第2話 変異型大型多頭生物
「むぐんむごぃえん」
「襲われてる⁉」
千色は思わず立ち上がって叫んだ。
もごもご言いながら教室の後ろから入ってきた人物は、水川の前にすたすた歩いていき、再びもごもご言いながら、包帯でぐるぐる巻きの頭を下げる。
「むぁがむぇんみぃえむぁがむぇがむぃまっむぇ」
千色にはもちろん、水川にも彼が言っていることが何一つ分からない。
「え、何? そもそも誰なのあなた?」
水川が質問をするが、返ってくるのはもごもごだけなので、意味が無い。
包帯男はこの高校の制服を着ているものの、包帯のせいで目元すら見えない。さっき思わず叫んでしまった千色にも、彼が誰なのか分からない。
「ちょっと
この学校では実践的な学習を行うために、緊急時でない限り、生徒自身に問題解決をさせる。水川もこの方針に従い、
「失礼します」
菜前は断りを入れると上品な仕草で右手を上げ、包帯男のこめかみ、
「名前と学籍情報だけ、読ませていただきます」
菜前が得意な魔法は、相手の脳内情報に関する魔法――。その一つである、相手の脳内から特定の正確な個人情報を読み取る魔法を、菜前の場合は逮捕されることを覚悟すればいくらでも悪用ができるレベルで使うことができるが、菜前は高い志を持ち、この学校で学んでいる――。
「――無裏龍郎君。国立総合防衛魔法学高等学校一年C組の生徒で間違いありません」
目を開けた菜前は
「菜前君、
水川はC組の生徒たちの前で菜前を褒めると、まるで転校生を紹介するかのように、龍郎を手で
――水川が得意とするのは水に関わる魔法だが、相手の個人情報を読み取る魔法も非接触で発動できるほどの実力があり、菜前を呼び出す前に包帯男の情報を読み取って、安全を確認していた。
この学校の教師陣は全員、それほどの、またはそれ以上の力を持った人物なのだ。
「もがむががぉん」
包帯男が龍郎であることは分かったが、まだ何を言っているのかが分からない――。
「では、
次に水川に指名された言ノ葉は、慌てて「あっ、はい」と返事をし、ぱたぱたと走って前に出る。
言ノ葉が得意とするのは、言語に関する魔法。その一つである言語解読魔法は、生物が伝達の意思を持って発したものであれば、それが外国語であろうが、動物語であろうが、ただの線だろうが、音だろうが、意味を理解することができるというものである。
「無裏君、さっき水川先生に言おうとしてたこと、もっかい言ってみてっ」
言ノ葉はにこっと歯を見せ、笑って言うと、すぐに真剣な顔になって、包帯の下の龍郎の口を注視し、両耳の後ろに手を当てる。
「むぁがむぇん、みぃえむぁが、むぇが、むぃまっむぇ……」
「ふんふん。なるほどなるほど」
言ノ葉は
「『今朝、早くに寮を出て自主練習をしていたら怪我をしてしまったので、保健室に行っていました。遅れてすみません』というふうなことを言いたいみたいです!」
「言ノ葉さんも正解です」
水川に合格をもらった言ノ葉は「ありがとうございますっ」と喜びながらも、少し恥ずかしそうにそそくさと席に戻った。
「口がはっきり見えていないのに、よくできました。――無裏君」
水川は言ノ葉を褒めると、教卓のそばに突っ立っている龍郎を呼ぶ。
呼ばれた龍郎は、「むぁい」と返事らしきものをして、水川に向き直る。
「向上心が高いことは素晴らしいですが、怪我をする可能性のある練習は学校で、教員の監督のもと行うようにしてください。それと、過剰な練習は逆効果ですよ」
「むぁい」
水川の表情は厳しいが、龍郎はいつも通り、淡々とした調子で答える。
――包帯のせいで前が見えていないからかもしれないが。
「登校時刻に学校には来ていたようなので、遅刻届の提出は不要ですが、昼までに保健室の利用記録を職員室に持ってきてください」
「むぁい」
「席についてよろしい」
「むぁい」
龍郎は包帯で重そうな頭を下げると、あちこちの机に激突しながら千色の右斜め前の席に座る。
「出欠確認の途中でしたね」
水川は何事もなかったかのように名簿に視線を落とすと、残りの生徒の名前を呼び、ホームルームの終了を告げて、チャイムと共に大股に職員室へと戻っていった。
「ねえ、言ノ葉さーん」
一時限目が始まるまでの休憩時間に、千色は大声で言ノ葉を呼ぶ。
「ちょっと、こいつの通訳してくれない?」
千色が親指で右斜め前の龍郎を指すと、言ノ葉は友人の
「なんでこうなったのかって
「ごめんねぇ」
遠慮も気遣いもない千色の代わりに、隣の乙盗が申し訳なさそうに手を合わせてきゅっと眉を下げると、言ノ葉は「全然全然!」と手を振り、言語解析魔法を発動する。さっきと同様に龍郎の口を見て、両耳に手を当て、相槌を打ちながらもごもご音を聞いて――。
「『大きな橋の下で、緊急時に
――ということは。
「
顔面をぶつける前に瞬間移動で箒を離れる練習をすればいいのに、この脳筋野郎は! 俺の自習時間返せ! ――と頭を抱える千色の横で、乙盗はクラッカーをビスケットに、ビスケットをクラッカーにしながら、「元はどっちだったっけ?」と悩んでいた。
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