魔法はそんな風に使うもんじゃありません!

柿月籠野(カキヅキコモノ)

1.モンスター(全2話)

第1話 ホームルーム

「おはようございます」

 普段とは違う声の挨拶に、国立こくりつ総合そうごう防衛ぼうえい魔法学まほうがく高等学校こうとうがっこう一年C組の生徒たちは一斉に起立して挨拶を返しながらも、ざわつき始める。


「ご安心ください。森野もりの先生はお元気です。着席」

 教室に入ってきた副担任・水川みずかわ湖織こおりはそう言って名簿を教卓に置き、その小さな音で生徒たちを黙らせる。彼女は弱冠じゃっかん二十五歳ながら、この学校で最も怖い教師トップ10に選出されており、生徒たちは水川の前では下手なことができないことをよく理解している。

 ――しかし、それでも黙らない生徒の一人や二人が、どのクラスにもいるものである。


「なあなあ、おとちん」

 最も教師から見えやすいにも関わらず、最も教師から見えにくい気がしてしまう一番後ろの席で、七変なながわり千色ちいろ少年は隣の不破ふわ乙盗おつとり少年のぷにぷにの肩をつつく。

「うん?」

 乙盗は水川の声も千色の声も聞こえていない様子で、両手で作った皿に一つだけ乗せたマシュマロを、同じ大きさの餅に変えては、再びマシュマロに戻し、また餅にする、という、何の意味も無い遊びをしている。


 ――乙盗が使っているのは、だ。


 ここは、全ての生物が魔力――魔法の力を持つ世界。

 国立総合防衛魔法学高等学校は、そんな世界の中にある小さな島国の、都会とも田舎とも言えない微妙な場所にある高校だ。

 国立総合防衛魔法学高等学校――通称『防魔ぼうま高校こうこう』に通うのは、優れた知力と魔力をそなえた生徒たちである。

 三学年で四十七クラスを構成するこのマンモス校には、最も入試倍率の高い『魔法防衛学科』をはじめとした十一学科があり、生徒たちはそれぞれの進路を目指して、日々勉学に励んでいる――。


りゅうのやつから、なんか聞いてる?」

 千色が右斜め前の空席を目でして言うと、乙盗はまた聞いているのかいないのか、丸い眼鏡しにマシュマロまたは餅を見つめながら、「ううん」と答える。

 千色と乙盗といつも一緒にいる無裏むつり龍郎りゅうろう少年は、常に無表情かつ寡黙かもくで何を考えているのか分からないが、言われたことやルールは守る人物であるし、少なくとも入学から二か月が経ったこれまでには、一度も風邪かぜを引いたことがない。

「そこ!」

 前方から鋭い声が飛んできて、千色は渋々しぶしぶ口を閉じ、前を向く。


「魔法防衛学科の生徒はこの高校の顔です。自覚を持ちなさい」

 はいはい。

 千色の頭に浮かんだのは大変失礼な二つ重ねの返事だったが、後の面倒をよく知っている彼は一つ減らして、代わりに伸ばして、「はーい」の返事にする。

 ――一番のエリートは『総合研究学科ソーケン』の奴らなのに、なんで俺たちが。

 千色は遠慮なく溜息ためいきき、椅子の背にもたれかかる。


 千色は幼少期から国の魔法防衛部隊に憧れ、中学では必死に受験勉強をして、最難関とも言われるこの高校の魔法防衛学科に入ったが、彼は入学早々、うんざりしていた。

 授業は古文、政治経済、数学、化学、魔法理論……難解で退屈な座学ばかり。かといって実際に魔法を使う授業となると、このクラスのレベルが高すぎて、自分のまぎれもない実力不足を知るばかり。体育でさえも、魔法防衛部隊を目指す人ばかりが集まったこの学科では、楽しいだけのスポーツなどできない。


 千色にとっての救いがあるとすれば、部活動か。

 千色の所属する部の部員はほとんどが女子だが、それほど会話が必要な活動はないし、趣味の合う女子もいる。活動の内容やレベルも千色に合っていて、とても楽しい――。

「森野熊雄くまお先生は現在、今朝この学校の近辺で発生した突然変異生物モンスター事件の調査に、急遽きゅうきょ向かってらっしゃいます」

 水川は他のことを考えている千色の脳内を見透みすかしながら、担任の森野についての説明を始める。


 ――この世界の生物は、全て魔力――つまり魔法の源となる力を有し、その力を、厳しい世界で生き残るためのすべの一つとして利用している。

 それゆえにこの世界では、複雑で豊かな生態系が築かれているが、一方で、生物が元々持っている魔力の突発的な作用によって突然変異を起こすことや、同じ生物である人間が意図的に、または非意図的にかけた魔法によって、生物が危険な変態をげるといった現象も多発する。


 一年C組の担任、森野熊雄は高校教師であると同時に生物学者でもあり、このような生物に関する事件が起こった際には、調査のために呼び出されることがある――。

「突然変異生物モンスターの痕跡は、東の地備大橋ちびおおはしで目撃されました」

 水川は細い目で千色を睨んだまま、説明を続ける。

「橋の側面に人面様じんめんようの跡が無数に付いており、現在のところは、悪意ある、または過失のあるペット生物ブリーダーの元から逃げ出した変異型大型多頭生物であると考えられています。何か知っていることがある生徒は、すぐに教師まで報告してください。また、次に連絡があるまでは、一人では登下校をしないようお願いします。森野先生が戻るまでは私が担任を務め、生物の授業は自習となります。以上で緊急の連絡は終了です。出欠確認を始めます」

 水川は必要事項を淡々と述べると、名簿を開いて出席番号順に生徒の名前を呼び始める。


愛晶あいしょううらなさん」

「はい」

雨盛あまもり日照ひでる君」

「はい」

牛路うしろ美恵みえさん」

「はい」

大木おおき小輝しょうき君――」

   ・

   ・

   ・

「七変千色君」

「はーい」

菜前なまえあてる君」

「はい」

   ・

   ・

   ・

「不破乙盗君」

「はぁい」

「マシュマロを片付けなさい」

「今はお餅だよぉ」

「餅を片付けなさい」

「マシュマロになったよぉ」

「ホームルーム中に食べ物を出してはいけません」

「はぁい」

忘客ぼうきゃく奏多かなた君」

「……あっ、はい」

本間ほんま弥音やねさん」

「はい」

   ・

   ・

   ・

味角みかく椰羽芽やばめさん」

「はーい」

「無裏龍郎君。……無裏君?」

 出席番号三十番の龍郎が呼ばれる時間になっても、彼は姿を現さない。


「遅刻、欠席の連絡はまだ無いんですが……」

 水川はペンの尻をあごに当てつつ、龍郎と仲が良いことで有名な千色と乙盗を見るが、千色は肩をすくめ、乙盗は手の中で消しゴムをメラミンスポンジに、メラミンスポンジを消しゴムにしている。


 あの龍郎のことだから、自動車事故で死んだ、などということは無いだろうが――。

 話半分に聞いていた変異型大型多頭生物のことが、千色の頭に嫌な冷たさを持ってよぎる。

「むぐんむごぃえん」

 ドアが開くのと同時に聞こえた謎の音声に、千色は思わず立ち上がって叫んだ。

「襲われてる⁉」


 教室の後ろのドアから入ってきた、この学校の男子生徒と思われる人物の顔は、包帯でぐるぐる巻きだった。

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