さ、使い方などによっては、かけた人やかけられた人に副作用のような症状を引き起こすことがある。また、この副作用は、魔法の熟練度が低いほど強くなる傾向がある。

 今回は恐らく、まだ学生の千色と龍郎が、普段とは違う身体の部位を使って変身魔法をかけたことと、尿を飲めるレベルの水に変身させるために大量の魔力を消費した結果、強烈な喉の渇きという副作用が起こったのだろう。


 千色と龍郎が再びビーカーで水道水をがぶ飲みし始めたところに、理科室の扉が開き、誰かが入ってくる。

「あなたたちは何をしているんですか」

 入ってきた人物――同じクラスのヤク獨深ドクミは、ビーカーに水道水を注いでは飲み注いでは飲みしている二人と、机に並んだ液体や道具の数々を見て、眉をひそめるが――。

「ああ、なるほど」

 すぐに理解して両手を打つ。


「僕たちの魔法のレベルでは、尿を変身魔法で完璧な水に変身させて飲むと、結果的に体内の水分量は大きくマイナスになります。先生方のレベルでも、同じやり方ではプラスは決して大きくありません。尿を飲用水にした後、その水質をたもったまま量を増やすことや、何もないところから安全な水を作り出すことも、僕たちのレベルでは収支を考えれば効率的ではありません。過酷な環境で尿などからより安全な水分を得るには、魔法で簡単な耐熱容器と火種ひだねを作る方が効率的です。あとは、その場にある砂やたきぎを使って、尿を濾過ろか蒸留じょうりゅう煮沸しゃふつするなどしましょう」

 隣国からの留学生であるヤクの言葉は、発音こそ片言かたことであれ、その内容は何よりもとうである。


「僕も今から二時間、第三理科室の利用を予約しているのですが、ご一緒してもよろしいでしょうか」

 言いつつヤクは、肩にかけていた重そうなクーラーボックスのようなものを、千色たちの隣の机に置く。

 千色と龍郎にはもう、何をする力も残っていないので、さっさと道具を片付けてヤクに場所をわたす。


「……それで、ドクミは何の実験を?」

 理科室から出る間際まぎわ、千色はヤクの大荷物が気になっていてみる。

人糞じんぷんを安全に堆肥化たいひかする実験です」

 ヤクはみきった笑顔で答える。

 千色と龍郎はあまりヤクと話したことがなかったが、確か彼は、薬学や人体に興味があるのではなかったか。しかしヤクは、農学や環境学にも興味があるらしい。


「人糞をきちんと加工せずに肥料として農業に使うと、人糞に混ざった、人間に寄生するタイプの寄生虫の卵や幼虫が、農作物や土を通して他の人の体内に入って、虫がその人の消化管などに寄生し、またその卵が糞便中に出て、寄生虫の害を広げてしまうというリスクがあるのです。昔の人は、寄生虫に関する知識がないまま人糞を肥料として使っていましたから、昔の人の体内にはよく寄生虫がいて、様々な症状に苦しんだそうですよ」

 ヤクは笑顔のまま説明しながら、クーラーボックスの中から、黒褐色こっかっしょくの何かが詰まった透明のプラスチック容器をいくつも取り出しては、机に並べていく。

「しかし現代においても、毎日たくさん発生する人糞を利用できるのならば、利用したいです。もちろん、人糞の入った下水げすい汚泥おでいから発生するガスや、乾燥させた下水汚泥などは既にエネルギー利用されていますが、利用方法の選択肢はいくら多くても困りません。なので僕は、全ての過程における合計の環境負荷をより小さくしながら、より便利に、そして何より安全に、人糞を堆肥化する方法を研究しています。趣味ですが」


 千色にはヤクの話が半分ほどしか分からなかったが――。

 ――物凄ものすごにおいだ。この理科室全体が、古い公園のり式便所の穴の下の空間と交換されたようだ。

 そして、そんな物凄い臭いがするのは恐らく、プラスチック容器の四角いふたに、通気用らしき穴がいくつも開けられているからで――。


「……ってことは、それ、寄生虫の卵が入ってるウンコ……?」

 千色の問いに、ヤクは容器の一つを、記念撮影をするかのように顔の横にかかげ、「ええ」と爽やかに返事をする。


「僕は現在、主に腸内で二十五種類、合計六百匹以上の寄生虫を飼育していますので、試料しりょうは取り放題です」

 千色はヤクの新たな内面――精神と肉体の――について知ることができたのを喜ぼうと努力しながら、龍郎を引っ張って理科室から逃げ出した。




☆読者の皆様へ、作者より☆


 本作を見つけてくださり、本当にありがとうございます!

 このような大便と小便の話まで読んでいただきまして、感謝しかありません。

 次のお話はあんなのがいいかなあ、こんなのがいいかなあ、と考えてはいるのですが、一文字も書いていません。なので、次の更新は少し先になります。すみません!

 どうぞ、お楽しみに!

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