3.魔法防衛部隊の仕事(全3話)

第5話 飛行訓練

「はぁ~ん……」

 昼休みは楽しそうだった乙盗だが、五時限目の予鈴よれいが鳴ると、一気にしょんぼりしてしまう。


 今日の五時限目は、『体育』とは別に設けられている『魔法体育』だ。

 通常の体育の授業においては、人体を理解してトレーニングの効率を上げるといった目的を達成するために魔法の理論的な部分を学ぶことがあるが、実際の競技で魔法を使うことは禁止される。

 一方の魔法体育では、競技で魔法を使うことが許されるため、ブルームでの飛行練習や魔法使用ありのサッカーなどをすることができる。なので千色にとっては、比較的憂鬱度ゆううつどの低い授業なのだが――。


「ふんっ。えいっ。おりゃっ」

 千色と龍郎は校庭の上空で箒を使っての百キロメートル飛行をしながら、地上で頑張っている乙盗を見守る。


 スポーツや移動用の箒には、安全な飛行のための様々な魔法がかけられているが、箒はあくまでもなのである。自転車が単独では立つことができないように、箒も、飛行に必要な魔力が備わった人が乗らなければ、飛ぶことができない。


 ――乙盗の飛行の魔力は、そこらの五歳児よりも少ない。

 そのため乙盗の魔法体育はいつも、スポーツのための魔力を鍛える、西空にしから飛樫ひがし教諭とのマンツーマンレッスンが基本となる。

 しかし、入学から二か月が経ってもレッスンの成果はかんばしくなく、乙盗は今も、箒のサドルにまたがってぴょんぴょこねているだけである。


 魔法体育は中学までの義務教育でも必須の授業であり、この高校の入学試験では学科によって、魔法体育の実技試験が課せられている。

 魔法防衛学科の入学試験にはもちろん魔法体育の実技試験があるが、乙盗はどのようにして合格したのかというと――。


「ちいくーんっ……。りゅーりゅーっ……」

 千色と龍郎は、クラスメイトの飛行の魔力を盗んで浮き上がってきた乙盗をねぎらい、自分たちのグループに入れる。乙盗は半泣きである。

 乙盗の場合は、他人の魔力を盗んでしまいさえすればどうにかなるので、実際に魔法を使う授業ではいつも、前半には自らの魔力を上げるトレーニングを、後半には他人の魔力を使いながら、その魔力の使い方を磨くトレーニングをしている。他の生徒は、他人の魔力を扱う授業以外で他人の魔力を使用することは禁止なので、これは乙盗だけの特別な措置そちである。


「各グループのリーダー、ラップタイムキープしろー」

 乙盗の後から飛び立った西空の声に、今回の千色たちのグループのリーダー、白尾しろお黒江くろえは箒のに括り付けられたストップウォッチの画面を確認し、僅かに速度を上げる。


 魔法の実技を主とする魔法体育では、基本的に体格や身体能力の差が障壁とならないことから、男女を分けずに授業が行われる。

 ――と言っても。

 男子の体育では上位になれない千色だが、男女混合で、かつ魔法が使える魔法体育では上手うまくいくかというと、そうとは限らない。


 筋力と同じで、魔力にも限界がある。

 白尾のグループはまだノルマの半分も飛んでいないのに、千色の箒は横から少し風が吹きつけるだけで、ふらふらと心許こころもとなく揺れる。こんな状態で、速度を上げるなど――。

 それなのに、脳筋龍郎はもちろん、先頭で風を切る白尾も涼しい顔をしている。千色は飛ぶことが好きな方だが、こうも実力の差を見せつけられると、この学校に入ったのは間違いだったのではないかという気になってしまう。


「白尾チーム、もうちょい上げられるぞー」

 トラックの中央から、千色の心を折る一言が飛んでくる。

「せんせー、ちょっとトイレー」

 心が折れた千色は、小学生並みの言葉でトラックを周回する流れから抜けると、西空が「トイレに行ってきます、だろ」と教員としての指導をするのを無視し、できるだけゆっくり、校庭から最も遠いトイレを目指して飛ぶ。


 一番遠いのは、美術室や技術室のある第五校舎だ。

 ――いざ長距離飛行練習を抜けてみると、案外にも魔力と体力が残っていることに気が付くが、人間とはそんなものだ。ゴールが近付けば身体が軽くなるし、遠ければ重くなる。

 千色は、腹でも痛いのかと背後で話している龍郎と乙盗に多少の後ろめたさを感じながらも、第五校舎を目指してゆっくりと自由な飛行を楽しむ――。


 一瞬のことだった。

 第五校舎の隣の温室の屋根を突き破り、何かが砲弾のように飛び出したのが見えた。

 その何かは、空中で何百倍もの大きさに膨れ上がり――。

 ぬめる巨大な鼻先で、千色を箒から叩き落とした。

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