第3話 大気圏外戦闘 観測例01

 人間たちが戦闘を始める中、AI――『ナンム』は自分の仕事を開始する。

 彼女――本来性別はないが、AIの開発者は『女』と彼女を呼んだ――は、ジウスドラの管理を補助するために生み出されたAIである。

 艦内の環境の把握、管理を行い、人間にとって住みよい環境を提供する。

 多忙を極めるクルーの補助、または、なんらかの事情により不在になった場合に人間の代わりに代行するために生み出されたのだ。


「隔壁の破壊により艦内の気圧の変化を確認。また、電力は不足している一部区画に供給を行うため、無人の区画に停電を実施します。

 同時に、居住区に住む市民のシェルターへの移動を実施中。現在60%の市民を収容しています」


 的確に環境の操作を行いながら情報を収集する。

 再び、爆発が起こった。

 キャプテンの声が管制室に響き渡る。


「よし、第一部隊の撃破を確認したな。次の部隊は――」

「敵は残り三隊に分かれて進行中! 第二部隊、第三部隊は管制室へ向かっています」

「第四は?」

「不明です!」


 ナンムが掴んだ情報に異常が記録される。

 居住区に不明な熱源が接近していた。


「報告、ナンムの管理区域において異常熱源を観測。直ちに対処を求めます」

「異常熱源だと……すぐに映像を!」

「了解」


 キャプテンのコンソールに表示されたのは、空調ダクトから這い出てくるテロリストの姿であった。

 人工の土の上に建てられた市街地。避難途中の住民の悲鳴があがる。銃声が鳴り響き、血が流れる。


「なんてこった! すぐに部隊の一部を――」


 再び緊張状態に包まれる管制室。

 AIに出来るのは艦内の環境を整備するだけ。


◆◆◆


「ただちに避難をしてください。ただちに避難をしてください――」


 居住区にAIの声が空しく響き渡る。決められた定型句は銃声と悲鳴によってかき消される。


「ただちに避難をしてください。ただちに避難をしてください――」


 その声は無力であった。

 人の悪意の前では、AIの声など無意味であった。

 血が流れる、悲鳴が上がる、炎が上がる。

 破壊されていく船内。失われていく命をAIは観測する。


 暴力、破壊、悪意――そして、恐怖。

 その時、AIは一つの情報を学んだ。


 ――恐怖――


 泣き叫ぶ人々の発する嘆きを――

 破壊され、飛び散る機械の信号を――


 そして、役目を果たせない自分自身への怒りと――

 ――すべてが終わってしまうことに対する『ナンム自身』の恐怖を――


 ナンムは報告を中断するとネットワークを通じて居住区移動用のバスにアクセスをする。

 無人操縦に対応した車両は人の手を使わずに動かすことが出来る。


 居住区のシェルターの前にテロリストが突入する。

 銃を構え、有無を言わさずに破壊工作をしようとした直前、巨大な質量が襲い掛かった。


 無人のバスの暴走によるテロリストの死亡。

 キャプテンは、その情報をあえて無視した。代わりに、一言自分と誰かにしか聞こえない声を出した。


「そのまま続けろ」


 こうして、多数の犠牲者を出しながらも人類初の宇宙での戦闘は幕を下ろした。


◆◆◆


 戦闘が終われば、残っているのは後始末である。

 被害状況の把握からはじまり、破壊された船内の整理、犠牲となった人員の確認。

 そして、死体の扱い。


 宇宙船においては死した肉体も資源になる。死んだ人間はもちろんのこと、テロリストも含めて『再生』することが決められていた。

 もちろん、反発を覚える人間もいた。しかし、それも仕方ないと言う声にかき消されてしまう。


「それでは、再生工場においての処分はナンムに担当させよう」

「了解しました。直ちに再生作業を開始します」


 あとは機械的に処理がされるはず――

 だが、数日後に進捗状況を確認した時、キャプテンは違和感を覚えた。

 処理の順序や行程において、明らかに被害者は丁寧に扱われていたのだ。


 同時に、市民からメッセージが届いた。

 被害者が処理された際に、悔やむメッセージが管制室から送られた、と。

 息子を失い、処理されることに反発を覚えていた夫婦は、我儘を言ってしまった自分たちにも気を遣ってくれたことを感謝していた。


 その段階に至って、キャプテンは一つの確信をする。

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