あそこのためにプログラミングしてデプロイしました

 アサイン初日の今日、私はいつものように勤め先の深沢情報システムの本社に出社しました。私がオフィスに着いてしばらくした後キックオフミーティングが始まって顔見せと自己紹介が始まりました。今回のプロジェクトチームメンバーは、プロジェクトマネージャー兼プロジェクトリーダーの駒沢まなかさん。プロジェクトメンバーはフロントエンド担当システムエンジニアの瀬田かんなさん、バックエンド担当システムエンジニアの吉沢みさきさん、バックエンド担当プログラマーの山下なつきさん、フロントエンド担当プログラマーの中里ひよりさん、ウェブデザイナーの豊沢ちひろさん、そしてフロントエンド担当プログラマーの私。その中で、駒沢さんは、

「わたしは、皆さんに比べたら技術や実務の経験が浅くて、そこまで詳しくないと思うので、皆さんの腕や経験を尊敬して頼りにしています。その力を引き出して、まとめてちゃんとクライアントに納品する、それがわたしの仕事です。というわけで、作業中気になったことがあったら、どんなに忙しくても私に遠慮なく質問してください」

と言ってくれたので何かあったら彼女を信じて相談するつもりでいます。


 それが終わると、正面の大型モニターに次期プロジェクトの内容が映し出されました。タイトルは「セレモニーハウスゆかり様に納品予定の顧客情報管理システム開発の件について」です。

そして、駒沢さんはプロジェクトの概要を説明しました。

「皆さんに開発していただくのは、具体的に言うと会葬者の出欠と香典管理システムです。喪主専用マイウェブページ上で弔電、香典などが管理でき、通夜、葬儀の出席者情報をデジタルで記録し、受け取った弔電の内容や香典の金額が管理できるシステムです。開発期間は三カ月です」

うぅ、よりによってそこですか…… と、それを聞いた私はため息を付いた。担当して案件を獲得した営業さんは一体誰なのだろう?と思った。


 ミーティングが終わって、早速作業が始まった。すでにセレモニーハウスゆかりのウェブサイトにはサービス紹介ページ、訃報告知掲示板、そして最近追加された葬儀オンライン中継動画サイトが備わっていますが、今回のプロジェクトで開発するのはそれらに追加する機能です。コーディング中、式場とゆみの顔が私の頭に浮かんだ。知ってる会社だからこそ絶対に失敗できないというプレッシャーを感じていた。でも私はそれに押しつぶされているひまはなかった。とにかく手を動かして一行でも多くのコードを書くほうが先だった。バグで手戻りが出たらその時はその時だ。これも「一つの縁」だと思ってやるしかない。私はそう思って仕事の手を進めていった。 


 そんなある日、困ったエラーが発生してしまった。三十分ほどエラーメッセージを検索に入れて調べても有用な情報は見つからなかった。それで私なりに仮説を立てて何回か手直ししてみてもダメだった。先輩の瀬田さんに聞いてもお手上げだった。そして駒沢さんに聞いてみた。彼女はちゃんと私の質問に答えてくれてようやくエラーは解消されました。帰り際、彼女はこんな事を言ってくれました。

「わたしは部下に難解な指示を出して行間を読ませるようではリーダー失格だと思っているから。でも世の中のプロジェクトマネージャーやプロジェクトリーダーの多くはやりたくてリーダーになったわけじゃないからね。うちはそうでもないけど、昔いたところのひとつは半強制的に昇進させられるから四十歳近くなって技術者として手を動かすことなんかありえないのよ。結果として仕事の一つである指示出しも雑で意味不明な判じ物になったり伝達事項の失念も起きたりする。そう、管理職としての最重要義務、部下にやってほしい事柄の言語化の放棄。指示に抜けがあるんだから成果物に抜けが反映されるのも当たり前。後はお決まりの「自分で考えろ」と言われて、自分でなにかやって失敗したら「何で相談せずに勝手にやったんだ」とプロジェクトメンバーを怒鳴り散らしたりネチネチ責めたりするダブルバインド。そんなんだから離脱メンバーがボロボロ出る。年功序列と長幼の序の罪は重いわ。わたしはそういうことをしないとメンバーに約束するしそういう事をやらないように努力する。プロジェクト遅延して泣きを見るのは結局自分だからね」

それを聞いた私は、もしいつか、プロジェクトマネージャーやプロジェクトリーダーになったときは絶対に守ろうと思いました。


 開発プロジェクトが真っ盛りのある日の夕方に帰宅してしばらくたった頃、ゆみがしれっと私の部屋にやってきた。

「あんた、うちの会社が注文した物作っているんだってね。きっとあんたなら、うちのお客さんに使いやすい喪主支援システム作ってくれると思うよ」

「ありがとうゆみ。ていうかなんで知っていたの?」

「社長がうちのホームページに追加機能つけたいって言ってきたから紹介したの。感謝してくれる?」

「ええ、まぁ…… それはありがたいんだけど、プレッシャーが…… 仕事中にゆみの顔がちらつくし」

「そんな事気にしなくていいよ。あんたが集中して仕事してくれたらあたしとしては十分だからさぁ」

「今度からはなるべく気にしないようにします」

「それでいいんだよ、あやかちゃん」 

クライアントとしてのゆみに私の仕事が認められたみたいでとりあえずホッとしました。


 そして私達のアサインから三カ月後、なんとか納期内に完成した。

「やっとデプロイ終わったぁ~」

瀬田さんの達成感のある声が聞かれた。それからしばらくたって、駒沢さんがやってきて、

「最終テスト全工程終了しました」

と、プロジェクトの終了を告げた。そして最後の追い込み作業で張り詰めていた神経が解けたのか、私は力尽きて気を失っていたようだった。

「若林さん、終電ですよ」

はっとして振り向いたら駒沢さんだった。

「はい、お疲れさまでした。新しいプロジェクトにアサインされるまで休んでいていいからね」

私は彼女に見送られてオフィスを後にした。


 そして私は電車の中で「無事動いてくれて急な手戻りやバグフィックスでまた呼び出されなきゃいいけど……」とかそんなことばっかり考えていました。

 

 夕方、家に帰ってしばらくたった頃、ゆみが一通の手紙を持ってきました。

「今日例のプロジェクト終わって無事納品されたんだったよね?今回はうちのためにシステム開発してくれてありがとう。あたしからも長い間お疲れさんって言っておくね。それで、今日、うちに手紙が来たから読んでみて。社長がうちの社の人みんなに内容のことを聞いてみても誰も心当たりがないというんでうちで一番顔が広いあたしに託されたの。それで、『ひんやりした体』って書いてあったからもしかしてあんたかと思って」

私は、彼女から渡された封筒から手紙を引き出して読み始めました。


「あの日、ひんやりとした体を抱きしめさせてくれた不思議なお姉さんと『セレモニーハウスゆかり』の皆様へ。


私は重い病気で近いうちに大手術が控えていました。そんな時、近所の駅に張ってあった広告で『セレモニーハウスゆかり』とこの体験イベントのことを知ったので相談も兼ねて行きました。私があなたを抱きしめたときは驚きでいっぱいでした。物理的には『生』というものを感じない体なのに、目の前でちゃんと『生きている』姿を見て感動しました。帰宅後、母にパンフレットを渡しました。母は『その時になったら読んでおくわ』と言いました。そして手術は終わって徐々に体の調子が良くなっています。あの日のお姉さんに元気をもらえたこそ無事退院できたんだと思います。わたしに付き合ってくれたお姉さんと『セレモニーハウスゆかり』の皆様、ほんとうにありがとうございました。


大橋あやの」


封筒には花束を持った彼女と看護師さんを病院の入り口で撮った写真も入っていました。私は手紙を読んでいる途中から何度目をこすったかわかりませんでした。

「そ、そうなんです。私がたまたま『手元供養キャビネット』を見ていたら女の子に声をかけられたんです。その子、脳腫瘍の手術を控えていたんです。それで、もしものときがあったらうちにあのキャビネットを置いて親とずっと一緒にいれたらいいな。ただ腐り落ちてホラー映画のモブ妖怪みたいにボロボロにならない?って聞かれてうちのゆみに任せてくれたらずっと人形みたいに綺麗なままいられるんだよ、と言ったの。でもできればそんな事になってほしくないからきっと手術はうまくいくよ、と励ましたんです。あとどんなに追い詰められて一回死んだとしても、まだ希望は捨てちゃダメだよということを教えるために私を抱かせたんです」

「ありがとう、あやかちゃん。うちのスタッフでもなかなかできないことを見事にこなしてくれたねぇ。今度、社長に特別ボーナスの請求してくるわ。次回も臨時イベントスタッフよろしく!」

「ええっ、そんな事言われても……」

私は困惑気味な返事をしたけど気分は悪くはなかった。

「それであたし、思ったんだけどねぇ、これはめったにないことではあるんだけど、子どもさんの病気や事故は本当に辛いよ。その時はあたしだってすごく辛くすごく悲しく胸が張り裂けそうな苦しい気持ちを持って仕事しているんだよ。うちに運ばれてきてから施術して、学校の制服とかを着せて、式が終わったらアクリルケースの中に寝かせて、そして子どもさんの家のキャビネットの中に納めるまでその間ずっと。だけどあたしが心の中で感じた悲しみや辛さを親御さんに感じさせないように振る舞う、それも仕事のうちだからね。だからこそ、このあんたの話聞いてあたしも感動したんだよ。あたしも努力してあんたみたいに振る舞えたらいいな」

それを聞いた私は一回死んだからこそこういう考えを持てたのかなぁ、と思ったのです。


 夜、ゆみは勝手に私のベッドに入って熟睡していた。彼女は丸まった布団を抱きしめていた。

「あやかちゃんは素敵だよ。あたしの憧れだもん。手を触れた時、ひんやりするところにあんたの本当のあったかさをを感じちゃうんだよねぇ……」

ゆみがまた理由のわからない寝言を言い出したので私も寝ます。おやすみなさい。

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