第2話 旅立ちの日

 西暦が終わった日に発生した太陽の異常活動。


 太陽の光が黄金の陽光から灼熱の赤に変わった時、最初に狂い始めたのは電子機器であった。家電製品の暴走はかわいいものであり、兵器の暴発による被害は少なくない死者を出した。


 精密機器に依存しきった現代文明は瞬く間に混乱に陥り、世界中で多数の生命が失われた。


 そして、さらに科学者は悪い報せを届ける。


「異常電波は、二十年もしないうちに再び訪れる」


 混乱の中で科学者が出した結論は、地球、さらに言えば太陽から発生する太陽風は、現代文明を維持することを許さないと言う事だった。


 人類に示されたのはいくつかの選択肢。


 文明を放棄して地球と共に生きるか。


 次の太陽風が訪れるまで、享楽の限りを尽くして生きるか。


 はたまた――

 ――地球を捨て、新たなる恒星系へと移住をするか。


 こうして、人類は戦争や環境汚染による自滅を前にして、遥か彼方の恒星系へと移住することを決めた。


 衛星軌道上に建造された船。人類初のスペースコロニーとして建造されていたそれは改造され、厳密な抽選により選ばれた人々が乗り込む。


 彼らは地球と添い遂げることを選んだ八割の人類――それでもかつての0.1パーセントにも満たない人々を背負い、星の海へと旅立った。


◆◆◆


 地球の衛星軌道上を離れてから一日もたたずに異常は訪れた。


 爆発音が艦内に響き渡った。

 爆発が発生したのはシャトルの発着区画、通称『宇宙港』。人々が船に乗り込むために使用し、役目を終えた向こう数百年は閉鎖されたままであろう場所でだ。


 真っ先に異常を確認したのは、船の頭脳とも言える管制室であった。


「キャプテン、異常事態です!」

「わかっている!」


 船の管制室は瞬く間に騒がしくなる。

 キャプテンと呼ばれた初老の男性は、コンソールで状況を確認すると浮足立つスタッフに直ちに指示をする。


「慌てるな! 船内での内乱はとっくに想定済みだ! マニュアルにも書かれていた状況に一々浮足立つな」


 怒号を切り裂くようにノイズ音がはしった。

 艦内のコンソールが一斉に砂嵐を映し出すと、すぐに映像は切り替わらる。

 ガスマスクをかぶった男が荒い呼吸をしている。先程まで飛び交っていた怒号は止まり、管制室はもとより、船内の人間は静かに次の事態を待つ。


『我々は――地球教教徒である』


 地球教。それは、人は母なる星と共に生を全うし、母と共に死すべきであると教義を掲げるカルト集団である。

 ジウスドラの前身であるスペースコロニーの建設においても常に反対姿勢を表明し、時には破壊工作によって妨害をしてきた。


『ジウスドラは許されない。母なる星を捨てて逃げる子供は許されない。

 今ならまだ間に合う。蒼き星を視界におさめたまま死ねると言うのなら、母は哀れにも背伸びをした子供を赦すだろう』


 銃声とモニターが破砕する音と共に映像は途切れた。

 次に聞こえて来たのは爆発音。管制室のコンソールは、居住ブロックと宇宙港を隔てるブロックがまた一つ破壊されたことを知らしていた。


「宙戦隊の準備を! また、管制室はこれより非常事態に際して戦闘指揮態勢に移行する!」

「ですが、まだ発進直後の船内は安定していません。今管制室のリソースを制限したら、居住区の生活環境はもとより電力の確保も難しくなります」

「船内環境の維持はAI『ナンム』に任せる」


 艦長は懐から時代遅れのアナログキーを取りだすと、専用シートに隠された鍵穴を開く。

 ロックが解除され、中にあったボタンを押するとコンソースに『Hello, world!』と定型句が浮かぶ上がった。


「無駄に洒落たことばかりする」


 緊迫した状況だと言うのに、呑気なメッセージを目にして思わず愚痴が漏れた。


「キャプテン、管理AI『ナンム』、ただいま起動が完了しました」


 音響装置から流れ出たのは女性の声であった。

 穏やかで涼やかな場違いな声に、走り回るスタッフは違和感と同時に、どこか安心感を覚える。

 それもその筈である、完璧に研究しつくされた音声。母のようであり、人が本能的に安心する声色を与えて作り出された存在。

 本来は絶対に存在しない、『完璧な』造り物であるAI、それがナンムである。


「これより、環境維持について権限を付与する」

「承知いたしました」


 船内の一部コントロールが人間の手を離れたAIのものとなる。それだけで人間の負担は減る。手の空いたクルーは即座に戦闘のための情報の収集へと移行する。


「まったく、せめて安定航行に入ってから起動しようと考えていたのだが、人間とはこうも情けないとはな」

「我々の開発者からの言葉を引用します。

 人間が完璧であるのなら、我々AIは必要ありません、と」

「ははっ、お前さんの産みの親たちは人間と言うものをよく分かっている。ならば安心して任せられるな」


 キャプテンはコンソールのモードを切り替える。

 艦内の環境数値は消え、代わりに表示されたのは弾薬や人員、艦内の被害状況の数値に戦闘区域の映像。

 爆破工作をしているテロリスト。爆炎が上がり、三枚目の隔壁が破壊された。

 それと同時に銃声が響き渡る。超硬度カーボンを装備した陸戦部隊がテロリストに強襲を開始した。


「さあ野郎ども! 我々は、これより人類初の宇宙戦闘を開始する!

 おしくらむは、歴史上宇宙で最初の勝鬨を上げる我々の存在を、地球に残された人々は知らないと言う事だ!」


 こうして、人類史にして初の大気圏外での戦闘は幕をあけた。

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